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後継者

お待たせいたしました。36話目です。

よろしくお願いします。

「それで、これからどうするのですか?」

 最後の異形が兵士たちの猛攻によってズタズタにされて息絶えたことを確認すると、ルーナマリーは持っていた大幣に傷が入っていないか確かめながらアムドゥスキアスに声をかけた。

「ああ、オワルが三階から調べているはずだ。一階にホールと倉庫、厨房くらいしか無いようだから、二階を調査するつもり……おや?」

 ジャマダハルについた血を拭っていたアムドゥスキアスが階段がある方へ眼を向けると、広いホールの中、疲れ果てて座り込んだり怪我の応急処置をしている帝国の兵士たちに交ざり、仰向けで倒れたまま、大きく胸を上下させて荒い呼吸をしているドーナの姿があった。

 傷を負った様子は無かったが、他の兵士たちよりもひどく疲労している。

「彼女は……?」

 アムドゥスキアスの言葉で、ドーナが倒れている事に気付いたルーナマリーは、足早に近寄ると、跪いてドーナの上半身を支えて起こした。

「飲みなさい」

 水筒を受け取ったドーナが、口の端からこぼれるほどの勢いで水を飲むと、ようやくぼんやりした目がはっきりと開いて、お礼を言いながら水筒を返し、立ち上がる。

「はぁ……やっと終わった……」

「何を言っているのですか。まだ目的の皇女を見つけていません。さあ、二階へ行きますよ」

「ええっ!?」

 びっくりしてつい大声になってしまったドーナに、ルーナマリーは「当然でしょう」と伝えた。

「あの程度の連中を打ち負かしたところで、魅狐様のお手伝いができたと言えますか。さあ、行きますよ」

「い、いや、あまり無理をさせる必要は……」

「疲れるのは、能力を出し惜しみして手加減しているからですわ」

「出し惜しみ?」

 ルーナマリーが何を言っているのかわからず、つい見つめてしまったアムドゥスキアスの、馬そのものなキラキラとした目に耐え切れず、ドーナは俯いてしまった。

「へ、兵士がいっぱいいるところじゃ……」

「気にすることはまりませんわ。もうお馬さんがいるわけですし、貴女の場合は下半身と、ちょっと目つきが変わる程度ではありませんか」

 あとは、変身後の方が身体の頑強さも変わってくる。このまま休ませてもらう事は不可能だとあきらめ、ドーナは下半身が蛇というエキドナ状態へと姿を変えた。ぬらりと光る眼、鋭く伸びた爪。そして何より、数メートルの長さを誇る蛇状の下半身は、周囲で休んでいた兵士たちに充分なインパクトを与えた。

 が、動揺する兵士たちはルーナマリーの一喝で黙った。

「彼女は味方です! 立ち居振る舞いや雰囲気で敵味方の区別がつけられないほど、帝国の兵は愚か者の集まりなのですか?」

「失礼いたしました。私も含めて、慣れない実戦で気が立っていたようです。我々は負傷者の後送と一階の制圧と屋敷の包囲を行います」

 ルーナマリーの前に立ち、丁寧に謝罪をした兵士がいた。彼はリリリアが砦を訪れた際に、部隊長であるフォルニウスを捕縛した副官であり、現在はもう一人の副官を臨時の部隊長として、彼は実戦隊長として実働部隊を率いている。

 ドーナに対しても、兵士の落ち着きの無さを詫びた。

「では、ここはお任せします。大人数で上に上がっても邪魔なだけですから、一階はお任せしますわ」

「お願いします。人員が必要な際は遠慮無く要請してください。私はここで指示のために待機しておりますので」

 部隊を率いているのはリリリアではないのか、とルーナマリーが尋ねたが、部隊長は苦笑いで「監査室長殿は全て私にお任せくださいました」と答えた。

 ようするに、兵を率いてどうこうという能力が無いので、丸投げしたらしい。

「良い判断だと思うがね。素人が率いていると、いくら精強な部隊でも戦いには勝てないものだ」

 納得しているアムドゥスキアスの横で、ルーナマリーはそんなものなのか、と黙っていた。シスターたちを率いている立場ではあるが、彼女自身は少人数で暴れまわる方が得意だった。

