第115話 王様とケイカ村交渉
セリカを連れて妖精の扉をくぐり、王都へ向かった。
昼には少し早い時間で、親父の宿屋は昼食の準備で忙しそうだった。
ミーニャの部屋を出ると廊下で華奢な少年、リオネルに会った。
「こんにちは、ケイカさんセリカさん。魔法で飛んでこれるようになった、ってミーニャさんが言ってたけど、本当だったんだね」
「ああ、勇者だからな。このことはあんまり喋らないようにしてくれ」
「うん。それで、お昼は食べていくの? ミーニャさんが手伝ってるけど」
「いや、いらない。それより忙しいんじゃないのか?」
「ん~。ミーニャさんいるし、2人雇ったから大丈夫だよ」
「そうか。うまくいってるんだな」
「うまくいきすぎたぐらい?」
そう言ってリオネルは、はにかみつつ首を傾げた。金髪がさらっと流れた。
――というかこの子は町長の息子で商売上手。頭も良かったな。
「……今思いついたが、新しい仕事してみる気はないか?」
「新しい仕事? どんなの?」
「とある未開の村を導く仕事だ。危険も多いし、とても難しい仕事になると思う」
「ケイカさま……それはいくらなんでも無茶ではないでしょうか?」
セリカが心配そうに眉をしかめた。
その様子で察したのか、リオネルは茶色の瞳に聡明な光を称えて、真剣に尋ねてくる。
「――ケイカさんにとって大切なことなの?」
「勇者として信じてくれる人たちだからな。魔王を倒すために必要なんだ」
「ふぅん」
リオネルは天井を見上げて眉を寄せた。幼さの残る顔に大人びた仕草。
「危険だから無理にとは言わない。できるだけ守るが」
「場所はどこになるの?」
「辺境大陸の西海岸だ」
するとリオネルは、ふうっと微笑んだ。
「随分と遠いんだね。本の知識でしか知らない場所。いつかは行ってみたかったんだ。危険かもしれないけど――それもありかな?」
「やってくれるか。助かる」
「うん。引継ぎがあるからすぐには無理だけど」
「俺からも、あとで親父に言っとくよ」
「うん。それじゃあね」
リオネルは胸の前で小さく手を振って仕事に戻った。
店は忙しそうだったので、先に王城へ向かった。
王都の中央にある、高い尖塔を何本も持つ白亜の城。
門番に【勇者の証】を見せつつ訪問の旨を告げると、すぐに玉座の間へと案内された。
魔王退治は最優先事項なので、あらゆる謁見、執務よりも優先した。
廊下を歩いていると、エトワールが赤い髪を揺らして早足でやってきた。
「ケイカさま、ご機嫌麗しゅう」
「久しぶりだなエトワール。急いできて、どうかしたか?」
「……婚約が決まってしまいそうですの」
「それは良かったじゃないか。おめでとう」
すると彼女はすみれ色の瞳に涙を浮かべて唇を噛んだ。
「ケイカさま……うぅ……申し訳ありませんでした……さようなら」
くるっと踵を返して、エトワールは走り去った。
セリカが和服の裾を引っ張ってきた。形の良い眉を悲しげに寄せている。
「わたくしからもお願いです、ケイカさま、エトワールさまを許してあげてはいただけないでしょうか……」
「エトワールはセリカのように上に立つものとしての帝王学みたいなものは学んでいると思うか?」
「え? はい、それは王族ですから修められているでしょう」
「そうか」
俺は頷いただけで、先へと歩いた。
柱の立ち並ぶ、大広間へと入った。
段上の玉座にダフネス国王が座っていた。白い髭の似合う老人。
俺は立ったままだが、セリカは片膝を付いて頭を下げていた。
王様は堂々とした声で言った。
「よくぞ来たな、勇者よ。元気そうで何よりじゃ。セリカも頭を上げよ」
「お久しぶりです、王様」「ダフネスさま、お久しぶりでございます」
俺は軽く会釈をし、セリカは深くお辞儀をした。
「ケイカよ。その後の進展はどうであった?」
「報告が重なりますが四天王は3人倒しました。4人目のゲアドルフはあと一歩のところで逃しましたが、彼が10万のアンデッド軍を使って企んでいた世界同時侵略は、直前にすべて破壊して未然に防ぐことに成功しました」
「おお! なんたる大活躍! さすが我が国の誇る勇者である! 今後もその調子で頑張ってくれ」
「力の限り努力します、王様」
俺は微笑んで答えた。
王様は広間を一瞥してから言う。
「して、ケイカよ。今日来たのは何か頼みごとでもあったのではないか? 村のことか?」
「さすが王様、耳が早い。実は、ケイカ村と王都を繋ぐ道を舗装しました」
「うむ。それは聞いておる。少し問題になっておるぞ。防衛が難しくなる可能性があると」
「はい、ですのでケイカ村を北の守りの要にしようかと考えます」
「ほう? 具体的にはどうするつもりじゃ?」
俺は胸を張って答えた。
「まずは高い石壁で村を囲おうと思います。その周囲には深い外堀を作ります。もちろん自費でやります」
「ふむ。まず、ということはまだあるのじゃな?」
