裏切り
28話目です。
よろしくお願いします。
教会がフルーレティに襲撃されている頃、町の様子を確認して回っていたオワルにも、攻撃が加えられていた。
というより、まず一撃がオワルの頭部を砕いた。
「きゃあああ!」
「なんだ!?」
下あごから上を失ったオワルの身体は、色とりどりの果物が詰まった袋を抱えたまま、仰向けにばったりと倒れた。
途端に周囲の人々は悲鳴を上げて逃げまどう。
どこから攻撃されたのか、誰一人見ていないが、とにかく危険から離れたいという欲求そのままに、蜘蛛の子を散らすように四方へと人々が走っていく。
周囲の商店主たちは、商品もそのままに建物の奥へ逃げ込み、客たちも荷物を抱えて近くの建物や路地へと入って行った。
その様子を、五百メートルほど離れた建物の上から観察していた男がいた。
フリントロック式のマスケットライフルを抱え、まだ煙を吹いている銃口をうっとりと見つめる。
「なぁんだ。大した奴じゃあないじゃないか。俺様の美しい軌道を描く弾丸一発でお終い、お終い……えっ?」
銃から通りへと視線を移すと、頭のない身体がむくりと起き上がり、立ち上がった。
周囲からは人がいなくなっていたが、まるでそれを待っていたかのようだ。
「おいおい、いくら俺と同じような魔導具で進化した人間でも、頭が吹き飛んだら死んじまうぜ。どうなってんだ? アサッグのオッサンみたいに、もともと頭が無いとかか?」
だが、男は確かに中身のある頭を砕いた。
それは狙撃したときの感覚でも間違いない。
確かに殺したはずだ。
「ちっ! 考えても仕方ねぇ!」
火薬と弾丸を銃身に放り込み、さく杖で押し込む。
さっくりとした手ごたえを確かめ、火皿に火薬を注ぐ。
それらすべての道具を、指を弾くだけで生み出しているあたり、この男もやはり普通の人間ではないようだ。
「今度は心臓をぶち抜いてやる」
ライフルを構える、見慣れた銃身が伸びる先に、ゆらゆらと歩く首無し男の姿が見える。
「どんだけでも揺れろ、震えろよ。俺様の弾丸は、どうあがいても外れないんだ」
言葉を止め、呼吸を整え、引き金を引く。
フリントが火皿を叩き、一拍置いて弾丸が飛ぶ。
それは男の狙い通りの軌跡を描き、少しだけ重力に引かれて、狙い通りに男の左胸を真正面から打ち砕いた。
血と骨をまき散らし、押し飛ばされるように一メートルほど後ろに飛んで、また仰向けに倒れた。さらに多くの血が道路へ広がり、今度はしばらく見ていても、ピクリとも動かない。
「……死んだ、か」
「もともと死んでるに近いと言えば近いんだけどね」
不意に聞こえてきた声に、男は素早く銃へ弾丸を装填しながら、屋上を転がって梯子がある方へと銃口を向ける。
その時点で、すでに火皿には火薬が入れられている。
「……?」
自分が屋上へ上ってきた梯子の他に、屋上へ上がってくるルートは無い。空が飛べるとか、壁を登れるとかでもない限り。
「へえ。見た目は普通の人間だけど、そういうことができるってことは、やっぱり君も、あの魔導具で強化されたタイプかな?」
「どこだ! どこに……い、る……?」
声を頼りに屋上を見渡すと、自分のすぐ横に、男の頭部、上あごから上があり、眠そうな目でこちらを見ているのに気付いた。
「うおっ!?」
後ろに飛び下りながら、発砲する。
同様した一発は頭の中心を外し、左目の横を抉って屋上の土に埋まった。
「痛いなぁ」
壊れた眼窩から左目を零したオワルの首は、顎も無いのに話している。
「で、僕としてはお前は辺境伯の関係者だと踏んでいるけれど、合ってる?」
「ば、化け物め……」
攻撃してくる様子が無いオワルを凝視したまま、距離を取りながら男はさく杖を銃身へ突っ込んだ。
焦りからか、火皿から少しだけ火薬がこぼれた。
「俺様はバルバトス! 辺境伯だか何だか知らねぇし、女に貰った魔導具でこの鉄砲を使えるようになったんだ! 借りは返さねぇと、かっこわりぃだろうが!」
銃口を向けられても、オワルは毛ほども表情を変えない。
二発撃たれて、弾丸そのものに魔力は無く、無害であることは確認している。これが魅狐が操るような神力を込めた弾丸だったり、何かしらの細工がされていれば、しばらくはオワルも動けなかったかもしれない。
