閑話 ラピシア、はじめてのお出かけ(その2)
本日2話目。
昼過ぎの王都クロエ。
明るい日差しが石造りの建物が立ち並ぶ街を照らしている。
大通りに面した公園のような場所にいくつかの露店が出ていた。
公園の奥には円筒状の試練の塔が建っている。
大通りの近くには屋台があり、お好み焼きに似たフィード焼きを売っていた。香ばしいにおいが漂う。
露店ではシートを広げた上に古着や金物、アクセサリを並べて売っている。
人々はちらほらと、冷やかすように各露店を見て回っていた。
そのうちの一軒に、燕尾服にシルクハットを被った紳士が小物を眺めていた。
不器用な彫刻が施された木の小箱や、歪んだ銀細工のペンダント。
それらをいちいち手にとっては、モノクル(片眼鏡)のはまった眼で見ていた。
太った髭面の男が話しかける。
「どうですかい、旦那。明日のプレゼントには最適でさぁ」
「ふむ。安物が多いな。本当にこんなものでプレゼントになるのか?」
「明日は感謝の日。世界に一品しかない手作りの品を送るのが普通でさぁ」
「なるほど、手作りか」
紳士こと地獄侯爵は、顎を撫でつつ頷いた。
「高級品は立派な店に行けば、いつでも買えまさぁ。しかし、こんな出来の良くない手作り品は一期一会。わざわざ相手に似合ったものを選ぶことに意味があるんでさぁ」
「なるほどな。……お」
侯爵は、鎖のついたキーホルダーを手に取った。
鉄製で、コウモリとドクロがデザインされている。
店主がへへっと揉み手しながら言う。
「それはなかなか頑張った品でして、へへっ。銀貨6枚(600円)でどうです?」
「ふむ。悪くないな」
侯爵が答えたときだった。
大通りをドドドっと足音を響かせて、小さな影が走り抜けた。
何気なく顔を上げると、白いワンピースを着た少女――ラピシアが緑色の輝きを放つ大きな葉っぱを掲げて走っていった。
侯爵は視線をキーホルダーに戻そうとして、驚愕に目を見開きラピシアを二度見した。
「なっ!? あれは! せか――」
世界樹の葉ではないかっ! と内心で叫ぶ。
手にキーホルダーを持ったまま、大通りへと出た。
走り去る小さな少女の背中。
やはり傘のように頭上に掲げるのは、世界樹の葉に間違いなかった。
後ろから声が飛ぶ。
「だ、旦那! 代金! 金払ってくだせえよ!」
侯爵は無造作にポケットに手をいれ、出した硬貨を親指でピンッと弾いた。
回転しながら弧を描き、後方へと飛んでいく。
太陽の光を浴びて金色にキラッと光った。
貨幣が店主の手に収まる。小金貨(5000円)だった。
「釣りはいらん」
「へ、へえ! ありがとうごぜえます!」
店主は髭面に笑顔を浮かべて何度もお辞儀をした。
侯爵は振り返ることなくラピシアの後を追った。
◇ ◇ ◇
ラピシアは元気に華奢な手足を振って、大通りを駆け抜けた。
途中で、一本奥の道へ入り、裏通りを駆ける。
そしてやってきたのは大きな倉庫が併設された素材商の店だった。
「いらっしゃいませ~」
ラピシアは店に入ると、カウンターに座る若い男性店員のところまで行った。
青いツインテールを揺らして言う。
「これ買って欲しい!」
ラピシアは持っていた傘ぐらいある大きな葉っぱをカウンターに乗せた。
店員が目を丸くする。
「こ、これは……! 君は1人ですか?」
「今日はラピシアだけなの!」
「そうですか……こちらは、どこで手に入れました?」
「友達からもらった!」
「うーん……いや、しかし……少々お待ちを」
「待つ!」
ラピシアは背筋をぴんっと伸ばして立った。大きな瞳で店員をじっと見る。
