第114話 人魚と軟体魔物村!
ダンジョン会議を終えた俺は、外輪船へとやってきた。
西の空が赤く染まっている夕方。
人魚のクリスティアは戻ってきていた。
甲板に横たわり、不安そうな顔で尋ねてくる。紫の髪が頬に掛かっていた。
「子供たちがこのままだと危険と聞きましたが……」
「ああ、そうだ。だから移動させる」
「わかりました。お願いします」
俺が船室へ向かおうとすると、クリスティアは手を付いてずるずると這ってきた。
時間がかかりそうだったので、彼女を抱え上げる。
「あ……っ。ケイカさま、すみません……まだ地上移動を覚えてなくて」
少女のように頬を染めて、俺の首に抱きついてくる。
「気にするな」
クリスティアを抱えて船室へ行った。
まずはマーリンの部屋に入った。
ベッドにぐったりと横たわっている。
「おかーさん……」
「マーリン、元気出しなさいな」
「ちょっとしんどいと思うが、ついてこれるか?」
「うん……」
のろのろとベッドから起き上がった。
マーリンを連れてプルラのところへ。
プルラも同じように浅い呼吸を繰り返して寝ていた。
俺はベッドにクリスティアを降ろすと、勇者の証を使って子供2人をパーティーに加えた。人魚は妖精なのでパーティーに入れなくても通れる。
「それじゃ、行くぞ。ついて来るんだ」
「「はい……」」
クリスティアを抱え上げて妖精の扉へ向かった。
子供たちはとぼとぼと、俺の和服の後ろを掴んで付いてきた。
妖精界を経由して、ケイカ村へと戻る。
扉を通ったとたんにマーリンとプルラは元気になった。
クリスティアが安堵の微笑みを浮かべ、俺の首にぎゅっとしがみついてくる。わりと重量のある胸が押し当てられた。
部屋を出たところでセリカと出会った。青い瞳を丸くして抱えられたクリスティアを見ていた。
「け、ケイカさま? いったいどうされたのです? ――ケイカハーバーに服は支給しておきました。予備も含めて」
「おお、さすが優秀だな。んで、クリスティアと子供たちはこの村に住んでもらう」
「まあ! 住民達の理解は……いえ、大丈夫そうですね。問題があるとすれば国からの横槍でしょうか」
「だから口裏を合わせる。いいかみんな。ルーナ、マーリン、プルラは魔族ではなく神獣ということにしろ」
「「「ええ!?」」」
全員が驚きの声を上げた。
「何を驚いている。新種なんだから、誰も実態は知らない。図鑑にも載ってない。だから神獣と言い張れば否定できないはずだ」
「さ、さすがですわケイカさま」
「ケイカさまの深慮には驚かされます」
セリカとクリスティアは呆れたような微笑みを浮かべていた。
俺は子供たちを見て言う。
「でだ、この村には魔物避けの結界が張ってある。だから村の外に出ないようにな。二度と中へ入れなくなるぞ。母親とも一生会えなくなる」
「ひっ、わかった!」「わかっちゃ!」
子供たちは頭のクラゲをぶるぶると振るわせつつ、何度も頷いた。
――まあ、また妖精の扉使えば戻ってこれるんだが。
魔物とばれてしまう危険があった。
これだけ脅しておけば大丈夫だろう。
「じゃあ、お前たちの住む場所を教える」
「「「はい」」」
俺はクリスティアを抱えたまま、まずは屋敷の東の部屋へ行く。フィオリア親子の隣。
「兄妹でここを使ってくれ」
「わあ。いい部屋」「いいへちゃ」
それから屋敷を出た。
外は午前中の爽やかな日差しで光っていた。
裏庭に回って風呂場へと入った。綺麗な水が張ってある。
「クリスティアはしばらく風呂場で我慢してくれ。すぐに専用の小屋を建てさせる」
「わかりました。ありがとうございます」
クリスティアは手を伸ばして水風呂に入ろうとしたが、俺は抱えたまま離さなかった。
「……? ケイカさま?」
「あと、お前たちに任せたい仕事があるから、見に行くぞ」
「あ、はい。わかりました」
クリスティアを抱えて屋敷の敷地を歩く。
セリカと子供たちが後ろからついてきた。
敷地には木々に水をまくフィオリアとリィがいた。
俺に気付いて目を丸くする。
「まあ、こちらは人魚さんですか?」
「そうだ。人魚のクリスティアだ。こっちは息子のマーリンと娘のプルラ――こちらのエルフはフィオリアとその娘リィだ。庭の手入れをしてもらってる」
「初めましてフィオリアさん」
「こちらこそよろしくお願いしますわ。クリスティアさん」
エルフと人魚が微笑みあった。母親同士、通じ合うものがあるらしい。
「話はまたあとだ。ちょっと行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませケイカさま」
フィオリアは頭を下げた。
修道士のファルにも紹介しておこうと思ってお守り販売所を覗いたが、奴隷の少女がいるだけだった。
治癒師なので病院の開業準備を手伝いに行っているのかもしれない。
探す時間も面倒だし、あとにしよう。
クリスティアを抱えて外に出る。
