突入
34話目です。
よろしくお願いします。
「……ちょっとやりすぎなんじゃない?」
呆然と口を開いている横で、魅狐が呆れたような声で言った。
相手は、目の前で大砲を傍らに従え、兵士たちに指示を出しているリリリアだ。
ムルルムは、大砲の音におびえて、魅狐の後ろにくっついている。どうやら、実戦経験はほとんど無いらしい。
「最初から衝撃を与えて、相手を委縮させるのが狙いです。オワルさんたちもピンチだったようですし、中から敵がどんどん出て来てましたから」
予備兵力など残さず、大砲を扱う数名のみを残し、全兵力を突入させたリリリアは、鼻息を荒くして説明した。
「さっきの砲撃で、辺境伯が死んだかもしれないけど?」
魅狐の指摘に、リリリアは目をそらす。
「だ、大丈夫じゃないですかね? 建物の奥にいるでしょうし、全部玄関に着弾しましたし……」
「はあ~……オワルの役に立ちたいのはわかるけど、焦る事無いのよ。もっと良く考えて行動しなさいね」
「す、すみません……」
一連の騒ぎで、辺境伯邸近くの住民たちは逃げだしていた。これは好都合であるし、魅狐も突然の行動に驚いてリリリアを止められなかったので、あまり強くは言わずにおいた。
「とにかく、兵士たちがあの魔導具の影響を受けた相手とまともに戦えるか怪しいから、手助けにいかないとね」
兵士たちが受けた命令は、邸の制圧と辺境伯の部下たちを捕縛することだ。辺境伯自身は監察官が対応するので、見つけたら牽制しつつ報告をするように、と言われている。面倒ではあるが、貴族を兵士が捕えると、後々問題になることが多いので、そのための処置だ。
また、混乱を避けるためにリィフリリーについても兵士には秘匿している。もし兵士が見つけたとしたら、不審な物体を発見した、とリリリアにまず報告が入るだろう。
「オワルさんの手伝いはいいのですか?」
「何とかするでしょ。それより、本調子じゃないのが問題よねぇ」
中身がないのでぺったりとしている右の袖を見て、魅狐はため息をついた。戦えなくはないが、先日襲ってきたフルーレティか、同程度の強さがあると勝てる見込みがない。
かと言って、ここにいる人間でそういった異形に立ち向かえるほどの実力がある者はいない。
ストークスは訓練は受けているが、実力以上に気弱で戦いそのものに向かない。ムルルムも、国に仕える者としてそれなりに訓練してはいるが、悲しいかな、実力不足は否めない。リリリアについては、ここで留まって指示を出さねばならない。
悩む魅狐の耳に、彼女を呼ぶ声が聞こえる。
「魅狐様~!」
「はいはい、何よ遠くから……へ?」
ストークスが、両手で口を覆って目を見開いている。当然だろう。ここへいるはずの無い人物がいるのだから。
非常に目立つ巨躯の馬を駆り、満面の笑みを浮かべてこちらへ向かってくるのは、イナリ教のシスターの頂点に立つ、ルーナマリーその人だ。
さらには、その腰に手を回し、ばつが悪そうな顔で同乗しているドーナの姿も見えた。
魅狐の姿を見て、ルーナマリーが思い切り馬を走らせたのだろう。数名のシスターが、必死で追いかけてきているのが、遠くに見える。
距離感が狂いそうな大きな馬が、魅狐たちの前で止まる。
「魅狐様! 微力ながらお手伝いに参上いたしました! 何なりとお申し付けくださいませ!」
愛馬“コマ”から飛び降りたルーナマリーは、そのまま魅狐の前で頭を垂れた。その後ろで、ドーナがもたもたと馬から降りようと悪戦苦闘している。ただでさえ慣れていない馬で、しかも二回りは大きいので、鐙を踏んでも地面に足が届かないらしい。
「それは助かるけど、どうしてドーナが……」
「なんか、連れてこられた……」
すでにドーナは巻き込まれることを覚悟して、諦めた表情をしていた。
無理やりルーナマリーが巻き込んだことは巫女にもわかったので、ごめんね、とだけ伝える。
そんなやり取りをしている間、ルーナマリーは砕かれた門を見て、険しい顔をしていた。視線の先では、数名の兵士たちが警戒のために扉の前に残り、ボロボロに踏みつけられた死体を槍先で脇へ避けている。
「あそこは辺境伯の屋敷ですか。兵士を使って捜索しているのですか?」
辺境伯邸の内部からは、怒声や金属がぶつかり合う音が聞こえ始めており、戦いが始まっているのがわかる。
「すでに戦闘が……」
「丁度良かった。今はオワルが辺境伯を捕まえるのに、建物の中にいるの。兵士の方は私がサポートしたいけど、まだちょっと、ね」
魅狐の言葉に、ルーナマリーは顔いっぱいに悲しみを湛え、どこからか取り出した六尺棒の大幣を地面に打ち付けた。
「お任せを。さあ、いきますよ!」