店員は葉を持ってカウンター奥にある事務机まで行った。
店を取り仕切るらしい初老の男に話しかける。
2人はしばらく葉を見ながら話し合っていたが、店員は顔をしかめながら戻ってきた。
カウンター前に戻ると営業スマイルを浮かべる。
「出所がはっきりしないので安くなりますがよろしいですか? 盗品だと困りますので……身分の確かな大人がいればいいのですが」
「う……」
ラピシアは言葉に詰まった。
ケイカに連絡されたらせっかくの作戦がだめになってしまう。
「小金貨8枚(4万円)でいかがでしょう?」
「それ、つおい?」
「強いかどうかわかりませんが、出所の保証ができないとこの程度かと」
「わかった、それで!」
「では、こちらを」
店員がお金を差し出そうとした、その時――。
「ちょっと待ちたまえ、君」
「はい?」
突然の声に店員が驚いて入り口を見ると、いつからいたのかマントに燕尾服を着た痩身の男が立っていた。
「こわっぱよ、今の葉、我輩が大金貨4枚(40万円)で買おう」
「侯爵!」
「え、貴族さま!?」
店員の目が驚愕で見開かれる。
仕立てのよい服。一目で高貴な身分とわかる姿。
侯爵は顔を手で覆いつつ、くくくっと悪巧みするような笑い声を出す。
「今の我輩は侯爵ではない。世を忍ぶ仮の姿、名前を……むむ、そうだな。我輩はどくろこうもりだ、ふははははっ!」
胸を反らしてポーズを取り、高笑いをする侯爵。
買ったばかりのドクロとコウモリのキーホルダーを掲げていた。
自分で仮の姿と言いながら、素性がばれていないと本気で思っているようだった。
ラピシアは目を輝かせて言った。
「どくろこうもり! かっこいい!」
「そうだろう、そうだろう! ふははははっ!」
ますます背を反らして笑う侯爵。
唖然としていた店員は、はっと我に返ると店の奥へ走った。
すぐに戻ってきて慌てて言った。
「すみません、大金貨5枚と小金貨6枚でどうでしょうか!」
「つおい?」
「あ、はい! これが限界かと」
侯爵はシルクハットをかぶりなおしてステッキを持った。
「さすがに我輩はそこまで出せんな。こわっぱ。それでいいだろう」
「わかった、おねがい!」
ラピシアはカウンターに身を乗り出していった。
店員がお金を出し、ラピシアが受け取る。ジャラッと金貨が音を立てる。
侯爵はモノクルをいじりながら言った。
「店員よ、レアなアイテムを売ってもらいながら裸で渡すのか? 小袋でもあれば入れてやれ」
「は、はい。貴族さま!」
カウンターの下から小袋を取り出した。
侯爵はマントをバサッと広げながらターンすると、肩越しに振り返って言った。
「では、また会おう。ふははははっ!」
「ありがと、侯爵! あ、どくろこうもり!」
「侯爵ではなぁ~い! くははっ……」
侯爵は高笑いしながら店の外へと出て行った。
その後ろ姿をラピシアは手を振って、店員は呆然と見送っていた。
ラピシアがカウンターに向き直って、握りしめていた金貨を出す。
「これもいっしょに!」
「はい、どうぞ」
お金を入れて小さな袋を差し出す。
ラピシアは受け取る。小さな手で大切に握った。
「ありがと!」
ラピシアは頭の上で手を振ってさよならした。
店の外へでていった。
◇ ◇ ◇
ラピシアは大通りを歩いて店を見て回った。
いくつかは決めていたらしく、白い石の塊やポーションなどを買っていた。
けれどもケイカとセリカとミーニャに何をあげるかで困ってしまう。
大切な人のことほど悩んでしまうもの。
眉を寄せて腕を組んで歩く。
その様子を見た古着屋のおばさんが話し掛けて来た。
