存在
42話目です。
よろしくお願いします。
「うあっはっは! 何これ楽しい!」
「おのれ……」
高笑いしているオワルを、アスモデウスが忌々しげに睨みつける。
アスモデウスの一部を食らったオワルは、脚部のみではあるが、自由に昆虫のような外骨格の足を生やすことができるようになった。
腹から六本の足を延ばし、壁や天井を這い回る様は、良く言っても害虫にしか見えない。
「オワル、正直言って気持ち悪い」
「そう?」
げんなりしている魅狐を逆さまに見下ろしたオワルは、ボテッ、と音を立てて床に落ちてきた。
「新しい能力も貰ったし、これで思い切りやれるさね」
「大丈夫なの?」
魅狐の言葉には、自分を喰らって神力を引き出す必要があるのではないか、という意味を含んでいる。当然、オワルにはそれがわかっていた。
だが、オワルは再び断る。
「魅狐にはやってもらいたいことがあるからね」
「何を?」
「すぐわかるさ。……おっと!」
二人を狙って炎が襲い、オワルと魅狐はそれぞれ離れるように飛びさがった。
「多少は作戦タイムをくれても良いだろうに。短気な悪魔だね」
「じっくりと人を堕落させるのであれば、何十年でも待ってやろう。だが、貴様に時間をくれてやるつもりはない」
繰り出される槍の速度がさらに上がっている。
だが、オワルはその攻撃が妙に荒くなっているように感じていた。焦りではないだろう。格下と思っている相手に本気を出さねばならない怒りか。
対して、オワルの方は大分落ち着いていた。
策は打った。アスモデウスの一部を喰らったことで、肉体的にも魔力的にも以前より上昇している。
後は、策が発動するまでに多少の時間稼ぎをすれば良い。
「悪魔さんよ、他の妖怪と戦ったことはあるかい?」
「貴様らのいる島国になぞ興味は無い」
つまり、無いらしい。
にんまりと笑ったオワルは、再び足を生やして天井へと這う。いつの間にか、その口に煙管を咥えて。
「じゃあ、楽しんでもらえそうだ」
吐き出した煙が、じわじわと広がっていく。
「煙幕か! 小癪な……」
眼前に撒き散らされた煙に警戒を示したアスモデウスだったが、いつまで経っても攻撃は来ない。
訝しむ悪魔の前で、煙はシンプルな人型と、穴だけのような顔を形成し、ゆらゆらと踊り始めた。
「なにを……この!」
大げさに槍を振り、煙を散らすが、今度は小さく千切り取られた煙のひとつひとつが、小さな人型になって踊り出す。
「うぬ!」
さらにそれを槍で突こうと、踏み出す。
力強く床を踏んだ瞬間、部屋中に響くほどの床鳴りが響いた。
あまりの音に、床を踏み抜く可能性を考えたアスモデウスが、うまくバランスを取って構え直す。
踏み込みなおしたところでも、床が鳴る。
「どういうことだ!」
いくら数か月手入れを怠っていると言えど、ここは大物貴族の一人が使っている本体だ。構造からしっかりと作られているので、よほど老朽化でもしていないかぎり、床鳴りなどありえない。アスモデウスの身体が大きいと言っても、つい今まで無かったことだ。
「これが妖怪の戦い方だよ。えんらえんら、家鳴り、お疲れ様」
オワルの一言で、煙は掻き消え、床がひと鳴りして静かになった。
「戦いだと? 攻撃にもなっておらんではないか!」
「苛々してるでしょ? ほら、精神攻撃ってやつだよ。妖怪は、おちょくるのが大好きな奴が多くてね」
楽しんでもらえたかな? とオワルが笑う。彼はアスモデウスの真上、天井に貼りついていた。
その傍らには、古臭い番傘と、髪の長い女が逆さまにぶら下がっている。
傘に一つ目と口が現れ、女と一緒に長い舌を垂らした。
さらに、大きな饅頭のような髭面親爺の頭が、どた、と音を立ててアスモデウスの目の前に落ちてくる。
