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攻撃

33話目です。

よろしくお願いします。

 フルーレティの襲撃から三日目の朝。

 町にはいつも通り、人々が日々の生活を始めており、少しずつ通りに人の姿が増えていく。井戸端に人が集まり、水を汲み、歩いていく。

 まだ眠そうにしている人もいれば、はきはきとあいさつを交わす人もいる。

 そんな穏やかな街中を、ぞろぞろと四人の男女が歩いていく。ヨレたコートを着た男、オワルを先頭に、整った顔の若い貴族であるレーゲル、そして二人のシスター、魅狐とストークスだ。

 イレーナや他のシスターたちは、留守の間に襲撃されることを考慮して、宿をとって避難している。

「……やはり、危険だ。シスター・ストークスはイレーナと共に残ってもらった方が良かったのではないか?」

 心配そうに、隣を歩く自分へと視線を向けるレーゲルに、ストークスは微笑みを返した。「大丈夫です。私は魅狐様と共にお屋敷の前で待っているだけですから。私よりも、レーゲル様の方こそ充分ご注意ください。命をかけてまでやることではないのですから」

「生きて帰る事はもちろんです。これでも救われた命を無駄にしない程度の常識はあるつもりですから。ですが、しっかり恩を返すことも重要なのです」

 お互いに目的を曲げるつもりが無いことを確認した二人は、そろって苦笑いを浮かべて、歩みを続けた。

 その前をあるくオワルと魅狐の二人は、どちらかというと険悪である。

「で、イレーナの求婚をどうするつもり?」

「どうもこうも、受けられるわけないでしょ。僕はこれからずっとこういう荒事と関わっていくだろうし、歳も取らずにこのまんま。それに、魅狐がいるし」

「私が邪魔なら、身を引いてあげるわよ?」

 すねるような声に、オワルも困り果てているようだ。

「そういう意味じゃないよ」

「その気がないなら、ちゃんと断るのが誠実ってものよ」

「相手はまだ子供だよ? 言い方をちゃんと考えないと……痛っ!?」

 ばしん、と音がするほど勢いよく、魅狐の左手がオワルの背中を叩いた。

「シャキッとしなさいよ。リリーの件もあるんだから、年長者として、キチンとしなさい。……受け入れるなら、それでも良いのよ」

「魅狐?」

 隣を見たオワルに、魅狐は視線を合わせずに前を向いたままだった。

「私たちは長生き……というより、封印なり討伐なりされない限り、ずっと生きている……というのも変よね。ずっと存在するって言った方が正しいかな? 人間と付き合っていくことを選んだ以上、別れは当然だし、そういうものだと割り切るしかないじゃない」

 魅狐が、左手を伸ばして、コートのポケットからオワルの手を無理やり引き抜いて、指を絡めた。

「好きなようにやりなさいよ。女の子を泣かせるのは論外だけど、悲恋も失恋も女の人生には栄養になるんだから、余計な事は考えなくて良いのよ。……もし、貴方に最期が訪れるなら、その時はそばにいてあげるから」

「……そうか。ありがとう」


 道を進んでいくと、ほどなく辺境伯邸が見えてくる。

 以前、オワルが侵入した時と変わらず、門番もおらず、人の出入りも無い。

「じゃあ、予定通りに」

「行こう、オワル殿」

 レーゲルの声に頷き、オワルは腹の中に仕舞っていた袋を取り出した。一抱えの大きさがあるその袋の中には、魅狐が用意した三千万ケルの金が詰まっている。

 形式上は“納税に来た”ということになっている。

 誰かが現れたら、すぐに捕縛して辺境伯の居場所を吐かせる。単純かつ深く考えない、行き当たりばったりの計画だ。

「お気をつけて」

「お金の事は気にしなくていいから、景気よく撒いてくるといいわよ」

「お大尽だねぇ」

 オワルは、金貨の重さを確かめるように袋を上下させて笑うと、片手で門を押す。

 閂か何かで施錠されているようだが、これは想定通りだ。

「じゃ、始めるよ」

 ずる、とオワルの腕が伸びる。ひらひらとした一枚の布になったように平たくなった腕を、門の隙間に滑り込ませた。指先に触れた木の棒を持ち上げて、落とす。

 門を押し開くと、そのままオワルはするりと入り、後ろにレーゲルが続いた。

 魅狐とレーゲルは門前に残り、誰かがやってきたら、巻き込まれないように止める役だ。もし、辺境伯の手下がきたら、魅狐が倒すか、建物内に入ってオワルたちに知らせることになっている。

