閑話 レオパーティーの一夜(その1)
レオのはずがティルトの話になりました。
秋の夕暮れ。
赤く染まる西の空、ファブリカ王国の南に面した海岸沿いをフード付きローブを被ったレオとティルトとダークが歩いていた。
西へと向かう彼らの後ろには黒く長い影が延びている。
レオが立ち止まり、目を凝らした。潮風に青い前髪が揺れている。
「今日はあの村に泊めてもらいましょうか」
夕日に照らされて、60軒ほどが立ち並ぶ小さな漁村が見えた。
するとエルフの少年ティルトが顔をしかめた。
「けっ。今日も納屋かよ~。魚臭くなっちまうぜ」
「乳臭いよりかはいいんじゃないですかね? 100%の確率で」
長身のダークが長い黒髪を書き上げながら言った。
ティルトがますます顔をしかめる。
「うっせ! つーかよ、レオ。いつまで勇者ケイカのふりするんだよ。もう50以上の村でいろいろやったぜ?」
「そろそろいいかも知れないね。王都インダストリアまで行ったら一度、ケイカ村に戻ろう」
「そうですね。それと王都では少し羽を伸ばしましょうか」
「へへっ。そうこなくっちゃな」
ティルトは鼻の下を指でこすって笑顔になった。
小さな漁村に入ると、潮の匂いがきつくなった。
漁に使ったと思われる網が広げて干してあり、捌いた魚やイカも干されていた。
レオが少し緊張した声で言う。
「今、何か聞こえましたね」
ティルトの長い耳がぴくぴく動く。
「争ってるみたいだぜ! ――こっちだ!」
ティルトが駆け出し、レオとダークが後に続いた。
丸い湾を持つ漁港には小さい船が何隻も停泊していた。
そのうちの1隻のところに、男が数人集まっていた。
はちまきを頭に巻いた二十歳ぐらいの青年を、体格のいい男たちが取り囲んでいる。
「おい、こら、てめぇ! なに勝手に船使ってんだよ!」
「借金は必ず払う! だから船だけは取り上げないでくれ!」
「利子すら払ってもらえないんじゃ、こっちだって商売上がったりなんだよ!」
男が青年の胸ぐらをつかむ。
――が。
その腕がぐいっとねじりあげられた。
「いてて! なにしやがる!」
「そのへんにしておいたらどうですか?」
レオが男の腕を掴みながら言った。しかし端正な顔は凛々しく引き締まっている。
「なんだ、てめぇ!」
「ただの旅の者です。見たところ、そちらのかたがお金を借りたようですが、漁師から舟を取り上げたら払えるものも払えなくなってしまうのではないでしょうか」
「うるせぇ! ――いててっ」
レオがさらに腕をひねりあげてから突き飛ばした。
「なんだこいつ――やっちまえ!」
男たちが殴りかかってきた。
ティルトの姿が一瞬消え、男たちの真横に立つ。
「へっ、遅い遅い!」
ガッ! ゴッ! と男たちを殴りとばした。
地面に転がる男たち。
男の一人が頬を押さえながらが叫ぶ。
「てめぇ! こんなことしてわかってんだろうな!」
「村に入ったらいきなり殴りかかってきたので正当防衛ですよ」
ダークはメガネを指で押し上げながら、ちらっと漁師の若者を見る。
「証人もいますしね。法廷に出れば勝てますよ――99%の確率でね」
「けっ、覚えてやがれ!」
男たちは捨てセリフを吐きながら逃げ去った。
レオが青年に話しかける。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、旅の方」
「いったいどうされたのです?」
「それは……」
青年は悔しそうに唇をかんでうつむいた。
ティルトが明るい声で言う。
「そんなことより泊めてくれる家、探そうぜ」
「でしたら、うちの家にお越しください、狭い家ですが」
「雨露しのげるだけで嬉しいですよ」
「では、こちらへ。あ、わたしはケビンといいます」
ケビンに案内されてレオたちは歩きだした。
村のはずれにある一軒の古い家。
レオたちが入ると、16歳ぐらいの少女が出迎えた。金髪の少女。やせているが、顔立ちは美しかった。
「お帰り、お兄ちゃん! ……こちらの人たちは?」
「旅の人だ。助けてくれたんだ。こちらは妹のサラです」
「またあいつらが来たんだ……」
サラは暗い顔をする。
ケビンはほほえみを浮かべてサラの頭をなでた。
「心配するな。兄ちゃんがなんとかするから」
「うん……でも」
「さ、旅の人を立たせたままじゃいけないだろ。食事の用意だ」
「はーい。なにもないけど、入ってください」
サラが明るい笑顔で言った。
古い家の中。家財道具はほとんどなかった。
6人がけのテーブルにレオたち3人とケビン兄妹が向かい合って座っている。
食事を終えたレオが言う。
「泊めてくれる上に、食事まで。ありがとうございます」
