お金
24話目です。
よろしくお願いします。
アサッグの攻撃は、純粋な力による肉弾戦。それのみである。
これが普通の人間の攻撃であれば、オワルが喰らいつくして終わりなのだが。
「うわっ! なんつぅ速さ」
「速いだけではないぞ!」
避けたオワルの後ろに会った石壁が、拳の大きさの穴をあけて粉々に砕け散る。
距離を取ったオワルに対して、拳を見せつけるように突き出したアサッグは、身体中で瞬く目で笑う。
「わしの身体は、鋼のように固いぞ。貴様のようなひょろい奴の攻撃なんぞ、少しも通らぬ!」
「随分な自身だ、ね!」
手に持った煙管を叩きつけたが、金属のような音がして、逆に弾き返されてしまった。
「お前の武器はそのパイプか? もうちょっとマシなものはないのか。と言っても、刃物は通らぬが」
拳だけではなく、蹴りも速い。
もはや避けるのを諦めたオワルは、敵を巻き取って喰いつく方針に切り替えた。
「お前から情報を貰う! ……ぐぺっ」
オワルはもろに顔を殴られ、左目が飛び出す。
しかし、骨が抜けたかのようになった左腕を、アサッグの太い腕に巻きつけることに成功した。
「うぬっ!?」
急いで右腕を引いたアサッグだが、ゴムのように伸びたオワルの腕は、巻きついたままで離れない。
「なんじゃこりゃあ!?」
べっとりと巻きついたオワルの腕を、ぐいぐいと引っ張りながら混乱しているアサッグだったが、オワルの方も困っていた。
「表皮というより外殻だな。うまく吸収できないとは……!」
そのまま喰らいつくのは難しいと考えたオワルは、溶解液を腕に移動させて溶かしにかかる。
「うぬ。何やらピリピリするのぅ
「頑丈にも程があるだろ……」
巻きついた腕の内側から吹き付けた強力な溶解液も、アサッグの堅い表皮を僅かずつしか削ることができない。肉にまで到達するのに、どれくらい時間がかかるかと思うと、うんざりしたオワルはもうアサッグの腕から食い荒らすのは諦めた。
ずる、とアサッグから話した腕を、電気コードのように引き込む。
「何とも奇妙な奴よの」
「首の無い奴に言われたくないなあ」
砕かれた顔を元に戻し、ぶらりと下がったままの左腕に骨を戻す。
「では、仕切り直しか」
再び拳を握りしめてアサッグが構えたとき、その背後に壁をすり抜けて一人の女性が現れた。
「アサッグさん。念のため彼女は回収します」
「フルーレティ殿か。それが気になって思い切り戦えぬ。助かるぞ」
「ちょ、待っ……」
オワルが制止しようとするのを無視して、フルーレティは細腕に似合わぬ怪力でリィフリリーが閉じ込められた水晶を抱えて、再び壁の向こうへと消えていった。
「どこへ……」
「知らぬな。それよりも、続きをやろうぞ」
嬉しそうに構えたままのアサッグに、オワルはむっつりと口を引き締めて睨みつけたまま、両手を下げて立っている。
「なんじゃ、戦意喪失でも……ぬぅ!?」
構えることなく、何もない廊下を歩くように無防備な状態で自分へ近づいてくるオワルに、アサッグは混乱した。
「自棄になったか!」
甲高い叫び声とともに、固く速い拳がオワルの胸に叩き込まれた。
胸骨を粉々に砕きながら突き刺さった拳は、肉をかき分けて内臓を叩き潰す。
抵抗するかのようにオワルの両手が手首を掴んできたのを、アサッグはあざ笑う。
「抵抗するにも、力が弱すぎるな。回復力はあるようだから、このまま叩き潰させてもらう!」
左手の拳を振りかぶった瞬間、オワルの口から血まみれの内臓がモロモロと流れ出た。
「げえっ……」
さすがに気持ちが悪いと思ったアサッグが後ろへ下がる。
しかし、腕に巻きついたオワルの身体は、そのままついてきた。
結果として、本来は首のある場所からオワルの内臓をかぶる形になった。
「こ奴! なんという真似を……ぐああああ!?」
一瞬、単なる嫌がらせかとも思ったアサッグの身体に、異物感と激痛が走る。
「な、何が……」
普段使っている口がふさがっているオワルは、後頭部に別の口を開いた。
