守るべきもの
27話目です。
よろしくお願いします。
実に一時間半ほどの時間をかけて、オワルはゆっくりとイレーナの体内を探り、肺に見つけた腫瘍を取り除いた。正確に言えば、腫瘍部分をオワルが喰った。
「結局のところ、魔病だなんだと言っても、外科の知識が無くて治療できないだけってのが多いんだよね」
施術を終え、緊張状態から抜け出したオワルは、椅子に身体を投げ出すように座った。
額に汗を浮かばせながらも、目の前で穏やかに呼吸を続けるイレーナの姿をみて、オワルは安心したように微笑んだ。
「終わった。もう大丈夫。再発の可能性も少しはあるけど、まず無いと思うよ」
「お疲れ様」
そっとオワルの汗を拭い、笑顔で労う魅狐に、呆然と立っていたストークスが声をかけた。
「あの、魅狐様……終わった、というお話なのですが……」
外見では大きな変化が見られないので、何が“終わった”のか、今一つ理解できていない。
そもそも、魔法による治療が一般的で、その方面ばかりが進歩した結果、外科的な手術を含めた治療はほとんど行われていない。手足の欠損なども高価ではあるが魔法で復元できないことも無い。
だが、内臓の疾患に関しては、まず人間の身体の構造について熟知している者からほとんど存在しないので、対症療法として痛み止めの薬を処方されるのが関の山だったりする。
なので、オワルの説明はストークスにとっては信じられないものだった。
「肺に腫瘍……あ~悪い“できもの”があったから、切り取ったんだよ」
「切り……身体の中身を切り取ったのですか!?」
ハラハラと心配そうにイレーナに近づき、ストークスはその身体を見つめた。もちろん、何がどうなっているのかわかるはずもない。
イメージとしては、身体の中で切り刻まれた内臓から、血が溢れているような感じだろうか。単に切ったとしか聞かされていないので、それも仕方ないのかもしれない。
「落ち着いて、ストークス。ちゃんと悪い部分だけ無くなったってことだから。オワルのやることだから、傷なんて残してないはずよ。そうでしょ?」
「もちろん。左の肺は少しだけ小さくなったけど、完全に修復したよ」
ストークスは、オワルの説明に納得はしなかったが、魅狐の大丈夫、という言葉は信じることができた。具体的に何が起きたのかは理解できなかったが、イレーナは救われたのだ。
「む、無知ゆえに、なんとも理解の及ばぬお話でありますが、彼女を助けていただいて、本当にありがとうございます……そうだ、レーゲル様へお伝えしなければ!」
深々と頭を下げていたストークスは、バタバタと部屋を出ていく。
「忙しない子ね、まったく」
魅孤の目には、ストークスがレーゲルを憎からず思っているように見えていた。
イレーナが回復したことで、彼女とレーゲルの関係がどのように変化するかはわからないが、願わくば、うまくいってほしいとも思っていた。
★☆★
ルーナマリーに連れられて、一泊した町に舞い戻ってきたドーナは、ルーナマリーと共に教会へ一泊することになった。
「ここの町の教会、責任者はどなたでしたかしら?」
「たしか、クローセル神主です」
シスターの一人が答えた名前を聞いて、ルーナマリーは美麗な顔を険しくした。
「あの男ですか……」
次の町で、とも考えたが、陽が落ちる前に着きそうな範囲には教会も無い小さな村しかなく、宿が経営されている可能性は低い。別に村に泊めてもらうこと自体に否やは無いが、時期によっては村の迷惑にもなるので、極力避けたかった。
「仕方ありませんね。女性連れではありますが、わたくしがいる時に悪さはしないでしょう」
ルーナマリーが教会を訪ねると、シスターたちは喜びに顔をほころばせ、クローセルは青ざめた顔で出迎えた。
「お、お久しぶりです、シスター・ルーナマリー」
「久しぶりですね、クローセル。いつ以来でしょうね」
食堂に案内され、椅子を進められたルーナマリーたちは、それぞれに着席し、夕食を用意するというこの教会所属シスターたちに礼を言った。
「最後にお会いしたのは、神主になる直前、試験を受ける前の事です。その時は、励ましていただいてありがとうございました。おかげさまで、こうして教会を任せてもらえるまでになりました」
「良くやっているようですね。わたくしとしても、うれしいことですわ」