「いえいえ、助けてくれたお礼です。気にしないでください」
レオがイスに座りなおして言う。
「いったい何があったのです?」
ケビンは暗い顔をしてうつむく。
「借金をして船を買いなおしたんです。ですが、利子が高くて……」
「船を?」
「はい。一年前に港を魔物に襲われまして。船や網が全部だめになって」
「では、村全員が借金に?」
「はい。返せない者は奴隷を出せ、と。父も連れて行かれてしまいました。村が寂れたのもそのせいです」
「それはひどい」
「ただでさえ海での漁は魔物がいて危険だというのに……お金が払えなければ船か妹を寄越せと言われています」
「この状況に村長はなんと言っているのでしょう?」
レオが訪ねると、ケビンはぐっと拳を握りしめた。
「村長の代わりにいる網元がグルだったんですよ……それがわかってたら借りたりしなかったっ!」
「なるほど。役所に訴えてみては?」
「訴えました。王国の東海岸にある漁村を統括する長官に……。揉み潰されました」
「それは大変ですね」
「もう、村と仕事を捨て、街へ行くしかないのでしょうか……」
ケビンは暗い顔をして俯いた。
レオたちは顔を見合わせ、一つ頷いた。
◇ ◇ ◇
深夜。
漁村の寝静まった頃。
漁師を統括する網元の屋敷には明かりが付いていた。
気性の荒い男たちが酒や博打に興じている。
そんな広い屋敷の庭を、足音を立てずに駆け抜ける黒い人影がいた。
長い耳が揺れている。目の周りだけを隠す仮面をかけたティルトだった。
ティルトは屋敷の奥へ回り込むと、明かりの漏れる窓を覗いた。
豪華な調度の多い部屋に2人の男が対面して酒を飲んでいる。
1人は頬に傷のある中年の男。網元だった。
もう1人は三十代ぐらいの立派な服を着た男だった。顔はフードをかぶっているので見えない。
2人は何か小声で話し合っていた。しかし耳の良いエルフには丸聞こえだった。
網元はいやらしい笑みを浮かべて言う。
「今月は18人、借金のかたに捕まえましてでございます」
「順調だな。あとの2人も目処が付きそうか?」
「もちろんですとも。奴の家には火を放つつもりでございます」
「それがいい。失火の原因を擦り付けて犯罪者にしてもいいぞ。使用許可は出そう。村の住人がいなくなればこの地域一帯は私のものになるのだからな」
網元は髭の生えた顎を撫でながら言う。
「ですが他国との連絡はできているのでしょうか?」
「問題ない。すべては計画通りだ。次期長官として頑張ってくれよ」
「さすがです、長官――いえ、頭巾さま。これからもなにとぞよろしくお願いします」
網元は小袋を取り出して頭巾男の前に置いた。ジャラッと金貨の音が鳴る。
頭巾男が手に取って懐に入れた。
その時窓を見て、鋭い声を投げ掛ける。
「なにやつ!」
はっと顔を強張らせた網元が、腰に下げた短剣を抜きながら窓へと駆け寄り開け放った。
「にゃー」
そこには黒猫が1匹いるだけ。
網元は部屋を振り返って言う。
「猫です」
「そうか。気のせいだったか」
網元はまた部屋へと戻り、頭巾男と酒を飲み始めた。
それを屋根の上から見下ろしていたティルト。
「奴隷の輸出……? それにしちゃ、そんな奴隷の話は聞いたことねぇけどなぁ」
首を傾げるティルトの緑髪が夜風に吹かれてさらさらと流れた。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
漁村から10キロメートルほど離れた場所に、長官のいる町があった。
町は城壁に囲まれ、外門は閉ざされている。
門のところと壁の上には見張りがいた。しかし、がっくりと膝を突いて眠っている。
町の外れにある二階建ての大きな屋敷。
長官の家。しかし、ここも同じように衛兵は倒れこんで寝ていた。
屋敷の中も廊下にメイドや執事が眠り込んでいる。
二階にある長官の書斎にはレオとダークがいた。
目の周りだけ隠す仮面をつけながら、本や書類を漁っていた。
ダークが言う。
「なるほど。ここの長官カーライルは没落貴族ではなく、恭順貴族でしたか」
ファブリカ王国の貴族はほとんどが領地を持たない官僚貴族だった。世界樹のために国土の半分以上が砂漠化して貴族の多くが没落したため。
そんな中で、中央集権化を謀った国王側がすべての貴族に給金を支払う代わりに土地を没収し官僚として働かせた。
無理矢理従わせられた貴族たちもいた。守ってきた土地を取り上げられ、官僚貴族にさせられる。
そういった貴族たちは不満を抱えていたに違いない。
「何か企んでいるのは間違いなさそうだ」
「でも書類におかしなところはありませんね……」
