怪力
38話目です。
よろしくお願いします。
「ぐぎゃっ!」
アムドゥスキアスが乗り込んだ目の前では、ルーナマリーに蹴り飛ばされた異形の男が、奥にあるクローゼットに頭から突っ込んでいた。
「ドーナさん、彼女を!」
「わかった!」
蛇の尻尾を伸ばしたドーナは、リィフリリーが閉じ込められた水晶を器用に引き寄せると、しっかりと抱きかかえた。
ルーナマリーはガツン、と派手な音を立てて大幣を床に叩きつけ、木くずだらけになって起き上がる異形を睨みつけた。
「いってぇ……なんだってんだ!」
立派な角や牙にはダメージは無いようで、なかなか頑丈な身体をしているらしい。
「帝国監察官に依頼を受けた者だ」
興奮気味のルーナマリーの隣に立ち、アムドゥスキアスは異形の男を見下ろした。
「皇女リィフリリー殿下の保護を行う。貴様は皇女監禁の嫌疑により捕縛される。大人しく捕まるなら良し。抵抗するのであれば、命の保証はできんぞ」
「皇女? 何のこっちゃわからんが、やろうってんならかかって来いや。その女を見張ってねぇと、給料が出ねぇんだ」
男は立ち上がり、長い両手剣を抜いた。
「致し方なし、か」
ジャマダハルを構え、足を踏み出しかけたアムドゥスキアスの前に、ルーナマリーの細いが引き締まった腕が差し出された。
「ここはわたくしにお任せくださいな。斯様な女の敵は、女であるわたくしの手によって滅殺しなければ」
「お、そっちのでかい姉ちゃんが相手か? こりゃ楽しめそうだぜ」
嬉々として腰をそわそわさせながら長剣を揺らす異形に、アムドゥスキアスは顔をしかめた。あんなのが同じ男だと思いたくない、とでも言いたげに。
「私もあれは腹に据えかねるところがあるのだが……お任せしよう」
ドーナをかばうように下がるが、アムドゥスキアスは臨戦態勢を解くようなことはしない。
さらに一歩踏み出し、ルーナマリーは目の前の男に見下すような視線を向けた。
「わたくしはイナリ教のルーナマリー。変態、貴方の名前だけ聞いておきましょう」
「シスターか。いいねぇ。俺はオーティス。こんな顔になっちまったが、その分あっちも強くなったからな。たっぷり悦ばせてやるぜ」
「名前以外は聞いていませんわ」
しゃらり、と大幣の紙垂を揺らす。
「すぐに死ぬ変態の名前を、教会で記録しておくためです」
言いながら、ルーナマリーは無防備にも見えるほどまっすぐにオーティスの前へと向かう。
「へっ。俺は死姦趣味なんざねぇからよ。殺さないから安心しな!」
振り降ろされた剣は刃を横に向けられており、殴り倒すつもりなのが明白だ。
自分の肩を狙ってくる剣撃に対し、ルーナマリーは大幣を使って力技で弾き返した。
「おわっ!?」
想定外だったのだろう、オーティスは弾かれたことに驚いて、視線が自らの剣を向いた。
そこに、ルーナマリーの強烈な左フックが突き刺さった。
「ぶっ!」
ぐり、と強制的に横を向かされて、口から飛沫が飛ぶ。
さらに、がら空きになった肩に肘を叩きつけて鎖骨を折る。
「ぎゃあ! この!」
痛みと苛立ちで転がり、むちゃくちゃに剣を振り回しながら、オーティスは何とか構え直した。今度は、しっかりと刃を立てている。
「ゆ、油断したぜぇ。たっぷり嬲ってやろうと思ったが、やめだ! ぐっちゃぐちゃの死体に変えてやらぁ!」
「死ぬのは貴方です、変態」
折れた鎖骨の痛みはやせ我慢しているのか、変わらず両手で掴んだ剣でガンガンと斬りつけてくるオーティスに対し、ルーナマリーは冷静に回避と受け流しで対応している。
「力任せの下品な剣ですわね。単調すぎてあくびが出そうですわ」
大ぶりの横薙ぎを、大幣の先で軌道を変え、ルーナマリーが嘲る。
それに対して、オーティスは不敵に笑った。
「おらぁ!」
「きゃっ?」
オーティスが繰り出した攻撃は牙だった。
思い切りのけぞるように上を向いたオーティスの二つの牙が、杭を打ち込むように伸びてきたのだ。
二本のうち一本が、ルーナマリーの脇腹を掠った。巫女服が裂け、白い肌に赤い跡がついている。
「牙だけじゃねぇぞ!」
突き出した勢い同様に素早く牙を収めたオーティスが、今度は首を振って頭頂部を向けてルーナマリーに迫る。
