潜入者
25話目です。
よろしくお願いします。
領主である辺境伯の館を出たオワルは、尾行がない事を慎重に確認してから大通りへ出た。
陽が落ちた通りには街灯が並んでいるが、三分の二は消えてしまっている。誰も手入れをしていないのだろう。通りに数件ある飲み屋からこぼれる光の方が、大通りを照らす主な灯りになっていた。
「真っ暗でも見えなくはないけど、寂しい通りだね……」
半分は妖怪なので、夜が怖いとか動きにくいとかいう感覚は無いが、現代日本で夜の明るさを知っているので、どうしてもこの世界の夜は暗いと感じる。
「宿でも……先にマスターのところに行ってみるか」
宿を紹介してくれたマスターがいる飲み屋へ向かうと、まだ営業中らしく灯りが漏れている。
にぎやかな話し声が響いているあたり、繁盛しているようだ。
「また来たよ」
カウンターの空いている席に座り、コインを置いてエールと食事を頼む。
マスターが酒を用意している間に店内を見回すと、二十名ほど入っている客は全員食事が済んでいるようで、ひたすら酒と会話に酔っていた。ドーナと同じような護衛職と思しき武装したグループや、上半身が盛り上がった肉体労働者が多い。
テーブルの間を、ウェイトレスが回りながら、注文を取ったり食器を回収したりと孤軍奮闘していた。
オワルに好奇の視線を向けてくる者もいるが、ほとんどは仲間たちとの談笑に夢中のようだ。
「あ、マスター。適当に食べ物ももらえる?」
「わかった」
エールを置いてコインを掴んだマスターは、短く返事をして奥へと消えた。
入れ替わりに、ウェイトレスがオワルの横に早足で寄ってきた。
「いらっしゃい。見ない顔だね」
「これでも来店二回目だよ」
「ありゃ、ごめん。憶えてないや。いつ来たんだっけ?」
「今日の夕方」
「なによ、もう!」
オワルの冗談を聞いたウェイトレスは、頬を膨らませたまま、マスターの手招きを見て店の奥へと入っていく。歳は二十代半ばくらいだろうか。豊かな腰回りをフリフリと揺らしながら歩く後ろ姿に、釘付けになっている若い男性客もいるようだ。
「若いなぁ……」
魅狐という恋人兼嫁兼憑りついたモノがいるオワルだが、人間の時にこれといった恋愛経験が無いまま妖怪になってしまったので、そういう若い性のようなものが羨ましくもある。
昔を懐かしんでいると、ウェイトレスが湯気を立てる料理が盛り付けられた二つの皿を持って戻ってきた。
「お待たせ。これで大丈夫?」
「ああ。好き嫌いはないから。ありがとう」
フォークを受け取り、肉の入った野菜炒めとこの国特有の雑穀を蒸したおこわもどきを食べ始めたオワル。
その彼を、カウンターに肘をついたままウェイトレスが間近で見つめている。
「……食べにくいんだけど」
と言いつつ、適度に塩気があり、野菜の甘みが美味しい料理に、何かの出汁でも混ぜているのか、それだけでも充分おいしいおこわもどきに、オワルの手は止まらない。
「これうまいなぁ。ここはマスターもいい人だけど、料理も良いね」
「変わった人よね」
スマイルというより、悪戯な笑みと表現した方が良い顔だ。
ふわふわとウェーブのかかった栗色の髪を揺らしながら、薄い口紅を引いた厚い唇の両端をきゅっと上げて笑う。
「この町にいる男って、身体をじろじろ見てくるか、下品な誘い文句をかけてくるのばっかりだもの。……そんなわたしがご飯に負けるとか、ショックだわ」
「見た目だけで、そんなに若くもないのさ」
エールの追加をマスターに依頼して、食事の分も合わせてコインを置く。
「それで良かったか?」
「満足だよ。ありがとう」
マスターとオワルのやり取りを見て、ウェイトレスが腕組みして腹を立てた。
「なによ、もう。マスターとの方が相性いいじゃない。そっちの趣味なの?」
「ちゃんと相手がいるだけだよ」
「あら、ちょっと興味が出たとこだったけど、残念」
魅力的なお尻を振りながらウェイトレスがテーブルを回り始めると、マスターが向かいに移動してきた。
「すまんな。たまに気になる客が来るとああやって話しかけるんだ」
「気にしなくていいよ。若い子と話すのも悪くないさ」
「それより……」
周りに聞き耳を立てている客がいないかを確認したのだろう。一瞬だけ食器を磨く手を止めたマスターは、さりげなく客席に視線を送った。
