閑話 レオパーティーの一夜(その3)
森の中の大きな屋敷。
吹き抜けのエントランスにある階段の傍で、ティルトは絶体絶命の状況に追い込まれていた。
魔法で縛られて動けない。どれだけ暴れても魔法が解けない。
――実はティルトは魔法が苦手だった。
エルフなのに精霊魔法が使えないぐらいに。
だから人一倍苦労した。
精霊魔法を重点的に教えるエルフの村では強くなれないから、力を求めて旅に出た。
『魔法がダメなら拳で』とばかりに、武道家としてがむしゃらに頑張った。
――それなのに。
「こんなところで死ねるかよっ! 動けよぉっ!」
鎧騎士がティルトへ近付くと、剣を上段に構えた。
シャンデリアの明かりを受けて白刃がギラリと光る。
ティルトは顔を歪めて暴れる。それでも少年らしい華奢な体は動かない。
「動け、動け! ――ちくしょうっ!」
騎士が剣を振り下ろす。
ティルトは端整な顔をしかめて、目をギュッとつぶった。
――ギィンッ!
鉄の立てる鈍い音。
ガランッ、カラカラと大きな音を立てて、騎士の剣が手首ごと転がった。
中はからっぽだった。
絨毯の床には投げ短剣も落ちている。
ティルトが目を見開く。
「遅いぜ!」
短剣が飛んできたほうを見上げる。
2階にあるバルコニーに面した窓が開いていて、たなびくカーテンの陰に2人の男が立っていた。
1階にいる地区長官が叫ぶ。
「な、なにやつだ!」
カーテンの影から青い髪を揺らして男が出てくる。優しそうな瞳に凛々しい顔つき。
顔は目だけを覆うマスクに隠されているものの、唇の端には笑みが浮かんでいる。
落ち着いた声で問いに答える。
「ただの通りすがりの――勇者ケイカですよ」
「な、なんだと!?」
長官は驚きのあまり言葉を失うが、司祭は錫杖をしゃらんと鳴らして言った。
「勇者さまがいったい何のようでしょう? ここには何もありませんよ」
「そうですか? ではこの奴隷にした人たちをどこに連れていってるのでしょう?」
「正規の手続きは踏んでおります。農園で働かせ――」
「シュガル諸島の教会は農地を持っておりませんよね。それにこの死霊騎士たち……魔王軍への食料として奴隷を送っているのではありませんか?」
「な、なにを根拠に!」
レオの後ろからダークが進み出た。
眼鏡を指で押し上げつつ、手に持つ手紙を掲げる。
「この手紙、魔法で偽装されてますが、魔王軍西方部隊・輜重部隊長に食料を要求されてますね」
レオが口元に微笑みを浮かべて見下ろした。ただし目は笑っていない。
「貴族と教会がグルになって人々を送り出していたのですね。許されることではないでしょう」
長官と司祭の顔色が変わる。
長官は叫んだ。
「であえー! お前たち、あの偽物の勇者を逃がすな!」
屋敷の外から30人ほどの男たちが入ってくる。
魔法で動く鎧騎士もいた。
レオが剣を抜き、階段へと向かう。
ダークがいまだ固まるティルトを指差した。
「いつまで縛られているんですか――詠唱法陣起動5・25、魔法解除」
「うっせ! ――いちおう礼は言っとくぜ、あんがとよっ」
「これも飲んでおきなさい。無茶しすぎですよ、まったく」
ダークはコートのうちポケットから薬瓶を取り出して、1階へと投げた。
「へへっ、負けらんねー戦いがあったんだよっ」
ティルトは片手で受け取ると、手早く薬を飲み干した。
体が光りに包まれる。
魔法の効果で火傷の跡がみるみるうちに消え去った。
「よっしゃあ!」
ティルトは拳を握り締めると、集団へ向かって駆け出した。
「さあ、やりますよ! 詠唱法陣起動3・4・11――大火炎球!」
3つの魔法陣が現れると、ダークの前に巨大な火の玉が生まれた。
階段下に集まる騎士や兵士に降り注ぐ。
「「「うわぁぁ!」」」
爆発で吹き飛ばされる人々。
崩れた陣形にレオが切り込み、駆けつけたティルトが飛び蹴りを食らわす。
いち早く逃げようとする奴隷商に、2階にいるダークが魔導書を片手に持ちつつ言う。
「逃がしませんよ――8・15・25、蔓縛楽園」
突然、屋敷の周囲が草のつるに覆われた。
逃げ出した奴隷商の足が絡め取られて倒れた。
「ひぃぃ!」
次々と倒されていく状況に、長官は顔を引きつらせる。
「ばかな! たった3人だぞ!」
「ゆ、勇者の力がこれほどとは……」
地下牢へ続く階段から顔を覗かせた村人たちが声援を送る。
「がんばれ!」「なんて強さだ、すげえ!」「ティルト、負けないでっ!」
レオとティルトが兵士やゴロツキをばたばたとなぎ倒し、ダークが2階から魔法で的確に援護する。
あっという間に敵は倒れた。
エントランスの床にごろごろと人や魔物が転がった。
残るは長官と司祭、それに網元。
網元は腰からナイフを引き抜いてティルトに斬りかかった。
「くらいやがれ!」
「鈍すぎるぜ、おっさん――ハッ!」
ドゴォッと燃え盛る拳が網元の腹を貫く。網元は口から血を吐いて床に倒れた。
長官の顔に恐怖が浮かぶ。
「こんなことをしてただで済むと思っているのかっ! 私は貴族だぞ!」
「悪事に身分は関係ないでしょう。どれだけの人を泣かせれば気が済むのですか」
「下賎な人間などただの家畜にすぎんではないか! 取引に使って何が悪い!」
「はぁ。反省する気はまったく無いようですね」
「黙れ!」
長官は剣を抜いて斬りかかる。
レオの剣がきらめいた。
ザッと突風のように長官を斬りつけ、長官は2歩進んで床に倒れた。
司祭が錫杖を構えつつ、あとずさる。
「わ、わたしは話を持ちかけられただけだ、本当だ!」
「そもそもヴァーヌス教の司祭がどうしてここにいるのでしょうか」
「そ、それは……」
二階から階段を下りてくるダークが、書類を読みながら言った。
「ファブリカ王国ではヴァーヌス教の影響が小さい。長官に協力する見返りに教会の支配の強化をもくろんだようですね」
「漁村は大海神リリール、工場街では鍛冶火神カンデンスですからね」
「くう……っ! ――聖刃波!」
「――聖風烈斬!」
レオが剣を青白く光らせて振り抜いた。
ズァンッ! と司祭の発した魔法の刃ごと切り裂く!