「堅い殻が破れなかったから、柔らかいところから入らせてもらっただけだよ」
結構苦しいからやりたくなかった、というオワルが実行したのは、アサッグが避けられない状態になってから、その胴体部分に無数ある目から体内に入り込むことだった。
一か所や二か所程度では防がれてしまうかもしれないので、退役を含んだ内臓を浴びせて複数の目玉をえぐるようにして体内へ侵入する。
「やめろ! やめろ!」
床の上を転がりながら、胸や背中に張り付いたオワルの内臓を必死で引きはがすアサッグ。だが、一つ剥がしている間に別の眼球の横からずるずると入り込んでくる。
「さすがに、中身はそこまで頑丈じゃあ無かったか。……情報はもらうよ」
「ぎゃああああ……」
悲鳴は先細りになり、膝から崩れたアサッグが倒れた時、堅い表皮を残してその中身は食い荒らされた後だった。
吐き出した内臓を戻し、オワルは座りこんで煙管に刻み煙草を詰めた。
「疲れた……。さっきの女性はフルーレティ、“あの御方”とかいうこの屋敷の主に忠誠を誓う、か。ろくな情報が無いな。しかし、この屋敷の主は辺境伯じゃないのか?」
しばらく邸内を探したオワルだったが、リィフリリーもフルーレティも見つけられず、一度撤退することにした。
「無駄足……では無かったな。少なくともリリーが生きているのは確認できた」
今は落ち着いて、仕切りなおすことにしよう、とオワルは自分に言い聞かせた。
★☆★
イレーナの部屋を後にし、食堂へもどった魅狐を、リリリアは不安そうな顔で待っていた。
「どうでしたか?」
食事もとらずに待っていたらしいリリリアに、魅狐は優しく微笑む。
「ちょっと大変な患者だけれど……多分、オワルに任せれば大丈夫じゃないかしら」
「治る見込みがあるのですか!?」
魅狐の言葉に反応したのは、リリリアではなくストークスの方だった。
前に回り込んで両手を掴み、腰を折って魅狐と視線の高さを合わせてきたストークスに、思わず顔を引く。
「お願いします。あの子はまだ若くて将来があるのです。レーゲル様もそれは心配されておりまして……」
「落ち着いて、ストークス。座って話を聞くから、ね?」
「も、申し訳ありません……」
席に戻り、中断していた食事をとりながら、ストークスはイレーナとその兄レーゲルについて語り始めた。
ストークスによれば、イレーナを引き受けてまだ一か月と経っていないという。貴族とはいえ、領地子飼いの騎士爵というのは、帝国直属の騎士とは違い、あくまで指定された領地における半貴族のような地位でしかなく、レーゲルを例にすれば、ここ辺境伯領においてのみ貴族扱いとなる中途半端な立場だ。
手当も少なく、これと言った役職に就けなければ、小遣い程度の金だけを受け取るのみで、用心棒や荒事、場合によっては不法な仕事に雇われたりする者もいる。
住んでいるところも集合住宅であり、魔病の患者を住まわせておくわけにもいかず、困り果てて教会を訪ねてきたらしい。
しばらくはストークスも病気の原因を探ろうとしていたが、特に魔力異常などは見当たらず、息苦しさを訴える彼女のために、いくつかの薬草なども試してみたのだが、一時的に楽になるのが関の山だったという。
「で、あのレーゲルという人は、普段何をしているの?」
「詳しくはわかりませんが、領主様の館で雑用をしておられるようです。とても騎士の仕事ではないのですが、とこぼされたこともありました……」
「なるほどね……その領主である辺境伯の調査に来たのだけれど……本部ではここに対する弾圧が厳しくなってきた、と聞いたのよね。それについて、レーゲルから何か聞いた?」
「いえ、政治的なところには触れていないという事でしたので……それに、あまり教会の苦境をお伝えしたら、レーゲル様が不安になられるかと思いまして……」
魅狐としては、ストークスには教会責任者としてうまく情報を引き出すくらいの泥臭さがあっても良いとは思ったが、どうやらレーゲルに対して仄かな想いを寄せている様子が見て取れたので、仕方がないかと嘆息した。