そこで子供がする贈り物は手作りが多いと教えられた。
基本は紙に絵を書いてありがとうと言うぐらいで充分。
しかし、ラピシアに絵はあんまり上手くなかったし、すでにみんなの似顔絵は書いて贈っていた。
「もっと驚いてほしいの……てづくり、てづくり……」
けれどもラピシアに出来ることは少ない。
どうしてよいかわからず、うんうん唸って大通りを歩いていた。
――と。
体格のいい冒険者風の男がニヤニヤした笑いを浮かべながら話し掛けて来た。
「よう、嬢ちゃん、探し物かい?」
「うん! 明日のプレゼント買うの!」
「そうかい。なら、こっちにいいものがあるぜ」
「ほんと!?」
「ああ、本当だとも。ついてきな」
「うん!」
男はいやらしい笑いを浮かべながらラピシアを連れて人気のない路地裏へと入った。
高い建物に囲まれた薄暗い場所。
ラピシアが首を傾げる。
「なにもない? いいもの、どこ?」
「そりゃあ、お前の命だよ!」
血走った眼をしながら腰の剣を引き抜いてラピシアに突きつける。
ラピシアはまったく動じずに、ただ首を傾げる。
「ラピシアの、いのち?」
「死にたくなかったらお前の持ってる金をよこしな! ぐはは!」
男は大笑いすると、酒臭い息が広がった。
ラピシアは眉をしかめて男を下から睨み上げる。
「……おじちゃん、悪い人?」
「ガキが大金持ってたって意味ねぇだろ! 俺が有効に使ってやるって言ってんだよ!」
「いやっ!」
ラピシアは渡すまいと、小袋を両手で握り締めた。
男はチッと舌打ちした。
「ったくよぉ、大人しく金を渡せばいいってのに。バカなガキだぜ、まったく」
「バカって言うほうがバカ!」
「なんだと、てめぇ! ――死ね!」
男は鋭い呼気を吐くとともに、足を踏み出して斬りかかった!
――ガッ!
鋭い白刃がラピシアの頭に直撃して、そこで止まる。
血の一滴すら流れない。
男の目が驚愕に見開かれていく。
ラピシアが眉間にしわを寄せながら、ぐぐっと拳を握り締める。
「今度は、ラピシアのばん!」
「ちょ、ちょっと待て! なんだお前!」
「ラピシア! ……きゅあああああ、ぱぁぁんち!」
アッパー気味に打ち出された拳は、逃げようとした男の腹を吹き飛ばす勢いで叩いた。
ズドォンッ! とまるで大砲のような音が響く。
辺りの建物が衝撃波で揺れ、男は空へと飛んでいった。
音に気付いた人々が空を見上げて、首を傾げる。
赤い塊が形を変えながら街の外へと飛んでいくだけだったから。
男はただの肉塊になりながら街の外の平原に激突。大きなクレーターを作った。
白い光に包まれて急速に再生はしたものの、白目を向いて気絶していた。
路地裏で、うむ、とラピシアは大仰に頷く。
「ちゃんと手加減、した!」
手をはたくとお金と荷物を持ち直して大通りへと向かう。
影からこっそり見ていた侯爵が呆れて言う。
「なんだこの規格外の力は……手加減じゃなくて半殺しだろう……」
くしくも初見のケイカと同じ感想を呟く侯爵であった。
ラピシアが大通りへ出ようとしたところ、路地沿いの店から老人が飛び出してきた。
「いったい誰だ! 店の傍で大きな衝撃を出すやつは! 商品が壊れてしまうだろうが! ――お前か!」
ラピシアは戸惑ったが、大きな音を出したには違いなかった。
素直に頭を下げる。
「ごめんなさい」
「む。……まあ、壊れはしなかったから、もうするんじゃないぞ」
老人が店へと戻っていく。
ラピシアが目で追い、店に並ぶ商品を見た。
木や素焼きの皿が置いてある。「大皿特注サイズ承ります」の看板も出ていた。
食器屋だった。
「土! てづくり!」
