大団円
はい。44話目。最終回です。
最後のお話。よろしくお願いします。
「……約束は、守っていただきますよ」
「そんなに念押ししなくても大丈夫よ。不思議なもので、人間よりも妖怪や悪魔の方がしっかり約束を履行するものなのよ」
場所を教会に移し、水晶に閉じ込められた皇女リィフリリーを解放する。その直前に、フルーレティは約束の履行を念押しする。
水晶に閉じ込められたリィフリリーは、イレーナが療養のために使用していたベッドへと寝かされ、裸体を隠すために薄いシーツを掛けられていた。
そして、目を閉じて解放を待つ彼女を見ている人物の中に、ミヅディル辺境伯の姿がある。
痩せ衰えた老人そのものという姿の辺境伯は、良い生地ではあるが草臥れてしまった雰囲気のある服を着て、力なく椅子に座っている。オワルに取り込まれて魔導具の針を取り除かれ、ダンタリオンとして複数の顔を持つ姿では無くなった辺境伯は、じっと皇女の顔を見ていた。
「辺境伯様……」
「やってくれないか、フルーレティ。吾輩もお前も敗残の身……。思うところはあろうが……」
憑き物が落ちた、という言葉があるが、辺境伯の顔は晴れ晴れという様子とは程遠い。不安げに語りかけたフルーレティに、ゆっくりと首を振った。
「いや、フルーレティ。このような言い方は良くないな。伏してお願いする」
「お止めください……私の力が至らなかった結果なのです」
「すまない……」
「ミヅディル家の為と思えば、何も辛いことなどありません……」
辺境伯の横に控えていたフルーレティは、一礼をして皇女リィフリリーの前へと進み出た。細い指が、水晶へと触れる。
オワルがフルーレティにした約束は二つ。
辺境伯の後継ぎであるベードヴィヒの治療。そして辺境伯の助命だった。
オワル自身は、これを受け入れた。
だがベードヴィヒについては“できれば”という前置きがあり、辺境伯の命については、“オワルは殺さない”という約束であって、皇都へ護送したあと、皇帝が辺境伯をどう処分するかについては触れていない。
そこまで念を押したうえで、オワルはフルーレティがリィフリリーを水晶の檻から解放することを条件に約束を交わした。
まず、リィフリリーを無事に解放する。彼女の無事が確認されてから、ベードヴィヒの治療。そしてフルーレティと共に辺境伯を皇都へ護送することになった。
「へえ、こんなのは初めて見た。長生きはしてみるもんだ」
フルーレティが触れてから、ゆっくりと水晶に罅が入っていく。
「この状態だと、肉体と水晶はほとんど同化しているのです。慎重にやらなければ、水晶と一緒に中の人物も割れてしまいます。話しかけないでください」
「はいはい」
大人しく見ている事にしたオワルは、近くの椅子を引っ張ってきて、ぐったりと座った。
その膝の上に、魅狐がひょい、と飛び乗る。今の魅弧は子供の姿だが、それでも椅子が軋むくらいには勢いがあった。
「……集中したいので、あまり良からぬ行為はやめてくださいね」
「人を痴女みたいに言わないでよ。オワルとくっついていれば、回復も早いんだから」
アスモデウスから吸収した力をオワルから分けてもらい、ようやく肘上までした右手を振ると、フルーレティも黙った。だが、くっついているだけで回復するのは嘘だった。約束は守るが、嘘はつく。
じっくりと、宝石をカットするような慎重さで水晶を割っていく。
時折、砕けた欠片がベッドへ落ち、一部は転がってベッドの下まで落下する。乾いた音がして、歪な水晶が影に落ちて光を失った。
「これ、削ってアクセサリーとかにならないかな?」
「本物の水晶と同じなのかしらね。電気を通して、時計用クォーツとしても使えるかしらね」
「なにそれ?」
オワルの疑問に、魅狐はでこぴんで応じた。
「そのくらいは知ってなさいよ、現代人でもあったんでしょ? クォーツは水晶という意味で、時計の部品よ。時間を正確に測るために、水晶に電気を通して振動させるの」
「で、その時計はどうやって作るの? 電池も無いのに」
「知らないわよ。魔道具でも使えばできるんじゃない?」
