閑話 ラピシア、はじめてのお出かけ(その1)
晴れた日のケイカ村。
村の外れにある外壁近くの空き地で数人の子供たちがいた。
草の茂みにしゃがみこんで、ごそごそと何かを探している。
そこへラピシアが青いツインテールをなびかせて走ってきた。
「おはよ! なんの遊びなの?」
茶髪の女の子がにっこりと笑って顔を上げた。
「おはよー、ラピシアちゃん。これは遊びじゃないよー。薬草と虫の卵を探してるんだ」
ラピシアは体を横にして首を傾げた。ツインテールが地に付きそうになる。
「どーして?」
「明日はありがとうの日だからだよ。お父さんやお母さん、それにいいことしてくれた人にプレゼントをあげて、びっくりさせるんだー。薬草と卵を売ってそのお金にするの」
「そーなの!? 知らなかった! ラピシアも探す!」
がばっと草むらに飛び込んだけれども、薬草はあらかた採りつくされていた。
「ない……」
「もう村の内側のは全部取り尽くしちゃったかも。朝早くから頑張ってたから」
女の子は傍にあった木の枝で編んだ籠を見せた。
中には緑色の草がいっぱい入っていた。
小袋には茶色い色をした虫の卵。薬の材料だった。
眉尻を下げて悲しそうな顔をするラピシア。
「どーしよう……ラピシアもお金ほしい……ケイカやお母さんにプレゼントしたい……」
「え!? ラピシアちゃんは勇者さまと一緒にいるからお金持ってるんじゃないの?」
「もらってないの……」
「きっと言えばもらえるはず……あ。でも、今からだとプレゼントするってバレちゃうか」
「ラピシアもびっくりさせたい……どーしよう」
ラピシアは幼い顔をしかめてますます悲しげな顔をした。
女の子は大人のまねをするように腕を組んで、うーんと唸った。
「村の外に子供だけで出ちゃいけないし……でも大人に頼むとばれちゃうし……わたしじゃわからないなぁ……大人の人、それもすごく年寄りの人にこっそり聞いたらいいかも……」
「としより?」
「うん、すっごく年を取ってる人のことだよ」
「わかった! 聞いてくる!」
ラピシアは手を大きく振って別れの挨拶をしながら駆け出していった。
女の子が慌てて立ち上がると叫んだ。
「ラピシアちゃん! どこいくのー! そっちは村長さんちじゃないよ~!」
女の子にとって一番の物知りは前村長の老人のことだった。
しかし女の子の声は届かず、ラピシアは風のように走り去ってしまった。
◇ ◇ ◇
ダフネス王国の西にある高い山、グリーン山。
その頂上付近の洞窟にはエメラルドのように美しい緑の鱗を持つドラゴンが住んでいた。
ラピシアは妖精の扉から出てくると、すぐに大きな扉を開けて洞窟の中へと入っていった。
「ドラゴン! おはようなの!」
ラピシアの声が体育館ぐらいある高い天井の洞窟内にわんわんと反響した。
ラピシアの知る一番の年寄りがドラゴンだった。
ドラゴンはダンジョン管理画面を開いてポチポチと大きな爪で操作していたが、不思議そうに瞬きしながら周囲や入口を眺めた。
「む? ラピシア1人か? ケイカたちは?」
「ラピシアだけなの! 教えて欲しいの!」
「何をだ?」
「あのね……明日はありがとうの日でね……」
ケイカに内緒でみんなへのプレゼントを買いたいこと。そのために、お金が明日までに欲しいこと。でもどうしたらいいか分からないこと。だから一番年取ってるドラゴンに聞きに来たこと。
ラピシアは身振り手振りを交えて一生懸命説明した。
ドラゴンはじっと聞いていたが、ラピシアが話し終えると、ふむっと長い首で頷いた。
「借りるのはダメそうだな。ならば、恩を売った相手から金貨をもらえばよい」
「おん? ラピシア、何も売ってない」
ラピシアはきょとんとした顔で答えた。不思議そうに小首をかしげる仕草が可愛らしい。
ドラゴンは、目を細めて苦笑すると首を振った。
「そうではない。今までそなたの力で誰かを助けてきたはずだ」
「ラピシアが助けた……? う~ん」
ラピシアは眉間に可愛いしわを寄せて考えた。
「今までいろいろしてきたはずだ。例えば村の壁、ため池」
「あ! 世界樹助けた!」
ラピシアに笑顔が戻った。
確かに世界樹を救っただけでなく、切り株の周りを土に変えたり、塩水を溜めるプールを作った。
普通に考えて大金貨何百枚にもなる土木工事だ。
「おお、エルフ達にとっては命の恩人だな。きっとケイカに内緒で金貨1枚ぐらいもらえるはずだ」
「ほんとに!? わかった、行ってくる!」
ラピシアは頭の上で手を振ってから走り出す。白いワンピースがひらひらと揺れる。
その小さな背中にドラゴンは呼びかけた。
「それでもダメだったら、我が金貨1枚ぐらいやろう。たまごの礼にな」
「ありがとー!」
一度だけ振り返って大きく手を振ると、また洞窟の外へと駆けていった。
静かになる洞窟内。
しばらくの間ドラゴンは口の端を歪めて変な笑みを浮かべていたが、急に大きく息を吐いて顔を引き締めると、またダンジョン管理画面に目を向けた。
すると洞窟奥にあるダンジョン非常口から、黒いマントに燕尾服を着た痩身の男が現れた。
マントを大げさにはためかせて、悠々と歩いてくる。カツカツと靴の音が響く。
「どうした? ドラゴン。なにやら騒がしかったようだな?」
「侯爵か。今、ラピシアが来ていた」