「夕方に来たとき、四人ほど追っかけて行ったはずだが、大丈夫だったか?」
「あいつらね。客を減らしちゃって悪いけど、もう来ないと思うよ」
オワルの返答に、再びマスターの手が止まる。
「……見た目によらず、怖い奴だったようだな」
「そうでもないよ。基本は人畜無害。お仕事に精を出す木端役人だよ」
「役人? 辺境伯の部下か?」
辺境伯という言葉を一層声を押えて問う、その表情には嫌悪が混じっている。
「皇都から来たんだけど。なんだ、ミヅディル辺境伯ってのはそんなに嫌われてるのか?」
皿の中身をきれいに食べて、新しく注がれたエールを一気に半分ほど呷る。
「……あまりこの話はしたくない。あまり触れたくない話題だ、としか言えない」
目をそらすマスターに、オワルは「ごちそうさま」と言ってスツールから降りた。
「まあ、いいさ。それでも僕の仕事に問題は無い」
「……領主が何かやらかしたのか?」
不安げに尋ねるのも無理はない、とオワルは同情する。領主が何かしら問題を起こして、最悪取り潰しにでもなれば、その領地の民衆も影響を受ける。新しい領主に能力があれば良いが、そうとは限らない。
「大丈夫。良い店が無くなるような事にはならなからさ」
店を後にする。
そしてオワルはごろつきを誘い込んだ路地へと入り、煙管を咥えて待った。
「早かったね」
「きゃっ!」
追いかけてきたのは店にいたウェイトレスだった。
路地に入ってきたところでオワルから声をかけると、予想外だったのか可愛らしい叫び声をあげる。だが、素早く腰の後ろに右手を回しているあたり、ちゃんと訓練を受けた人間だとわかる。
「な、なんでこんなところにいるの?」
「店を出るときに追いかけてくるかな、と思ってね」
「うふ、結構自信過剰なのね」
オワルば煙をひと吹きする。
「歩き方」
「え?」
「普通の女の子の足さばきじゃないんだよね。どっかで訓練受けたでしょ?」
わざとらしく腰を振って見せていたが、その歩幅は正確に同じ距離を踏んでいて、足の出し方も女性というより兵士に近い、とオワルは指摘した。
「それに、僕が役人だと言ったとき、君はその言葉に反応して、以降僕の動きをさりげなく確認してたね。あげく、ここまでついて来た。釣り上げたと言ってもいいけど」
「……そんなふうに見破られたのは初めてよ」
「それは光栄だね」
ウェイトレスが右手を前に出すと、そこには大ぶりのナイフが握られていた。
「この町に皇都から人員が来るなんて聞いてないんだけど。一体何者?」
「その口ぶりだと、どっかの調査員?」
「いいから答えて」
やれやれ、とオワルは灰を手の平に落とし、握りつぶして火を消した。
煙管を仕舞い、代わりに書類を取り出す。
「うそ……」
「本当。皇帝直属の観察官。歴とした役人さ」
提示された書類に、皇帝のサインが入っているのをまじまじと見ていたウェイトレスは、慌ててナイフを仕舞い、両手を後ろにして背筋を伸ばした。
「し、失礼いたしました!」
その姿は、完全に軍属の人間である。
「所属と指名。現在の任務は?」
「はっ! 皇帝陛下直属の帝国軍、諜報部隊に所属しております、ムルルムです。ミヅディル辺境伯の動きを探るため、町へ潜入しております」
詳しい話を聞くと、どうやらディナイラーの騒動が起きる前、ミヅディル辺境伯領へのリィフリリーの降嫁先候補の調査としてオワルに依頼する以前から潜入し、定期的に報告を送っているという。
どうやら、ディナイラーの死についてなどの情報は、まだ彼女たちには入っていないようだ。
「こんな情報源があるなら、先に言ってくれよ……」
「おそらく、皇帝陛下はわたしの存在をご存じないと思います。上の上の上くらいが命令を受けていますので、細かい調査方法などはご存じないのではないでしょうか」
「なるほどね……とりあえず、詳しい話を聞きたい。僕から渡せる情報もあるからね。明日の朝、この町にあるイナリ教の教会に来てくれる? 連れもいるから、一緒に情報交換をしたい」
「了解しました!」
それじゃ、と宿へ向かおうとするオワルを、ムルルムが遠慮がちに引き留めた。
「あの……握手してもらえませんか?」
「……は?」
どうやら、子爵家の令嬢として生まれたムルルムは、小さいころから親に聞かされていた監察官にあこがれを持っていて、志願して軍に入って諜報員の訓練を受けたらしい。