「あとは防衛に人だけでなく、獣人や神獣を使おうと考えます」
大広間にいる騎士や文官がざわめいた。戸惑う気配が伝わってくる。
王様は気にせず面白そうに頷いた。
「ほう! 人以外を使うとな! ――非常時に役に立つのか?」
「ケイカ村は国の北端。北には大森林が広がり、その向こうはもう魔王軍の占領地になります」
「であるな」
「その占領地は獣人たちの住む地域。今、村にいる獣人たちは魔王の圧政から命からがら逃れてきた人々なのです。だから魔王軍に対しては死に物狂いで戦うことを保証します」
「ほほう。それは心情的によくわかるが、内通者を招きいれておるやもしれんぞ?」
さすが王様。痛いところをついてくる。
「その可能性はゼロではありませんが、獣人達は奴隷になってもよいと言っておりますので、信頼に足ると思いました。何かあれば責任を取ります」
「それならば定期的に魔法使いを派遣し、魔法で心を探らせれば問題なかろう。――しかし神獣を配置すると言うのは? ドルアースでナーガとの関係を構築したのは報告を受けておる」
王様のほうから助け舟を切り出してくれるとは。すでに国王が知るほどに実績があるのだから、これで周りの者たちも正面きっては文句を言えなくなったはず。
俺はもっともらしく聞こえるように話を作った。
「ナーガたちと同じで、魔王に苦汁を飲まされ、行き場を失った神獣たちなのです。旅の途中で知り会いました。人にはない有意義な力を持ちます。その者たちをケイカ村で保護したいのです。勇者の力になると誓ってくれました」
微妙に違うのだが、こう言ったほうが受けは良いはず。
「ふむ。魔物すら仲間にするという伝説がある勇者が言うのであるから、そうなのであろうな」
「では獣人以外に、エルフや人魚、スライムなどの神獣と暮らすことを許可していただけますか? 責任は俺が持ちます。それに魔王の率いる魔物は凶悪です。普通の人より神獣たちの力を借りたほうが防衛力が上がるかと」
「すぐに許可、というわけにはいかぬな。ただ、試しに様子を見てみよう。問題がなさそうであれば正式に許可することにしよう」
ざわめく配下に配慮したらしく、そういうことになった。
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます、王様。あとは大きな村にするつもりなので、学校や病院、商店や宿屋を経営する許可をいただきたいのです。もちろん税は納めます。むしろ国の防衛の要になるので、王の直轄領にされてはどうかと」
「なるほど。その方が何かと国を守りやすいな」
何人かの貴族が不満そうに顔をしかめた。地方貴族の力を削ぐことに繋がるから。
その分、王は権力を増せるのでかなり乗り気の様子。
貴族に反対されては困るので、この場はフォローを入れておく。
「村としてかなりの収益も見込めます。ケイカ村を領地としていた貴族の収入が減る分に関しては、その貴族の農地の結界を増やすことで対応したいと考えます」
「ほう、どのぐらいの収入増を見込んでおる?」
「人が集まるはずなので、ドルアースや王都に継ぐ収入になるかと。西の町ケルキラよりは多いでしょう。今後は北方の獣人地区を解放すれば、ケイカ村は交易都市にもなりますから。人ではなく神獣の力を使いますし、すでにエルフと人魚には働いてもらってもいます」
人魚を働かせている、と言う言葉に、大広間のどよめきが増す。本当はまだだけど。
「それはすごいのう……。一度見てみたいものじゃ。にしても直轄領か……」
「これはきたるべき魔王との最終決戦に必要な用意でもあります、王様」
もちろん嘘だが、こういえば勇者としての判断になるから反対しづらくなる。特に貴族たちが。
王様は髭を掴むように撫でつつ、首を捻った。
「しかし、そこまでとなると、ただの村では難しいな。ケイカがずっと防衛に当たるわけではなかろうし……」
「そこで提案があります、王様」
「なんだ、言ってみよ」
「第2王女エトワールさまを村の代官にされてはどうでしょうか」
「なっ……! エトワールをか!」
ええっ!? と人々が騒ぐ。「それはさすがに」「調子に乗りすぎでは?」などと陰口を叩く者もいた。
セリカも驚いていた。
「け、ケイカさま!? ……それは……いえ、でも理想的な結論かもしれませんね」
俺はニヤッと笑って王様に言う。
「エトワールさまには、ドルアースでは大変お世話になりましたから」
王の直轄領にして、王族を配置する。徴税官程度の貴族では文句が言えなくなる。
――それに今の村長の様子を見ていると、心的限界が近いと思われた。
人魚を見ただけで腰を抜かすぐらいだ。
ナーガやビホルダーゲルに働いてもらうことになったら倒れること間違いなし。
それにエトワールが代官なら邪魔されずに村を好き放題できるはず!