「唐傘お化けに天井下がり。それと釣瓶落としだよ」
歪んだ口と目で、ケラケラと笑い声をあげる釣瓶落としと、ひらひらと視界ギリギリのところで揺れる二本の舌に、アスモデウスは全身を振るわせている。
「……能力を奪うだけでなく、傀儡にすることもできる、と見せたいのか……」
「傀儡にする奴もいるけどね。保護するために取り込むこともあるんだよ。取り込んでも意味無い奴もいるし……目の前にタイミングよく落っこちてくる能力、いらないでしょ」
「ひでぇ」
野太い声で半べそをかいた釣瓶落としを、唐傘と天井下がりがコロコロと笑った。
「貴様は……馬鹿にしているのか!」
釣瓶落としを思い切り殴り、天井に向かって激高するアスモデウスに、唐傘と天井下がり、そして頭が凹んだ釣瓶落としを腹の中に回収しながら、オワルは笑って見せた。
「いやいや。とっても怖いから、精一杯やらせてもらったのさ」
ちらり、と片目だけを一瞬、器用に動かして魅狐に向けた。
「時間稼ぎをね」
「なんだと!?」
ソフトボール大の砲弾が、耳をつんざく大音量と木戸の破片を撒き散らしながら、アスモデウスに向かって飛んできた。
★☆★
「着弾確認!」
「良し。次の砲撃を準備しろ!」
部隊長の指示を受け、帝国兵たちは迷いなく動く。地面に二本の爪痕を残して、優に二メートルは後ろへずり下がった砲身を前へと戻し、砲弾装填の準備をする。
弾は原始的な、単なる丸い鉄の玉なのだが、それだけでは悪魔には通用しない、そのために、オワルは片車輪を使って伝言を伝えたのだ。ここに残っている、イナリ教シスターのルーナマリーへ。
大幣を抱えて待機している彼女の前に、帝国兵の部隊長が近づく。
「準備が完了しました。お願いします」
「わかりました。場所を開けてくださるかしら」
砲弾を置き、兵たちが輪のように広がる。
入れ替わるように前に出たルーナマリーは、懐から取り出した符を貼りつけた。軽く触れさせただけだったが、磁力でもあるかのように、球面にぺったりと貼りつく。
さらりと紙垂を揺らして、長い大幣を振る。
「掛けまくも畏み……」
魔法使いであれば、魔力の流れが符へ向かっているのが見えたかもしれない。
浄化の祝詞を唱えている間、大幣を通じてルーナマリーの魔力が符へと流れ、砲弾を包み込む。
「……どうぞ、これで大丈夫ですわ」
「弾込め! 先ほどと同じ場所へ打ち込むぞ!」
兵士が二人がかりでそっと砲弾を拾い上げ、砲身全面からゆっくりと転がして入れる。
長い棒を突っ込み、砲弾が奥まで入っていることを確認すると、素早く大砲の正面から退避する。
支えを外して仰角を付けると、後部の土台や両側の車輪を回して狙いを調整。一人の兵士が砲の真後ろで膝をつき、調整にかかっている兵士に指示を飛ばす。
「面倒なことするのね。台座と照準器を一体化すれば良いのに」
ドーナの呟きに、隣で作業の様子を見ていたリリリアが反応する。
「大砲に詳しいんですか?」
「あ、えっと……そうそう、オワルさんの方が詳しいんじゃないかな?」
「そうなんですね。わたしも実物は初めて見たんですけど、もっとすごい技術があるんですか……」
どうやら、リリリアはもっと先進的な大砲を“国の中枢”が持っていると勘違いしてくれたらしい。ドーナは胸を撫でおろした。地球の知識、特に武器に関する知識が広まったとして、その結果として戦争でも起きたら、ドーナは責任の取りようがないし、オワルたちにも怒られるだろう。原子爆弾の話を聞いたアインシュタインと同じ思いはしたくない。
「発射するぞ! 離れろ!」
兵士の声が聞こえると、ドーナはリリリアと共に耳を塞いで離れた。
