閑話 レオパーティーの一夜(その2)
本日2話目。
「ティルトくん、大丈夫? ティルトくん」
「んあ……?」
ティルトは体を揺すられて目を覚ました。
眠い目を擦りながら見回すと、辺りには10歳から15歳ぐらいの少年や少女がいた。
廊下に面した壁はなく、代わりに鉄格子がはまっている。
まるで牢屋だった。
牢内の子供たちは泣いていた。泣き疲れてうずくまっている子もいる。
寝ていたティルトは上体を起こした。ずきっと脇腹が痛んで、思わず押さえる。
「くっ……! 肋骨2~3本、持ってかれちまったぜ……」
「大丈夫?」
横にいるのはサラだった。心配そうな顔をして顔を近づけてくる。
ティルトは頬を赤くしながら目をそらした。
「だ、大丈夫に決まってんだろっ。こんなのかすり傷だぜっ……つーか、ここどこだよ?」
「森の中にある地下室みたい」
「なんでこんなとこに……」
「ここにいる人たち、みんな借金が返せなくて奴隷になるはずの人たちなの」
「マジで?」
ティルトは廊下側へ近寄り、外を見た。
薄暗い廊下の両側には同じような作りの牢屋が幾つもあって、多くの人が入っていた。
みんな暗い顔をして俯くか、膝を抱えて座っていた。
「んー、サラの村だけじゃねーよな?」
「近くの村の人たちもいるわ。でも働くはずだった場所とは違うみたい」
「そっか。魔族はいるし、奴隷紋もまだみたいだし。こりゃ怪しいな――鍵に魔法は掛かってないか。みんな離れてろよ」
「なにするの?」
サラが不思議そうに首を傾げた。金髪が揺れてほのかに光った。
「やられっぱなしじゃ我慢できねぇからな。ちょっと滅ぼしてくるわ」
ティルトは拳を握り締める。鋼鉄のように硬くなった。
さらに炎で包み込む。
――炎鋼拳。
防御値無視攻撃。ダメージ2倍。炎追加ダメージ。を持つ、強力な技。
鉄甲拳と火炎拳の混合上級技だった。
ティルトが牢屋の錠前に真っ赤に燃える拳を押し付けると、灼熱して曲がった。
それを手で掴んで引っ張る。飴のように伸びて錠前が外れた。
ティルトは口の端を歪めて笑った。
「じゃ、行ってくる。邪魔だから大人しくしとけよ?」
「ちょ、ちょっと、ティルトくん!? そんな体でどうするつもり?」
「戦うに決まってんだろ!」
「無茶よ! 強い男たちがいっぱいいるし、魔族だっているそうよ」
「それがどうした。オレなら勝てるぜ!」
すると、部屋の隅で泣きべそをかいていた男の子が睨んできた。
「ぐすっ……お兄ちゃんだけ逃げるの……?」
「ん? そうだな、逃げる」
「「「え?」」」
牢屋の中の子供たちが驚きの声を揃えた。
ティルトは緑髪を掻き上げつつ、不敵な笑みを浮かべた。
「逃げるって言ったんだよ。ここはオレの嫌いなもんばっかりだからな」
「ティルトくんが嫌いなもの?」
「ガキの泣き声だよ。この世で一番大ッ嫌いだ――指くわえて待ってても誰も助けてくれねーなら、自分でやるしかないだろ……だから、待ってろ。お前ら全員、笑顔にしてやっからな」
ぐっと奥歯を噛み締めた。
――ティルトはエルフの村のことを思い出していた。
世界樹が倒されて奪われた子供時代。
取り戻そうとしても力が足りず、魔王軍に追われてエルフたちは逃げ惑う日々。
みんな暗い顔をしていて、特に子供は何かあればすぐ泣いた。
誰も助けてはくれなかった。
だから、自分で何とかしようと村を飛び出した。
みんなの笑顔を取り戻せるぐらい強くなりたかった。
「ティルトくん……」
サラの頬が赤く染まった。大きな瞳が、ぼうっと潤む。
子供は泣きやんで、気まずそうに言う。
「兄ちゃん、ごめん」
「気にすんな! お前がどんだけ絶望したって、オレは見捨ててやんねーよ」
ティルトは、へっと鼻の下を擦って悪態をつくと、牢屋の扉を開けて廊下に出た。
その背にサラが声を掛ける。
「無理しないでね」
「任せろ。オレは無謀なことしかしないぜっ」
