吸収
35話目です。
よろしくお願いします。
アムドゥスキアスが邸内を走ると、すぐに兵士たちがホール内で乱戦状態になっている現場に出くわすことになった。
そこでは、数に任せて建物内で遭遇した異形の者たちを抑え込みつつも、手痛い反撃を受けては後送される兵士が生まれるという有様だった。異形ども数は十対程度。十分の一の相手ではあるが、場所はそれほど広くないのと実力差もあり、兵士側が押され気味だ。
そこへ、アムドゥスキアスは颯爽と飛び込んだ。
「退けい!」
一陣の風、そしてラッパの音を響かせて登場したアムドゥスキアスの姿に、兵士たちは緊張の色を浮かべ、異形の者たちは仲間が増えた、と喜んだ。
しかし、登場と共にジャマダハルで貫かれつつ、その勢いで吹き飛ばされたのが、トカゲの頭を持った異形の方だったことで、現場は混乱を見せた。
ドカッ、と床を踏み鳴らし、アムドゥスキアスは大音声を張り上げた。
「アムドゥスキアス! 大恩あって監察官殿に味方すると決めた者だ! その義によって、君たち帝国兵に助太刀する!」
言いながら、二人目のぶよぶよとした巨漢を蹴り飛ばした。
どうやらスライム化した身体を持っているようで、吹っ飛んだ先で起き上がるのが見える。
「魔法が使える者は、あいつを集中的に頼む!」
「しょ、承知した! 行くぞ!」
宣言と行動で、アムドゥスキアスを味方だと認識した兵士たちは、スライム男へと向かうグループと、アムドゥスキアスと共に残りの異形へと対応する者へと別れる。
血まみれになりながら、トカゲ男も戦線へ復帰してくるのを見て、アムドゥスキアスの鼻から湯気が噴き出した。
「なかなか頑丈なようだ。他には……カマキリやイノシシか。敵にとって不足無し! 八つ当たりで申し訳ないが、私の怒りをその身で晴らさせてもらおう!」
さしあたり、目の前にいたカマキリの背後へと回る。
カマキリの複眼は、しっかりとアムドゥスキアスの動きを捉えており、振り向き様に両手の鎌を振りかぶった。
しかし、目で追えたからといって、動きについて行けるかどうかは別の話だ。
「遅い」
ジャマダハルが、掬い上げるようにカマキリの細い首を刈り取る。
しばらくは鎌を振り回してじたばたと動いていた首無しの身体も、兵士に斬り伏せられて動きを止めた。
その瞬間、アムドゥスキアスは横っ腹に突進してきたイノシシ男によって、ホールの隅まで吹き飛ばされていた。
「ぐぅ……突進は私の得意技だが、相手にやられると、痛い以上に腹が立つな……しかし」
思った以上に痛みが無い。堅い頭蓋骨が当たったはずの脇腹だが、立ち上がるのに問題ない程度だ。気付けば、先ほどバルバトスにナイフを突き立てられた傷もほとんど癒え始めている。
「これは凄いな。どうやら、オワル殿は私の治癒ではなく強化をしてくれたようだ。いよいよ、人間離れしてしまったか……」
まあいい、とアムドゥスキアスはジャケットの誇りを払落し、こちらを見つめて次の突進の構えを見せているイノシシ男を見た。
「猪突猛進とはこのことか。だが、単にまっすぐ進むだけでは、私には勝てんぞ」
次の突進攻撃を避けて、脇から一撃を叩き込もうと身構えた時に、悲鳴が上がった。
「ぎゃあああ! た、助けてくれ!」
兵士たちがひしめいて良く見えないが、どうやらスライム男に対応しようとした兵士が、腕を飲み込まれたらしい。
スライムに飲み込まれた場合、溶かされる前に核を攻撃して殺すのがセオリーだが、魔物ととして野外で出会うそれとは違い、元が人間であるスライム男は、透けて見えるわけではない。核がどこにあるかわからず、周りの兵士が剣や槍で突き刺しているが、一向に浸食が止まる気配が無い。
このままでは、溶かされる痛みでショック死するか、顔まで飲まれて窒息死するか、いずれにせよ最悪の二択しかない。
「くっ!」
イノシシ男は一旦無視をする。
兵士たちを迂回するようにホールを駆け抜けたアムドゥスキアスは、ジャマダハルを振りかぶった。