「悪い奴の秘密を暴いて成敗する監察官の話が大好きで、まさかこんなところで会えるとは思っていませんでした!」
ぜひ、と迫ってくるムルルムに根負けして、数百年の人生で初めてファンと握手したオワルは、「また店にも来てくださいね!」と手を振るムルルムに見送られながら、マスターに教わった宿へと帰った。
「まあいいか。情報源ができたわけだし」
ベッドに横になり、あっという間に眠りについた。
★☆★
オワルたちと別れたドーナは、一度町へ戻って一泊した後、宿を引き払い、皇都へと一人旅をしていた。
馬を買えるほど裕福でも無いのと、人間に比べれば体力もそれなりにあるので、ブラブラと徒歩での一人旅である。と言っても、護衛の依頼でもない限りはいつもそうなのだが。
「まったく、どうやったら本来の力が取り戻せるんだろね。あたしも神殿でも立てて信仰を集めようかな。でもそういう運営とか全然わかんないんだよねー」
剣を提げ、ぶつぶつと話しながら進む。
本来の姿である下半身蛇形態の方が速いのだが、誰に見られるかわからないので、念のため二本の足で歩いている。
遠くまで続く街道。
次の町まではあと四時間ほど歩かなくてはいけない。
「とりあえずお金稼がないと、ご飯にも困るし」
アライスト商会の支店は引き払ってしまっており、引き受けた時の半金は貰っているが、残りの報酬は貰っていない。元々、護衛を失敗しているので、どちらかと言えば引き受け金を返さずに済んだ方が幸運なのだが。
「口入屋のおじいさんに文句の一つも言いたいところだけど、あたしに仕事紹介してくれる人が他にいないんだよね。どうしよっかな……ん?」
向かう先、街道上で誰かが戦闘をしている。
馬を逃がしながらモンスターに対峙しているのは、六人のシスターたち。
「襲われてる……! あれ?」
急いで駆け付けようとしたドーナだったが、見えてきた状況は、モンスターの方が一方的にタコ殴りにされていた。
大型の、象と虎を合わせたようなモンスターは、女性をひと噛みで千切れる程の大きな牙を持っており、大きさは象に近い。
それが、六人の女性に囲まれて成す術なく殴りまわされて悲鳴を上げていた。
「強い……それに、魔法も使えるのね」
念のため加勢にと近付くドーナの目の前で、ひときわ背の高い女性が、長い棒の先に紙の飾りを付けた物を振り回し、何かを唱えた。
弱っていたモンスターの動きが止まり、轟音をあげて横倒しになった。
「なにやったの?」
正体不明の魔法に驚くドーナの前で、魔法を唱えた女性が棒を振り降ろし、倒れたモンスターの頭部を強打した。
見た目以上にダメージが入ったらしく、目から血を流したモンスターは、痙攣して息絶えた。
「誰ですか?」
「ちょ、待ってよ!」
油断なく構えるシスターたちに武器を向けられて、ドーナは両手をあげた。
「あたしはドーナ。襲われてるみたいだから手助けしようかと思ったんだけど……余計なお世話だったみたいね」
「あら、それはありがとうございます」
街道の石畳に棒を突く乾いた音が響く。
「わたくしはルーナマリー。イナリ教でシスターをさせていただいております。魅狐様の忠実なる信徒にして右腕ですわ!」
「魅狐さん? ああ、あの……」
「魅狐様をご存じなのですか!?」
ニ十センチ以上の身長差があるルーナマリーから両肩をがっちり捕まれ、鼻息荒く顔を覗き込まれてドーナは怖くて仕方が無かった。
「えと、えと……昨日、賊に襲われてるところを助けて貰ったり……」
「流石は魅狐様! ……それで、魅狐様はどちらに?」
「み、ミヅディルに行ったみたいだけど……」
「やはりそうですか! ……うん?」
何かに気付いたらしいルーナマリーが、ドーナの身体を上から下までじっくりと舐めるように見る。
「な、なんなの……」
ルーナマリーに比べればずっとスレンダーで、凹凸の少ない身体をじろじろと見られて、良い気分なはずがない。
「……貴女から、魅狐様と同じような……普通の魔力と違うものを感じますわ」
「え」
バレたら絶対面倒になる、と確信したドーナは、必死で言い訳を考えた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