ティルトは白い歯を見せて微笑みかけると、そのまま廊下を素晴らしい勢いで駆け出していった。
残されたサラは、石の床に座りなおして、ふうっと息を吐いた。
「無茶ばっかり……、見た目は綺麗なエルフなのに、やることは男の子ね」
呆れるように呟くサラだったが、頬は赤く染まりっぱなしだった。
ティルトは石材で作られた廊下を駆け抜けた。
階段手前にはイスとテーブルがあり、太った牢屋番が座っていた。
「あらよ、っと!」
「な、なに!? ――ぐぼぉ!」
ティルトの拳が無防備な牢屋番の腹に突き刺さる。
太った牢屋番は口から泡を吹き、白目を向いて気絶した。
「ちょろい――鍵、渡しとくぜ」
ティルトは牢屋番の腰から鍵の束を奪い、手前の牢屋に放り込んだ。
「おおっ」「助かった……」
と、どよどよと騒ぎ始める。
「全部倒してくるまで待っといてくれ」
そう言い残して、ティルトは階段を駆け上がった。
ポケットに入っていた予備の仮面を装備した。
1階は絨毯の敷かれたエントランスだった。
吹き抜けの天井にはシャンデリアが光っている。
2階へ続く幅広の階段がある広間の隅には、騎士の甲冑が置かれていた。壁には剣が十字にして飾られている。
貴族の屋敷を思わせた。
床に円座を組んで座り込み、カードゲームに興じる男たちがいた。数は3人。
ティルトの突然の出現に、手を止めて目を丸くしていた。
「な、なんだ? お前誰だ!?」
「へへん、なんだろね? ――りゃ!」
ティルトの瞬間移動を思わせる突撃。
華奢な腕から繰り出される鋭い拳。炎をまとう衝撃波。
「「「ぐわ!」」」
3人の男が吹き飛んだ。
壁や床に叩きつけられて動かなくなる。
「あいつはどこだ?」
ティルトは屋敷の中を走って探した。
魔族の男をどうにかしなければ、村人を連れて逃げてもまた捕まえられてしまう。
廊下や食堂にいた男を殴りつけて気絶させる。
しかし1階を探し回っても魔族の男は見つからなかった。
「2階にいんのかな?」
ティルトは広間へと戻った。
入ったとたん、目の前に真っ赤な塊が広がった。
「うおっ!」
ティルトは右手に炎を生み出し、とっさに叩き潰す。
バンッ! と空気を震わせて火の玉は砕け散った。
見上げれば2階の欄干から黒い翼を持つ、真っ黒い男が立っていた。
「ふんっ。ネズミが逃げたか……奴隷商が来るまで大人しくしてろ」
「あいにく大人じゃないんでね! ――らぁ!」
ティルトは緩く弧を描く幅広の階段を駆け上がった。
階段の上に立つ魔族は手を前に出し、また火の玉を飛ばした。
ティルトは両手両足に炎を纏わせながら言う。
「芸が無いな、お前! ――ふんっ!」
火の玉を砕きつつ、強烈な飛び蹴りを放った。
飛鳥を思わせるつま先が華麗な弧を描く。
――飛燕脚。
一撃目は空を切るが、流れるような連続蹴り――炎舞脚が魔族を襲う。
後ろに飛んで距離を取る魔族が顔を鬱陶しそうに歪めた。
「ちっ、変な技を使うな」
「ユニーク、って言ってくれよな! ――ハァッ!」
2階へ上がったティルトは一気に距離を詰め、炎の拳を繰り出す。
魔族の頬を掠めた。
魔族は鋭い爪を持つ手を振りかぶる。
ティルトは軽くしゃがみこんでかわした。緑の髪が数本ちぎれて空を舞う。
屈めた脚に溜めた力を解き放つ。
伸び上がりながら繰り出した右足が、魔族の胴に突き刺さった。
「ぐはっ!」
魔族が前かがみになる。一瞬動きを止めた魔族へ、さらなる拳と蹴りを叩き込む。
「らぁぁ! どうだ、少しは効いただろ!」
「く、くそう……!」
魔族は手を振り抜くが外れる。鞭のような尻尾が追撃するも、半歩引いただけのティルトに見切られる。
「お返しだ!」
踏み込みながら放たれる拳。
体制を崩して横を向いた魔族の脇腹に突き刺さった。
「ぐあっ!」
魔族は吹っ飛び、壁に激突する。
ティルトの右手が真っ赤に燃え上がり、鋼鉄のように硬くなる。
――炎鋼拳!
ズンッ!