「あの神の子か。一人でか?」
「ああ、そうだ。なんでも感謝のプレゼントを送りあう日らしい――」
ドラゴンは簡単に事情を説明した。
すると侯爵は犬歯をぎらつかせて悪い笑みを浮かべた。
「くくくっ! それは面白いっ! 我輩の恐ろしさを知らしめるチャンスではないか!」
「ほう? どうする気だ?」
バサァッとマントを翻してポーズを取る。
「ふふんっ。下僕どもの中で特に成果を上げた者に対し、安い何かを贈ってプレッシャーを与えるのだ! せっかく頑張って浮かれていたのに、安物を貰ったせいで水を差されて重圧で苦しむことになる! 回りのやっかみも生むだろう! 出る杭は打たれる、まさに地獄! どうだ恐ろしいだろう!」
ドラゴンは『それはただの勲章ではないか?』と疑問に思ったが、口にはしなかった。
「……さすが、侯爵だな、と言っておこうか」
「くくくっ、やはり強者には我輩の真の恐ろしさがわかるようだな――いやはや、こんなアイデアを即座に思いついてしまう我輩の才能が一番恐ろしい、ふははははっ!」
胸を反らして高笑いをする侯爵。
ドラゴンは視線をそらし、前足でポリポリと頭を掻いた。
「ああ、そうだな。恐ろしい恐ろしい」
「なんだ、その心のこもってない言葉は? ふふんっ、なるほど。嫉妬しておるのか――しかしプレゼントとは何を送るのだ?」
ドラゴンは長い首を傾げる。
「……さあ? 話を聞いたところによれば、親から子へ、子から親へ、大人同士でも贈ることもあるようだが……」
「ふむ。部下に少し調べさせるか……いや、何事も最初のインパクトが肝心! 今回は我輩自ら調べてやろう、ふはは! ――ああ、ドラゴン、部下たちには言うなよ?」
「わかっている。適当に言いくるめておこう」
「さすがドラゴン、話が早い。……では、またあとでな!」
侯爵は犬歯をギラッと光らせると、マントの端を掴んで体を覆い隠した。
一羽の黒い蝙蝠へと変化する。人のサイズのままなので巨大だった。
ふはははっ、と高笑いを浮かべて、そのままパタパタと飛び去っていった。
また静かになる洞窟内。
「やれやれ。今日は騒がしい日だ」
ふうっと息を吐くと、ドラゴンは長い首を左右に振った。でも心なしか、楽しそうに口の端をゆがめていた。
◇ ◇ ◇
ケイカ村の北に広がる大森林。
その東にあるエルフの村。世界樹は幻影に隠されている。
ラピシアは心地よい木漏れ日の照らす土の道を、手足を降って駆けていた。
村へ入ってすぐに美しいエルフの女性に声を掛ける。
「おはようなの! えらい人に会いたい!」
「おや、これはラピシアさま、おはようございます……ヤークトさまに会いたいのでしょうか? お一人で?」
「うん! ラピシアだけなの!」
「わかりました、こちらへどうぞ」
女性に案内されて、ラピシアは世界樹の傍へ来た。
緑生い茂る世界樹は、高さ20メートルぐらいにまで育っていた。
太い幹の傍にはイスとテーブルが置かれており、そこに美中年ともいうべき族長のヤークトが座っていた。
ラピシアを見るなり、ヤークトは立ち上がって挨拶をする。
「これはこれはラピシアさま。おはようございます」
「おはようなの!」
「ケイカさまはおられないようですね。どうされたのですか?」
「お金欲しい!」
「え?」
「あのね……」
ラピシアはかくかくしかじかと事情を話した。
ヤークトは真摯な態度でふむふむと頷いて聞いていた。
「なるほど、わかりました。そういうことならお力になりましょう。金貨1枚でよいのですね」
「ほんとに!? ありがと!」
ラピシアは笑顔になって小さな両手を差し出した。
しかし突然、頭上の世界樹が、ざわ……ざわ……とざわめいた。
ヤークトが急に驚いて目を丸くした。
「え、え!? なんとおっしゃられました、世界樹さま!?」
「どうしたの?」
世界樹は神とは言え、まだ幼いので神同士で話す心話は使えなかった。
眷族であるエルフを通じて意思を伝える。
ヤークトが額に吹き出る汗を拭きながら言う。
「世界樹さまが、お礼は世界樹の枝で払った、と言っております。なので渡せないと」
「え……そうなの」
ラピシアは悲しげな顔をして肩を落とした。ツインテールが力なく垂れる。
ざわ……ざわわ……と世界樹の枝が不気味に鳴る。
「いえ、お待ちくださいラピシアさま。勝負に勝てば、お金を差し上げても良いと言っております」
「しょうぶ? なにするの?」
わさわさと軽快に枝が揺れた。
「……限定じゃんけん? 沼? それは何でしょうか……え、冗談? ――はい、はい。ははあ、わかりました」
「なんて言ってるの?」
「音楽に合わせて5分間、踊りきったら勝ち、間違えたら負け、だそうです」
「わかった! やる!」
ラピシアはテーブルの傍を離れて広い場所へ出た。
明るい日差しの中、世界樹と向かい合う。
すると、世界樹の枝がゆらゆらと複雑に揺れ始めた。
キラカラコン、サラサラサラ、と木の枝が打ち鳴らされ、葉の擦れる音が美しい音楽となって流れ始めた。
その音にあわせて、ラピシアもゆるゆると動き出す。足を広げ手を伸ばし。
ゆっくり動く姿は踊りというより太極拳に似ていた。
しだいに枝の動き、葉の鳴る音が早くなる。
カッ、カカッ! シャッシャッシャッ!
