遅参
29話目です。
よろしくお願いします。
「ぐああああ……!」
「やはり、貴方はかの御方に選ばれた中では下級ですね。この程度とは……あら?」
胸に突き刺さる水晶を左手で掴み、呻くアムドゥスキアスを見下ろしていたフルーレティは、自分の頬を指先で拭い、そこに血が流れていることに気付いた。
「私に傷をつける程度には、腕をあげていましたか」
動きを止めたアムドゥスキアスを一瞥し、冷たい視線を再び教会へと向ける。
その瞬間、フルーレティの目の前に炎が揺らめく。
迫る炎を避け、地面にフランベルジュを擦り付けながら走る。
「まだまだ! 良くわからないけど、お馬さんが時間を稼いでくれたから、まだまだやれるわよ!」
さらなる狐火を操り、蛇行しながら迫るフルーレティを襲う。
「片手同士の助け合いですか」
意思があるかのようにゆらゆらとフルーレティを追う狐火は、一つ一つ水晶に閉じ込められていく。
狐火をフルーレティの視界が捉えた瞬間、魅狐が振るう大幣がフルーレティの脇腹を殴りつけた。
「くつ……あぐっ!? 魔力を失っても、これほどの威力があるとは……」
魅狐の体格からは考えられない程の威力を持つ打ち込みに体勢を崩したところで、フルーレティの背中を狐火が焼く。
その隙に魅狐の蹴りがフルーレティ腹を捉えた。
「悪あがきをっ!」
フランベルジュの一閃が魅狐のふくらはぎを撫でる。
切っ先が残っていれば、足の半分以上を切っていたかも知れない。その分は幸運だったかもしれないが、波打つ刃に傷つけられた足は、傷口がぱっくりと開いて夥しい血を流している。
「う……なんていやらしい武器なの」
止血している暇は無い。血をまき散らしながら倒れ込む魅狐は、さらに狐火を増やしてフルーレティとの間に防御壁を作る。
それらは次々に水晶化されていくが、その隙をついて前転で近づいた魅狐の大幣が襲う。
「いい加減にしなさい!」
足元から伸びるように迫ってくる大幣の攻撃を、フランベルジュで弾くフルーレティだが、ダメージが響いているのか、剣速は遅くなっている。
だが、魅狐の方も失血と魔力の枯渇で動きは鈍い。
剣撃で魅狐を抑えながら、水晶化によって狐火を処理し終えたフルーレティは、魅狐への攻撃に集中し、手数も増えてくる。
「ぐっ……」
失血で視界が揺らいだ。
フランベルジュの刃が食い込んだ大幣を振り、斬撃を無理やり逸らしたところまではよかったが、フルーレティの回し蹴りには対応できなかった。
蹴り飛ばされた魅狐が教会の中へと転がっていくのを、フルーレティは追いかけていく。
椅子を叩き壊して倒れている魅狐に動く様子がないのを確認し、フルーレティは部屋の奥、大穴があいた向こうで抱き合っているストークスとイレーナへと向かう。
「残念ですね。貴女の兄は我が主を裏切り、邪魔をしました。貴女を治すことが協力の条件ではありましたが、その約束は反故となりました」
切っ先がなくなったフランベルジュを忌々しげに睨んだフルーレティは、そのまま威圧するような視線を、ストークスの背後に庇われたイレーナへと向ける。
「この剣もかの御方から頂いたものなのです。……まったく、これだから人間は……」
カツ、カツとヒールの音を響かせて、教会の中をゆっくりと近づいてくるフルーレティの前に、武器を掴んだストークスが立ちはだかった。
後ろでは、状況についていけずに、イレーナが青ざめた顔で震えている。
「……貴女には関係のない話でしょう。そこを退きなさい」
「こ、この人は私たちに託されたのです。私たちが守るのは当然のことです。それに、レーゲル様が命がけで守ろうとした人を、守りたいと思うのは当たり前のことです」
クォータースタッフと呼ばれる二メートルほどのシンプルな棒。これがストークスの武器だが、非力なため金属製の武器では振り回されてしまう彼女のために、魅狐が勧めて誂えたものだ。
