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恋話

43話目です。

よろしくお願いします。

「もう一発くらい、撃ちこんでおきましょうか?」

「リリリアさん……貴女、楽しくなってきてはいませんか?」

「えっ、えっと……」

 つい、と目を逸らしたリリリアに、ルーナマリーは首を振った。

「音を良く聞きなさい。もう戦いは終わってますわ」

 軽い音を立てて、長い大幣を地面に突き、ルーナマリーは近くに置かれたフルーレティを見遣った。彼女が、動いたような気がしたからだ。

 目が覚めたとしても、水晶の鎧の上からしっかりとロープで縛り上げ、符によって封印している。

「……むぅ……」

 唇から小さなうめき声が漏れたのを、ルーナマリーもアムドゥスキアスも聞き逃さなかった。

「離れなさい」

 ルーナマリーがリリリアたちを下がらせている間に、アムドゥスキアスはジャマダハルを構えてフルーレティへと近付いた。

 うっすらと目を開けたフルーレティは、ぐるぐると視線を回し、自分が縛られている事に気付く。

「これは……。あの男の中からは脱出できたのですね」

 縛られている事よりも、オワルの体内から出られたことの方に安堵する。閉じ込められた体内で、気絶するほど締め上げられた時、死を覚悟していた。

「裏切り者と、イナリ教のシスターですか……」

「裏切り者呼ばわりは、いい加減にやめてもらおう。もはや辺境伯の勢力は壊滅した」

 アムドゥスキアスが指差した先は、辺境伯邸の三階。無惨に壁が破壊され、開いた大穴からは煙が出ている。

「なんということを……! 辺境伯様……」

 顔の部分のみ水晶を解除し、驚いた声を上げ、歯を食いしばる。

「その忠誠心には畏敬の念すら感じるが、敗者は大人しく現実を受け入れるべきだろう。それに、君にはやってもらわなくてはならないこともある」

 膝をつき、顔を近づけたアムドゥスキアスは、人間の状態に戻っている。静かに、刺激をしないように話しかけてはいるが、フルーレティはその全てを無視した。

「何をやっているのです」

 ずい、と前に出てきたルーナマリーは、大幣でフルーレティの顔を押さえつけた。

「命が惜しければ、言う事を聞きなさい。すでに貴女の主はいないのです。義理立てすることもないでしょう」

「ま、待ちたまえ」

 黙ったままのフルーレティに向かって、さらに大幣を振り降ろそうとするルーナマリーを止めるため、アムドゥスキアスは慌てて身体を挟むようにして庇った。

「いくら敵とはいえ、やりすぎではないか? すでに縛についている者を、いたずらに傷つけるべきでは無い」

「見上げた紳士ですけれど、想いを秘めた女性に対して認識が甘い、と言わざるを得ませんわ」

「なにっ?」

 ルーナマリーに肩を掴まれ、無理やり横へと退かされたアムドゥスキアスは、それでも彼女を止めようとした。

 だが、そこで見たのは水晶の鎧を消し、空いた隙間から抜け出して水晶の剣を振るうフルーレティの姿だった。

 アムドゥスキアスの背中を狙った一撃は外れ、ルーナマリーの腕を浅く傷つけた。