エトワールの婚約も当分先延ばしになるだろう。
王様は喜ぶような困ったような複雑な顔をした。
しかし、厳かな声で言う。
「……わかった。ケイカ村とその農地をわが国の直轄領とし、エトワールをケイカ村の代官に命じよう」
――えらい、さすが王様!
周りがついに声を上げた。
「国王!」「ダフネスさま、それはあんまりです!」「幾ら勇者とは言え危険が!」「エトワールさまは婚約の予定が……」
王様は手を挙げて周りの声を収める。
「すでに勇者ケイカは確認が取れただけでもエビルスクイッドとバリアムークを倒し、荒ぶるドラゴンを諌め、ロニ村を襲撃から守り、ガフ盗賊団を壊滅させた。それらに対して、わが国はまだ何も恩賞を与えておらぬ。本来なら領地の1つでも与えていいところじゃぞ?」
そうなると貴族たちの領地が勇者のものになりかねない。まだ直轄領のほうが再分配の可能性はあるだろう。
と、貴族たちは判断したらしく、苦虫を噛み潰したような顔で黙っていた。
まあ俺としても、領地を貰うのはなんのメリットもなかった。税収入はなくても、魔物素材の売却益とドライド商会からの配当金で充分活動できる。最近では賽銭も増えてきたし。
身分の保証と言う点では貴族より勇者の方が価値は高い。
逆にここで少ないとはいえ領地をもらってしまうと貴族扱いになってしまう。すると今後、獣人地区やエーデルシュタインを取り返したときに、ダフネス王国の貴族が取り返したのだからエーデルシュタインはダフネス王国のもの、なんてことになりかねない。
ずっと支えてくれたセリカのためにも、そんな争いの種は撒きたくない。
王様も分かってくれているようだった。
――というか、ガフ盗賊団ってなんだ? と思ったら。
この前、銅像で倒した盗賊団だった。勇者試験のトーナメントで斬り殺したガフが率いていたらしい。
思わぬ後押し。
俺は笑顔で頭を下げた。
「認めていただきありがとうございます、王様。よりいっそう魔王退治に励みます。あと徴税官にはよろしく言っておいてください」
「うむ。頑張ってくれたまえ」
俺とセリカはもう一度頭を下げて踵を返す。
大広間はまだ不満な空気が漂っていたが、声を上げて反対するものはいなかった。
鶴の一声で勇者ケイカ村の特別な配慮は完全に認められた。
俺はふと思いついて、居並ぶ貴族や騎士を見た。
ヴァーヌス教関係者が不満に思うのは当然として、貴族が何人か苦い顔をしていた。
念のため、不満顔の奴らのステータスを見て、名前を覚えていった。
――暇なときにでも内情を調べてやろう。
そして、俺は意気揚々と王城を後にした。
昼真っ盛り。
親父の店を経由してケイカ村に戻った。
その時、親父と話してリオネルを別の場所で働かせることに同意してもらった。
ケイカ村では村長に、ここが直轄領になってエトワールが代官としてやってくると伝えておいた。また腰を抜かして尻餅をついたが、面倒なことは自分の責任じゃなくなると知って、ほっとしていた。
あとは建築家のメルビウスに会ってさらなる建築を頼んだ。
材料費が足りないと言うことで、セリカが支払っていた。
屋敷の部屋に入ると、気が緩んだ。
ベッドにセリカと並んで座る。
「なんだか疲れましたわ。昼なのに」
「ああ、俺たち的には夜だからな。時差だ」
俺が時差を説明するとセリカは、はぁーと感心していた。
「場所によって時間が変わるのですね。さすがケイカさまです。勉強になりました」
「妖精の扉は便利だが、その辺が難しいな。明日は辺境大陸の他部族を助けに行くから、夜中起きだな」
「わかりました。あと、思ったのですが」
「なんだ?」
「妖精の扉でバラバラに移動すると、ケイカさまがどこに行ったかわかりませんでした。分かるようにしないと今後、探すのが面倒かもしれません」
「なるほど……俺は勇者の証でだいたいわかるが、みんなは困るか……。よし、名札を作って、各行き先を書いた板にぶら下げるようにするといいな」
「そうしてもらえると助かります……ふぁぅ、ごめんなさい」
セリカが噛み殺すようにあくびをした。眠いらしい。人前であくびしたのが恥ずかしいらしく、頬を染めて俯いていた。ちょっと可愛い。
「昼飯食べたら休むか」
「はい、ケイカさま」
クラリッサに昼食を頼もうと思ったが、ミーニャが店の昼食を4人前持って帰ってきたので、それを食べた。
ドルアースで獲れた魚の味噌焼きだった。
――いつの間にか、ケイカハーバーから味噌を持ち帰っていたらしい。
ミーニャはいつもどおりの無表情で言う。
「ケイカお兄ちゃんが喜ぶと思ったから」
「ああ、最高だ。ありがとうな」
「ん。また作る」
俺が褒めても無表情は崩れなかったが、尻尾が嬉しそうにそわそわと揺れていた。
起こされたラピシアは眠そうな目をしながら、それでもソーセージだけをもひもひと無言で食べていた。
食べ終わるとすぐに寝た。