にっこりと笑うルーナマリーに、クローセルはひきつった笑いしか浮かべられなかった。
ふと、クローセルは巫女服ではない女性が一人混じっていることに気付いた。
「彼女は、どうされたのです? 護衛として雇われたのですか?」
ルーナマリーほど強ければ、護衛など必要ないでしょう、という言葉は喉元まで出たが、なんとか押しとどめた。
しかし、別の理由でルーナマリーの視線は厳しい。
「……彼女に何か失礼な真似をするというのであれば、折檻……」
「ご、誤解です、誤解! ただ聞いてみただけですから!」
汗だくで否定するクローセルが可哀そうになってきたドーナは、笑顔で握手を求めた。
「あたしはドーナ。魅狐さんやオワルさんにお世話になった縁で、ルーナマリーさんと一緒に恩返しをすることにしたんだ」
本当は強制的にそうなったのだが、言わぬが華、と黙っていた。
「そうですか、魅狐様のお知り合いでしたか」
そっと握られたクローセルの手は、見た目の優男ぶりとは違い、荒れてごつごつとした力強さがあった。
その意外さにドーナが目を見開くと、クローセルは手を離して苦笑した。
「教会では意外と力仕事が多いのです。人々を守る為の訓練もしますので……。ご不快でしたね、失礼いたしました」
「いや、別に嫌ってわけじゃなくて、見た目より男らしいというか、なんというか……」
自分は何を言っているんだろう、とドーナは顔が熱くなるのを感じながら、とにかくクローセルの手に不快よりも感心を覚えたことを伝えようと言葉を重ねた。
ルーナマリーがクスっと笑い、ドーナに落ち着くようにと促した。
恥ずかしそうにお茶を口にするドーナに、ルーナマリーはクローセルの軽さについて小言を言ったあと、それでも、彼がイナリ教の今後を支えていく一人として頼れる人物でもある、と語る。
「彼はそういう性格ではありますが、日々のお勤めは人並み以上にこなしているのです。剣の腕も、訓練初期は見られたものではありませんでしたけれど、今ではイナリ教の中でもかなり上の方ですわ」
「そ、それはほめ過ぎです、シスター・ルーナマリー」
「お黙りなさい。わたくしはわたくしが知ることしか言ったつもりはありません。それとも、腕が鈍っているということですか? それならば、やはり鍛え治すべきかしら……」
「だ、大丈夫です! 毎日の訓練も欠かしておりませんし、最近はミヅディル辺境伯領全体の雰囲気が変わって、治安も悪くなっていますからね、シスターたちの買い出しにも護衛が必要ですし……」
「そうですか」
では、とルーナマリーはテーブルに立てかけていた六尺棒付き大幣を手にして、立ち上がった。
「そういうことであれば、万が一にも暴漢に負けることの無いように、しっかりと現状の貴方の腕前を見せていただく必要がありますね。魅狐様の動向についてのお話も聞きたかったのですけれど、陽が落ちてしまう前に、裏で手合せいたしましょう」
「えっ?」
「ドーナさん。貴女も剣を使うのでしたね。良かったら、立ち合いをお願いできますか?」
ドーナに断る理由も無く、「夕食まえの丁度良い運動になりますわね」とクローセルを引き摺りながら、シスターに裏への出口を聞くルーナマリーは、満面の笑みで実に楽しそうだった。
★☆★
ストークスがレーゲルを連れて教会へ戻ってきたとき、イレーナはすでに目を覚ましていた。
まだ魔法による鎮静効果が若干残っているのか、身体全体のだるさがあるようだが、ベッドの上で上半身を起こして、魅狐と話しているイレーナの顔は幾分血色が良くなっており、涙を流した跡がうっすらと残る笑顔に暗いところは見えない。
「イレーナ!」
飛び込むように部屋に入ってきたレーゲルを見てイレーナは再び涙を零した。
「お兄様……」
顔をくしゃくしゃにして泣き笑いの表情を浮かべるイレーナの涙を、そっと指で拭ったレーゲルは、腰を落として視線の高さを揃えた。その目にも、妹と同じように涙が浮かんでいる。
「その……治ったという話を聞いて飛んできたんだが、具合はどうだい? 苦しくはないか?」
「ええ、お兄様。わたしにも何があったか良くわからないのだけれど、あれほど息苦しかったのが、うそみたいに楽になったの」
「そうか……良かった……」
そっと妹を抱きしめてから、レーゲルは病み上がりで無理をしないようにとイレーナに伝えて、魅狐へと向き直った。