壁にめり込む魔族。ティルトの拳が胸に突き刺さっていた。
――が。
ガシッと魔族がティルトの右腕を両手で掴んだ。
口の端から赤黒い血を流しつつ、いやらしく笑う。
「ちょろちょろと動くネズミが……捕まえたぞ!」
「ちょ、離せよ!」
「――炎囲壁!」
魔族の体が炎に包まれる。
当然ティルトも燃え上がった。
「うわぁぁぁ! は、離せ!」
真っ赤に燃える左拳で殴るが魔族は止めない。
「私には炎など効かんのだよ、くははっ!」
「――へっ、そうかよ……教えてくれてありがとよ」
ティルトは左拳を握り締めると、炎を消して鉄の塊のように硬くした。
――鉄甲拳。
ティルトは燃えながらも何度も拳を叩き込む。
「ぐはっ! ま、まだ動けるのか、貴様!」
「あいにくオレも炎は得意なんだよ!」
逃げようとする魔族を掴み、さらに拳で殴りつける。
「くそっ! ――ぐ、離せッ!」
ミシッ、メキッと鈍い音が響き続ける。
「はぁぁぁあ! とどめだ!」
竜を思わせる叫び声とともに強烈な一撃を繰り出した。
――烈破咆哮。筋力と素早さを上昇させる。
ズドンッ!
大砲を思わせる一撃が魔族の胸を貫いた。
壁が丸くへこみ、黒い血が花のように飛び散った。
「くっ……きさま……名は?」
「ティルト。今は――勇者ケイカの仲間だ、って言っとこうかな」
「ゲアドルフ様を倒したあいつの……」
魔族はまだなにか言おうとしたが、黒い体が砕けた。
粉のようにボロボロと崩れていき、最後はただの灰となる。
見届けたティルトは、ふうっと息を吐いた。
全身のあちこちに火傷をしていた。
「いちちっ、ちょっち無茶しすぎたぜ――さあーて、みんな連れて戻るか」
1階へ降り、さらに地下室へと入った。
通路に立ち、大声で叫ぶ。
「おーい! もう大丈夫だ。魔族は倒した。さっさと逃げよーぜ!」
ティルトの声が通路に反響した。
人々がおそるおそるといった感じで、鉄格子をくぐって廊下に出てきた。
サラが金髪をなびかせて走ってくる。
「ティルト!」
「うわっ! ――いててっ」
「あ、ごめんなさいっ!」
思いっきり抱きついたものの、急いで離れた。
サラは心配そうに眺める。
「そんなに怪我して……無茶しすぎよ」
「たいしたことねーよ。そんなことより早く逃げようぜ」
「うん」
ティルトを先頭にして村人達が続いた。
50人ほどがいた。
階段を登り、エントランスに出る。
ティルトが何気なく一歩踏み出したときだった。
突然、その足が止まる。プルプルと震えるが動けない。
「――な!? なに!」
ティルトは目だけを動かして、1階の広場を見た。
いつの間にか両開きの入口が開いて、司祭の服を着た男と剣を持った騎士が立っていた。
司祭は光る錫杖を掲げている。
「しまった! 魔法か――! みんな、隠れろ!」
「うん!」
サラと村人たちは慌てて階段へと戻った。
司祭は事務的な口調で言う。
「あのものは危険です。処分してきてください」
「命令を、実行します」
騎士の1人が真っ黒な鎧をガシャガシャと鳴らして走り出す。
ティルトは体を動かそうと必死で力を込めながら思う。
あの騎士、人間じゃねぇな、と。
重そうな全身鎧を着ているというのに、軽々と広間を横切って近付いてきた。
入口からは司祭たちに続いて網元の男と荒くれ者たち、それにフードを被った男――地区長官まで入ってきた。
フードを取りながら笑う。
「やられてしまいましたな」
「なに、新しく使役すればいいんですよ。代わりはいくらでもいるのですからね」
くくくっと笑う2人。
それから網元と奴隷商に指示を出した。
「お前たち、あいつらを捕まえて全員無条件奴隷にしろ」
「へぇ、お任せくだせえ」
「ちょっと怪我さしてしまうかもですが、げへへ」
ティルトはなんとか魔法の効果から逃れようと暴れた。
しかし体は金縛りにあったように、まったく動かなかった。
サラが階段から顔を覗かせて悲痛な声で呼びかける。
「ティルト――ッ!」
「オレはいいから、隠れてろっ!」
そうは言っても動けない。
鎧騎士が近付いてくる――。
ティルトの額から焦りの汗が流れた。
次話は明日の夕方か夜に更新です。