村人達は伝説に近い人魚を初めて見て、驚愕で目を見開いていた。挨拶の言葉すら失っていた。
途中、村長宅へ寄った。
腰を抜かしてへたり込む村長に言う。
「村長、こちらが新しく住人になるクリスティアだ。見て分かるとおり人魚だからな」
「は、はひっ」
「クリスティアです、よろしくお願いします」
俺に抱えられたまま、頭を下げてお辞儀した。紫の髪が流れるように揺れた。
「あとこっちの子供たちは神獣――つまり神の使いだ。丁重に接しろよ」
「よろしくおねがいします」「しますっ」
「わ、わかりましたケイカさま……いやはや。生きていて人魚と暮らす日が来ることになるとは……」
村長はよろよろと立ち上がり、額の汗を手の甲で拭っていた。
なんだか心労が絶えないようだった。
セリカが優しい声をかけた。
「村長さん、驚いたでしょうが、これからもいろいろあると思います。頑張ってくださいね」
「はい、若奥様。頑張らさせていただきます……正直、引退したいですが……」
「わ、若奥様だなんて……まだ」
セリカは急に赤くなった顔を、両手で覆い隠した。
「それじゃ、新しい仕事を教えたい。村長も一緒についてきてくれ」
「わかりました」
全員を従えて、ぞろぞろと家を出た。
村の西へと向かう。
すれ違う人たちはやっぱり驚いていた。
着いたのは村のため池だった。
「この池で魚を飼おうと思う。クリスティアとマーリン、プルラは魚の世話を頼みたい。いわゆる魚の養殖だ」
俺の腕の中でクリスティアが頷く。
「なるほど。それなら私でもできそうです」
「ぼくもがんばる!」「あたちも!」
「全員にあとで水着を届けさせよう」
名案だと思ったが、村長が渋い顔をした。
「この池で泳がれるのですか? 危険かもしれません。それに養殖も無理かもです」
「どうしてだ?」
「私どもは過去に何度か魚を放し飼いにしようとしたのです」
「ほう」
「ところが、気が付くと魚が消えてしまっていたのです」
「盗まれたのか?」
「結界があるので魔物は入れません。だから村の誰かが盗んでいるのだろうと、見張りを立てましたが、なぜか魚が消えてしまうのです。今はもう諦めております」
村長は苦虫を噛み潰したような顔をした。
――確かに魚を飼えれば、もう少しだけでも生活が楽になったはずだ。
ずっと前から魚を飼えばいいのにと思っていたが、こんな理由があったとは。
「おかしな話だな」
俺は千里眼や真理眼で見たが、魔物がいるわけではなく、水が酸やアルカリというわけでもない。おかしいところは何もなかった。
クリスティアが言う。
「水に触れさせてもらえないでしょうか?」
「ああ、わかった」
俺は呪文を唱えて池の上に立った。それからクリスティアの手が届くようにしゃがんだ。
セリカ以外のみんなが驚いていた。
クリスティアはそっと手を伸ばし、水を掬った。
「……この水はどこから引かれてますか? 川? それとも湧き水ですか?」
「この大陸を縦断する大河から引いてきている……何か有害な物質でも含まれているのか?」
「いえ……なんでしょう? 本当に微かですが、違和感をひしひしと感じます」
「なんだろうな。とても綺麗で澄んだ水だと思うんだが……事実、畑には影響が出ていない」
クリスティアは子供たちを見た。
それから真剣な目で俺を見上げた。
「お願いします、ケイカさま。ここで泳がせてください」
「いいのか? 危ないかもしれないぞ」
「ケイカさまのために、私たちにできることがしたいのです。人魚のためにも……。もし危なくなったときは――子供たちをお願いします」
心細そうな目で俺を見た。
しかし命が惜しいからではなく、魔物の母親として、人魚族の代表として、役立たずになってしまうことへ不安を感じているのだと思われた。
――クリスティアも必死なんだな。我が子のために命を投げ打つ姿勢。
その心意気やよし。
俺は力強い笑みを浮かべて答えた。
「心配するな。何があっても絶対に助けてやる」
「ありがとうございます、ケイカさま」
クリスティアは俺の腕の中から飛んだ。紫の髪をなびかせ、魚体を反らして水面下へと潜る。
あまりにも綺麗な飛込みだったため水しぶきはほとんど上がらず、小さな波紋が水面に丸く広がるだけだった。
岸辺にいた子供たちが騒ぎ出す。
「ぼくも!」「あたちも!」
「セリカ、危険だから、絶対入れさせるな」
「はいっ、ケイカさま! ――いい子だから、お母さんに任せましょうね」
そう言いながら、子供たち2人を両脇に抱え込んだ。
「はなせっ」「はなちぇ~!」
じたばたと暴れる2人。
赤いクラゲの触手がぺちぺちとセリカを叩いたが、平然と立っていた。強い。
その間にも、クリスティアは透き通る水の中を華奢な肢体をうねらせて、縦横無尽に泳ぎ回った。
魚の下半身と長い尾びれを持つだけあって、さすがに早い。
池の中へと斜めに差し込む朝日を浴びて、紫の髪と白い肌、そして青い鱗がキラリと輝く。
……ていうか、ここの水、池にしては透明度高すぎないか?
