閑話 恐怖の三悪人結集!
昼過ぎの太陽が上から照らす。
吹き抜ける風が冷たい。
広大な範囲を持つ獣人地区の西側付近の平原を、ローブをまとった6本腕の骸骨と、クッションを背負ったライオンが歩いていた。
骸骨は首を傾げながら何度も言う。
「ふははっ、良くぞ来たな勇者よ! 貴様の命はこれまでだ……くははっ」
横を歩くライオン――クッションでコウモリの翼と蛇の尻尾が隠れているキマイラが見上げる。
「さっきから、何をやっておるのだ?」
「いや、なに。勇者と対峙したら、悪の王として格好よく死にたいではないか。そのための練習だ」
「……別に構わんが、なんだか無理があるぞミストよ」
骸骨ことミストゥスは、はあっと溜息を吐く。
「どちらかというと、ワシは裏方の方が得意だからのう。地獄侯爵や夜魔伯爵のようには振舞えぬ」
「あの二人は特別だ」
「むしろ、そなたが親玉の役をやってはどうか?」
「なんの得がある? くだらん」
その時、南のほうで土煙が起こった。
キマイラはつまらなそうに目を向ける。
「誰か追いかけられているようだな」
「ふむ。気まぐれに助けるか」
「むしろ今日の昼飯だな」
キマイラはゆらりと前足を南へ向けた。
骸骨もローブをひるがえして足を進めた。
逃げているのは幌馬車だった。
豚の顔をした馬――ブーホースに乗った山賊が取り囲むように追いかけている。
山賊が馬上で弓を引き絞る。
放たれた矢は馬車の馬を射抜く。
もんどりを打って倒れる馬車。
御者をしていた少女が地面に投げ出される。
少女は顔をしかめて立ち上がろうとするが、すぐに追いついた山賊に取り囲まれてしまう。7人ほどの男たち。
「あーあ。逃げるから馬が死んじまったじゃねーか。さあ、観念しなよ」
「くっ、誰があんたらなんかにっ――あっ」
後ろから蹴飛ばされて、銀髪を広げて地面を這う少女。
吊り目がちの大きな瞳は意志の強さを感じさせた。
しかし、頭の上にある黒い猫耳はへにゃと伏せられている。
少女を取り囲む山賊たちの目が嗜虐的に光る。
「へっへっへっ、大人しくしてろよ」
「俺は、暴れてくれた方が燃えるけどな、げへへ」
「くっ!」
少女は細い腕で体を押さえ、しなやかな尻尾を腰に回す。
山賊たちの後ろから突然声が掛かる。
「その辺にしておいたらどうだ」
「誰だ!?」
山賊たちが振り返る。
そこにいたのは、ローブを着た背の高い男と、巨大な猫を思わせるライオン。
眼帯をした中年男がじろっと睨む。
「なんだこいつ。ついでに殺してしまえ」「ライオン連れてるからテイマーか?」「本人は何も出来ねータイプだな」「余計なことに首突っ込むからこうなるんだよ」
三人ほどの男が剣を突きつけた。
しかしキマイラが言った。
「いつから俺がミストの下僕になったのだ」
「「「しゃべった!?」」」
骸骨がローブの端を掴みながら言う。
「うむ。ワシはテイマーではない。ただの――亡霊なのだよ」
ばさっとローブを払いのける。
2メートルはある巨体。
6本腕には盾が1枚と武器5本握られている。
山賊たちが悲鳴を上げる。
「げえ! 化け物!」「こ、こいつ、どっかで見た!」「やべぇ、逃げろ!」
「待て、食料ども――おっと、クッションが汚れるな」
キマイラは背中にくくりつけていたクッションを、器用に外して下ろした。
バサッとコウモリの翼が広がる。蛇の尻尾がうねうね動く。
山賊の顔が引きつった。
「き、キマイラ!! ――こいつら、まさかっ」
「さあて、いただこうか――」
グラァッ! と大口を開けて襲い掛かる。
首筋に噛み付き、食い千切った。
こほー、と首筋から息を漏らして山賊は死んだ。
骸骨は暗い眼窩に赤い光を灯し、巨体に似合わぬ速度で踏み込んだ。
大剣が陽光にきらめき、山賊の首が3つ飛ぶ。
逃げようとする山賊に、キマイラが後ろから飛び掛って押し倒し、頭を噛み砕く。
骸骨が剣を振るうと右側にいた山賊の胴が真っ二つ。左は袈裟切りに切り捨てられた。
一方的な殺戮が繰り広げられた。