 広い前庭を歩きながら、オワルは普通に散歩のようにあるき、レーゲルは周囲を充分に警戒するように視線を忙しなく動かす。

「ここなら外から見えないから、もう変身しても……」

「うわっ!?」

 正面玄関前で、オワルが緊張しているレーゲルに声をかけた瞬間、その頭部がはじけた。

 突然の事で声をあげて驚いたレーゲルだったが、ふと、その程度の事はオワルにとって大したことでは無いことを思い出した。他ならぬ自分自身が、オワルの顔面を殴ってぶち抜いた経験があるのだ。

 素早く左右を見回すと、建物の影からこちらに何かを向けている青年を見つけた。


★☆★


「へっ。これであいつももう死んだな。次は……」

 バルバトスが、再び狙いを定める。今度はオワルについてきたもう一人の男だ。アムドゥスキアスとバルバトスは面識が無いが、敵についてきたなら敵だろう、という単純な思考だった。

 だが、頭部を失って倒れたオワルの横にいたはずの男が、いない。

「あ? どこに行きやがった?」

 その瞬間に、耳へと届くラッパの音。

「ここだ」

 馬の怪人アムドゥスキアスの状態に変身したレーゲルは、言葉を発すると同時にバルバトスの横っ面を思い切りぶん殴った。

 オワルが攻撃され、バルバトスの姿を発見した直後、レーゲルは魔導具の針を使って変身し、自慢の速さで一瞬にしてバルバトスの横まで走ってきたのだ。

 殴り飛ばされたバルバトスは、前庭を勢いよく転がったが、なんとか身体を起こした。膝は震えていたが。

「ちぃ……その馬面ぁ、てめぇがアムドゥスキアスか! 裏切り者が!」

 まだ火皿に火薬は残っている。いつでも撃てる状況だというのを素早く確認すると、バルバトスは銃口を向けた。

「この鉄砲で狙われて、無事で済むと思うなよ!」

 銃声が響く。

 しかし、そこにはアムドゥスキアスはいない。

「遅い!」

「ぐぶうっ!」

 今度は蹴りが、バルバトスの脇腹に突き刺さる。

 血反吐を吐きながら転がり、再び最初の位置へと戻された。

「裏切り者という誹り、甘んじて受け入れよう。だが、だからと言って妹まで狙った貴様らを許すわけにはいかん」

「くそっ!」

 肋骨が折れているのは間違いないと確信しながらも、バルバトスはその事を頭から排除する。それよりも今目の前にいる馬面の裏切り者を何とかしなければならない。

 バルバトスに直接的な戦闘スキルは無い。弾丸を撃ち込まない限り、勝ち目がないのだ。彼の持つフリントロック・ライフルは一発ずつ火薬と一緒に弾込めをして、さらに火皿にも火薬を入れなければ発射できない。

 なりふり構わず、アムドゥスキアスに背を向けてバルバトスは走る。

「逃すか!」

 あっさりと目の前に回り込んだアムドゥスキアスに、バルバトスは肩からタックルを当てる。

 勢いそのままのタックルで一瞬だけ体勢を崩したアムドゥスキアスだったが、そこは基本的な筋力量が違う。完全に肉体派であるアムドゥスキアスは、一歩だけ後ろに足をさげただけで、しっかりと耐えた。

 だが、タックルと同時に、太ももに突き立てられたナイフは、アムドゥスキアスにしっかりとダメージを与えた。

「ぬうっ!?」

 怯んだところを、さらに体当たりで尻餅をつかせる。痛みはアムドゥスキアスが立ち上がる速度をやや遅くしただけだが、それでも銃の扱いに慣れたバルバトスが再装填するには充分だった。