「シスター!」

 自分の甘さに歯噛みしながら、素早くジャマダハルで水晶剣を叩き落とす。

「……殺しなさい」

「そうはいかん。君には、皇女殿下を元に戻してもらう必要がある」

「貴方を命令を受けるいわれはありません。殺すつもりが無いなら、自害するだけです」

 再び生み出した水晶の剣。その切っ先を自らの喉に向けた時、オワルの声が聞こえた。

「はい。そこまで。辺境伯はまだ生きてるよ」

 全員の視線が、邸の門だったあたりから歩いてくるオワルと魅狐へと集中する。

 老翁を背負った魅狐と、皇女同様に水晶へ閉じ込められた辺境伯の息子を担いだオワル。並んでフルーレティの前に立ち、オワルはそっと水晶を地面に下ろした。

「君が死んだら、この跡取りはどうする? このままかい?」

 沈黙したまま、フルーレティは辺境伯の息子ベードヴィヒの姿を見ていた。

「芸術品としては悪くないかも知れないね。でも、君はそれで良いのかな?」

「……辺境伯様は……」

「僕の中にいる」

「脅すつもりですか!」

「そうだね。そうとって貰っていいよ。恨まれるよりも、人が人として生きられない状態を放置する方が、怖い」

 疲れた、とオワルは地面に座り込み、煙管に火を入れた。

「爺さんから聞いたよ、跡取り息子の事は。子の為とはいえ、辺境伯は馬鹿な事をしたね」

「貴方のような、人間ではないモノには理解できないでしょうね」

 悪態をつくフルーレティに、オワルは煙を吹いて困った顔をするだけだった。

 代わりに、老人を兵士たちに預けた魅狐が、ずんずんとフルーレティの前へと進み出る。

 乾いた音が響いた。

「なにを……」

 突然頬をびんたされ、目を白黒させているフルーレティ。

「落ち着いて考えなさい、今の貴女の立場と状況を。貴女にとって大切な物を守る方法が目の前にあるのに、つまらない意地を張って逃すつもり?」

「……こうなった以上、辺境伯様も私も、処刑は免れません」

 赤くなった頬を押え、フルーレティは吐き捨てるように言う。

「水晶に入っていれば、少なくともベードヴィヒ坊ちゃまが亡くなられることはありません。貴女たちに従う必要は……」

「そのお坊ちゃんが、治せる可能性があるとしたら?」

 魅狐の言葉に反応したのは、アムドゥスキアスだった。

「そういえば!」

 彼の視線を受け止めたオワルは「絶対じゃないけどね」と肩をすくめて見せた。

「まさか、そんなこと……」

 混乱している様子のフルーレティを見て、オワルはリリリアに向かって笑った。

「ちょっと落ち着くために、ご飯にしない? もうお昼だよ。兵士さんたちも飯抜きは可哀そうだ」


★☆★


 砲弾が領主の館へ向けて発射され、騒然としていた町には、今や何とものんびりした光景が広がっていた。

 兵士たちが確認し、館は倒壊や炎上の危険がない事が確認されたことで、兵士たちを含めてオワルたちは屋敷の中で食事をすることにした。

 周囲の住人に兵士たちが説明をして回り、すでに危険は無いということで町へと戻ってもらう。その際に、町で食堂をやっているいくつかの住民に依頼し、食事を用意してもらうことになった。