「イナリ教のシスターというのは、何ともすごい力を持っているのだな……。とにかく、感謝する。ありがとう。今は言葉だけでしか感謝を表すことができない身であるのが歯がゆいが、この礼はいずれ必ず」
「気にしないで、と言いたいところだけれど、実際に治療したのは私じゃないの」
「では、その魔導師を紹介していただけないだろうか。直接お礼を言わなければ」
「わたしも、まだお礼ができていませんの。お兄様と一緒に、わたしもお礼をしたいのですけれど……」
オワルは、イレーナが目を覚ますと彼女と顔を合わせようとはしなかった。
一部であり治療のためとはいえ、イレーナの身体の一部を喰った事には変わりない。それを説明されるのも気分が悪いだろうし、誤魔化して違う方法でやったと言って、間違った対処法が広まっても困る。
ストークスには施術の立ち合いを行い、治療がなされたことは知っていても、詳しいやり方はわからなかったということにしてもらい、魅狐の紹介でやってきた治療師は、謝礼を貰ってさっさと消えたことにしたのだ。
「お金を貰ったら、さっさと次の患者のところに行っちゃう、ちょっとドライな奴なのよ。お礼はちゃんと伝えておくから、安心してね」
「なるほど……その方の名前だけでも、教えていただけないだろうか?」
レーゲルの願いももっともだとは魅狐もわかっているが、ここで名前を明かすと、魔病患者を身内に持つ貴族が、架空の人物を探し回ることになる可能性もある。
「ごめんね。それも秘密にしておく約束なの。どうしても困ったら、イナリ教で私を探してもらえば、連れて行くから」
言葉を重ねて追及をしようかと口を開いたレーゲルだったが、恩人に対する態度ではない、と考え直した。
「貴女がそう言われるのであれば、これ以上は何も聞きますまい。……それと、シスター・ストークスにも、お礼を申し上げたい。自宅にすら置いておけなくなった妹を、長く面倒見ていただいたこと、本当にありがとう」
「わ、私は、イナリ教の理念に沿って行動したまでで……」
慌てて両手を振るストークスに、魅狐はしゃんとしなさい、と言った。
「その理念を思い出し、しっかり行動したのは貴女よ、ストークス。胸を張って、レーゲル卿の言葉に答えなさい」
「は、はい。……レーゲル様、どうか、イレーナさんを大切にしてください。折角助かった命で、彼女が幸せになれるように……」
たどたどしい言葉を並べるストークスが、レーゲルに微笑んだ瞬間。
部屋の壁を打ち破る、激しい振動が響き、砕けた土壁の破片が飛び散る。
「ムルルム!?」
壁に穴を開けて部屋に転がりこんできたのは、オワルに紹介された諜報員の女性だった。
殴られたらしく、顔を腫らし右手に持つ短剣は半ばから折れていた。
「うぐ……みなさん、逃げて……」
「しっかりしなさい! ストークス、レーゲルさんたちを頼むわね!」
建物内を隔てるための薄い土壁とはいえ、殴り飛ばされた勢いで壊れたとすれば尋常の力ではない。
大きく開いた穴から乗り出した魅狐の前には、透けるような白い肌の美女。
「貴女が、アムドゥスキアスと戦った相手の一人ですね」
「あの馬面の仲間!? こんな街中で堂々とやらかすとはね」
大幣を取り出し、シャラリと音を立てて構えた魅狐に向かって、フルーレティは優雅に一礼をして見せた。
「我が主がお望みです。貴女と、貴女の仲間の死を」
場所はスペースが広く取られた食堂。そこにはシスターが数名倒れており、剣を近くに落としたリリリアの姿もあった。
「弱い者を相手に、時間をかけるつもりはありません。主の望みを完璧に、かつ早く叶えることこそ、私の喜びであり、存在意義なのです」
フルーレティは無表情のままで、右手に持っていた、刃が波打つ特徴的な剣を構えた。
「フランベルジュね。いい趣味してるわ……」
少ない魔力と片腕で、どこまでできるかは未知数だが、やるしかない。
魅狐は大幣を握りしめ、ありったけの力で時間稼ぎに徹することに決めた。オワルはそう離れた場所へは行っていない。彼が帰ってくれば、こちらの勝ちだと信じている。
そっと背後の様子を窺う。
助かった命。それを守ることだけに、魅狐は集中する。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