致命的な部分まで飲み込まれる前に、兵士の腕を切り落とそうとしたのだ。
だが、アムドゥスキアスが振るったジャマダハルは、突然差し込まれた木の棒によって妨げられた。
「お待ちなさい、お馬さん」
刃物が棒で止められたことにも驚いたが、それをやったのが女性で、イナリ教のシスターだということにも、アムドゥスキアスは驚いた。
見上げると、自分よりも背が高いのではないかという長身のシスターが立っており、長い棒状の先に、ひらひらとした紙製の飾りを付けた大幣を掴んでアムドゥスキアスを見下ろしていた。
「早まることはありません。ここはわたくしに任せていただきましょう」
アムドゥスキアスが武器を引くと、シスターはにっこりと笑って、大幣をスライム男の腹へと突き刺した。
「わたくしはイナリ教のルーナマリーと申します。シスターの戦い方をお見せしますわ」
手を伸ばしてきたスライム男の顔を、「邪魔」の一言と共に激しく蹴り飛ばした。
「この程度の相手なら、略詞で良いでしょう」
そこからの光景を、アムドゥスキアスだけでなく、腕を飲まれている兵士や、周りで見ていた兵士たちですらも、息を飲んで見ていた。
“掛巻 恐 稲荷大神 大前 恐恐 白……”
祝詞の声は、とても落ち着いて滑らかで、目を閉じて聞いている分には、美しい旋律が奏でられているかのように聞こえたかもしれない。しかし、実際の光景は、ほっそりとして長い腕で、ルーナマリーが六尺棒を何度も何度もスライムへと突っ込む姿だった。
どぷどぷと水が入ったゴム毬が跳ねるような音を立てながら、スライム男は次第に形を崩していく。気付けば、兵士の腕も抜けていた。多少は火傷のような傷を受けている程度だ。
“夜守日守 守幸賜 恐恐白”
ほどなく、祝詞が終わり、スライム男は完全に形を失ってしまい、広がった粘液は微動だにしない。
「……凄まじいものだな。核を壊さずに、ここまで不定形型にダメージを与えるとは」
「驚いている暇などありませんわ」
ルーナマリーが床に大幣を打ち付けたかと思うと、そこへイノシシ男が激突した。
思い切り頭にへこみを作ったイノシシ男は、頭を押さえて悶絶しているところを、アムドゥスキアスの一撃で絶命した。
それでも、まだ敵は多い。兵士たちが必死で戦っているが、傷はつけられても倒すまでには至っていない。
「魅狐様より話は聞いております。お手伝いさせていただきますわ」
いつの間にか、ルーナマリーの後ろにシスターたちが立っている。それぞれに武器を構えている様は、そこらの兵士たちよりも精強に見える。
「ありがたい。では、残りを片付けるとしよう」
ジャマダハルに付いた血を振り落とし、アムドゥスキアスは次の標的を定めるべく、残った異形へと視線を向けた。
★☆★
「くっ……私の能力が、蠅を生むだけだと思わないことです」
フルーレティは、ギリギリと牙を剥き出しにして、両手の爪に水晶を纏わせる。
水晶は複雑に絡みあった小さな結晶が、大きく鋭い鉤爪を形成していた。
オワルは、爪を伸ばすフルーレティの姿をぼんやりと見上げていて、階段上から飛びかかってくるまで、微動だにしていない。
その余裕を見せつけるような態度が、フルーレティの苛立ちをさらに刺激する。
「死になさい!」
「難しい話だね」
フルーレティの爪は、飛び降りた速度そのままに、オワルの身体を左片から袈裟懸けに切り裂いた。
それに対し、オワルは切られるままにして、反撃は頭突きだった。
鈍い音が響き渡り、オワルは傷を塞ぎながら額をさすり、床に落ちたフルーレティは涙を浮かべながら転がって距離を取る。
「ふ、ふざけた真似を!」
「いてて……頭突きは立派な攻撃方法だぞ」
オワル自身は、大した攻撃力は持っていないので、大人一人分の体重が飛び込んでくるのを、拳で押し返すような真似はできない。掴んで投げるほど器用でも無いので、そのまま頭で迎撃したのだが。
かなり痛かったので、少し後悔していたが。