両端は金属で補強されているが、全体は堅い樫の木でできていて、取り回しもしやすい。
右足を踏み出し、フルーレティに向かって棒を突き出して構える姿は様になってはいるが、わずかに震えているのを隠しきれていない。
「ええい!」
気合とともに思い切って踏み込んだ突きは、フルーレティに届く前に、フランベルジュで弾かれ、明後日の方向へと飛んでいく。
そのまま、泳ぐようにふらふらと前につんのめった顔を、フランベルジュの柄で殴りつけられ、ストークスは痛みに呻きながら倒れた。
「シスター!」
イレーナの悲痛な叫びに、何とか立ち上がろうとするストークスだったが、軽い脳震盪を起こして膝を震わせていた。
「うぅ……」
ぐらぐらと揺れているように感じる床の感触に、吐き気を覚えながら、ストークスは落としかけた棒を握りしめた。
当然、フルーレティはストークスの回復を待つつもりはない。
「弱いのに、誰も彼もが邪魔をする。いい加減、不愉快です」
フルーレティがフランベルジュを振りおろし、血しぶきが舞う。
だが、その血はストークスのものではない。
「お、お兄様!?」
「イレーナ……この姿でも、私を兄と呼んでくれるのか……」
膝をついたストークスの前に、猛スピードで割り込んできたのは、アムドゥスキアスだった。
馬面の鼻から湯気を吹き出した彼の左肩に、フランベルジュがざっくりと食い込んでいるが、骨までは断ち切れなかったらしい。
「ぐぅう……」
「まだ動けたのですか。しぶといですね……」
「レーゲル様……」
広い背中を見上げるストークスのつぶやきに、アムドゥスキアスは笑って見せた。
「ご無事ですか、シスター・ストークス……これまで、貴女には本当にお世話になった。それに……いや、とにかく無事で良かった」
「余裕ですね」
フルーレティが撫でるようにフランベルジュを引くと、アムドゥスキアスの肩からはさらに血が流れ、胸に突き立つ水晶の周りからも、華美なジャケットにじわじわと赤みが広がっていく。
声を漏らしながらも、アムドゥスキアスは膝を折ることなく立っていた。
「……紳士として……愛すべきひとたちを守るために……」
朦朧とする意識の中、アムドゥスキアスは信念をつぶやく。
先に止めを刺そうとするフルーレティは、切っ先がなくなって刺突ができないことにいら立つようにため息を一つこぼし、首を跳ねてやりましょう、と袈裟懸けに振りかぶった。
「いいね! 若い男はそうでなくっちゃ!」
声が早かったか、フルーレティが視界から消えたのが早かったか。
アムドゥスキアスが意識を失う直前に見たのは、異様に手足が長くなったオワルに後ろから襟首を掴まれ、外に向かって無造作に放り捨てられるフルーレティの姿だった。
★☆★
「なんだ、こりゃ? どうなってんだ一体」
影の中を移動しながら教会へと戻ってきたオワルが見たのは、道路のあちこちにあるえぐられたような傷と、ゆらめく炎が閉じ込められた無数の水晶。
そして、大穴の空いた教会の壁から見える、倒れ伏した魅狐の姿。
影から全身を出し、魅狐の元へ駆け寄り、生きていることを確認してすぐさま建物内の状況を確認する。
リリリアやシスターたちも倒れていたが、彼女たちもちゃんと呼吸をしているのが離れて見ても確認できた。
そして、さらに穴があいた部屋の向こう。
「……どういうこと?」
皇女リィフリリー誘拐の犯人とされ、先日も自分たちに襲いかかってきた馬面の男が、フランベルジュを持った背中に火傷を負った女性の前に立ちはだかり、ストークスたちを庇っている。
馬面は全身傷だらけで、胸には水晶が突き刺さり、肩にも酷い傷を受けて意識も失いかけているようだった。
だが、それでもストークスやイレーナを守らんと立ちはだかり、命を投げ出してでも彼女たちを守ろうとしている。
そして、オワルは彼の呟きで全てを察した。
「いいねぇ!」