どうやら完全な“思いつき”だったらしい。
ひょい、と魅狐はオワルの膝から降りた。
「そろそろね」
魅狐の言葉にオワルが顔を上げると、リィフリリーのシーツはずらされて、フルーレティは足首から下の解除にかかっているところだった。
解除に慣れてきたのか、最初に比べると速い。しばらく見ているうちに、最後に残ったつま先の水晶が砕けた。
「……終わりました」
「お疲れ様。少し休憩する?」
「いえ、すぐ坊ちゃまの治療に……」
「待ちなさい、フルーレティ」
隣の部屋へ行こうとするフルーレティを、辺境伯が止めた。
「殿下は、すぐ目覚めるのかね?」
「おそらくは……辺境伯様!」
フルーレティの答えを聞いて、辺境伯はすぐに椅子から離れ、跪いた。
やれやれ、という顔をして、オワルはリィフリリーの元へと向かう。彼は、こういった貴族の形式ばった、どこか芝居めいた動きがあまり好きでは無かった。
白いシーツに覆われた少女は、今まさに目を覚まそうとしている。うっすらと開いた目は、周りを見ることもなく、目の前にある顔を捉えていた。
「オワル様……」
「おはよう、リリー」
額にかかった銀の髪をそっと払ったオワルの指を掴み、リィフリリーは微笑んだ。
「オワル様に起こしていただけるなんて、まだ夢の中なのでしょうか?」
「僕の出番は悪夢にしか無いよ。それより、寝坊助は良くないな。君の目覚めを待っている人がいる。一人は遠くの町だけれど、もう一人はすぐ横で跪いているよ」
シーツを身体に巻きつけるように着たリィフリリーの姿は、豪奢な銀髪が光をはらみ、一枚の聖女を描いたような美しさだった。
細い素足をベッドの上で横むきに揃えて座り、跪いている辺境伯をそっと見下ろす。
無言でいるリィフリリーを見て、オワルは助け舟を出した。
「ミヅディル辺境伯だよ、リリー。……辺境伯、殿下が目覚められたよ。寒そうな恰好のままで長く待たせるわけにもいかない。それくらいは解る紳士だろう?」
「かたじけない……」
軽く頭を上げ、顔を確認して再び視線を落とす。帝国貴族において目上に対して行う一般的な礼を行い、辺境伯は口を開いた。
「皇女殿下。皇帝陛下の元へ向かう前に、謝罪したきことがございます……」
「伺いましょう、辺境伯」
ありがたい、と辺境伯は頭を下げたまま答えた。
話をするのに顔を上げないのは、自らに非があることを認めることを表している。変更伯の後ろで、フルーレティも同様に跪き、控えていた。
「殿下の御身を誘拐し、自領へと連れてこさせたこと、全て私の指示によるものでございます。皇帝陛下より裁きを言い渡される前に、殿下へ直接謝罪をさせていただきたいと愚考したしだいでございます」
今一つ状況が飲み込めないでいるリィフリリーに、オワルと魅狐が噛み砕いて説明すると、彼女はすんなりと理解したらしい。
「それで、辺境伯はこれからどうするおつもりですか?」
「はっ。帝国監察官であるオワル殿の御寛恕により、老骨の命は今しばらくこの身に止め置き、皇帝陛下に自らの罪を告白し、裁きを受けることを許されております。この事、殿下にお許しいただければ、息子のことを見届けさせていただき、その後陛下の元へと向かう所存であります」
言外に、辺境伯はリィフリリーが命じれば、この場で死ぬことも辞さないことを匂わせた。
「死ぬつもり、ですか?」
「私は、この度の件全ての責任を負う者です。死せずして償う以外の方法を知りませぬ」
ここまでの話を聞いて、リィフリリーはちらり、とオワルを見た。
その視線の理由がわからず、オワルは微笑みで返したのみだ。後で考えると、これがいけなかったのかも知れない、とオワルは後になって頭を抱えるのだが。
「では辺境伯、リリーから提案がありますわ」
★☆★
「それで、娘と一緒に連れてきた、と……」
辺境伯家の当主が、皇帝へ“罪を償う”ために訪問するという前代未聞の事態に、修理中の城内は混乱に陥ったが、皇帝の命で全て監査室預かりの事案としたことで、一時的には落ち着いている。
当の辺境伯は、大蛇となったディナイラーとの戦闘による城の破損度合を知り、老いた顔をさらに老けさせていた。