「それで、あの子は助かるのでしょうか……」
「連れに頼るわ。彼次第だもの」
「お連れ様、ですか?」
ストークスの視線がリリリアへと向いたが、明らかに女性である。
「もう一人、こっそりこの町に入り込んでるのよ。彼に頼んでみましょう。明日には合流できるでしょうから……それより」
「はい」
「ここの領主のこと。ずいぶんな要求をしているようだけれど、一体どうなっているの?」
魅狐の質問に、ストークスは俯いた。
「申し訳ございません。突然、書簡で税金を納めるように通知が来ただけで、何ら説明を受けていないのです。私も領主様のお屋敷を訪ねたのですが、その時は代理という方に面会を断られてしまい、何度訪ねても追い返されてしまうのです……」
魅狐はストークスの話を黙って聞いていた。
教会本部に相談をするにしても、何故今になって高額な税金を払えと通知してきたのか、理由を確認しなければ、とストークスは何度も領主を訪ねたらしい。
ここ数回は、領主に会うどころか代理人すら顔を見せず、兵士に追い返されるばかりで、他に領主の館を訪ねて行った者たちで、教会関係者だけでなく、商人などにも増えてきたという話を聞き、あまりの異常さに教会へ報告を送ることにしたらしい。
「本来であれば、私がもっとしっかり調べてから報告を送るべきなのですが……」
「馬鹿ね」
「はい。魅狐様のおっしゃる通りです。私の能力では……」
「そっちじゃなくて」
椅子から立ち上がり、テーブルをくるりと回り込んだ魅狐は、ストークスの方に手を置いた。
「大変だと思ったら、すぐに本部なり近くの教会を頼りなさい。何のためにたくさんの宮司やシスターがいるのよ。それに、私だって現役なんだから」
「魅狐様……」
「今はお仕事を抱えているけれど、普段は結構暇なのよね。神の御使いとして、困っているならば信徒とかシスターとか関係なく、私にとっては助ける対象なのよ」
身体が小さい魅狐の方が、手を伸ばしてストークスを抱きしめる。
すすり泣くストークスに、同席していたシスターたちも涙を零していた。
「それで、辺境伯はいくら請求してきたの?」
「さ、三千万ケルです……」
「そんなに!?」
ストークスが涙交じりで伝えた金額に、リリリアが思わず声を上げた。
一般的な成人男性の年収が大体五百万ケルくらいが平均で、所謂初年度公務員であるリリリアの年棒は三百万ほど。多くの若い女性に比べれば高収入ではあるが、男性平均に比べれば決して多くは無い。
「三千万……私の十倍……」
社会人になったばかりのリリリアにはショックな金額だったらしい。
だが、魅狐にとっては違う。
「あら、そんなもの? なら、とりあえず私がだしておくわね」
「え……は……い、いや、しかしそういうわけには……」
「私が作った教団だもの。面倒を見るのは当然だわ。決めた! 明日にでも私が直接持って行ってあげましょう!」
その方が手っ取り早いわね、とリリリアにも支払いをした証明として念のため立ち会いをするように伝える魅狐に、ストークスを目を白黒させていた。
魅孤の立場をストークスは正しく理解はしていた。そのため、教会から魅狐が一銭も受け取っていないことを知っていたのだ。とてもではないが、そんなお金を持っているとは考えられない。
「で、ですがそんな大金……」
狼狽えるストークスに、左手の指を振る。
「チッチッ……って、これはちょっと古いわね」
赤面しながら、緋袴の内側からごっそりと中身の詰まった袋を取り出し、テーブルへ置く。
金属の擦れあう音と、重たい物が天板を叩く音が響く。
「これでも、私も連れも高給取りなの。正確には、連れが雇われで、私はその補佐なんだけど……その程度のお金、なんとでもなるのよ?」
ふふん、と子供サイズの魅狐が腕を組んで胸を張る姿に、ストークスは驚いた顔のまましばらく固まっていた。
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