治療
26話目です。
よろしくお願いします。
宿の布団で目を覚ましたオワルは、いつもの眠そうな目をさらに半分ほどしか開いていない。
むくりと身体を起こし、のたのたあるいて木戸を開く。
今は朝日がようやく昇りはじめたあたりか。木片で支えた木戸の隙間から、控えめの光が入ってくる。
「……教会へ行く、か」
日の出前から食事の支度をしていたらしい宿の人にあいさつをして、朝食代わりに焼き立てのパンを二つ受け取り、朝の街へと踏み出す。
開いている店はまだ少ないが、水を汲んだり開店準備をしている人々はそれなりにいて、澄んだ空気を吸い込みながら、忙しそうに行き来している。
「場所はどこだったっけ……?」
歩きながら、おぼろげな記憶を頼りに教会へと向かう。この町に最後に訪れたのはいつのことだったか。その頃にちらりと顔を見せた時には、魅狐が歓待されてオマケのような扱いだった。
「どこの教会でも一緒だけどね」
教会内での知名度もあるので、オワルは自身の扱いについては特になんとも思っていない。それだけ魅狐が信仰を広げるのに尽力していたのを知っているし、自分が表に出て何かをやるようなタイプじゃないことも承知している。
「と言っても、ルーナマリーみたいに露骨に攻撃されるのも、考え物だけどね」
十分ほどのんびり歩いていると、どこの町でも同じデザインの建物が見えてきた。
記憶は正しかった、と教会の前へと向かうと、そこには見覚えのある女性が立っていた。
「おはようございます、監察官様!」
「ムルルムか……」
教会へ続く道、その端で大きく手を振る女性が一人。昨夜、マスターのいるパブで出会ったウェイトレスであり、諜報部隊所属だと言っていたムルルムだ。
「大声でそれを言わないでくれる? 別にひた隠しにはしないけどさ」
「あ、すみません」
やれやれ、とオワルが頭を掻くと、ムルルムはぐいぐいとオワルに近づいてきた。
「昨夜のお話の続きですけれど、ミヅディル辺境伯は……」
「待って、待って! その話は中でしよう。それにしても、こんな朝早くに良く目が覚めたね。夜中まで仕事だったんでしょ?」
機密情報を路上で話そうとするムルルムを止めて、細い肩に手を置いて教会へと誘導する。
危なっかしい娘だ、とオワルは内心冷や汗をかいた。ひょっとすると貴族としてのコネを使って、特性を無視して自分の好きな役職についたのではないかとすら思える。
「大丈夫です。仕事柄、徹夜とか短時間の睡眠には慣れてますから! それに、今日はマスターにお願いしてお休みを貰いましたから!」
だから今回はお手伝いさせてください、とムルルムはオワルの腕をがっちりと掴んだ。意外と力が強く、振りほどくのも違う気がして、どうしようかと悩んでいるところで、教会の扉が開いた。
ゆっくりと踏み出してくる小柄な女性は、神々しいとすら思えるような豊かな金髪を揺らし、青い瞳でオワルとその隣にいる女性をしっかりと見据えた。
「ああ、魅狐。おは……」
「女連れで私のところに朝帰りとは、豪胆と言って褒めてあげるべきかしら……?」
「……え?」
魅狐の威圧感に怯えたムルルムが、オワルの腕を抱きしめるようにしがみついてくる。
それがさらに魅狐の怒りを掻きたてる。
「いや、彼女は……」
「わたしは監察官殿のパートナーです! 貴女はイナリ教のシスターさんですね。オワル殿のお知り合いですか?」
「ふぅん……パートナー、ね」
少ないとはいえ通りに人はいる。
自分に向かって決して友好的ではない視線が集中し始めたのを感じて、とにかく中で話そう、と二人の女性を伴って、急いで教会へと入って行った。
★☆★
「なんであたしまで……」
「魅狐様に助けていただいたのでしょう? それに魅狐様と同郷ということではありませんか! であれば、その危機に手助けをしようと考えるのは当然のことではありませんか?」