人払いをした謁見の間には、オワルと魅狐が皇帝の横に並び立ち、リィフリリーも皇帝を挟んで反対側に座っていた。
数段下がった緋毛氈の上に跪いているのは、ミヅディル辺境伯。そしてアムドゥスキアスだった。彼もまた、自らの罪を償う必要があるとして、同行してきたのだ。
監査室長であるリリリアは一人、記録のために部屋の脇に用意された机に向かい、緊張の面持ちでペンを握っている。
「皇帝陛下、とりあえず僕は彼らをどうにかするつもりは無いし、騒動は終わった。後は好きにしてくださってかまいません」
すでに、皇帝へはアスモデウスの存在も含めて、オワルから説明されている。辺境伯が暴走する原因となった跡取り息子のベードヴィヒも、オワルによって完治はしているものの、長い闘病生活で衰えた体力は回復せず、今は城内の医務室にて治療と監視を受けながら、父親と自らに対する沙汰を待っていた。
「……ミヅディル辺境伯。余個人としては、娘を誘拐した貴様を拷問にかけて殺すことも厭わぬ……と考えておったが」
「当然のお気持ちでしょう。私も息子のために罪を犯しました。未だにこの命を長らえることをオワル殿にお許しいただきましたのも、私の命によって陛下の溜飲が下がればと愚行したからに他なりませぬ。ですが、どうかベードヴィヒの命だけはお許しいただけませぬでしょうか……」
領地や自らの命では無く、財産すらも放棄して構わないから、ベードヴィヒだけは生きながらえさせたい。それが辺境伯最期の願いだ。
本来であれば、帝国皇帝への反逆罪が適用される案件である以上、すでに成人している一族もまとめて処刑となるのが、帝国の法でもある。過去、大陸統一後に適用されたこともない法だが。
「ふむ……」
皇帝は考えていた。
弟が死んだのは残念ではあったが、それは彼が良からぬ企みを抱いていたことでつけこまれたという面が強い。しかも、オワルの報告から辺境伯自身、アスモデウスという悪魔に良いように扱われたという。
面倒だ、という面もあった。
広大な領地を有する辺境伯家を断絶させたとして、その領地をどう扱うのか。直轄地にする方法もあったが、遠い直轄地は腐敗を招く。
「お父様。よろしいですか?」
声をかけられ、皇帝は当事者の話も聞いておこうと思い立つ。
「リリー、何か意見があるかね?」
「辺境伯は充分反省しておりますわ。領地を半分ほど没収して爵位を落とし、当主は引退。このあたりが妥当だとリリーは考えていますわ。リリーとしては、特に怪我もしていないのですから」
「では、そうするとして、没収した領地は……」
「オワル様に預ければよろしいですわ!」
「……はぁ?」
突然の提案に、皇帝は思わず家族にしか見せない顔と声で聞き換えしてしまった。
「な、何を言っているのかな?」
オワルもこれには驚き、引きつった顔で尋ねる。
「オワル様は今回の功労者。爵位を得てもおかしくはありませんし、それだけの能力も有りますわ。……オワル様、そろそろ表舞台に出てもよろしいのではありませんか?」
「リリー、まさか……」
「そうすれば、リリーは大手を振ってオワル様にお嫁に行けます!」
オワルと皇帝は、揃って目頭を押さえた。
魅狐はケラケラと笑っている。
「オワル殿、どう思うかね……」
「どうって……えぇ……」
絞り出すような皇帝の質問には、困惑するオワルに代わり、魅狐の方が答えた。
「私は良いと思うわよ?」
「おいおい、魅狐。お前……」
「私は側娼でも気取ってのんびりやらせてもらうから、数十年くらい、いいじゃない。付き合ってあげたら? ねえ、リリリア。貴女も一緒に来れば良いし」
「えっ!? わたしもですか? ……いいんですか?」
謁見の間の隅っこで、驚きに手が止まっていたリリリアは、皇帝の前で勝手に声を出して返答する。書記としては大失態だが、皇帝も最早それを注意するような気にもならなかった。
流れが自分に向いていると気付いたリィフリリーは、ここぞとばかりに言葉を続ける。
「リリーを誘拐した騎士爵も、罰としてオワル様の従者とすれば宜しいのではありませんか?」
