多面
37話目です。
よろしくお願いします。
老人に教わった通り、最奥の扉の前に立っていたオワルは、内側から感じる異様な雰囲気に、いきなりドアを開ける気にはならなかった。
「念のため、ってね……ん?」
扉の隙間を探して、オワルが指を細く薄く伸ばし始めると、未だに水晶で身体を守って抵抗していたフルーレティが、より一層抵抗を激しくし始めた。
「おいおい……。つまるところ、ここを調べられると困るってことかね?」
クールビューティーを気取っている雰囲気だけれど、妙に素直な子だよねぇ、とオワルは笑った。
本当に人間らしさをなくしてしまった妖怪や、もともと人ではない妖怪を沢山見てきたオワルにとっては、どれだけ異質な姿となっても、超人的な異能を得たとしても、そういう感情に支配されている限り、人としてどこか“愛らしい”とさえ思う。
同時に、それはオワルにとって自分は人間らしいと考えるための大切な要素でもあった。もし、人間に対して損得ですら感情を動かされることが無くなってしまったら、その時こそオワルが半分妖怪ではなくて、完全な妖怪になってしまった証拠だから。
「大人しくしておいてくれよ。辺境伯が大人しく捕まってくれるなら、それでいいんだから」
自分でもありえないと思えるような説得だったせいか、フルーレティは余計に暴れはじめた。
「仕方ない」
体内で肉の壁にしっかりとはさみこみ、ちょっときつめに拘束する。喚く声は五月蠅いが、しばらくは暴れまわることはないだろう。
落ち着いたところで、ドアの下から指先を滑り込ませる。流石に当主の部屋というべきか、防音を目的としてであろう分厚い扉は隙間もほとんどなく、蝶番のある場所からかろうじて細い糸のように潜り込ませることに成功した。
「……中の様子がわからん」
薄く潰しても室内の指先へ目玉を移動させることができず、オワルは無駄な時間を過ごした、と頭を掻いた。
「仕方ないね」
内側のノブを探り、鍵がかかっていないことを確認すると、オワルは指先を元通りに戻し、三回ほど曲げ伸ばしを繰り返した。しっかりと関節が再現できているかを確認したのだ。
「……行きますか」
ノブを掴み、重い扉を引く。
手入れの行き届いた蝶番は音を立てることも無く、開かれた隙間を通じて、内と外の空気が入り混じる。どうやら、室内は廊下よりも涼しいらしい。
半端に開けた扉から、そっと室内を窺う。
一か所だけ鎧戸が開けられ、高級品である透明度の高い窓ガラスを通じて部屋の手前側を照らしている。
だが、部屋の奥半分以上が暗闇に包まれていた。
光と闇のコントラストが強すぎて、オワルの目でも誰かが椅子に座っているらしいことだけがわかる。
「招かれざる客が来たか……」
暗闇の奥で、鎮座した人物がしわがれた声を出す。
小さい声だったが、不思議とオワルのいる場所までしっかりと届いた。
「あら、バレた」
諦めて室内へと入り、明るい場所に立つ。
「……フルーレティの気配があるが、姿が見えぬな」
「彼女はちょっと暴れたからね。閉じ込めた」
「そうか、理屈はわからぬが、真実なのであろう」
続けて、何かを言いかけたような、息を飲みこんだような様子があったが、言葉は発されることが無かった。
解放を求めようとして、止めた。
そうオワルは解釈した。だが、あえてオワルからそれを言い出す事はしない。
「ミヅディル辺境伯でいらっしゃいますね?」
「いかにも。お前は帝国の回し者か?」
「ご存知かどうか。僕は帝国監察官ですよ。……辺境伯、単調直入にお尋ねしますけどね、針の形をした魔導具について。そして、リィフリリー皇女殿下の誘拐について、正直にお話いただきたい」
「監察官、か……大昔に父から聞いたことがあるな。こんな地方までご苦労なことだ」
静かに笑った辺境伯は、ひとしきり震える声を吐いてから、言葉を続けた。
「知らぬ、と言ったら?」
「力づくで捕縛するか、死んでもらいますよ。誘拐は貴方が命じたことだというのは間違いありませんし、実際にこの屋敷の中で彼女が水晶に閉じ込められているのも確認しましたから」
オワルは首を横に振り、交渉とか、誤魔化しは無駄だと呟いた。
「魔導具も、ディナイラー公爵の件から辿って、ここが出所だと言うことは確認できています。最も、さらに大元があるということであれば、お聞かせいただきたいんですが」
「そうか、もう調べはついている、か」
だが、と辺境伯は言う。
「ここから吾輩を動かす事は難しいじゃろうな」
「腕に自信がある、と?」
「……窓を開けて、吾輩の姿を見てみると良い」
窓の位置は判るが、暗闇の中に踏み込むのは危険ではないか、とオワルは明かりががあれば良いのなら、と自らの口の中に右手を突っ込み、提灯お化けを取り出した。
「う、うぅ……」
畳まれた状態だった提灯を引き延ばすと、長い舌をだらりと垂らし、オワルに似たたれ目を虚ろにした提灯お化けがうめき声を上げた。
「起きろ、不落不落。明かりを灯せ」
「……やだ。今は昼だし、ずっと閉じ込められてやる気が出ない」