両手両足を瞬時に伸ばす。手長足長のようにバランスが悪いが、そんなことはお構いなしだ。
広い歩幅で一気に背後から近づき、長くなった腕を伸ばして、背を向けている女の襟をつかむと同時に、釣り上げる。
「えっ?」
何が起きたかわかっていないフルーレティは、そのまま後ろ向きに頭から道路へと放り出された。
「アムドゥスキアスと言ったな!」
もはや気を失いかけているアムドゥスキアスと目が合う。
「良くやった。後は任せろ」
目を閉じて倒れたアムドゥスキアスに、ストークスが寄り添う。
それを確認したオワルは、手足を元の長さに戻しながら壁の穴から道路へと踏み出した。
「誰かと思ったら、辺境伯邸で見た奴か」
好都合だ、とオワルは立ち上がるフルーレティを見る。
「リィフリリーをどこへやったか、聞かせてもらおうか」
「王都からの監察官……バルバトスは失敗しましたか」
フランベルジュの存在を確かめるように握り直し、フルーレティは突然の乱入者がオワルであることに気づき、奥歯を噛みしめた。
「ああ、あれはお前の差し金か」
「魔導具の力があるとはいえ、やはり流れ者に任せるのは間違いでしたか」
平坦な言葉とは裏腹に、フランベルジュを掲げて迫るフルーレティの歩みは速い。
ガツン、と音を立てて煙管でフランベルジュを受け止めたオワルは、剣を弾いたと同時に腹から片車輪を射出した。
真正面から轢かれたフルーレティは、十メートル程地面に擦り付けられながら転がる。
あちこちに血が飛び散り、左腕が明らかに折れている。
「あああ!」
痛みよりも苛立ちで声を上げるフルーレティは、最初の冷静さは消えかけ、次々と現れる邪魔者に、顔つきまでも変わっていた。
「うわっ! 人撥ねちまった!? え、な、何がおきたんで? オワル兄さん?」
突然撃ち出された片車輪は、混乱しながらぐるぐる回っている。
「あ、体が治ってら」
車輪部分がきれいに直っていることに気付いた片車輪に、オワルは教会で魅狐たちを守りに行くように伝えたオワルは、煙管を咥えて煙を吐いた。
煙は、ゆらゆらと立ち上って人に似た形となり、両手をあげてゆらゆらと踊る。
「なんのつもりですか」
「茶化しただけさ」
煙人形を苛々と見ていたフルーレティの足元に、オワルの腕だけが伸びて来ていた。
「うっ!?」
素早く下がったフルーレティは、腕とオワルの本体をまとめて視界に収めながら、ゆっくりと懐へ手を入れた。
「貴方に触れると危険だということは、アサッグとの戦いで知っています」
「おや、あれを見ていたのか」
フルーレティが取り出したのは、オワルも幾度となく目にした、長い針の魔導具だった。
「驚いた。それでまだ変身前だったのか……」
「その通り。私を人間などと同じに考えないでいただきたいですね。ですが……」
長い針を握ったまま、フルーレティは躊躇いを見せる。
どんな能力を得るのかも分からない、とオワルも注意深く身構えていたが、結局、フルーレティは魔導具を元の通りに懐へと戻す。
「……やめておきましょう。ここは退かせていただきます」
「えっ、ちょっと!」
突然の撤退宣言に、オワルが目を見開いたとき、すでにフルーレティは近くの建物の壁へするりと入り込み始めていた。
「帝国監察官……またお会いしましょう」
完全に壁の向こうへと消えてしまい、オワルが急いで追おうとしたものの、建物の窓も小さく、見失ってしまった。
「……ちぇっ!」
首を振り、失敗したとぼやきながら、ボロボロになった教会へと向かう。
脅威が去った今、やるべきことはたくさんある。まずは魅狐たちを回復させて、遅くなったことを詫びなければ。
「やれやれ、情けないことだね」
長い平和で、ボケが来てしまったかね、とオワルは魅狐にかける言葉を考えながら、煙管から灰を落とした。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