「それはどうかな? ダーク、これ見て。奴隷の国外輸出許可は却下されてるけど、その奴隷を買い取ったのがシュガル諸島のヴァーヌス教会になってるよ。農場で働かせるってさ」
「シュガル諸島? それはおかしいですね。あそこの教会は土地を持っていなかったはずですが」
レオたちは前に一度、ナーガの船団護衛とともにシュガル諸島へ行ったことがあった。
島を駆けずり回って魔物を倒したため、島の内情には詳しかった。
「――どこか別の場所に運ばれてる、と考えた方がよさそうだね」
「でしょうね。……運搬は10人単位ですか」
「じゃあ、証拠になりそうなものを集めて、それから帰ろう」
「ええ」
ダークが眼鏡をくいっと押し上げて仕事を始めた。
ふと、レオが引き出しの中を見て、手を止める。
「この手紙……」
――と。
キンッと澄んだ音がした。
はっと顔を上げるレオ。急いで壁際に行き、窓からそっと外をうかがう。
「1、2、3……10人ぐらいに取り囲まれたね」
鎧を着た兵士が物陰に隠れて配置についている。
「やれやれ、見つかってしまいましたか」
「ダーク、頼むよ」
「わかっています。詠唱法陣起動4・6・13――昏睡微風」
ダークが分厚い魔導書を片手に囁く。
薄暗い部屋の中、小さな魔法陣が三つ現れて緑や黒の光を放った。
ダークの指先から白い霧のようなものが流れ、屋敷を取り囲むように隠れる兵士たちががぱたぱたと倒れこんでいった。深い眠りについている。
ダークがレオを見て頷く。
レオは手早く書類の束を纏め上げると、部屋を出て玄関へ向かった。しなやかな身のこなしは夜行性の動物を思わせた。
ダークも呪文を唱えながら後に続き、二人は夜の闇の中へと消えていった。
◇ ◇ ◇
深夜の小さな漁村。
ティルトは網元の屋敷を離れて、物置小屋の裏手に隠れていた。屋敷とケビンの家の中間地点。両方の家に目を配ることが出来た。
ティルトは少し暇そうに、ぼりぼりとお尻を掻きながら言う。
「手下が何人か森へ向かっただけで、今日は何もしねーのかな」
それでも物置の影から鋭い目で両方の家を見ていた。
すると。
「きゃー!」
突然、悲鳴が上がった。
続いて、ドォォン! という激しい爆発音。
「なんだよ!?」
ティルトが慌てて振り向けば、ケビンの家から火柱が上がっていた。
周りの家からも、驚いた人々が飛び出してくる。
「ケビンの家だ!」「早く消しなよ!」「だめだ、もう助からねぇ!」
漁師達やその奥さんたちが、火勢の強さにおろおろするばかり。
だが、ティルトの目には見えていた。
爆発に紛れて、背中に翼を持つ真っ黒い男が夜の闇に飛び上がるのを。
両脇にはケビンとサラを抱えていた。二人とも死んだようにぐったりしていた。
「くそっ! 魔族がいんのかよっ!」
ティルトは幼さの残る顔で舌打ちすると、飛び去る黒い影を全力疾走で追いかけた。
走りながら思う。
『使用許可を出す』と言っていたのは、飼っている魔族のことだったのか! と。
最初は魔族の飛ぶスピードが早くて追いつけなかった。
しかし歩いて30分ほどの場所にある森へ近付くと、魔族は速度と高度を落として着地態勢に入った。
ティルトは息を弾ませながら駆け寄って叫ぶ。
「おい! 二人を離せ!」
「ん? ――ばぁ!」
魔族が5メートルほど浮いている状態で振り返ったとたん、口から劫火を吐き出した。
ティルトを飲み込む玉となって飛来する。
「くそっ! ――火炎拳!」
はっ! と鋭い呼気とともに、ティルトは燃える右拳を繰り出した。
ドゴォォン!
火の玉とぶつかり、光と煙を放って爆発した。
ティルトの緑髪が激しく揺れる。
黒い翼を羽ばたかせながら魔族がニヤリと笑う。
「ほほう、火を操るエルフか。やっかいだが、いい拾い物だな」
「うっせ! 二人を返せっつーの!」
「ほらよ」
魔族は無造作に少女のサラを投げた。
ティルトへ向かって落ちてくる。金髪が流星のようになびいた。
「あぶねっ!」
ティルトは一歩踏み出しサラを抱えようと手を広げた。
しっかりと胸の前でキャッチする。軽く柔らかな肢体。
しかし、飛んでいたはずの魔族の姿が見えない。
「えっ――?」
「ここだよ、君! ――ふんっ!」
ドゴォッ! とティルトの脇腹に黒い拳がめり込んだ。
「がはぁっ!」
サラを抱えたままティルトは転がった。仮面が外れる。
攻撃がもろに入って動けない。息も吸えない。
魔族が少女を投げつけたのは、ティルトの視界を塞ぐためだった。
「寝ててもらおうか――睡眠」
「ちく……しょう……っ」
立ち上がろうとするものの、端整な顔を大きな手で掴まれた。
ティルトはそのままぐったりと動かなくなった。
魔族は白い牙をのぞかせておぞましい笑みを浮かべた。
夜にも更新します。