ぷい、と視線を外し、提灯の裂け目をぱくぱくと動かして反抗する提灯お化け。
オワルは無言で上下を掴み紙が裂けんばかりに引き延ばした。
「あだだだだ! わかった! わかったから!」
ブツブツ悪態をつきながら、淡く光り出した提灯お化けを、オワルは軽く放り投げた。放物線を描いた提灯お化けは、ろうそくが一つも付いていない吊るしの燭台に引っかかり、部屋全体を照らす。
「こいつは……」
「な、なんだぁコイツ! やべえ、助けて!」
提灯お化けの光に照らされ、その姿を露わにした辺境伯。ゆったりとした大きな背もたれのある椅子に座り、深いしわが刻まれた白髪の男がまぶしそうに目を細めていた。
「多面の怪異……」
椅子に座る老紳士。その側頭部から後ろは巨大なこぶのように肥大化し、大量の面が貼りついていた。単に仮面だけがあるのではないのが、目の部分に空いた穴や、かけた部分から覗く苦悶の表情を浮かべた人面からわかった。
こぶの下には、いくつもの腕や足がだらりと下がり、時折痙攣するようにぴくぴくと動いていた。
その姿に怯えた提灯お化けが必死に揺れ動くたびに、異様な姿を光が舐めるように照らしていた。
「……あの魔導具は、確かに吾輩が作り出したものだ」
オワルは、ぼんやりと相手を睨む瞳の奥底で、微妙に動揺していた。白髪の老翁は口を開かず、一つの面から声が聞こえたのだ。
「話していたのは、お前か……辺境伯ではない、のかな?」
オワルの質問に、老翁の顔が口を捻じ曲げ、他の顔が全て笑い声をあげた。
「ふはは、どの面も全て吾輩だよ」
「古い悪魔と契約し、吾輩自身も姿を変えた」
「動くことはできなくなった」
「だが、それ以上に力を得た」
コロコロと話す面を変えながら、オワルをあざ笑うように顔が揺れる。
「……今の吾輩の名はダンタリオン。監察官よ。伝説として伝えられているその力、もっと見せてもらおう」
いくつかの腕が、また震えた。
「なんだ、なんだぁ!?」
暗闇から、武装した兵士たちがぞろぞろと何人も出てきた。提灯お化けが怖がったのは、彼らが身に着けている兜。その内側が全て真っ黒に塗りつぶされたようになっていたせいだ。
「吾輩の能力を味わって、絶望と畏怖にまみれた顔で跪いてくれたまえ」
★☆★
「ん~……あっち、かな?」
廊下の中でわずかに残った熱源の跡を、ドーナは鼻をひくひくさせて感じ取った。階段下は異様に熱が広がっていたが、それ以外に、最近人が通ったと思しき跡が、一つの部屋に続いていた。
「誰かがあの部屋に入ったみたい」
「便利ですわね……それで、入っただけで、出て行った様子はない、と」
ドーナは頷く。
「私がドアを開けよう」
ジャマダハルを握り直し、アムドゥスキアスが左手でそっとドアノブを掴む。
「いいか?」
後ろにいるルーナマリーたちに確認し、彼女たちの頷きを見てドアをそっと押す。
ぐぐ、と小さな音を立てて開いた部屋の中には、横たえられた水晶と、それを前にして座り込む男の姿があった。
男は水晶の向こう側に座り、ドア側を向いていたにも関わらず、裸体のまま水晶の中に閉じ込められているリィフリリーに視線が釘づけになっているせいか、ドアが開いたことには気づいていないらしい。
首から下は筋肉質で緑の肌をした男で、上半身には何も身に着けず、獣の皮で作ったような腰巻と、分厚い膝までのブーツを履いている。背中に長い剣を背負い、その柄は使い込んでいることが良くわかるほど黒ずんでいる。
「はあ、はあ……」
皇女の裸に興奮しているのか、別の理由があるのか、涎を零しながら息を荒げている。その顔は巨大な牙のせいでしっかりと口を閉じることができず、両方の側頭部から天を突く様な二本の角が生えていた。
牙と角のせいで頭が大きく見えるので、とても不安定に見えるフォルムであり、ぼたぼたと口を開いて裸の少女を見下ろす姿が、滑稽でひどく猥褻に見えてしまう。
そっとドアを閉じたアムドゥスキアスは、眉間をぎゅっと押えた。侮るのは危険なのはわかっているうえ、少女に対する態度が変態と言っていい状況であり、怒りも覚えているのだが、あまりに間抜けな姿に気勢が削がれてしまった。
「敵、と思しき男が一人いた。角があり、武器も剣を持っている。長さは私の身長よりも少し短い程度の、大きなツーハンデッドだ」
そして、リィフリリーの存在と、男の状況を説明する。
「お、乙女の裸体を……確認は必要ありませんわ。すぐに始末いたしましょう」
「まあ、私も許せないかなぁ」
憤るルーナマリーに、ドーナも控えめながら同意した。
では、私が先に、とアムドゥスキアスが口を開いた瞬間に、大幣を両手に握りしめたルーナマリーが、ドアを蹴り飛ばすような勢いで開き、中に駆け込んでいった。
ドーナも、その後に続く。
「な、なんだぁ?! ぐえっ!」
慌てて部屋に駆け込んだとき、アムドゥスキアスが見たのは、棒高跳びのように六尺棒の大幣を支えにして、両足で男を蹴り飛ばしているルーナマリーの姿だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




