第121話 侯爵は生きてる?
第六章開始です。
俺は地獄侯爵と取引をしてたまごを手に入れつつ、辺境大陸に渡って妖精界を取り戻した。妖精の扉が自由に使えるようになり、移動が楽に。
ただ魔王四天王の死霊術師ゲアドルフを倒しそこねた。ゲアドルフは恋人を生き返らせるのが目的だが、俺には間違ってるとしか思えなかった。
辺境大陸は魔王の精鋭が支配する地域。
かつて栄えた太陽教の生き残りがいたが、滅亡しかけ。
そこで俺は生き残った人々を一箇所に集めて助けることにした。
その素朴な人々からは神のごとく崇められた。
ゲアドルフを倒すべきだが、完全に雲隠れした。
ダンジョンコンクールが終わるまでは出てこない気のようだ。
◇ ◇ ◇
お粥を食べた翌日。
妖精の扉を通って、人魚の島へ行く。
芝居の得意そうな人魚を雇うため。
ドラゴンのダンジョンで働いてもらうつもりだった。
昼の日差しの降り注ぐ暖かい島。
外輪船にはセリカが連絡係として残ってもらい、ラピシアとミーニャを連れて行った。
着くとすぐに、たくましい体躯の人魚ガーランド王と会った。
「待たせたな、ガーランド」
「問題ない。選んでおいた。こちら4名が役作りの得意な人魚になる。本職には負けるが」
浜辺に並ぶ人魚の女性が4人がいた。
十代の少女1人、二十代の女性2人、五十代の女性1人。
みな肌が白く、色気のある肢体をしていた。貝殻で胸を隠し、腰周りには草を編んだスカートを着ている。
「これだけ美人ぞろいなら問題ない。あとはセリフさえ覚えてもらえれば」
「詩の暗唱が得意な者たちなので、きっと役に立てるだろう」
おばさまといった感じの上品な年配女性が代表して喋った。
「初めまして、ケイカさま。私はモニカ。よろしくお願いします」
「ああ、頼む。仕事の内容は、ドラゴンのダンジョンでラスボスをしてもらう」
「「「えっ!?」」」
人魚たちの美しい顔が驚きで固まる。
モニカが恐る恐る言う。
「私どもは、戦うのは苦手なのですが……」
「大丈夫、戦いはしない。危なくなったらファブラドラゴンが助けてくれる」
「まあ、神話竜の? ……それなら大丈夫そうですね」
「それに、なんていうか、コンクール用の未解放ダンジョンだ。審査員とやり取りはするが、冒険者を相手にすることはないと思う」
「わかりました。全力で頑張らせていただきます」
「頼むぞ。魔王を倒すためには優勝しなくてはいけないからな」
ガーランドが言う。
「ケイカさまのために、人魚族のために頑張ってきてくれ」
「「「はい!」」」
俺は人魚たちを連れて妖精の扉へと向かった。ラピシアも卵を抱えてついてくる。
妖精界を抜けて、ドラゴンの住むグリーン山へ。
魔法で浮かんでいる人魚達を連れて、ドラゴンの洞窟へと入った。
相変わらずの緑の巨体が丸まるようにしてうずくまっている。
寝ているようだった。
「どうした、疲れたのか? ドラゴン」
「んあ……? ああ、ケイカか。侯爵の部下達を運んだのだが、DPを節約しようと荷物などは自分で運んで少し疲れた――お?」
ドラゴンの巨大な目が人魚を捉えた。
人魚達がびくっと体を震わせて俺の後ろに隠れた。
しかし、視線は人魚を素通りして、ラピシアが抱えるように持つ白いたまごに止まった。
「たまごか!」
てててっとラピシアが前に出て、両手でたまごを掲げた。
「白くした! 浄化した! もう大丈夫!」
「おお、そうか、それは助かる!」
ドラゴンが嬉しそうに目を細めた。しかし前足を伸ばすけれども、急に止めた。
「いや、今は返してもらっても守れる自信がない。ダンジョンを作り変えるには時間が……コンクールで階層を増やすまで、持っていてもらえないだろうか?」
苦しげに眉間にしわを寄せるドラゴン。子が帰ってきたのに守れない母の顔。
俺は助け舟を出す。