両手を床に突き、豹の姿に見合った格好でオワルを睨みつけるフルーレティは、がりがりと水晶の爪を床に食い込ませている。
隙あらば何度でも切り付けてやろうと狙っているのが明らかだ。
「さて、どうしようかね……」
先ほど身体を切られたとき、違和感があった。
どうやら、水晶の部分を吸収することができないらしい。逆に、水晶からわずかながら魔力を吸い取られたような感触さえあった。
「考え事ですか……どれだけ私を馬鹿にしているのですか!」
激高して迫ってくるフルーレティは、両手の爪を振るってオワルへと次々傷をつけていく。
それらはすぐに治るのだが、オワルが手を伸ばしたりすると、フルーレティは器用に身体を捻って避け、距離を取る。
そんなやり取りを二度ほど繰り返したところで、フルーレティが牙を剥いて笑った。
「……どうやら、水晶部分は吸収できないようですね」
「そうみたいだねぇ」
「この力、やはりかの御方にいただいた力は、貴方などに対応できるものでは無いのですね! 素晴らしい!」
興奮して歓喜の声を上げたフルーレティは、オワルを睨みつけたまま、ぶるぶると震えだした。
「それが分かれば、最早ここで魔力が尽きても構いません。私の命が尽きたとしても、貴方をここで殺します」
氷が固まる様な音と、高音の不快な共鳴音を響かせながら、フルーレティの全身を水晶が覆う。
あちこちへ鋭い刃のように結晶を伸ばした姿は、豹が透明な鎧を着ているかのようだ。身体のどの部分が当たっても、たやすく肉を切り裂くだろう。
だが、どうやらその鎧を作るのはかなりの負担があるらしく、全身に水晶がいきわたった時点で、フルーレティは肩で息をしていた。
「ふぅー……行きますよ!」
鎧武者のような音を立てて、フルーレティが迫る。
横っ飛びに避けたオワルだったが、両足が裂けた。
「あたたたっ!?」
二階の廊下を、足が床に付かないように転がる。その間に傷はふさがるが、フルーレティの猛攻は終わらない。
押しとめようとした両腕が切られ、避けた脇腹を裂かれた。
「回復する間も無く、バラバラにしてあげます!」
「ごぼっ……」
壁に押し付けられ、仕返しとばかりに刃付きの頭突きを受けて、オワルは内臓と一緒に口から血を吐いた。
ずるずると仰向けに倒れ、床に内臓や肉が散らばる。
細身の身体とはいえ、血肉が広がれば直径二メートルほどは赤く染まる。
「ふぅ、ふぅ……。とうとう覚悟を決めたようですね。その血肉、私が直接喰らってあげましょう!」
反応の無くなったオワルに、真上からフルーレティが飛びかかる。
それは綺麗な弧を描く飛びこみで、肉食獣が草食動物に襲いかかる姿そのままだった。
そして、プールに飛び込んだかのように、どぷん、と音を立ててオワルの血肉の中に入って行った。
「……やれやれ」
ずるずると周囲に散らばった自分のパーツをかき集め、元の姿へと戻る。
「水晶を“吸収”はできなくても、“取り込む”事はできたか」
フルーレティは一つの誤解をしていた。オワルの能力を取り込んで喰らう。つまり吸収することだけだと思い込んでいた。
だが、片車輪やアムドゥスキアス、愛用の煙管がそうであるように、吸収せずに取り込むだけということもできるのだ。
「うるさいなぁ……」
今、オワルの“内側”で閉じ込められたフルーレティが暴れまわっていた。暗く狭い肉の牢に閉じ込められているようなものなので、しばらくしたら気が狂ってしまうかもしれない。
「水晶があるかぎり、吸収できないんだから仕方ないでしょ」
魔力が切れて水晶の鎧が消えるか外れるかすれば、吸収できるのでフルーレティの恐怖はそこで終わる。だが、自らそれをするのは自殺と同意だ。それを聞かされたところで、鎧を捨てる決断をするには時間がかかるだろう。
「さて、じゃあ改めて、リリーを探しますか」
こんな敵が次々出てきたらやっかいだ、とこぼしながら、オワルは三階へ上がる階段へ踏み出した。
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