一番深いところを泳ぐクリスティアの姿がありありと見える。彼女が底を擦るように泳いでも、泥の1つも舞い上がらない。
「おかしいな。キレイすぎるのがおかしい」
俺の言葉に、子供を抱えたセリカが首を傾げる。金髪が揺れて輝いた。
「どういうことでしょう?」
「普通は落葉や土が入って腐敗して、もっと水は汚れるものなんだ。目に見えない小さな微生物が活動してな。それがいない気がする」
俺はなんだか嫌な予感がして、水面を両足で踏み閉め、太刀の柄に手を添えた。
――と。
クリスティアの動きが止まった。
池の底に何かを見つけたらしく、砂を掘り返すように手で払っている。
しだいに砂に埋もれていた、直径2メートルぐらいの丸い玉のようなものが掘り出される。
なんだろうか?
と思ったら、池の砂がぶわっと舞い上がった!
丸い玉が横に開く。目玉だった。巨大で真っ赤な単眼がギロッとクリスティアを睨む!
池の半分を覆うような透明な体を持つ、アメーバ!
核の部分が単眼になっていた。
クリスティアは驚いたあまり、ゴボッと白い息の塊を吐いた。
口を押さえて、慌てて上へ泳ごうとする。
しかしアメーバから伸びた透明な触手が尾びれに絡みつく。
彼女の顔が苦しげに歪む。
俺は舌打ちした。
「――《瀑布分割》」
池の水が左右に割れる。
俺は底へと飛び込んだ。濡れた砂に着地。
真理眼で化け物を睨みつけながら、囚われのクリスティアへ走る――。
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【ステータス】
名 前:ビホルダーゲル
種 族:従神獣族(大海神従者)
職 業:海流整調師(天地創造手伝い104番)
属 性:【大水】【熱水】【凪】
攻撃力:2500
防御力:4000
生命力:0005/1万25000
精神力:0007/6000
【スキル】
生命吸収:周囲にいるものの力を吸い取る。
絡みつき:触手で絡め取る。
天変眼光:すべての状態異常を引き起こす光線を出す。光炎ダメージ。
海流操作:海の流れを設定通りに流す。
濃度調整:海の水を生命の住みやすいように濃淡や成分などを調整する。
河川創造:海へと流れ込む川を作る。
酸溶液放出:触手から酸を出して、溶かしながら細かい造型をする。
成分抽出:水や物から任意の成分を抽出する。
【水属性無効】【炎属性無効】【水圧無効】【熱水無効】
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「…………」
俺は足を止めた。
いろいろ言いたいことはあるが、後回し。
「ビホルダーゲル。力を分けてやるからそいつを離せ」
俺は太刀を収めると、右手を光らせながら、触手の1本に触れた。
一気に流し込む。ビクンッビクンッとアメーバ状の体が波立った。
精神力を、続いて生命力を分けてやる。
やはり神に近い存在のようで、簡単に受け渡せた。
真っ赤だったビホルダーゲルの目玉が青色に戻った。
HPもMPも全快して、ふるふると透明な体を元気に震わせている。
触手が絡み取っていたクリスティアは俺の目の前にそっと下ろされた。
怯える彼女を抱え上げる。
「大丈夫か?」
「……ケイカさま……ありがとうございます」
水を飲んだのか、美しい顔が少し青褪めていた。俺の胸にギュッとしがみついてくる。
落ち着かせるため、頭と背中を撫でてやった。
ビホルダーゲルは青く澄んだ一つ目で、じいっとこちらを見ている。
「ビホルダーゲル。ずっとここにいたのか?」
丸い目玉がこくっと下がった。頷いたらしい。
「大海神のお手伝いをしてたのか」
また、こくっと頷く。
「忘れられたのか?」
また、こくっ。
はぁ~、と俺は溜息を吐く。
「あの、バカッ」