言いながら、自らの話題につい視線を上げたアムドゥスキアスに向けて、リィフリリーはウインクして見せた。
オワルが統治する地。つまり旧ミヅディル辺境伯領の一部。罪により領地の没収となれば、今の領主館のある町は新領主の物になるだろう。つまり、ストークスがいる教会のある町に勤めることになる。
罰の名を借りた、温情人事に他ならない。
「……というわけだが、どうしますか、オワル殿。私の臣となることに色々と思うところもあられるでしょうが、“そろそろ表に出てきても”という意見には賛成ですな」
「……わかった。もうなるようになるしかないね」
「オワル様!」
オワルが消極的ながら受け入れたことで、リィフリリーは感極まったらしい。涙を零しながらオワルの腕にしがみついてきた。
ため息を交えてその様子を見た皇帝は、ゆっくりと首を横に振る。長い帝国の歴史の中で、一人くらいは妖怪に嫁ぐ者が居てもいい、と無理やり自分に言い聞かせ、改めて辺境伯へと視線を落とす。
「辺境伯……。被害者である皇女がこう言っている。ミヅディル家は領地の半分を没収。子爵へと変更する。お前は隠居し、息子へと当主の座を譲れ。……もっとも、ベードヴィヒが復調するまでは、お前が助けねばなるまいよ」
皇帝は立ち上がる。
マントを翻した堂々たる姿は、長い在位と血筋が生み出した重厚さを感じさせる。
「さて、ミヅディル子爵よ。お前が当主として最後の仕事をするが良い」
「はっ。何なりとお申し付けください」
「そう緊張せずとも良い。新たな貴族の誕生に立ち会え」
「はっ。光栄であります」
頭を下げたまま立ち上がり、ミヅディルは緋毛氈の側面から踏み出た位置に立つ。皇帝と向き合わないよう緋毛氈の中心に向けて身体を向け、頭を上げた。
「では、ありがたくお受けいたしましょうか」
檀上から降りたオワルは、皇帝の正面に立ち、跪いた。
「余、フューミー帝国皇帝オズワルド・アサン・フューミー5世は、オワル・トオノを侯爵に叙することをここに宣言する」
「我が力と知恵は……って、侯爵!?」
ぽっと出の人物に与えるには常軌を逸した高位に、授爵の定型文を唱えかけたオワルも思わず顔を上げた。
オワルが驚く顔を見て、皇帝はニヤリと笑う。
「オワル殿がそんなに驚くとは、珍しいものが見られましたな。貴族がうるさいでしょうが、まあ何とかいたしましょう。ディナイラーが残した遺産もありますからな。それに、皇帝の娘が嫁ぐのであれば、それくらいの爵位は必要なのですよ」
「お父様! ありがとう!」
「おおっと! わっはっは!」
飛び上がるようにして抱きついてくる娘を抱え、皇帝は片目を閉じて見せた。リィフリリーの性格は、父親譲りらしい。
「実のところ、有能な人物を遊ばせておくほど帝国に余裕はありませんのでね。オワル殿にはぜひ高位貴族の苦労というやつを味わっていただきたい」
もちろん、帝国監察官としての地位から外すつもりも無い、と皇帝は言う。
「は、嵌められた……」
「いいじゃない。世捨て人やってるのも飽きたところだし」
「良い妻になりますから、よろしくお願いいたしますわ」
頭を抱えいているオワルに、魅狐もリィフリリーも満面の笑みでしがみつく。
「というわけだ、監査室長」
「はいっ!」
「しっかり監察官殿を捕まえておくように」
「わわっ、わかりました!」
慌てて立ち上がったリリリアが、真っ赤な顔で走り寄り、オワルにしがみついた。
「そういう意味じゃ……はぁ。もう仕方ない。なるようになれ、だ」
オワル以外の笑い声が響き渡り、皇帝は手を叩いて喜んだ。
「これにて一件落着とする!」
皇帝の言葉に誰ともなく拍手を始め、それは長い時間鳴りやむことが無かった。
お読みいただきましてありがとうございました。
22万文字弱の異世界半妖怪物語、これにて完了でございます。
お粗末さまでございました。
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また拙作をお見かけの際は、よろしくお願いいたします。