「では、上へ行くとしよう。想像できないが、オワル殿が苦戦しているかもしれない」

「少しくらいは苦戦して、あのトボけた顔が多少引き締まるなら良いと思いますけれど」

 厳しいシスター長様だね、と困り顔で歩き出したアムドゥスキアスを先頭に、ドーナとルーナマリーが階段を上がる。

 シスターたちは物理攻撃が聞かない異形が発生した場合の戦力として、一階に残留している。怪我を負った兵士たちの看護も兼ねている。皇都にいる部隊と比べて著しく男女比率が偏っており、実働部隊となるとほとんど女性が居なくなる地方駐留部隊である彼らにとって、癒しになるシスターと同じ現場というのは癒しになるらしい。若い男たちはだらしない顔をして治癒術式を受けたり、血を拭ってもらったりしていた。

 彼らが気付かなかったことがある。シスターたちもまた、虎視眈々と良い殿方を探しているということを。

 トップである魅狐自身に恋人がいることもあり、イナリ教自体は信徒の婚姻を制限していない。異教徒でも構わないというほどだ。むしろ、命の連続を大切にするため、教団内でお見合いを奨励する程だったりする。

 帝国兵はいわゆる国家公務員。うまく出世すれば引退後も年金が約束されているということもあり、実は結婚相手として人気がある。天使のような微笑みで介抱しながらも、出世しそうな男を探して目を光らせていた。

「まあ、本人たちが幸せならいいか」

 部隊長は既婚者であり、皇都に妻を残して単身赴任中。妻の幼馴染にイナリ教のシスターがいるので、そういったシスターたちの恋愛事情も把握している。

 顔が緩んでいる部下たちを見て、実戦で命を奪ったショックが少しでも和らぐなら、と放っておくことにした。


★☆★


「面倒くさい造りだなぁ」

 三階に上がった途端、襲いかかってきたカニのような爪を持った男を一飲みすると、オワルは「けぷ」と小さく息を吐いて部屋を覗いて回っていた。

 とにかく部屋数が多い。どうしてそんな造りになっているのかはわからないが、廊下の左右にずらりとドアが並び、八畳から十畳ほどの、貴族の館としては狭い部類の部屋が続き、空っぽか、用心棒気取りの人物が待ち構えているかどちらかだった。

「この分だと、本命は二階かなぁ。でも、三階を護るように立ちふさがっていたし……」

 また一部屋、ドアを開ける。

「誰じゃ?」

 調度品の少ない室内。

 年季の入った木製の椅子に腰かけた老人が、突然ドアを開けたオワルへ、厚ぼったく垂れ下がった瞼の隙間から視線を送った。

「辺境伯を探しているんだけれど」

「おぬしは誰かと聞いたのじゃがの」

「これは失礼。僕は帝国の監察官。ちょっと調査で訪ねてきたんだけど、あまり歓迎されていないようでね」

 参ったよ、と首を振るオワルを見て、老人はフン、と鼻を鳴らした。たっぷりと蓄えた白い髭を左手でしごきながら、右手に握った木製の地味な杖をコツン、と音を立てて床に立てた。

「どうせ辺境伯を狙ってきたんじゃろう。歓迎されぬのは当たり前じゃろう」

「まあ、そうかもね。ところで……それは何かな?」

 オワルが指差したのは、老人が座る椅子の向こう、白いシーツが目立つ一人用のシンプルなベッドの上にある、大きな水晶だ。

「この領地の後継ぎじゃよ……」

「後継ぎ?」

「ベードヴィヒ・ルガー・ミヅディル。辺境伯の一人息子じゃ」

 老人の反応に注意しながら、オワルはそっと近づいてベッドの上に横たえられた巨大な水晶を見つめた。

 そこには、三十歳を少し過ぎたかと思われる、痩せた男の姿があった。服を着ていないのだろう。肋骨の浮いた上半身を剥き出しにして、下半身には薄い布団を掛けられていた。

「死んでいる……わけではなさそうだね」

「生きてはおるよ。……もっとも、こういう状態である以上は、“死んでいないだけ”ともいえるのう……。こうなってから、もう半年以上になるか……」

 ぽつぽつと老人が話始めたのを、オワルはもう一つあった椅子に跨るように座り、背もたれに顎を乗せた。先ほどから、身体の中でまだ暴れているフルーレティがうるさくて、妙に怠いのだ。