ようやく着いたシスターたちを引きつれ、ドーナを引き摺り、ルーナマリーは意気込んで辺境伯邸へと向かう。
「あ、お馬さんは味方だからね?」
「お馬さん、ですか? はい、わかりました」
いまひとつ理解していないような様子だったが、魅狐がいう事なので、と素直に頷いたルーナマリーは、早足で兵士たちが戦う館へと乗り込んでいった。
★☆★
兵士たちの突入を確認したオワルたちは、建物の裏手へ周った。
そこには使用人たちが出入りする、厨房へとつながる裏口がある。
「中に入ったら、二手に別れよう。辺境伯がどこにいるか知っているか?」
「姿を見たことはないが、話はしたことがある。その時は、最上階である三階の、階段からもっとも離れた部屋にいた。おそらく、今もそこではないだろうか」
「なるほど」
裏口のノブを掴み、オワルが引っ張ってはみたものの、鍵がかかっているらしい。
仕方がない、と指を変形させようとしているオワルを、アムドゥスキアスは止めた。
「待ちたまえ。私がやろう」
気合一閃、アムドゥスキアスがノブの上をぶん殴り、木製の扉を破る。
そのまま向こう側のカギを外すと、扉は力なく開いた。
「貴族様とは思えない野蛮さだね」
「ふん、人を喰らうよりはスマートなやりかただと思うがね」
腕についた木片を払い落としているアムドゥスキアスを見て、オワルは今さら気付いたんだけど、と問いかけた。
「武器はどうした?」
「君に飲み込まれたレイピアが、私が持っていた唯一の武器だ」
他にも相続した剣などもあったが、生活費やイレーナの治療費のために売り払ってしまったらしい。敵対していたのだから、恨んではいない、とアムドゥスキアスは言うが、少し悲しそうではある。馬の表情を正確に読めるほど、オワルは器用ではないが。
藪蛇だった、と頭を掻いていたオワルは、ふとある物を思い出し、脇腹からずぶずぶと一つの武器を取り出した。
「何度見ても、便利ではあるが少し生理的に来るものがある光景だな……それは?」
「ジャマダハル。まあ、ダガーの一種だね。これを使ってみないか?」
簡素なナックルガードの先に、幅広の刃がついている武器を受け取り、アムドゥスキアスは右手に握りしめた。丁度拳の先に剣が突き出たようになっている。
軽く二、三度振り、先ほど穴を開けた扉へとつきこむ。
ズクッと音を立てて突き刺さった刃は、板面を割る事無くきれいに穴を開けた。
「いい武器だ」
「殴る感覚で使えるから、足が速いアムドゥスキアスには丁度いいと思ってね」
「ありがたく、お借りしよう」
「あげるよ。僕には合わない武器だし、レイピアを喰った代わりだと思ってくれ」
だから、これでおあいこってことで、と笑うオワルに、アムドゥスキアスは笑って答えた。
「わかった。これで充分に活躍させてもらおう」
「それじゃ、アムドゥスキアスは一階の兵士たちをサポートしてくれ。彼らだけだと魔導具の影響を受けて変身した相手は厳しいかもしれない」
「君はどうする?」
「階段で最初に三階へ行く。辺境伯やリリー皇女が見つからなかったら、二階へ降りるよ」
「では、一階の片付けと捜索が終了したら、私も二階を捜索するとしよう」
★☆★
厨房から侵入したオワルとアムドゥスキアスは、階段の下で別れた。
「じゃあ、よろしく」
「任された。……皇女殿下を見つけたら、謝罪をする機会をいただきたい。それだけで私の過ちが許されるとは思っていないが、そうしなければいけないのは間違いない」
「……わかった」
「よろしく頼む」
馬面の鼻先から湯気を噴き出し、ジャマダハルの具合を確認した「アムドゥスキアスは、激しく床を踏みつけて駆けて行った。
「じゃあ、僕も頑張りますか」
薄暗い階段を、また不意打ちを受けないように注意しながら進む。
周囲にはこれといった明かりも無く、窓から差し込む朝の光が、白い壁に反射して入ってくるのが唯一の光源だ。
「ホラー映画の舞台としては悪くないね。もっとも、本来は僕の方が脅かす役だけど」
明治期、オワルは小さな遊園地のお化け屋敷でアルバイトをしたことがある。小学校の教室を模した建物内で、メイクをしてお客を待つような内容だったが、暗い事もおどろおどろしい雰囲気も平気なオワルにとって、何もせずに待っていることがとにかく苦痛だったことを憶えている。
「もし待っている人がいたら、待たせて悪かった、と思ってたところだけど……」
「殊勝な心がけです。できれば、手間もかけたくないところなのですが」
三階へ続く階段。見下ろしているのはフルーレティだった。
フランベルジュは持たず、右手に針の魔導具だけを握りしめ、冷たい視線でオワルを待ち構えていた。
「辺境伯の所へ、案内してくれる……というわけじゃあなさそうだね。それに、とうとうそれを使うってことかな?」
