首無し
23話目です。
よろしくお願いします。
「能力の無い奴は、やっぱり不味い」
路地に座り込んだオワルは、取り込んだ三人のごろつきから情報を取得しながら、ブツブツと文句を言っていた。
「道中の携帯食が続いたからなぁ。さっきのパブで何か食べれば良かった」
今からでも戻って食べようかな、と思いながら、オワルの頭にはごろつきたちの記憶が流れ込んでくる。
「痛たたた……」
複雑に絡む複数の記憶を読み取るのに、オワルは全身をだらりと投げ出して自らの脳の処理にのみ集中する。
目や鼻から血を流し、噛みしめた口からも泡のような血を垂らす。
幼少時に親に捨てられたとか、初めて兵士に捕まえられて、殴られたあげくに数日の間牢にぶち込まれたとか、どうでも良い情報を次々に切り捨てていく。必要なのは、この町の直近の状況であり、リィフリリーに繋がる情報のみ。
「……なるほど」
あくまで噂程度でしかない情報も含んではいるものの、辺境伯本人が領民の前に姿を現したのは、一年以上前が最後らしい。
出入りしている一部の商人の話でも、本人ではなく代理人という女が応対したという話もあった。
「……ふぅ」
流した血を伸ばした舌で舐めとり、立ち上がる。
スラックスの砂を叩き落して、腰を伸ばした。
「辺境伯自身に何か起きているか……誰かが辺境伯を操るか、入れ替わっているか、ってところかな?」
道中で襲ってきた馬面のアムドゥスキアスの事や、ドーナが見抜いた魔導具の製作者について考えるに、オワルは自分やドーナのように、飛ばされてきた何者かが関わっている事は間違いないと踏んだ。
「その代理人とかいう女……か?」
まずは領主の屋敷を訪ねてみるか、とオワルは血の跡が服についていない事を確認して、再び大通りへと出た。
★☆★
日が暮れてようやく目を覚ましたストークスが、目の前で気絶するという失態について再び土下座をしそうになったのを、魅狐とリリリアの二人係でやめさせた。
「右手については気にしなくていいわよ。しばらくすれば回復するだろうし……そうだ、教会に部屋が余ってるなら、泊めてくれない? エリア的に教会の中の方が信仰の力が強くて回復しやすいから」
「もちろんです! すぐにご用意します!」
夕食もお呼ばれすることになり、魅狐たちはストークスをはじめミヅディルの教会にいる数名のシスターたちと食卓を囲んだ。
イナリ教にはこれと言った食事上の制限は存在しない。むしろ、シスターたちは何かあれば人々の役に立てるように、体力をつけることも重要だとされており、肉などのタンパク質もたっぷり用意されていた。
「ふわー、そこらの高級宿の食事よりも豪華じゃないですか?」
「うふふふ、野菜はほとんど教会の敷地の畑からですし、お肉も私たちが育てた家畜ですから、買うよりもずっと安く手に入るのですよ」
料理をとりわけながら微笑むストークスに、リリリアはぴたりとフォークが止まる。
「えっ? 育てた……ということは」
「意外と知られてないけれど」
魅狐が一抱えもあるサラダボウルに山盛りになった葉野菜にたっぷりとオリーブオイルを落とした。
「食べるために命を奪うことについて、感謝する儀式はあっても、禁止するような事をしていないのよ。誰かのために戦う事を推奨している以上、誰かの命を奪う可能性もあるわけだし、そこに厳しい戒律は存在しないの」
一つまみ、塩を野菜に振りかける。
「そうなんですか」
宗教というと厳しい戒律があり、お題目として平和や愛について説くというイメージを持っていたリリリアは、やたらと現実的なイナリ教の内容に面喰っていた。
「この世界で強く生きていくには、必要なことよ。ちゃんと食べて、元気じゃないとね」
「そうですよ。命を頂いて生きるからこそ、私たちは頑張って生きる義務があるのです」
ニコニコと笑うストークスが、鶏肉のソテーに香ばしい香りのソースをたっぷりとかけて、リリリアの前に置く。
一切れ、フォークで突き刺して口に入れたリリリアは、目を見開いて驚いた。
「おいしい!」
「それは良かったです。女性の多い職場ですし、みんなで楽しく料理の腕を鍛えているんですよ」