ようはお手伝いとして呼び出したか連れてきたビホルダーゲルを、天地創造後も回収し忘れたらしい。
俺は言った。
「ここで魚を飼うつもりなんだ。お前のご飯は別にやるから魚や泳ぐ者たちは食わないでくれ」
目玉はコクッと頷いた。
「それとも海に行きたいか? どこか行きたい場所は?」
ざわざわと触手が揺れ、目玉がくるくると回転。考えているらしい。
しかし、また俺を見ると、目玉は左右にふるふると揺れた。
「この池がいいのか。あとで責任者のリリールに話しつけてやるから。それまでは我慢してくれ」
アメーバの体をぶるぶる震わせ、目玉は何度も上下した。
それを見ながらリリールに心話で話しかける。
――リリールいるか?
『なんでしょう?』
――ビホルダーゲルって知ってるか?
『はい。天地創造のときに海を整えるお手伝いをしていただいた神獣ですよ』
――ケイカ村の池で一匹死に掛けてたんだが、お前回収し忘れただろ。
『えっ!? ……あ。う、前任者から引き継いだだけですから……わ、私の責任は……』
――それビホルダーゲルに言っていいのか? 手続きミスでずっと放置してましたと。ひどいやつだな。
『わぁぁ! ごめんなさぁぁい~!! 近いうち、ケイカ村に行きますから!』
――そうしてくれ。自分で謝れ。あとエサはなにやったらいい?
『えっと、肉でしょうか』
――わかった。……他にドジして迷惑かけてないだろうな?
『うぅ……もうないと思います……』
前に聞き忘れたことがあったので尋ねておく。
――魔物が魔王の命令を受け付けないようにする方法を教えてくれ。
『はい……それはですね……』
素材や構成術式について教えてもらった。
ついでに思いついたので尋ねる。
――そういや、エーデルシュタインの宝石は手に入ったか?
『それが、鉱山の中は掘り出されたあとでした。アンデッドを使って全部掘り出したみたいです』
――なにしに行ったの?
『う……っ、ひどいです、がんばったんですぅ!』
なんか、べそをかき始めたので心話を切った。
アンデッドということはゲアドルフが秘密裏に掘り出したに違いない。聖剣を作らせないためか。逆に言えば、ゲアドルフを倒せば手に入るということ。
俺はクリスティアを抱えて上に戻った。
池を見ると、ビホルダーゲルはアメーバの体を波立たせて、底の砂の中に潜っていった。
しかしあのステータスとスキル。使い道があるかも知れない。
うむ、ただ飯食わせるのもあれだ。食費分ぐらいは働いてもらおう。
クリスティアがそっと呟く。
「……ケイカさま、ひょっとして神獣さまか何かでしょうか?」
「ああ、神様の手伝いをして天地創造した神獣だな。微生物すら食べて生き延びてたんだから許してやってくれ」
「わかりました……助かってよかったです」
セリカが言う。
「驚きましたわ。ここに神獣がいらっしゃったなんて」
「そうだけどな……なんか俺、大海神リリールの尻拭いばっかりやってる気がする」
「それだけケイカさまが優秀な勇者なんだと思いますわ」
セリカは微笑みながら言った。彼女にそう言ってもらえると、少しは気が晴れた。
あとは村長に言って、池で増やせる淡水魚を注文させた。
屋敷に帰る。
クリスティアを水風呂に入れて休ませた。
ちょうどファルが病院から帰ってきたので診察させる。人魚を見て目を丸くしていた。
やはりファルでも驚くか。
これで村人にビホルダーゲルを紹介したらどうなるだろう。
絶対、刺激が強すぎるよな。
人魚のクリスティアが打ち解けて魚の養殖が軌道に乗ってからにしよう。
で。
こうなってくると徴税官の貴族がうるさく言ってくるだろう。
先回りして王様に訴えようと思った。
クリスティアの髪の色を赤から紫に変更しました。赤髪が多すぎるのに気付いたので。