さすがに次の攻撃が予想できたようで、ルーナマリーはオーティスの正面から離れた。
直後、勢いよく伸びた角が、二本の槍のように傍らを伸びていく。
「感触がねぇな。避けやがったか」
角を縮めつつ顔を上げたオーティス。その表情はヘラヘラと嗤っている。
「うふふ……あはっ、オーホッホッホッホ!」
突然高笑いを始めたルーナマリーに、オーティスのみならず、離れて見ていたアムドゥスキアスやドーナも、目を丸くして驚いた。
「る、ルーナマリー、殿?」
「失礼いたしました」
笑いをかみ殺し、ルーナマリーは振り向いてアムドゥスキアスに一礼する。
そして、オーティスを横目で見ていた。
「大切な護りだというのに、ご自慢の技があまりにもお粗末でしたので、笑いを堪えきれませんでした」
「んだとぉ?!」
怒りで顔を真っ赤にして、再び角を突き出そうとして来るオーティスに対し、ルーナマリーは再び嘲笑を浴びせる。
「あら、馬鹿の一つ覚えですわね」
「うるせぇ!」
ぐい、伸びてくる角に対し、ルーナマリーは大幣を左に持ち替え、右の拳を振り上げた。
「荒魂の御力にて、助け給え“金剛力”!」
叫ぶや否や、振り抜いた拳が二本の角を纏めて叩き折った。
「はぁ?!」
頭蓋骨が揺れる感触に、オーティスが間抜けな声を上げて顔を見せた。
「な、な……」
折れてしまった角を探すように、両手を空中でかき回す。剣も放り捨てて慌てるその姿は、滑稽を通り越して哀れですらある。
「攻撃の時に前が見えないんでしょう? 感触で判断するくらいですものね」
術で強化した拳をさらに固く握りしめ、ルーナマリーは言う。
「術式を使って殴るのは時間がかかりますから、普段はモンスター相手にしか使う機会がないのですけれど……モンスター並みのアタマしかないようなので、使わせていただきましたわ」
では、さようなら、とルーナマリーの拳がオーティスの顔面に突き刺さり、牙の方も二本ともはじけ飛んだ。
★☆★
黒い顔の兵士たちは、手にした剣を容赦なくオワルへと叩きつけてきた。
広い部屋とはいえ、武器を振り回す人物が十人もいれば移動するのも困難だ。あっという間に囲まれ、分厚い剣がオワルの身体をズタズタに引き裂く。
「あだだだ」
のんきな声を上げて、複数の肉片に分けられてしまったオワルは、悲鳴も上げずに床に広がった。
「呆気ないものだな、伝説の監察官というのも……。しかし、監察官が来たということは、もうあまり時間が残っていないということか……」
「ひぇええ……」
「黙れ」
「ぅぐ」
血の海に沈んだオワルを見て、恐れおののいている提灯お化けは、ダンタリオンが向けた複数の視線で強制的に黙らされた。
「ほっほ。人の姿を取っていなくても、我が精神攻撃は通用するか。そこらの動物やモンスターにも魔導具を試してみるとしようか。例の能力がある者が見つかったとしても、吾輩の力で従わせられるなら、それも手か……これ、そこなランプのモンスター。いい加減に光を消せ。吾輩は自分の姿を好かぬ」
言いなりになった提灯お化けが火を消すと、再び暗闇がダンタリオンを飲み込んだ。
それにしても、と閉じ込められていると思っていたフルーレティが、男を引き裂いても出てこなかったことに、ダンタリオンは疑問を感じていた。自分の身体以上の物を飲み込む魔物や異能が存在することは知っているが、それであれば腹を斬り裂けば出てくるはずなのだ。
「特殊な能力であるからな。取り込んだものは一緒に死ぬのかも知れん。あれは良く仕えてくれた。……息子の復活が成れば、吾輩もすぐに後を追うとしよう。それまで待っておると良い」
「ふぅん。そういう優しい部分もあるんだね」
「……しぶとい男だな」
死んでいなかったか、と呟きながら、床に広がる内臓の上、オワルの千切れた頭部が喋っているのを忌々しそうに見つめながら、ダンタリオンは再び暗闇の兵士を生み出した。今度はたった一人だけだが。
「兵たちよ。あの者を細切れにせよ。二度と復活できぬようにな」
命令に忠実な兵士は、命じられたままに剣を降りおろした。