ストークスに勧められ、リリリアが次々と料理に手を伸ばしていると、一人のシスターが食堂へとやってきて、ストークスへ話しかけた。
「レーゲル様が……」
「そうですか。では私が行きましょう」
「どうしたの?」
魅狐の問いかけに、ストークスは逡巡を見せたが、教会のトップに隠すようなことではない、と説明することに。
「病気で臥せっている少女を一人、保護しております。その方のお兄様が、お見舞いに来られているのです」
「病気?」
魅狐が首をかしげた。
病院が存在するこの世界で、わざわざ教会を選んで病人を預ける者は少ない。信心深い老人が、最期を迎える場所に選ぶというのは珍しくは無いのだが、少女ということは、理由は一つしかない。
「魔病に罹ってるのね」
魅狐が出した結論に、ストークスは頷いた。
魔病などと名前がついてはいるが、症状などで特定された病気の名前ではない。医師が匙を投げた原因のわからない病気で、魔力や魔法、さらには眉唾な話ではあるが、何らかの呪法を使ったと言われる病気の総称だ。
原因がわからない以上、伝染するかどうかも分からず、治るのか、治るとしてどの程度の期間がかかるのかも不明なため、病院からは追い出されてしまう。
イナリ教などの宗教施設や、公の施設で一部受け入れている以外は、どうしようもない。自宅で療養を選んでも、魔病患者がいると知られたら、地域から追い出される可能性も低くは無い。
「案内して。私も会ってみる」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたストークスの案内で、魅狐は教会の奥にある一室へと向かう。
念のため、リリリアは連れて行かない。
「レーゲル様、ストークスです」
ノックをして入った小部屋は、四畳ほどの狭い空間にベッドと小さな本棚があるだけの、シンプル過ぎる空間だった。
ベッド脇の小窓からは、ただ教会の裏にある畑だけが見える。
ノックをして入ってきたストークスたちを、レーゲルと呼ばれた青年がベッド脇の椅子から立ち上がって出迎えた。
「ああ、ストークスさん。妹がお世話に……なっております」
一瞬、魅狐の姿を見て動きを止めたレーゲルだったが、言葉をつづけた。
「いいえ。生きようとする方の手助けをするのが、私たちの役目ですから」
「そちらの方は?」
「魅狐といいます」
レーゲルの反応が気になった魅狐は、短く答えた。
「この方は私の上司にあたる方です」
「そうなのですか。私はハンス・レーゲルです。一応は騎士爵などという肩書ではありますが、そこいらにいる貧乏貴族の端くれです」
挨拶を済ませると、魅狐はベッドに横たわる少女へと近付く。
「あまり近づいて、万一のことがあれば……」
レーゲルが止めようとするのを、ストークスが「心配ありません」と諌めた。
そっと魅狐が見下ろすと、少女はうっすらと目を開けた。
「貴女は……?」
「私は魅狐。イナリ教のシスターよ。これでもなかなか偉いんだから」
「きれいな金髪……うらやましい」
多少濁っているオレンジ色の瞳で、魅狐を見るその表情は、諦めが多分に含まれている。
見た目の年齢は十二歳くらいに見えるが、細く痩せた身体が、布団の上からでもわかるほどだった。
「貴女の瞳の方がずっと綺麗よ。名前を聞かせてくれる?」
「イレーナ……」
痩せていても可愛らしく見える、まつ毛の長い瞼にキスをして、魅狐はベッドに腰を下ろした。
「イレーナね。優しくていい名前。それに、いいお兄さんね」
嬉しそうに微笑むイレーナの額を、優しく撫でる。
不意に咳き込んだイレーナは、口の端から血を流していた。それをストークスから受け取ったきれいな布で丁寧に拭って、魅狐はイレーナの痩せた胸の上に手を置いて、そっと目を閉じた。
イレーナの咳が治まり、苦しそうな呼吸も、幾分穏やかになった。
「あまり長く話すのは苦しいみたいね。またお話しましょう」
「うん。ありがとう……」
ベッドから離れた魅狐に、レーゲルは頭を下げた。
「ありがとうございます。妹のために……」
「大丈夫よ。あれは感染するようなものじゃないようだし……逆に無理させてしまったかも」