 火皿に火薬を入れて勢いよく蓋を閉じる。

 あえてバルバトスは距離を取らず、銃口を馬の鼻面につきつける。肩は痛みと疲労で上下しているが、銃口はぶれない。

「はぁ、はぁ……手こずらせやがって……。この距離ならはずさねぇぞ。大サービスで弾は化け物向けの聖浄銀だぜ。あいつと仲良くはじけ飛べや」

「聖浄銀……お前は、彼がその程度でどうにかなると思ったかね?」

「ああ? んなわけねぇだろ」

 言葉を吐き捨て、バルバトスは引き金を引く。

 ガチ、と撃鉄ハンマーが落ちる音はしたが、弾は出ない。

「ん?」

 違和感に視線をずらすと、火皿の上に誰かの手が乗っている。ハンマーは、火薬に届いていない。

「なん……」

 振り向いたバルバトスには、背後に立つ男の、白いシャツを着た胸元しか見えなかった。

 もし、見上げていたらそこには大きく口を開けたオワルが見えたのだが、運が良かった、と言えるかもしれない。


★☆★


 首から上を失ったバルバトスの死体は、いつの間にか服装が変わっており、そこらにいる若者と変わらない風体へと変化していた。

 今となっては、魔導具で顔が変化していたかも判別のしようがない。

「助かった」

「いやいや。待たせて悪かったね」

 実際のところ、バルバトスが用意した聖浄銀弾は、オワルに多少は効いたらしい。思ったより失った部位を再生するのに時間がかかった、それだけではあるが。

「思ったより、この世界で銀が化け物を退治するという認識は根強いようだね。僕がここまで影響を受けるとは思わなかったよ」

 すっかり元の姿に戻っているオワルは、嘆息している。

 魅狐が信仰を集めて存在の力を得ているように、聖浄銀もそれなりの力を得ているらしい。

「気を付けないとね……と、あっちから出てきたか」

「私としては、狭い室内で戦うより都合が良いがね」

 ハンカチでしっかりと太ももの傷を縛ったアムドゥスキアスは、鼻から湯気を噴きだす。

 二人の視線の先で、正面玄関が開き、わらわらと異形の者たちが出てくる。

 フルーレティか、その上位者が命じたのだろう。トカゲの顔をした者、筋骨隆々で岩のような肌をした者など、全て針の魔導具を受けて変身しているのだろう。

「んじゃ、一仕事しましょうかね」

「私も、存分に暴れさせてもらおう」

 ようやく首がしっかり座ったオワルと、拳を握り、気合を入れているアムドゥスキアスだったが、門の向こうから叫び声が届いた。

「オワル! ……は大丈夫か、レーゲル! 伏せなさい!」

「は?」

 レーゲルは素早く伏せ、オワルは声の主である魅狐に聞き返そうとした。

 その瞬間、少しだけ開いていた門がはじけ飛び、玄関前で集まっていた化け物たちが吹っ飛んだ。

 衝撃は玄関をも破壊し、木やレンガのかけらが四方に飛び散る。

「わわっ!? 何だこりゃ? 砲撃!?」

「ぬおおお!」

 炸裂弾の砲撃は、三発だけではあったが、猛烈に爆風が広がり、オワルが転び、アムドゥスキアスは地面を掴んで耐えている。

「だいじょーぶー?!」

「なんなんだ、一体!」

 魅狐の掛け声に、土まみれになったオワルが叫ぶと、返事をしたのはリリリアの声だった。

「オワルさん! 助太刀しますよ! 突入!」

「応!」

 立ち込める土埃がようやく収まり始めた玄関に、リリリアの号令に答えた兵士たちが詰めかける。

 すでに砲撃で肉片となっている者たちを踏みつけ、百名ほどの男たちが、次々に辺境伯邸へと踏み込む。

 どうやら、帝国兵を連れてきたリリリアが、大砲で炸裂砲弾を撃ち込んで門と玄関を完全破壊し、兵士を雪崩れ込ませたらしい。

「何が起こっているんだ、一体……」

「……監査室長というのは、中々に苛烈な女性のようだね……」

 鼻に詰まった土と一緒に湯気を噴きだしながら、アムドゥスキアスは呟いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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