ドーナは、巨馬を操るルーナマリーの背中にしがみつき、初めての乗馬で想像以上の速さにガチガチに緊張していた。
結局、ルーナマリーの問い詰めにうまい言い訳が思いつかなかったドーナは、少し離れてはいるが魅狐のほぼ同郷だと話した。
少なくとも地球という意味では嘘ではないし、魔力の性質が近いのも、それで納得してもらえるかと思ったからだ、しかし、ルーナマリーはそれだけでは納得しなかった。
「魅狐様と同郷とはいえ、人間とも違う雰囲気ですね。……そもそも、同郷といえど神の御使いである魅狐様と似ている魔力を持っている時点で、人間とは違うのでは?」
ルーナマリーの言葉を聞いて、シスターたちは武器を手にしてドーナをぐるりと取り囲む。
「うぅ……」
これが普通の人間相手であれば、気絶でもさせて逃げてしまうこともできたかも知れない。だが、先ほどのルーナマリーたちの戦いを見ていたドーナは、とても敵わないことをわかっていた。
「あー、もう! お手上げ!」
腰の剣を放り捨て、ドーナは下半身が蛇であるエキドナの姿へと変身し、精いっぱい蛇の部分を伸ばして、ルーナマリーと視線の高さを合わせた。
「これでわかった? あたしは魅狐さんと同じ世界で違う国。似たような存在なのよ」
力の強さは、あっちがずっと上だけど、と小声で付け足す。
「なるほど……」
シスターたちはびっくりして腰が引けているが、ルーナマリーは臆せずにドーナの身体を再びじっくりと観察した。
変身と言っても上半身はほとんど変わらず、目つきが蛇のようになるだけだ。そのため、実は腕力も左程上がっていないのだが、爪が鋭く伸びているので、恰好だけはかなり強いように見える、とドーナは期待していた。
「良いではありませんか!」
「痛っ!?」
バッシーン、と高らかに音を立ててドーナの両肩を叩いたルーナマリーは、満足げに頷いている。
「そのような力があるのであれば、ぜひわたくしたちに協力していただきたいですわ!」
「きょ、協力?」
「今、魅狐様……とその家来たちが、正義のために戦いへ赴いておられるのです! 貴女も、恩義があるのでしょう?」
両肩に食い込む指の力は、とても女性のそれとは思えない。
涙目にならないようにやせ我慢をしながら、ドーナは「まあ、一応」と呟いた。
「であれば!」
より一層声が大きくなるルーナマリー。
「ぜひわたくしたちと共に魅狐様のお手伝いをいたしましょう!」
返事も聞かず、ルーナマリーはドーナの腰を抱えて馬に飛び乗った。ドーナの剣はシスターが回収している。
「では、参りましょう!」
「え、え?」
しばらく走ったところで、渋々協力を約束して、ドーナは人間形態へと戻り、今に至る。
「それで、結局行き先はミヅディルでいいのかい?」
「ええ、その通りですわ。このしばらく、ミヅディル伯爵領でのイナリ教へ対する弾圧に等しい締め付けがあり、あげく皇都の城が大蛇のモンスターに襲われる始末。それらの調査に乗り出した魅狐様たちがミヅディルを目指しているというのであれば、自然そこに巨悪が存在するのは自明の理!」
なるほど、とドーナは思った。シスター・ルーナマリーは思い込みが激しいらしい。
それに、とルーナマリーは続けた。
「わたくしたちイナリ教は、ドーナさんのような異世界からの訪問者を歓迎したり保護や手助けを行う組織でもありますのよ」
「え、そうなの? どこ行ってもそんな話聞いたことないけど」
「表向きには、そんな存在知らないことになっておりますからね。イナリ教でも一部の者だけが知ることですわ」
荒野を進むルーナマリーの愛馬“コマ”は、まるで疲れを知らぬかのように駆ける。かなり飛ばしているように見えるが、他のシスターたちの馬に合わせるため、これでも抑え目の速度だ。
「どうして、そんな……」