「たまごが山ほどある迷宮に放り込んでおいたらいいんじゃないか? 2個でも問題ないだろう」
「おおっ、それもそうだな! さすが、ケイカだ!」
ドラゴンの顔がぱあっと明るくなり、嬉々としてラピシアからたまごを受けとった。
そんなやりとりをしていると、人魚達が前に出てきた。
怖そうに見えて実は子煩悩なところに安心したらしい。
ドラゴンに紹介する。
「それでだ、この人魚達が働いてくれることになった」
「おお、挨拶が遅れてすまなかった。我がダンジョンマスターのドラゴンだ」
「初めまして、モニカです。よろしくお願いします」
残りの人魚達も自己紹介していく。
「一応、人魚の族長に頼んで劇が得意なものを集めてもらった。まあ、セリフを言うだけだからなんとかなるだろ」
「だな。もう15階層はプールにしてある。そこに居て欲しい」
「わかりました。ドラゴンさま」
「こちらこそ、よろしくな」
ドラゴンに案内されてダンジョンへ入った。15階層は出口が広く、ドラゴンでも通り抜けられた。
1辺が数百メートルある、広いプール。深さも充分。プールの中央には島があった。
縁から中を覗きこんだモニカが言う。
「他のモンスターはいないようですね」
「ここで、ダンジョンをやって来た冒険者達に料理を勧めて欲しい」
「あー、若返りの効果があるという」
「そうだ。なにかいい料理はできたか?」
俺が尋ねるとモニカは難しい顔をした。
「それが……なかなか、人間の好みにあうものができなくって困っています」
「だったら、ドラゴン。兎獣人の料理人いたよな? ジェラートだったか。あとうちのミーニャも貸すから、みんなで料理を考えて欲しい」
「ふむ。それならばしかたない。ジェラートに言っておこう」
俺はミーニャを見た。
「ミーニャ、いいよな?」
「ケイカお兄ちゃんのため。頑張る」
無表情ながら、ふんっ、と鼻息荒く答えた。尖った耳はぴんと立ち、目が自信で輝いている。
辺境大陸の食材と調理法まで覚えて、さらに料理スキルに磨きが掛かっていた。
――俺も美味しいご飯が食べられるようになるから、一石二鳥だ。
「よし、頼んだ」
人魚達はモニカともう1人が料理作りに参加することに。
残り2人はドラゴンから手渡された台本を読み始めた。
「おお~! よくきました、冒険者のかたがたっ! さぞお疲れになったことでしょう~!」
「ここは楽園っ! 悠久の時を生きられる場所!」
人魚達の大げさな声が、プールに響き渡る。
「……演技にちょっと力が入りすぎだな。セリフもちょっと……書いたのドラゴンか?」
「我の台本に文句を言うのか! ならば書いてみるがいいっ!」
ドラゴンが顔をしかめて怒った。ちょっと泣きそうになっている。
俺は頭を掻きつつ、フォローする。
「いや、人魚たちならこれぐらい大げさな方が雰囲気出るな。このダンジョンのラスボスだし。いいと思うぞ」
「そ、そうだろう! 寝ずに考えたのだ!」
白い牙を見せて笑った。コンクールまで時間がない中でセリフも考えたのだから、上出来だろう。
その後洞窟へ戻った。
ミーニャと人魚は洞窟内のキッチンへと飛ぶ。
ドラゴンに別れを言って、ラピシアを連れて帰ろうとした。
すると黒いマントに燕尾服を着た、喋らなければ渋みのある痩せた男が洞窟に入ってきた。
「部下達は一応、落ち着いたぞ。細かい作業はこれからだが……お。ケイカではないか」
「進捗具合は順調みたいだな」
マントをバサァッと広げてポーズを取る。
「我輩の手にかかれば、この世の問題などすべて児戯! 赤子の手をひねもすようだ!」
「言葉がおかしいぞ侯爵。疲れが出てるみたいだな」
侯爵の目の下に隈ができていた。
短期間で4000人を無事に避難させたんだから、ヴァンパイアと言えども支配者として心労が出るのは当然だろう。