「びっくりしたよ。まさかこの世界で銃撃を受けるとは思ってなかったからね」
「化け物でも、この鉄砲にはビビるか! やっぱりな!」
何を勘違いしたのか、それとも自分を奮い立たせるためか、強気な言葉を吐いて引き金に指をかける。
「このバルバトス様の弾丸を喰らって、砕けちれ!」
「おっと」
声はオワルの首から出たが、弾丸の発射を止めたのは、身体の方だった。
「な、なああ!?」
砕けた胸を修復し、通りがかったおばさん一人を卒倒させつつ、梯子を上ってやってきたオワルの身体は、火皿を叩こうとするフリント部分を指でつまんで止めた。
「くそっ!」
オワルの身体を振りほどき、一瞬だけ迷って、改めてオワルの頭に向けて銃を構える。だが、中途半端にフリントが引き上げられた状態では、安全装置が作動して引き金が動かない。
そこに気付いていないバルバトスは、弾が撃てない事に混乱し、最終的には銃を腰に提げた袋に放り込んだ。
長い銃身が収まるような大きさの袋では無いのだが、彼の特殊能力なのか、銃そのものの機能なのかはわからない。
「……借りを果たせずに逃げるってのは癪だが……クソッ!」
屋上から身を投げたバルバトスは、隣の建物開いた窓へと飛び込んだ。
「逃げたか……」
後を追おうかとしたオワルだが、魅狐の力が弱まるのを感じて、素早く頭部を拾って首の上に乗せた。
「……今度は教会で何かあったか? 忙しいね、まったく」
★☆★
「狐火!」
大幣を振るった魅狐の周りから、こぶし大の火球が五つ、フルーレティへ迫る。
が、フルーレティは表情を崩すことなく、一言つぶやいただけだ。
「晶化」
一瞬で、火球は水晶に包まれ、燃えたまま結晶に閉じ込められるという不可思議な状態で床に落ちた。
「妙な魔法を使うわね……」
「そのような言い方は御止めください。この技は、かの御方より授けられたもの。愚者が理解できないからと言って、悪口の対象にして良いものではありません」
口調は丁寧で、感情がまったく見られない。
同様に、魅狐へ迫る歩き方も優雅で焦りは見られないが、振り降ろされたフランベルジュの速度は、常人では見切るのは難しい程だ。
魅狐が振るった大幣が、波打つ刃を側面から叩いて弾く。
乾いた音を立てて、フルーレティの剣撃を捌いていく魅狐の表情には余裕が無い。
片手で振るう大幣では、重い剣を受け止めることはできず、弾いて軌道を逸らせることで、なんとか耐えている状態なのだ。
フルーレティは膂力はあっても剣の扱い自体は素人レベルだったので、まだ何とかなっている。
「しぶといですね」
「悪いけど、長生きしてるからって諦めやすくなるわけじゃないの」
「では、こうしましょう……晶化」
「えっ」
大幣の先端から垂れ下がる紙垂が、一瞬で水晶に固められ、多くの水晶をぶら下げた形になった。
「なにを……」
何の意味があるのか、と困惑している魅狐は、水晶化の直後から、大幣に込められた神力が抜け出ている事に気付いた。
「変わった雰囲気の力ですが、これも封じることができるようですね。流石はかの御方が授けてくださった力」
これで終わりです、とフルーレティが振り降ろしたフランベルジュは、魅狐の前に割り込んできたレーゲルによって止められた。
「レーゲル卿!?」
「……貴方ですか」
フランベルジュはレーゲルの右手の甲にざっくりと食い込んでいる。だが血が出ているわけでもなく、レーゲルも痛みを感じている様子は無い。
「……フルーレティ。悪いが私は辺境伯の手伝いは辞めさせてもらう」
「何を勝手なことをおっしゃるのですか。妹の病気が治らなくてもよろしいのですか?」
フルーレティの言葉に、レーゲルは刃が食い込んだ右手を振り回し、右手ごと相手の身体を突き飛ばした。
右手は手首までしかなく、むき出しになった付け根は明らかに木製だった。
「義手……」
「魅狐さん。謝罪は後でいくらでもさせてもらう。だが、今はこの女を倒すことが最優先だろう」
左手に、懐から取り出した針を握り、レーゲルは背後にいる魅狐へと視線を向け、目を細めて言った。