眼帯をした男がガタガタ震えながら手を合わせる。
「た、助けてくだせぇ、旦那」
「先に地獄で待っていろ」
骸骨は無造作に剣を振り下ろす。頭が弾けとんだ。
男の服を使って大剣についた血を拭う。
キマイラは山賊を頭から丸呑みしていく。
骸骨は逃げる暇もなかった少女に近付く。
尻もちをつく少女は細い手足を縮めて身構えた。
「一難去ってまた一難だな」
「どうする気よ」
骸骨は振り返ってキマイラを見る。もう2体目を食べ始めていた。
「この猫の少女はどうする?」
「デザートだな」
「まだ喰うのか」
「高速で吸収するからな。食いだめができる」
「便利な奴だ」
猫の少女は溜息を吐くと、手足を伸ばして大の字に横たわった。
「いいわよ。食べなさいよ。もう、どうでもいいわ」
「どこかへ行くつもりだったのか」
「……いいえ」
「目的は?」
そう問いかけたとたん、少女の青い瞳に怒りの炎が燃え上がった。
「勇者ケイカを殺したい。あいつだけは許せない!」
「ほう? 会ったことがあるのか?」
「ケイカ村から馬車を奪って逃げてきた。何よ、偉そうに説教を垂れて! 父さんのしたかったことを考えろ? 私たちの何がわかるっていうの! 父さんが目指したのは平穏じゃなくて支配なのよっ!」
寝転がりながら、ギリッと歯を噛み締めた。
骸骨は骨の顎を撫でた。
「ほほう……なかなか面白い女だな。支配者になりたいのか?」
「当然よ! 私は飼い猫じゃなく女王として生まれてきたのよ!」
寝転がりながらも、鋭い目付きで睨んでくる少女。
骸骨は、あっはっはと大声で笑った。
「これは頼もしいな。――どうだ、協力してやろうか?」
「え? 何言ってるの? だってあなた魔王軍の副司令官じゃ……」
「ふむ。知っておるのか。ワシの名は――いや、もうその名は捨てた」
キマイラが顔を上げる。
「何を言っている、ミスト?」
「ワシの名はミスッターだ! 少女、お前の名は?」
猫の少女は上体を起こしながらも意志の強い瞳で見上げる。
「チシャよ」
「そなたも女王になりたくば過去を捨てよ! 今日からお前の名はチーシャだ!」
「あんまり変わってない……」
ジト目で見上げるチーシャの呟き。でも尻尾が楽しそうにパタパタと揺れる。
骸骨はキマイラを見る。
「そしてグレイよ。そなたは今日から……グレスギーだ! どうだ?」
「……どうだ、と聞かれてもな。お前の名付けセンスがどうなのかと問いたい」
「いいではないか! 悪の3人、チーシャ、ミスッター、グレスギー! この世に悪を振りまく、女帝の誕生である!」
骸骨は楽しげに胸を反らして笑った。
チーシャが、のそりと立ち上がる。
「……まあ、2人の力は知ってるわ。女王にしてくれるなら、例えお遊びでもなってあげましょう――ただし!」
「なんだ?」
「私が一番よ! 私に従わないしたがないなら協力しないわ!」
キマイラことグレスギーが牙をむいて吠える。
「なんだと! 小娘が! 俺を従えるだと! 食い殺すぞ!」
「ええ、どうぞご自由に! 私はもう死んだも同然! 生まれながらの女王を殺すがいいわ!」
キマイラが顔を大げさにしかめる。
「……こいつ……完全に開き直ってやがる」
「ふふん、ワシの目を見て気丈にも言い返す根性があるのだ。女王になる気概はあると見ていいだろう――ではチーシャよ。女王らしく、何か言ってみよ」
ふふっ、とチーシャは腰に手を当てて微笑んだ。大きな胸、細い腰。尖った耳がぴーんと立つ。
スタイルの良さが強調される。
「私は女王よ! 欲しいものは勇者の命と、この世のすべて! 魔王も四天王もいない今、私がすべてを支配するのよ、おーっほっほっほ」
口元に手の甲を当てて高笑いする姿は、貴賓と妖艶さをかもし出していた。
骸骨は腕を組んで頷いた。
「うむ。いい感じだ。――では、行こうか」
「どこへ行くっていうのよ」
「そうだぞ、北は霜巨人たちの治めるブリザリア、南は人間の国、東は勇者に従う獣人たち、西は夜魔伯爵の国。どこにも行き場がない」