もちろん、一人も欠けることなく移動させた手腕は見事だと感心する。
「ふ、ふんっ! 時にはわざと間違えることで、魅力を増しているのだ! 血にワインを足すようにな! ――ああ、そうそう、ルーナのことだが」
急に話を変えてきた。自分でも苦しい言い訳だと思ったらしい。
「ルーナがどうした?」
「もう引き取ってくれ」
「ん? まだ数日じゃないか」
「教えることはなくなったと部下が言うのでな」
「もう!?」
まあ、有り得ないぐらい大量にLv上がって、さらに自分でこつこつボスクラスの魔物を狩り続けて。今はLv60を超えているから当然か。
「おそろしく飲み込みが早かったそうだ。1を教えたら10をこなし、初日ですでに一対一では勝てなくなったと」
「ほう……すごいな」
「あとは海に出て大海支配者を目指せばいいだろう――もう、エビルスクイッドの跡はルーナが継げるはずだ」
侯爵は感慨深いといった表情で頷いていた。
「そうか……わかった。連れて行こうか……いや、外輪船にまで来るように伝えてくれ。船の警備をしてもらえば一石二鳥だ」
「わかった。伝えておこう」
侯爵は、ふぅ~と吐息を吐いた。
お疲れの様子なので、立ち去りながら別れを言う。
「じゃあな、侯爵。またあとで。もう各階層の迷宮は作ってくれていいから」
「わかった。少し休んだら、ドラゴンと作ろう」
「俺もあとで確認するから。――ん、ラピシア?」
ラピシアは侯爵のすぐ傍へ近付き、じーっと顔を見上げていた。
侯爵が眉をひそめる。
「なんだ? こわっぱ」
「侯爵、生きてる?」
「な、何をいきなり、失礼な! 我輩をそんな手垢のついた概念で捉えないでもらおうか! 我輩は生死を超越した場所にいるのだ、ふははっ」
そういう無駄な虚勢が、より一層疲れる原因じゃないのかと思ったが、言わないでおく。
「侯爵は、生きてる」
うむっとラピシアは大仰にうなずくと、高笑いをする侯爵から離れた。
アンデッドなのに生きてるとはこれいかに。
「どういうことだ?」
笑い止んだ侯爵が訝しそうな目で俺を見てきた。
「俺が何か言ったわけじゃないぞ。ラピシアは今『生きる』について悩んでるところなんだ」
「くだらんな。そんなこと考える暇があったら、考えずに楽しめば良いのだ」
「侯爵は人生楽しそうだな」
「当たり前だ! 楽しくなくて何が人生か! 楽しむからこそ人生なのだよ! わかるかね? ふははっ――ごほっ、ごほ」
無理に笑ったのでむせていた。でも侯爵が楽しそうで何よりです。
もうこいつは別次元で生きてると言っていい。
ドラゴンが長い首を捻りながら言う。
「生きるとは、か。なかなか難しいことを考える。さすが神の子」
「ちなみにドラゴンの生きるってなんだ?」
俺が尋ねると眉間にしわを寄せつつもあっさり答える。
「我にとって生きるとは、試行錯誤だな。長く生きてるとな、昨日まで正解だったことが、今日になって間違いになることもある。ゆえに試行錯誤だ。その繰り返しの中で、小さな温もりを見つけるのだ」
ドラゴンは手の中を見下ろした。白いたまごを、いつくしむような優しい目で見て微笑む。
ラピシアは、じーっとその様子を見ていたが、急に走り出すとドラゴンの前足にぎゅっと抱きついた。白いワンピースが揺れる。
そして、すぐに離れて戻ってきた。
俺と手をつなぎながら、空いた方の手を振る。
「ドラゴン、ばいばい」
「んん? うむ、たまごのこと世話になったな」
変な行動に首を捻りながらも、ドラゴンは礼を言った。
あんまり時間を取らせても悪いので、別れを告げるとラピシアの手を引いて妖精の扉へ向かった。
外輪戦へ行ったがルーナがまだ来ていないので、今度はラピシアに船の番をさせて、セリカを連れて王都へ行った。
少年リオネルを村長として迎える準備のために。