煙管を取り出し、煙草を詰める。
その間に、フルーレティは針を持ち上げていた。
「本来であれば、あのような姿を変えるのは嫌なのですが、かの御方のお屋敷を踏み荒らす賊を殺すためであれば、致し方ありません」
少しだけ振りかぶると、フルーレティは自らの首へ針を打ち込んだ。
声を漏らすこともなく、痛みに顔を歪めることも無い。
オワルから視線を外さないままで、フルーレティは変身していく。
「……豹、か」
袖や靴は破れ、スラリとした手足は、滑らかな毛皮と特徴的な模様を持った豹の姿となり、しなやかさに力強さを内包した筋肉と鋭い爪は、得物を引き裂くためにあるかのような圧力を放つ。
顔も豹そのものとなり、鋭い牙をむき出しにして威嚇する。
「ただの豹ではありません。あまり使いたくないですが、貴方相手に手の内を隠す余裕はなさそうですからね」
言うが早いか、口を大きく開いたフルーレティ。
咆哮による攻撃かと身構えたオワルに、彼女の口から浴びせられたのは、黒々とした蠅の大群だった。
「うぇ?!」
フルーレティが見えなくなるほどの量が、黒い壁となってオワルに迫る。
「このっ!」
負けじと大口を開ける。フルーレティのそれよりも三倍ほどの口腔で蠅を思い切り吸い込むと、一気に取り込んだ。
しかし、思わぬ抵抗を受ける。
「んんぅっ?」
喰らいきれなかった分が、オワルの顔に殺到し、表面を少しずつ食い破る。口内の蠅も、身体を潰されながらも内側に噛みついていく。
一つ一つは大した痛みではないが、全てが合わさると言い表せない疼痛が続く。
さらに、階段の上からフルーレティ自身も飛びかかり、視界を塞がれたオワルの足を切り裂いた。
左脛を半分以上斬られ、バランスを崩したオワルの身体は、さらにフルーレティが吐き出した蠅にたかられ、上半身を真っ黒な塊に包まれて階段から転げ落ちて行った。
「……自らが食べられる側に回った気分はどうですか? 聞こえては、いないでしょうけれど」
落ちた衝撃で折れたのか、切られた左足がひざ下で曲がっている。そのままピクリとも動かないオワルの身体を階段の途中から見下ろし、フルーレティはべロリと鼻を舐めた。
蠅はけたたましい羽音を響かせながら、オワルの身体を喰いつくそうと懸命に飛び回っている。彼らが得た血肉は、そのままフルーレティの力になる。
「かの御方の屋敷に、このような害虫が増えるのは、やはり耐えられません……」
存在を保つための核を見つけたら、さっさと蠅を吸収してしまおう、とフルーレティは考えていた。不定形のモンスターであれば、核を壊してしまえば死ぬ。
「さっさと核を見つけなさい。下の連中も役に立たないようですから、そこも私が掃除しなければなりません」
「ああ、そういう意味か。スライム扱いとは、ちょっと悲しいなぁ……」
しくしく、と鳴きまねをするオワルの声が響く。
「っ!? まだ生きていましたか。悪あがきを……えっ?」
蠅たちの困惑が、フルーレティへ伝わってくる。
肉が、食っても齧っても減らないのだ。
「僕の身体を食べつくすのはちょっと大変だと思うよ? たっぷり虫を吸収したから、抱えてる体積は結構なものなんでね」
声が上から聞こえた。
その瞬間に見上げたフルーレティの目に映ったのは、人の形をした影。まるで影絵で作ったような人影が、横を向き、ケタケタと笑った表情で揺れている。
「影女って知っているかい? 夜中に、窓や障子の向こうに映る人影。そんな影だけの妖怪だけれど……人がいる家ならどこにでもいる、中々気のいい子たちなのさ」
人影は、やだ、もう、とでも言いたげに手を振ると、光に解けるように消えて行った。
「こんなふうに、誰かを驚かせる協力をしてくれる」
「あっ……」
階段の下には、いつの間にか蠅がいなくなり、元通りになったオワルが立っていた。ぼんやりした目で笑いながら、フルーレティを見上げている。
「蠅なんか食べたくないけどさ、仕方ないよね。さっさと終わらせて、リリーと一緒にお城で口直しのごちそうでも食べさせてもらわないと」
フルーレティは、オワルの言葉が耳に入らない程怒りに震えていた。
そして、危機感を感じている。
「貴方は、何としてもここで止めねばならないようですね……」
「やっぱり抵抗する、か。大人しくしてくれれば、女性を手荒に扱わなくて済むんだけどね」
やれやれ、とオワルは右足を踏み出して、両手を楽に開いた状態で、ゆったりと構えた。
「かかっておいで。ただし、化け物の先輩は、怖いぞぉ?」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




