落下
41話目です。
よろしくお願いします。
四方八方へ撒き散らされる炎。
その隙間を埋めるように繰り出される槍の刺突。
オワルは全てを避けることはできず、次第に傷が増えていく。
「あっちゃっちゃ……」
オワルの再生能力でも、本物の悪魔が放つ業火の火傷はなかなか癒えず、槍の傷も塞がらない。何とか動きを制限されない程度ではあるものの、逆に攻撃を加える機会を見つけられない。
「妖怪程度が、なかなかしぶとい……時間をかけるのも面倒だな」
ふむ、と呟いた直後、アスモデウスは右手に握る槍を腹や胸、背中へと何度も突き立てた。
「何をするつもりだ?」
オワル自身もそうだが、妖怪などの異形にとっての自傷行為は、必ずしもダメージになるとは限らない。
以前、オワルが退治した妖怪の中に、流し雛の付喪神がいた。自らに傷をつけると、同じ傷が相手にも発生するという、一風変わった能力持ちだった。魅狐の狐火であっさり燃えてしまって、灰も残らなかったので、オワルがその能力を吸収する機会は無かったが。
「ぬぅん!」
合計十か所ほどを刺し、石突を床に打ち付けたアスモデウスが唸る。
すると、何故か血が一滴も流れない傷口から、虫の腕が次々と伸びた。半分は床に触れて足となり、半分はカマキリや小さなはさみのある腕になっている。
外骨格が擦れ合う音がする。
いくつもの足をギチギチと動かしながら迫るアスモデウスから、槍と鎌とはさみがめちゃくちゃな方向からオワルを襲う。
「やっば」
もう反撃を考える余裕も無い。部屋の中を転がりまわって躱すのが限界のようで、オワルは床だけでなく壁や天井をも走る。
「ちょこまかと!」
「うおっ!?」
カマキリ型の腕が、天井を走っていたオワルの足を切り払った。
右足が脛で切り取られ、くるくると飛んでいく。それを見ている余裕はオワルには無い。片足で床に向かって落ちる身体のバランスを取りながらも、突き出された鎌を関節の所からもぎ取り、吸収した。
「槍とは違う。本体と同じで、これなら食えるな」
鎌をそのままひざ下の肉に流用して、二本足に戻した。色や形が鎌の名残を残しているあたりが、オワルの余裕の無さを表している。
それでも、アスモデウスとしては気に入らないらしい。千切れた腕を見つめ、怒りの表情を見せた。
「貴様……」
「肉を喰うのは僕も人も同じ。まあ、虫の部分よりお前の腹の方が多少は美味かったよ」
「小僧っ!」
さらに速度が上がった攻撃に、オワルは再び防戦一方となった。
旋風のように四方から迫る攻撃で、虫型の手足だけを選別できればうまく喰えたかも知れないが、うまく槍の攻撃を混ぜられてしまうと難しい。
「僕はそんなに肉体派じゃないし、武道も苦手なんだよね」
見切りなんかできないよ、とぼやきながら、腹に手を突っ込み、一枚の盾を取り出した。
「よいしょお!」
ガツン、と音をたててハサミ型の腕を弾いた盾は、亀の甲羅そのものだった。
「河童の一部。取っておいて正解だったね。ほい」
盾を振るい、さらに別の攻撃を弾いたオワルは、甲羅の裏に全身を隠す。
「ちょっと休憩……って、うおお!?」
「ふん、柔いな」
虫の足は防げても、槍は防げないらしい。バターのように甲羅を貫いた槍先が、目の前で光った瞬間、オワルは思わず声を上げた。
さすがに見た目以上の爺さんなので、慌てず甲羅を捻って槍を折ろうとしたが、逆に甲羅の方が砕けてしまった。
破片が床に飛び散った時には、オワルはそこにいない。
見上げたアスモデウスから思い切り離れて、天井に逆さまにぶら下がっていた。
「逃げ腰だけは速い、か。矮小な日本の矮小な妖怪にはお似合いだな」