固い頭蓋を二つに割り、鼻まで二つに裂けた頭部を見て、ダンタリオンはうんざりしていた。
以前であれば、戦など経験していないミヅディル辺境伯としての自分であれば、人の形をしたものが、血肉をまき散らす光景など見ていられ無かっただろう。最初の一撃で血を見た時点で、卒倒していたに違いない。
「我ながら、よくも変わってしまったものだ」
息子を救うため、死に物狂いで治療法を探した。どんなに遠方にいる人物でも、どれほど怪しい人物でも、大金を払って迎え入れた。あらゆる薬を探し、モンスターが密集する危険なエリアにも多くの人間を送り込んだ。
辺境伯として溜めこんだ資金も底が見えてきて、多くの使用人に暇を取らせた。調度品も片っ端から売り払い、その金でまた治療法を探す。
いつしか人間の治療法を見限った辺境伯は、地位を利用してあらゆる治療魔法を探した。だが、探せば探すほど、魔病などの現代の魔法では治療不可能な病気が大量にあることを知るだけだったのだ。
そして、最終的に頼るべからざるを頼ることになる。
「あの悪魔は、吾輩が死ぬ時に魂を取りに来る、と言っていたな。すっかり忘れておった。であれば、フルーレティの元へ行くことは叶わぬか……」
自分の魂が欲しいのだろう、とダンタリオンとなった辺境伯は予想していた。息子が助かるなら、それでも良いと思っている。逆に言えば、息子が助かるまでは何としても、どんな姿になろうと生き延びて見せる。
「ん……思考に没頭してしまっていたか」
気が付けば、兵士は過剰なまでにオワルの頭を剣で叩きのめしていた。最早原型を留めていない。
「もうよい、もうよい」
戻るように命じると、剣を提げたままの兵士が、ダンタリオンへ向き直った。と、同時に前のめりに転ぶ。
床に広がる血肉に全身を叩きつけるように倒れた兵士は、無様に両手をじたばたとさせてもがいている。
「何をしておるのか」
使えぬ木偶だ、と嘆息していたダンタリオンだが、様子がおかしい事に気付くのにさほど時間は必要なかった。
兵士がいつまでも起き上がれないでいるどころか、次第に身体が血の海に沈んでいく。
「なんと……」
みるみるうちに鎧姿の兵士は沈んでいき、ダンタリオンの目の前から消えてしまった。
代わりに、全身を水晶の幕で包んだフルーレティが、水たまりに浮かぶように姿を表した。気を失っているのだろうか。目を閉じて水晶の中に閉じこもる様は、先日誘拐してきた皇女と同じ姿をしている。
「魔導具を作った理由は判った。爺さんに聞いた話と総合すれば推測できるけど、息子さんを治療できる能力を持つ奴を探していたんだな。元々それなりの能力があれば、強い力を持つ異形になれるんだろう。ディナイラーも魔力や身体能力は高かった」
ぐちゃ、と血の池の中央に白い歯が浮かび、水音を響かせながら喋りはじめた。
「でも、一つわからないことがある」
歯の上下、適当な場所に二つの目玉が見えた。
「どうして皇女には針を打たなかった? 水晶に閉じ込めるだけで、何も変化していないように見えたけど……」
「なんという生命力……もはやモンスターですらないのか……」
驚愕しているダンタリオンは、首を横に振る。
「皇女は、王家の血の影響が強く、吾輩の制御が今一つ効かぬのだ。それに、魔導具をさらに量産する必要があるのでな……その材料になってもらうために保存しておるのだ」
「やれやれ」
血煙が混じるため息。
「優しいのは身内だけ、か。んじゃあ、元凶たる悪魔を呼び寄せるとしましょうかね」
血の池を泳ぐように目が移動し、口と合わせて人の顔と同じ配置に戻った。肉が盛り上がり、鼻梁や口唇が形成されていく。
「さっき辺境伯が呟いていた通り、死にかけてもらいましょうかね。悪魔召喚の生贄って奴だね」
ダンタリオンが再び暗闇兵士を呼び出し、十体ほどが具現化し終えたころ、オワルはすっかり元通りに戻っていた。
「じゃあ、第二ラウンドを始めよう」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
ついった始めました。
更新等の告知は今後こちらで行います。
@Ido_Masa