「いえ、同世代の話し相手がいませんし、妹も喜んでいるようですから」
恐縮した様子を見せるレーゲルだったが、その雰囲気に妙なものを感じた魅狐は、それ以上は突っ込んで話を聞くことはしなかった。
「ストークス。後で話があるから」
魅狐がイレーナの部屋を後にするまで、レーゲルとストークスはこうべを垂れたままだった。
★☆★
夕刻、宿の部屋だけおさえたオワルは、家路につく人通りが減りつつある頃に辺境伯邸の前に到着し、近くの影に潜んでいた。
「……見張りがいないんだけど」
大きな門は閉ざされ、館の窓もすべて閉ざされている。
門の横と塀の向こうから光を放つ魔導具の存在が無ければ、無人の館にも見えるだろう。手入れらしい手入れも、外観上はされていないようにすら感じるが、良く見れば脱落したような部分も無く、最低限の補修はされているようだ。
その事自体、オワルには奇妙に感じた。
辺境の荒野に位置する貴族とはいえ、収入の多さでは帝国内で五指に入るはずだ。貴族としては収入に応じた、華美で手入れの手間がかかる建物を建てるのが当然とされていて、そうやって職人をはじめ労働者に金を使うのも一つの義務とも考えられている。
辺境伯の財政状況が、帝国の把握している通りであれば、建物のどこかを常に補修・増築していてもおかしくは無いほどだ。
「まあ、侵入するのに都合がいいから、別にいいんだけど」
嫌な予感がするからといって、Uターンして帰るわけにもいかない。
オワルはそっと建物に近づき、塀の影からするりと入り込んだ。
あまりにも人気の無い建物内。探し物をして回るには好都合ではあった。
二十を超える空っぽの部屋を見続けたオワルは「実は誰もいないんじゃないの?」とうんざりしながら、新たな部屋の中をドアの下の隙間からそっと窺う。
「……いた」
他の部屋と同じように殺風景な部屋。
窓も存在しない、常人であれば真っ暗にしか見えないだろう十畳ほどの広さがある部屋の奥。薄紫の水晶に閉じ込められ、眠るように瞳を閉じたリィフリリーの姿を見つけた。
オワルがじっと見る限り、生きているとは感じる。だが、魔力や生命力はかなり失われている。
さらに問題があった。
部屋の中には、水晶を守るように異形が座っていたのだ。
「……誰かがここを覗いているようだのう。見えておるぞ?」
腰回りにゆったりとした布を巻いただけで、見せつけるようにさらけ出された筋骨隆々の肉体は、硬質な輝きを放ち、立ち上がったその身体は頭部が存在しない。胸や腹に無数の目が開き、オワルが除くドアの下を睨みつけている。
「仕方ない……」
窓の下から入り込んだオワルが、人型へと戻り、異形と対峙する。
「おうおう。貴様はどこの手のものだ? うちの連中とは違うようだの」
「女の子を助けにきただけの、妖怪だよ」
煙管を取り出し、刻み煙草に火を点けると、暗い部屋でぼんやりとオワルの顔が照らされる。
「百目……とはちょっと違う、な。頭も口も無いのに、どこから喋ってるんだか」
「わしはアサッグという。縁あってここの番をしておる。侵入するだけなら好きにすればええが、こん嬢ちゃんを狙ってるっつぅことなら、相手せにゃならんな」
音がするほど張りつめた筋肉をさらに膨張させ、ギリギリと両方の拳を握りしめるアサッグは、右足を出して構えた。
「貴様、名を言わんか」
「……オワル。アジアの日本から流れてきた妖怪だよ」
煙を吐きながら、オワルはアサッグの反応を見た。
「あじあ? ニホン? まあいい。オワルという名前が知れればのう」
ハズレ、とオワルは判断した。どうやらドーナと違い、元からこの世界にいる者らしい。
「あの針で化け物となった、か」
「ふん、何やら知っているふうだが、わしにはどうでも良いことよ。さあさあ」
右の拳を突出し、左手で挑発するようにオワルを誘う。
「せっかくの客人じゃ。しっかり相手してやるから、かかって来い!」
お読みいただきましてありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