「矮小矮小って。日の本は良い御国だったよ? 僕がいなくなってからは知らないけどさ。人間だって、妖怪だって、悪いのも割といたけど、良い奴も沢山いた。お前さ、人間の事を知らないし、知ろうとしないからそんな尊大なんだろうね。いや、尊大だから、かな?」
「何を、知った風なことを……」
「人間をだまして操り、悪魔同士で権力を争う君らと違ってさ、妖怪は同じ妖怪や人間と一緒に戦う奴もいるのさ。んで、仲間は妖怪だけじゃない。神様だっているんだよ」
語るオワルを無視して、炎を吐き出そうとするアスモデウスに向かって、逆に炎が叩きつけられた。
「魅狐!」
「オワル! 大丈夫?」
「助かったよ」
全速力で部屋に駆け込み、神力を込めた狐火を叩きつけた魅狐は、天井を見上げたまま、肩で息をしていた。
「逆さまじゃなくて、ちゃんと降りて言……それどころじゃなさそうね。流石は悪魔と言ったところかしら」
ため息交じりに魅狐がアスモデウスを見る。
炎は虫の腕を焼き切り、炭化した腕をボタボタと床に落としながらもがいているが、本体へ左程のダメージは無いようだ。
「なんだこれは! これは……我らと同質? いや、違う……」
「神様からお預かりした力よ。国が違っても、穢れと同質の貴方たち悪魔には効くでしょうよ」
「ちぃっ! この程度で!」
まとわりつく炎を振り払った時点で、アスモデウスはオワルを見失っていた。
魅狐が出てきた今でも、悪魔である自らの肉体を“喰う”オワルは、一番の脅威だからだ。
「こっちだよ」
「後ろか!」
背後からオワルの声が聞こえ、アスモデウスは振り向き様に槍を振るった。
「なんだと……」
槍は声の発生源を寸分違わぬ精度で貫いた。
だが、それはオワルでは無い。
アスモデウスの後ろで、虫の息で戦いの推移を見守っていたダンタリオン。その顔の一つだった。
槍先を加えさせられる格好になり、口の両端からだらだらと血を流す顔。その隣の顔が、驚愕に目を見開いたまま口を開いた。
「こいつの配下の能力で、他人の口を借りるってのがあったんだ。意外と便利だね」
「クソがぁ!」
腹立ちまぎれか、オワル本人でないと知りつつも、アスモデウスは喋っている顔に拳を叩きこんだ。
空気が噴き出すような音がして、ダンタリオンは完全に気を失い、痙攣している。
「あ~あ、仲間は大切にしなくちゃ」
べちゃり、とダンタリオンを殴ったアスモデウスの左腕に、天井からオワルの身体が落ちる。
腹の前面を花が咲くように開いた状態だったオワルは、そのまま左前腕に肉を巻きつかせると、腕全体を一気に吸収する。
「ぬおおおおおお!」
絶叫とともに、アスモデウスは、ぐあ、と口を開き、腕に絡むオワルに向かって炎を吐いた。
炎が届くよりも一瞬だけ早く、喰らったアスモデウスの肉と皮を盾にする。
「流石に、自分の技は効かないね」
「ぐぬつ!」
炎が効かないことを知るや否や、アスモデウスは素早く自らの左腕を槍で斬り捨てた。
「おっ、丸ごと? いっただき!」
丸太のような鍛え上げられた腕を抱えて笑ったオワルを、右手のみで振り回される槍の石突が弾き飛ばした。
片車輪が吹き飛ばされた時に壊れたドアから、廊下へと転がっていくと、一瞬遅れて魅狐がドアの前に狐火で壁を張った。
「ふん……あの小火程度では我が身体に傷はつけられんぞ」
「馬鹿ね。あれはブースターよ」
「なに?」
意味が解らずにいるアスモデウスに、魅狐は笑って見せた。
「すぐわかるわよ」
「ヒャッホーッ!!」
オワルが消えたドアの向こうから、交代するかのように片車輪が飛び出した。
魅狐が用意した狐火の壁を突き抜けると、炎を纏ってさらに加速する。
「雑魚が!」
「やっぱ駄目かぁ!」
新幹線顔負けの速度が出ていたにも関わらず、アスモデウスは槍の一振りで片車輪の突撃を弾いた。