チーシャとキマイラが眉間にしわを寄せて反論した。
しかし骸骨の余裕な態度は崩れない。
「あるではないか、四天王が死んだため、混乱しておる国が」
「どこだ?」
「旧エーデルシュタインだ。この国を乗っ取って、我ら――いや、女王チーシャの国にするのだ」
「なるほど。エーデルシュタインか……。ん? 確かミストは」
「ワシはミスッターだ。過去はたった今捨てたのだ。――さあ、行くぞ。馬車に必要なものがあるのか?」
「ええ、食料とかいろいろ」
「では、山賊の馬を繋いでひかせよう――いざ、エーデルシュタインへ!」
骸骨はノリノリで言った。
なぜ塞ぎこんでいた骸骨がここまでやる気を出したのかわからず、キマイラは首をひねった。
とりあえず、考えるのをやめてクッションを背負い直した。
そして幌馬車を仕立てると、2人と1匹は南西の山岳地帯へと向かった。
◇ ◇ ◇
数日後。
骸骨たち3人は山道を越えて旧エーデルシュタイン領に入った。
周囲を山に囲まれた高原地帯。
標高が高く、昼間でも肌寒い。
農地はあっても、作付けは少ない。
主に鉱山が収入源だったが、魔王に占領されてからは、国民はすべて奴隷のように働かされていた。
幌馬車は街道を通り、村を過ぎる。
御者台に座るチーシャが呟く。
「すっごく、寂れた場所だわ」
「魔王軍に搾り取られたからな」
「こんな疲弊した国で女王になっても、嬉しくないわ」
「なに、国庫を解放すれば良い。食料を溜め込んであるはずだからな」
幌馬車の荷台にいる骸骨が言う。隣にはクッションの上でキマイラが丸まっていた。
「ん? 魔王軍のものじゃなくて?」
「魔王軍から独立する」
「できるの?」
「できる。エーデルシュタインは周囲を山に囲まれた天然の要塞なのだ。かつてエーデルシュタインはたったの1000人で7万の軍を押し返した――今なら、もっと……」
骸骨が大きな手を握り締める。微かに震えていた。
チーシャは気付かず前を見ている。
「まあ、任せるわ。私は女王としてふんぞり返るのが仕事だから」
「あっはっは。それでこそ女王だ」
馬車は進み、次第に上り坂へとなっていく。
高原の丘に出ると下り坂になる。
下に見えるのは、大きな湖と崩れた城壁に囲まれた小さな城。湖面に高い塔を何本も持つ城が映っている。
「へぇ。昔は綺麗な場所だったでしょうね」
「とても綺麗だった。この景色こそ、エーデルシュタインの宝だった……」
「あんた、えっとミスッター。えらくエーデルシュタインに肩入れするわね」
「む。――まあ、よいではないか」
あっはっは、と誤魔化すように大笑いする骸骨。
キマイラは無言のまま寝返りを打った。
そのまま城へと入った。
当然、門で止められる。
鎧を着た狼男が槍を突きつける。
「貴様ら、何者だ!」
「ミスッター、グレスギー、出番よ」
チーシャは御者台の上で背筋を伸ばして威厳のある態度を取った。
荷台から二つの影が飛び降りた。
ばさっとローブをはねのける。
骸骨で出来た巨体が姿を現す。隣には大口を開けてアクビするライオン――ではなくキマイラ。
骸骨は言った。
「チーシャ女王の凱旋である! 皆のもの、ひれ伏すが良い!」
「え、え? ミストゥスさま? グレイバロンさま?」
狼男はおろおろと槍を下げた。
チーシャは手綱を鳴らして悠々と馬車を城門へ入れた。
骸骨とキマイラが後に続く。
骸骨が振り返って命令する。
「お前はこの近隣にいる者どもに知らせろ! 謁見の間に集めるのだ!」
「はは~っ」
狼男は頭を下げると、急いで駆け出していった。
城の入口で馬車を止め、チーシャが降りた。
骸骨が言う。
「今から女王らしい服装に着替えるといい」
「そうね。私の――いえ、私たちのお披露目ですもの」
「……名乗りを考えといた方がいいか」
「任せるわ」
チシャは尻尾を立てつつ優雅に城の中へ入っていった。
骸骨が先に立ち、勝手知ったる足取りで案内していく。
キマイラだけは、呆れたように溜息を吐いた。