ラピシアは老人の後を追って店に入った。
20畳ぐらいある広めの店内には棚にぎっしりと皿が詰め込まれていた。
老人が振り返って苦々しげに言う。
「なんだ、まだ何かあるのか? 遊ぶところじゃない。壊れたら弁償だぞ」
ラピシアは土を焼き固めた食器類を指差して言った。
「ラピシアも、これ作りたい!」
「あのなあ……砂遊びじゃないんだ。帰った帰った」
「お金、ちゃんとある!」
ラピシアは持っていた荷物を床に置くと、小袋を広げた。
ジャラッと金貨や銀貨が顔をのぞかせる。
「こ、こんな大金! いったいどうしやがったい!」
「友達からもらった! 足りない?」
「いや、充分だが……ん? ラピシア? キンメリクの親戚で確か勇者の……ああ、そういうことかい。お嬢ちゃん、家の人には内緒なのかい?」
「うん! 明日のプレゼント! びっくりさせるの!」
「なるほど……形がぶかっこうでいいなら、作らせてやろう。乾燥させないから割れるかもしれないがな。それでも材料費と指導料はもらうぞ」
「わーい!」
ラピシアは両手を上げて笑顔になった。
さすがに飛び跳ねたり回転はしない。暴れてはいけないと学習した様子だった。
店の奥の工房。
老人に案内されてラピシアが入った。
大きな作業台があり、土や粘土の塊が置いてある。ろくろもあった。
老人は粘土を適量取ると台の上に乗せた。
ラピシアは背が低いので、イスの上に立って作業台の上に上半身を出す。
「まずは粘土を叩いて押しつぶして、中の空気を抜く。それからろくろにセットして回しながら形を整える。口で言うには簡単だが、とても難しいから集中してやるんだ」
「わかった!」
ラピシアが粘土をぐいぐい押して、あっという間に空気を押し出した。
老人がラピシアの手つきを怪訝な顔で見つめていた。
「なんだ、この作業の早さは……焼き物用の固い粘土だぞ……嬢ちゃん、やったことあるのか?」
「ない! 初めて! でも、土のことはよくわかるの! 中の空気全部出した!」
「そ、そうかい……じゃあ、次はろくろに乗せて形を作るんだ――何を作りたいんだ?」
「んーと、ね……こういうので……」
手振りを交えて一生懸命説明した。
大きな土鍋と湯のみを作りたいらしかった。
「ふむ。面白いな。ただな、湯飲みはいいが鍋は難しいぞ。形がゆがむからな……まあやって見せよう」
老人はろくろに粘土を乗せると、お手本を見せた。
回しながら下からせり上げるように、土の形を創っていく。
「指先の力加減が肝心だ。力を入れすぎると、ぐにゃっと――ぬおおっ!」
説明していた老人がラピシアを見るなり叫んだ。
ラピシアの手元には、すでに完璧な形に仕上がった土鍋の原型があった。
「できた!」
「な、なんだと……! ろくろすら使わずにこの完璧な形……わしの人生はなんだったのだ……」
老人は激しいショックに、しばらく遠い目をしてブツブツ呟いていた。
それをラピシアは不思議そうに見つめて首を傾げるばかり。
子供とは言えさすが大地母神であった。
しばらく待っても老人の理性が戻ってこないので、ラピシアは勝手に作業を再開した。
粘土を千切って丸め、押しつぶして中の空気を追い出す。
そして手から黄色い光を発して粘土を成形、いくつかの湯飲みや皿を作った。
出来上がった品々を見ていたラピシアが、あっと声を上げる。
「侯爵と世界樹にも!」
また粘土を千切って小さな手でこね、形を作った。
我に返った老人が大量の作品を見て、また忘我の世界へ旅立ったのは言うまでもない。
書いてたら長くなってしまいました。
次で終わる、はず。明日の夜に更新予定。