司祭の体に、肩から斜めに深い傷が刻まれた。
一拍置いて、血しぶきが噴き出す。
床に倒れつつ、レオを見上げて呻く。
「ば、ばかな……聖なる剣技、聖風烈斬を使えるとは……」
ティルトが、へっと鼻で笑う。
「レオは特別なんだよ、ばーか」
司祭は痙攣して、そのまま動かなくなる。
レオが剣を鞘に収めつつ、青い髪を掻き上げた。
「終わりですね」
「はぁ~。奴隷にした人間を出荷してたなんてなぁ~。魔王軍は食糧不足だって言ってたけど、マジやべーぜ」
近くへ来たダークが言う。
「それに、人々を守り導くはずのヴァーヌス教が黒幕にいたのは驚きでしたね」
――と。
地下へ行く階段に避難していた村人たちが出てきた。
サラが目に涙を溜めて駆け寄ってくる。
「ティルト! ――あ」
が、傍まで来て、ぴたっと止まった。
「ん? どうした、サラ?」
「怪我は、大丈夫?」
「へっ、もうなんともねーぜ」
「――ティルト!」
さっきの続きとばかりにサラは思いっきり飛びついてきた。
サラのほうが背が高いので、ティルトの頭を抱きしめる感じになった。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
柔らかな二つの膨らみに埋まったティルトは、顔を真っ赤にしながらもがいた。
それでもサラは離さずに、抱き締める腕に力を込める。
「もう、無茶したらダメなんだからねっ」
「お、おう……」
逃げられないと悟ったティルトはされるがままになった。
サラは涙を堪えた笑顔で、緑の髪に何度もほお擦りをした。
サラの兄、ケビンがやってくる。
「レオさん、ダークさん、それにティルトくん。本当にありがとう――いや、勇者ケイカさま、本当にありがとう」
人々も周りを取り囲む。
「さすが勇者さまだ!」「本当に助かったよ!」「おかしいと思ってたんだ」「ありがとうございます、勇者さま!」
口々に感謝の言葉を述べられて、レオたちは顔を見合わせて笑った。
◇ ◇ ◇
早朝。
小さな漁村の入口にて、レオたちはケビンとサラそして両親に見送られていた。
レオは言う。
「今回の事件は随分前から仕組まれたもののようです。魔物を使って港を襲わせたのも長官や司祭の手引きでしょう」
「証文は全部焼き捨てておきましたから。これで借金の心配はせずに済むでしょう」
ダークの言葉にケビンが頭を下げる。
「はい、本当にありがとうございます、勇者ケイカさま。みなさん」
「「「ありがとうございました」」」
サラと両親も頭を下げる。
「じゃあ、行こうか」
レオが言うと、サラが金髪を揺らして前に出た。
「てぃ、ティルト……また、会える?」
ティルトは一瞬寂しげな顔をしたが、すぐに強い笑みを作った。
「ああ、いい男になって会いにくるぜ! ――またな!」
大きく手を振って別れる。
レオたちは何度も振り返りながら街道を進む。
最後尾を歩いていたティルトは、足を止めてもう一度だけ振り返った。
豆粒のように小さくなってもまだ見送っているサラたちを見て呟く。
「次会うときは、ばーさんになっちまってるかも知れねーけどさ……」
ダークが黒髪を揺らして振り返る。
離れて立つティルトの様子に気が付いたのか、どうか。
いつもと変わりない、何気ない口調で呼びかけた。
「ティルト、遅れないように。迷子になりますよ」
「……うっせ! もう子供じゃねーよ!」
ティルトは駆け足でレオたちの元に戻ると、笑顔を作って騒がしい会話を始めた。
閑話 レオパーティーの一夜 終
次話は2~3日後です。