◇ ◇ ◇
柱の立ち並ぶ玉座の間。
魔物や人間が500人ほど集まっていた。
一段高くなった玉座に、紫のドレスを着てティアラをつけたチーシャが座っている。
その両脇には骸骨とキマイラが立っていた。
骸骨が朗々とした声で呼びかける。
「皆のもの! 今日からこの国は魔王の支配を脱し、独立を宣言する!」
「「「ええええ!」」」
どよどよと動揺する人々。互いに顔を見合わせあっている。
言葉は続く。
「反対するものは出て行くがいい。我らに従うものだけ残れ! 魔王と四天王が無き今、平和な暮らしを勝ち取る方法は独立しかない!」
チーシャが立ち上がる。
ドレスを揺らして一歩進み出る。顎を上げて、一同を眺め渡してから言った。
「私がエーデルシュタイン王国を統一するチーシャよ! 臣下にはより良い暮らしを。敵対者には鉄鎚を! 我ら3人が導いてあげるわ!」
玉座近くにいた、年老いた魔物が言う。背中は曲がり杖を突いている。
「いったい、あなたは誰なのでしょうか……?」
チーシャはビシッと天を指差した。
「あなたは誰だと聞かれたら!」
「答えてあげよう、国のため!」
骸骨がノリノリで続いた。
「子供の未来と魔物の平和」
「灰色の世界に白黒を!」
チーシャはドレスの上からくびれた腰に手を当ててポーズを取る。
「ラブリーキャットな女王チーシャ!」
骸骨が胸を張る。
「苦悩の参謀ミスッター!」
「眠れる獅子グレスギー」
キマイラが早口な棒読みで呟いた。
「国を統べる我らによって」
「愛と正義を伝えよう!」
「ナーンテニャ」
キマイラだけが目をそらしながらボソッと呟いた。その目は死んでいた。
しーんと静まり返る玉座の間。
おずおずと先ほど老人が尋ねる。
「つまり、チーシャさま、ミスッターさま、グレスギーさまとお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「そうよ! 女王チーシャが皆を導いてあげるわ!」
「この国を独立国として繁栄させることを約束しよう!」
「そ、そうですか……わかりました。一同、従いましょう」
広間に集った臣下たちは戸惑いながらも片膝を付いて恭順の姿勢をとった。
2人は段上で笑っていた。
キマイラだけが信じられないものを見る目付きで2人を見ていた。
◇ ◇ ◇
というわけで、そういうことになった。
骸骨がエーデルシュタインに詳しいため、次々と政策を打ち出していく。
まずは冬を越せるよう、国民に食料を配布。
それから鉱山の採掘を再開。
また崩れた城や外壁の修理、街道の整備などを公共事業としておこなった。
雇用兵士も募集する。
仕事が増え、金が回り始める。
これらはすべて人や獣人、魔物の区別なくおこなわれた。
当然、国民を種族で差別しないという法整備もされた。
玉座の間でチーシャに報告する骸骨。
「今後2年間は税率を押さえると伝えてあるため、国民の生活に余裕が出始めたな」
「けど、国の支出が多すぎて赤字じゃないの?」
「採掘した鉱物資源や宝石を売って外貨獲得をすればよいのだ」
「売れる?」
「国交がない以上、裏取引するしかないな。商人を通じて取引するつもりだ」
「うむ。良きに計らいなさい。――防衛戦力の方はどうなの?」
「そちらはグレスギーが司令官となって兵士たちを鍛えておる」
「そう。意外と順調ね――じゃあ、そろそろ食事のランクを上げてもいいわよね? 女王なんだから」
「う……まあ、それぐらいなら……」
「ふふっ、国のすべては私のものよ! おーっほっほ!」
チーシャは強烈な笑みを浮かべて高笑いをした。耳がピーンと立っている。
骸骨は表情が無いので、何を考えているか分からず。
そのまま引き下がるものの、小さな溜息を吐いた。
こうしてエーデルシュタインはチーシャ女王の元に魔王軍を離れて独自の道を歩み始めたのだった。
閑話 恐怖の三悪人結集! 終
でかいニャ○ス。
第七章はまだ苦戦中。一週間後ぐらいに開始予定。