 肉と野菜の料理が、大皿で大量に並び、オワルたちは食堂で、兵士たちは一階のホールでそれぞれ食事を始める。

 大急ぎで砦を出発し、食料の準備も碌にできないまま戦っていた兵士たちは、貪るように食べる。

「砦の食事より美味いな」

 厳しい予算で、質より量を優先して作られる砦の食事よりも、酒のあてでもある味の濃い食事は、兵士たちにとって充分な慰労になった。

 食事担当者が聞いたら腹を立てるだろう言葉が飛び交ったが、緊張がほぐれるなら、と部隊長は目こぼしを決め、自分も食事を採ることにした。

まだ仕事は残っているのを、彼は知っていた。


 食堂を使って、オワルはモリモリとサラダを口に放り込む。

「意地汚い食べ方はやめてくださらない?」

「まあまあ、結構ダメージ受けたから、回復しないといけないのよ」

 横目で睨みながら苦情を言うルーナマリーは、魅狐に窘められて渋々引き下がり、小さく切った肉を口へと運ぶ。

「実家の食事や教会の料理より、町の料理の方が味が濃いのですね」

「町の食堂は、ぶどう酒やエールを飲みながら食べるから、そのくらい味が濃い方があうのだよ」

「お詳しいのですね」

「お恥ずかしながら、貴族と言っても平民と左程変わらない暮らしをしているのでね。食事は町の食堂か、出来合いのものを買って食べていたのだ」

 アムドゥスキアスは、感心しているルーナマリーに苦笑した。テーブルマナーはそれなりに知ってはいるが、そんなものが必要な食卓にはとんと縁が無い。

「時々は、ストークスが作る手料理も食べていたのでしょう?」

「きょ、教会でご馳走になることが数回あっただけで、そういう意味では……」

 この町にいて、妹が世話になっている教会のシスターが話題に出ると、アムドゥスキアスはあからさまに顔を紅潮させた。

「あら、お馬さんはストークスのことを?」

「妹が魔病に罹って、少し前から世話してたみたいよ」

「あちこちの教会で良く聞くお話ですわね」

 イナリ教では婚姻に関する制限は特に無い。治療なり祈祷なりで教会を訪れた信者と、宮司やシスターが恋仲になるのは珍しくないのだ。

 そして、こういう話はシスターたちの恰好の話題になる。ルーナマリーについてきたシスターたちも興味深々で、魅狐でさえも会話に加わる。

「ストークスっていくつだっけ?」

「十七か十八だったはずですわ」

「結婚するには良い年齢ね」

 うらやましい、とか、結婚したら配置換え? とかあれこれと当事者であるアムドゥスキアスを放って盛り上がる。

「オワル殿……」

「放っておくしかないでしょ。女性が話すことを邪魔すると、絶対ろくな事にならないから」

 我関せずを決め込んだオワルは、アムドゥスキアスの救助要請をけんもほろろに事わった。

「いい加減にしなさい! 暢気にくだらない話などして、食事している場合ですか!」

 無理やりテーブルにつかされ、目の前に食事を用意され、困惑していたフルーレティが、姦しい笑い声に怒ってしまった。

「何を言っているの。大事な事をやる前だから、ちゃんと食べておくべきよ。さっきアムドゥスキアスが言った通り、オワルならお坊ちゃんを治せる可能性があるんだから、大人しくオワルの回復を待ってなさいよ」

「……本当に、坊ちゃまを治せるのですね?」

「他に可能性は無いわよ」

「それに、僕が回復しないと取り込んだ辺境伯も回復できないしね」

 まさかアスモデウスの血肉を使うわけには行かないので、外から“材料”を取り込まないといけない。オワルはぱりっと表面が焼けた鳥の肉に齧りついた。

「わかったら、ごはんを食べなさい」

 しばらく逡巡していたフルーレティは、しぶしぶフォークを握った。

「ところでフルーレティ。貴女使用人なのにそこまでしてお坊ちゃんのために戦うなんて、やっぱり……」

「下種な勘繰りはやめなさい。坊ちゃまは幼少よりお世話させていただいた宝のようなお人です。そのような感情を持つわけがないでしょう」

 どうやら、フルーレティは見た目よりも年増らしい、とオワルとアムドゥスキアスが顔を見合わせた。

 だが、女性陣にとってはそんな事は些細な事らしい。

「え~……じゃあ、ひょっとして辺境伯本人の方が好きなの?」

 茶化すような魅狐の言葉に、フルーレティの顔が少しだけ赤くなった。

「図星のようですわね。そんなに年上で良いのですか?」

「年上でも素敵なおじ様とかなら、良いんじゃないですか?」

「でも、あたしは一緒に歳を取りたいって思うかなぁ」

「私は年下が好みかな」

 シスターたちがワイワイと話し合っているのに、ドーナとリリリアも参加する。

「わ、私は年上でも……」

「あたしは年齢関係ないかなぁ。一緒にいて楽しい男の人が良いかな」

 二人とも、ちらちらと遠慮がちにオワルを見ているのを、魅狐はニヤニヤと笑い、視線の先で食事を続けるオワルは、気付かないふりをする。

「年齢など関係ありません。辺境伯様の優しさ、包容力はそのような些細な事……」

「あ、平民が貴族に優しくされてキュンってきちゃったパターン?」

「ぶ、無礼です! 私はそんな軽い女ではありません!」

「でも身分違いの恋って素敵よね~」

 どんどんと声のトーンが上がって行き、いつの間にかフルーレティも大声で参加している。

 今の食堂内、一番大人しいのは二人の男たちだ。

「オワル殿……」

「飽きるまでやらせておこう。長く生きてるけどね、女性たちを不機嫌にさせずに会話を止める方法なんて、見つからなかったよ」

 命が惜しかったら、放っておくことだね、とオワルは新しい料理に取り掛かった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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