「先日は、申し訳なかった。先にそれだけは伝えておこう」
脇腹に針を突き刺したレーゲルの身体は、筋肉が盛り上がり、がっちりした体形に変化した。だが、それ以上に清潔ではあるものの地味な服装だったのが、華美な装飾が施されたジャケットに、貴族らしい純白のタイツという服装に変わったことが、魅狐たちを驚かせた。
そして、端正な顔立ちはいつの間にか馬の首へとすげ代わっている。
「アムドゥスキアス、推参!」
踏み出された一歩に、ラッパの音が響き渡る。
「裏切るというのですか、アムドゥスキアス」
「裏切るとは聞こえが悪いな。恩人を守る為に戦うのだ。後ろめたいことなど何もない!」
さらに一歩を踏み出し、フルーレティに近づいたアムドゥスキアスは、後ろにいる魅狐へと小声で話しかけた。
「言いたいことはあるだろう。だが、今は任せてもらいたい。貴族の端くれとして、恩人を見殺しにするような、恥ずかしい真似はできないのでね」
「……悪いけど、信用はできないわね。ただ、貴方の紳士としての振る舞いに期待はさせてもらいたいところね」
実際に、もはや魅狐には余裕が無い。
大幣の力を頼ることもできず、狐火もあといくらか放てば弾切れだ。
「紳士? 良い響きだ。では、紳士として恥ずかしくないところを見せなければな!」
床板がきしむほどの踏み込み音を残し、魅狐が目で追えない程の速度でショルダータックルを打ち当てたアムドゥスキアスは、先ほどのムルルムのように壁を壊しながら吹き飛ばされたフルーレティを睨みつけた。
「女性へ手を出すのはあまり気分の良いものではない。私の事は後で侘びに行くにしても、ここは退け」
「……それは、できない相談です」
外傷は見当たらないが、衝撃のダメージはそれなりにあるのだろう。ゆらりと立ち上がったフルーレティは、汚れた服を叩いて土埃を落としているが、その足はわずかに震えている。
フランベルジュは、離さずにまだ握っていたが、先端が少しだけ折れている。
「アムドゥスキアス。貴方の行為はかの御方の望みを邪魔することです。それは決して見過ごせることではありません。かの御方に対して、失敗の報告をするなど、私の命が失われるよりも耐えられないことです」
少しだけ短くなったフランベルジュを突き出し、近づいてくるアムドゥスキアスに向かって、自分からも距離を詰めてくるフルーレティ。
「なるほど。強情だが、臣下としては素晴らしい心構えだ。であれば、力づくも致し方ない」
「晶化」
ラッパの音を響かせながら、再びタックルを敢行するアムドゥスキアスの足元に、いくつもの小さな水晶がばらまかれた。
「うぬっ!?」
思い切り水晶を踏みつけたアムドゥスキアスは、いくつかを踏み割りながらも横倒しに転んでしまう。
そこへ振り降ろされたフランベルジュを、横に転がることで躱し、立ち上がると同時に音を置き去りにする速度で走る。
「そう来るならっ!」
アムドゥスキアスは、一度距離を取ったあと、フルーレティへ高速で迫り、五メートル手前で跳躍した。
「晶化」
ささやくように詠唱したフルーレティは、飛来したアムドゥスキアスともみ合うようにして路上を転がった。
凄まじい勢いで地面を抉るように滑った二人の跡には、土煙と深い溝ができている。
「……こ、このようなことまでできたとは……」
細い水晶で全身を覆われ、まるでハリネズミのようになったフルーレティに激突したアムドゥスキアスは、右肩から脇腹、右の目をも水晶に貫かれ、おびただしい血を流していた。
「貴方程度の人物に、私の能力の全てを教えるわけがないでしょう」
「おのれ……」
「残念ですが、ここで処分させていただきます。まだやらねばらなぬことがありますので」
自ら砕けた水晶から抜け出したフルーレティは、血まみれで倒れているアムドゥスキアスへと指先を向ける。
「晶化」
細い剣のようにすらりと伸びた水晶が、吸い込まれるようにアムドゥスキアスの胸へと突き刺さった。
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