「理由は聞いたことがありません。ですが、想像はつきますわ」
「教えてよ」
「魅狐様……と、オワルさんがこの世界へ来て数百年。くやしいですけれど、お二人はとても仲が良いですわ。でも、それだけでは寂しい。自分たちよりも短い生涯を生きて死んでいく周囲。お互いがいるからまだ耐えられるでしょうけれど、たった一人だとしたら……。わたくしには想像することしかできませんけれど、それは気が狂いそうになるほど苦しいでしょうね」
だから、とルーナマリーは腰に回されたドーナの手に、自分の手を重ねた。
「せめてわたくしたちが生きている間と、それから続く縁がイナリ教にはある、と伝えたかったのだと思いますわ」
「……そっか」
一人でぶらぶらと世界を回っていたドーナは、強引だけれど縁ができたと豪語するルーナマリーが、嫌いにはなれそうになかった。
★☆★
眠っているイレーナの枕元、オワルはじっと佇んで彼女の苦しげな寝顔を見下ろしている。
真顔で視線も動かそうとしないオワルに、魅狐は横に並んだ。
「誤解は解けたかい?」
「そうね。あれほど熱心なファンなんて、リリー以外じゃ初めてじゃない?」
「ファンか。そう考えれば、悪い気はしないね。で、彼女は?」
オワルは、枕元へ椅子を寄せて座った魅狐の肩にそっと手を置いた。
それは二人にとっては単なる触れ合いだけではない。魂のつながりを確かめる感触であり、情報のやりとりでもある。
「リリリアに任せてきた。マシンガントークとはあの事よね。私が部屋を出た時は、まだ諜報に携わる仕事にあこがれを持ち始めた幼少期の途中だったわよ」
「あちゃ~……リリリアには、後でお礼をしておかないとね」
穏やかに話している間も、魅狐が診たイレーナの病状について、情報がオワルに流れ込む。
「肺病? 癌の可能性もあるってこと?」
「腫瘍だけかも。そこまでが私の限界だった……」
あんまり得意じゃないのよ、と魅狐は肩をすくめた。
「ここの教会責任者を呼んでる。立ち会いしてもらってになるけど、治療をしてくれる?」
「もちろん」
小さなノックの音がして、ストークスがおずおずと部屋へ入ってきた。
「はじめまして、シスターのストークスと申します。オワル様の事は、シスター・ルーナマリーからよく聞かされております」
丁寧なあいさつの中に出てきた名前を聞いて、オワルはどういう内容で伝わっているのか、ちょっと不安になってきた。
「よろしくお願いします。貴女が、立ち合いを?」
「ええ、その……治療をしていただけると聞いたのですけれど……」
ストークスの態度は、ありがたいけれど怪しい、という困惑がまるわかりだった。
「大丈夫。これでも私が一番信用してる相手だから、ね?」
「魅狐様がそう仰られるのでしたら……」
ストークスが納得したところで、魅狐はオワルに目くばせした。
昨夜の魅狐による催眠術式の効果が続いていることを確認し、オワルはそっとイレーナの顔の上に手をかざした。
「……えぇっ?」
オワルの人差し指が細く細く伸びて、イレーナの小さな鼻へと入り込む。
「な、なにを……」
「黙って見てて」
戸惑うストークスを魅狐が落ち着くように言って座らせた。
「不安はあるでしょうけれど、しっかり見ていなさい。貴女よりも、イレーナの方がずっと大変なのだから」
不安を隠せず、そわそわと座りなおすストークスの視線を背に受けて、オワルは慎重にイレーナの体内を探る。魅狐があたりを付けた、肺にある腫瘍をオワルが切除してしまおうというのだ。
オワルの片手は、まだ魅狐の肩に触れている。魅狐の記憶から、腫瘍がありそうだと思われる場所を確認するためでもあったが、オワルにとって、とてもリラックスできるという理由の方が大きかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