轟音が響き、二発目の砲弾が空を飛ぶ。
意外とゆっくり飛ぶんだなぁ、とドーナは不思議とのんきな感想を考えていた。
★☆★
「おのれ……どうやって我に砲弾を当てたというのだ……しかも、ただの砲弾では無いな!?」
左肩から先をごっそりと持って行かれ、さらには派手に吹き飛んで部屋の最奥に背中を預ける恰好になったアスモデウスは、いつもの回復速度が出ない事に焦っていた。
「イナリ教随一のシスターさんに浄化の属性をしっかり付与してもらったのさ。効くだろう? 僕もそれ受けたら、ちょっとヤバいくらいだし」
イナリ教の影響を受けた物質を、多少コントロールする程度なら魅狐には難しくない。適当に打ち込まれた砲弾だったが、すぐに気付いた魅狐の手によってクリーンヒットできた。
もし、操作が狂ってオワルに当たっていたら、目も当てられなかっただろう。内心、魅狐もオワルも冷や冷やしていた。
「じゃあ、こいつも貰うよ」
千切れ飛んだアスモデウスの左腕を拾い上げ、オワルは一飲みに喰らう。
「……日本の妖怪よ。我を喰らうつもりか」
「ああ、喰いつくす。苦労して戦争を終わらせて、ここまで平和にしてきたんだ。壊されるのは、癪だからね」
オワルの答えに、アスモデウスはわからぬ、と頭を振った。
「精々100年も生きれば大往生などと抜かすような存在に、何故そこまで入れ込む? 元が人間だとはいえ、今は長き生を得たのだろう。小さくか弱い存在のくせに、争い、憎しみあい、高々数年か数十年の繁栄や虚栄心を満たすために、同族すら殺す。守る価値など無かろう」
「お前は誰だ? 何のためにいる?」
「なに?」
オワルの問いに、アスモデウスが聞き返した。
「勘違いしちゃあいけないよ。あっちもこっちも、人間の世界なんだ。僕たちは彼らの想像力の上に成り立っていることを忘れちゃ、いけない」
オワルは、離しながら背後の方で爆発音を聞いた。ちらり、と魅狐を見ると、彼女は小さく頷く。
「妖怪も、悪魔も、都市伝説やらも、人の持つイメージが生み出したんだ。小さくか弱い人々が、自分たちの悪い感情や危険から、自らを守る為に生み出したんだ。宗教だって同じさ。か弱いから力を合わせる。そのための知恵から生まれて、目印のために神様は存在するんだ」
今度は窓からやや右にずれて、壁を打ち抜きながら砲弾が闖入してきた。
オワルの横をすり抜けた砲弾は、アスモデウスの腹に大穴を開け、反対の壁に当たり、もう一つの穴を開けて落ちて行った。
「ぐぶっ……」
ずるずると尻餅をついたアスモデウスは、目の前にいるオワルという半妖怪を睨む。
「わ、我ら悪魔よりも、人間の方が先に在るとぬかすか……」
「当たり前だ。人がいない悪魔は、誰を騙して、誰を躍らせて、悪感情を得るというんだ? 妖怪だってね、人間が驚いてくれないと、存在意義がないんだよね」
「そして、神様ってのも人に信仰されてこそ、存在が形作られるのよ」
オワルの横に並び、魅狐もアスモデウスを見下ろす。
「ここは人間の世界。だから僕も魅狐も存在していられる。それは君も例外じゃない」
「しばらくは、オワルの中で反省することね」
首を振って、やれやれと呟いた魅狐を残し、オワルは油断なくアスモデウスに近づいた。
「じゃ、いただきます」
んか、と大口という表現では足りない大きさに開いた口。
自らを捕食しようとする口の中、その奥に見通せない程の深淵を知ったアスモデウスは、大きく息を吸い込んだ。
「クソがああああああ!」
断末魔は、肉の壁の中でくぐもって響き、すぐに静かになった。
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