「一年ほど前になるかのう、ベードヴィヒが一か月に及ぶ領地の視察から戻った翌日に、高熱を出して倒れたのじゃ」

 それまでは、出不精で痩せている父親とは違い、領地の兵力を取りまとめる役として自らも鍛えていた偉丈夫で、精力的に領地を回っている精悍な人物だったという。ところが、その視察から戻って以降、繰り返し原因不明の熱に悩まされるようになったそうだ。

 調子が良い時は剣の修行など身体を動かしていたが、熱が出る感覚が次第に短くなり、床に臥せっている期間は徐々に長くなる。筋骨隆々としていた肉体はみるみるうちに痩せ衰えていった。

 何人もの医者や医療系の魔法使いが呼ばれて治療を施そうとしたが、原因すら判明しなかったようだ。大ざっぱな“魔病だろう”という答えにも成らないような診断だけ下され、ベードヴィヒが回復する見込みは限りなく低かった。

「最初に倒れてから三か月か、辺境伯は人に会わなくなり、兵や使用人も多くが暇を出され、館には妙な連中がうろつき始めた」

「その中に、フルーレティも?」

「あの女は、まだ小さい頃から辺境伯に保護されておったよ。辺境伯が表に出て来なくなったころから、館を取り仕切るようになったのう……昔は、もう少し可愛げのある女じゃったがな」

 少しずつ、館の中の雰囲気が暗くなり、誰もが暗い目をするようになった。

「ある日、これ以上病が進行するのを止めるため、そのフルーレティが封印を施した……その結果がこれじゃ。辺境伯としては一人息子を死なせたくない一心で命じたのじゃろうが……」

 老人は納得していないのだろう。

 辺境伯の事を話すとき、どこか突き放すような口ぶりになっていた。

「皇女を攫った理由は、そのあたりにあるのかな?」

「皇女を? 一体、辺境伯は何を考えておるのやら……」

 老人の反応を注意深く見ていたが、オワルには演技とは思えなかった。この老人は、本当に皇女誘拐の件を知らないらしい。

「煙草吸ってもいいかな」

「好きにするとええ」

「どうも」

 煙管を取り出して火を点ける間、老人の視線はオワルから離れなかった。敵意はそれほど感じないが、フレンドリーとはとても言えない居心地の悪さを感じ、オワルは煙を口から流れるままにゆらゆらと送る。

「二つ、教えて欲しい」

 老人は、動かない。

「ご老体。あんたは、辺境伯のお抱え魔法使いか何かかな?」

「半分は正解じゃな。わしはベードヴィヒの教育係でな。多少の魔法も教えておった。その縁で、今はこうして閉じ込めらえたベードヴィヒの守役として居候しておる」

 オワルは名を聞いたが、老いた自分が名乗る意味などない、と断られてしまった。そんなことより、もう一つの質問は? と老人が問う。

「辺境伯の居場所を教えて欲しい」

 オワルの目を、老人は濁った眼でしばらく見つめていた。

「……階段を挟んで向こう側。一番奥の部屋にいるじゃろう」

「ありがとう。聞いておいてなんだけど……僕に教えて良かったのか?」

 重々しいため息のあと、老人はしわくちゃの口を開いた。

「こんな形で人形のように固められている状態を、生きているとは言えんよ。若くして死ぬことは不幸じゃが、死ぬまでの人生を精一杯生きることすらできないのは、もっと不幸じゃと思わんか?」

 逆に問われ、オワルはグシャグシャと頭を掻いて、立ち上がった。

 煙管は、いつの間にか体内に収納してしまっている。

「死なない僕にはわからないよ。でも、閉じ込められるよりも死ぬ方が良いかも、って考えには賛成かな」

 また来るよ、と言い残して、オワルは部屋を後にした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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