側面にある顔面、鼻の部分を強かに殴られ、片車輪は悲鳴を上げながら木戸を打ち破って円盤のように回りながら外へと飛ばされていく。三階から放り捨てられ、ややあって大きな音を立てて落ちた。
「やれやれ、もうちょっと時間かせいでくれないもんかね」
今度は、オワルがぼやきながら部屋に戻ってきた。
「肉の補充完了。槍で殴られるのは痛かった。今度はこっちがぶん殴ってやる」
足を完全に治し、複数あった傷もほとんど癒えた状態になっていたオワルは、右腕をぶんぶん振り回して、鼻息荒く踏み出した。
「プロレスラーみたいになってるわよ」
「いいじゃないか。好きなんだから」
片腕を再生しながら、のんきに会話するカップルを睨みつけているアスモデウスは、槍を掴んで大上段に振りかぶった。
「もう良い。貴様を逆に喰らって、その力を我が野望のために使ってくれるわ!」
★☆★
「あ~れ~……」
上空から聞こえてきた野太い悲鳴に顔を上げたリリリアは、見覚えのある大きな車輪が、空を舞っているのを見た。
いや、実際には落ちてきていた。自分たちに向かって。
「に、逃げて逃げて!」
周囲にいたドーナたちや帝国兵に、大声で叫びながら逃げまどう。
爆弾が爆ぜたような音と振動が響き、片車輪が落ちた。
「被害は無いか!」
「私どもに問題はありません!」
アムドゥスキアスが大声を張り上げると、帝国兵の部隊長から答えが飛んできた。
それを聞きながら、リリリアも周囲にいたシスターや、リィフリリーが閉じ込められた水晶の無事を確認する。
「……特に被害は無い見たいですね。あっ」
全員の無事を確認したところで、一番被害が大きい可能性がある片車輪のことを思い出した。
土煙が収まり始めた落下地点へと向かうと、バックリと二つに割れた片車輪が落ちていた。
「だ、大丈夫?」
「いたたた……。あぁ、リリリアさんですかぃ……」
鷲っ鼻が潰され、真っ赤にしながらも血は流れていない。
「お、オワル兄さんから伝言ですぜ。三階の、あっしが飛び出して来た部屋を砲撃しろっつうことですわ」
「砲撃?」
「この車輪、妖怪だったのね……それにしても、あれが大砲で死ぬような相手とは思えませんわ」
片車輪の横で膝をついていたリリリア。その後ろにルーナマリーが立った。
フルーレティ回収の際に、廊下に転がっている片車輪を見かけたルーナマリーだったが、趣味の悪いオブジェだと思っていたようだ。
「マリーって人に頼め、と言われやしたぜ」
「馴れ馴れしいですわね!」
「魅狐さんからですぜ」
「それを早く言いなさい!」
やる事は解っていますわ、と豊満な身体をぷりぷりと揺らしながら、ルーナマリーは大砲へと向かっていく。
片車輪の言葉は、“魅狐に言われたとオワルに言われた”のだが、 当然皆まで言わずにおく。
「リリリアさん、あっしはこの戦いじゃあ、もう役に立たねぇ。後は頼みます……」
「任せてください。後は、ゆっくり休んでくださいね」
「かたじけねぇ……」
そこまで言うと、片車輪はいびきをかいて寝始めた。
「この状況で寝られるって、すごいね」
「オワルさんと一緒にいると、それだけ肝が据わってくるんじゃないかな」
様子を見に来たドーナの質問に、立ち上がりながら答えたリリリア。膝の土を落とし、頬にぱちん、と両手を当てた。
「私にもできることがある! がんばらなくちゃ!」
ルーナマリーの元へ駆けるリリリアを見送り、鼻提灯を膨らませている片車輪を見下ろす。ドーナは彼女たちが羨ましい、と思った。
「これが終わったら、ついて行くのも悪くないかもね」
一人は気楽だが、それが寂しいと感じるまで孤独を貫く必要もない。
ドーナも手伝えることがあるだろう、と彼女も戦友たちの元へと向かった。
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