ラピシアも音に合わせて激しく動き、白いワンピースの裾をめくれさせて飛び跳ねた。
――と。
曲が中盤に差し掛かった頃。
突然、ピタッと世界樹の動きが止まった!
しかしラピシアも瞬時に止まる。片足を上げ、両手を広げた体勢で。
大きな瞳でチラッと世界樹を見るラピシア。
世界樹は悔しそうにざわざわと、また音を鳴らし始めた。
ラピシアもゆらりと手足を動かす。
その後も何度か世界樹は止まったが、ラピシアは完璧に不思議な踊りを踊り終えた。
疲れた顔をしたヤークトが、ぱちぱちと拍手する。どうやらMPを吸われたらしかった。
「素晴らしいです、ラピシアさま。今まで世界樹さまの挑戦に成功された方はいません」
「そーなの? じゃあ、ちょうだい!」
ラピシアが両手を差し出すと、世界樹がざわざわわ! と激しく枝を揺らした。
ヤークトが通訳する。
「もう一回、もう一回だけ! と言っておられます」
「ん~、わかった! じゃあ、今度はラピシアのばんなの!」
「それでいいそうです」
「うんっ」
ラピシアは明るい広場に出て、また太極拳みたいな踊りを踊り始めた。
今度はラピシアの動きに世界樹が音を付けていった。
初めはゆっくり動き、次第に早くなっていく。
ツインテールを振り乱してくるくる回る!
世界樹の枝がザワワワンッと鳴る。
――が。
急に背筋を反らしたイナバウアーの姿勢で、ピタッと止まった。
しかし枝葉止まらず、少しだけザザッと鳴った。
逆さまの顔で世界樹を見て、ニヤっと笑うラピシア。
「ラピシアの勝ち!」
世界樹は嵐にあったかのように枝をザアアッ! と鳴らした。
全体をローリングさせて暴れ、太い幹が柳のようにしなる。
よっぽど悔しいらしかった。
ぐわんぐわん揺れる幹に、ヤークトが抱きついて叫ぶ。
「おやめください、世界樹さま、折れてしまいます! 世界樹さまぁ! ――あ、もう一回と言っておられます、ラピシアさま!」
ラピシアは口を曲げて嫌そうな顔をしたが、すぐに世界樹を指差した。
「わかった! でも今日はもうムリなの。また遊びにきていい?」
世界樹は、しばらく全身を揺すっていたが、最後に右側の枝だけわさわさ鳴らした。
OKの返事。
「うん、わかった! 友達なの!」
ラピシアが元気に答えると、世界樹は静かになった。
ヤークトは、ほっと胸を撫で下ろすと、近くに控えていたエルフにお金を取ってこさせた。
それをラピシアへ渡す。大金貨1枚。
「こちらが約束のお金です」
「ありがとー!」
ラピシアは小さな手で受け取り、ギュッと握り締めた。
すると、世界樹から巨大な葉っぱが落ちてきた。
もともと一枚一枚が人の顔ぐらい大きかったが、これは大人の胴ぐらいの大きさがあった。
ラピシアが葉っぱを拾って持ち上げる。まるで緑の傘のよう。
「これは?」
「あ~、ええ――それも売って代金にしたらいい、友達のためだから。とのことです」
「そうなんだ! ありがと! じゃあ、また遊ぼ!」
ラピシアは片手に金貨、片手に葉っぱを掲げて駆け出した。
慌ててヤークトが説明する。
「その葉は世界樹の葉と言って、万病に――」
しかしラピシアは聞くことなく凄い速さで駆けていった。
ヤークトは心配そうに顔を歪める。
「誰か部下をつけたほうがよかったでしょうか……心配ですね」
一方、世界樹は嬉しそうに枝を小刻みに揺らしていた。
同じ子供の神同士、世界樹にとって初めての対等な友達だった。




