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挽回のために

30話目です。

よろしくお願いします。

 倒れている魅狐を抱きかかえて、イレーナとストークスの所へオワルが近づいていくと、そこには仰向けに寝かされたアムドゥスキアスがいた。

 今は変身も解け、元の端正な顔つきである貴族の青年に戻っているので、レーゲルと呼ぶべきか。

 まだ息はあるが、苦しそうにあえいでいる。

 不安げに覗き込む二人の女性のうち、ストークスは自らも顔に怪我を負っているのだが、それを忘れてしまったかのように、レーゲルの名前を呼び続けていた。

「ちょっといいかな?」

「あ、オワル様……」

 ストークスがオワルに気付いて、イレーナも顔をあげた。

 イレーナはオワルに面識は無いが、ストークスが様付けで呼んだせいか、そんな余裕が無いのかはわからないが、会釈だけをする。

「傷の具合は?」

「あちこちに怪我をされて……特に胸には水晶が……うかつに抜くと出血がひどくなるかと……」

「だろうね」

 そっと水晶に触れる。鼓動に合わせた振動が水晶を揺らしているのがわかり、動脈に刺さっているか、心臓のかなり近くにあるのだろう。

 ストークスが懸念した通り、うっかり抜いていたら噴水のように血が溢れていただろう。

 この世界、普通に考えれば致命傷だ。それがわかっているから、イレーナもストークスも、誰かを呼ぶとかを考えることもできずにいるのだろう。

「オワル」

 ふと、オワルの頬に小さな手が触れる。

「魅狐。起きたのか」

「迷うなら、聞いてみなさいよ。多分貴方が思っているようにはならないわよ」

 魅狐に諭されて、オワルは彼女の身体をそっと降ろした。

「イレーナさんだったね。さっきのお兄さんの姿を見て、どう思った?」

「え……?」

 聞こえているのだろう。レーゲルもうめき声をあげた。

 そんな兄を見下ろして、イレーナは答える。

「最高の兄です。自慢の、兄です……こんなになるまで、わたしとシスターを守る為に戦ったのです……」

「あの姿については……」

「びっくりしましたけど、その……恰好良かった、です……」

 なるほど、とオワルは頷いた。見た目についての感性は、イレーナ独特のものかもしれないが、良く考えれば馬や羊の顔をした悪魔は元の世界ではそれなりにメジャーだったから、それが恰好良いというのは一般的かもしれない。

「変身ヒーローに毒されてしまったからかな?」

 オワルの言葉に、ストークスたちが首をかしげたのを、何でもないと誤魔化した。魅狐は苦笑いしている。

「さて、イレーナさん。僕はこう見えてお役人でね。このアム……レーゲル卿に話を聞かなくちゃいけないんだ」

「兄に、何かあったのですか?」

 心底、兄の事を信頼しているのだろう。兄が何かした、とは想像できないらしい。

 その反応で、オワルはアムドゥスキアスの扱いを決めた。

「いやいや、ちょっと調べたいことを知っているかもしれないってだけさ」

「ですが、兄は今……」

 オワルを見ているのは、イレーナだけではない。ストークスは、オワルがイレーナを治療したことを知っているので、よりすがる様な視線を向けてくる。

「オワル様、その……」

 ストークスが何かをいいかけたが、人差し指を立てて、オワルは言葉を止めた。

「イレーナさん。彼の怪我を治すことはできると思う。その代り、ちょっとの間、別の部屋に行ってもらえるかな?」

「えっ? でも……」

「大丈夫だ……」

 苦しげな声を出しながら、レーゲルは微笑みを浮かべてイレーナの手に触れた。

「彼に任せておけば心配ない……良い子だから……」

「お兄様……わかりました。オワル様、兄を、よろしくお願いします……」

 ストークスと共に部屋を出ていくイレーナを見送り、ようやく動けるようになり、椅子に腰かけた魅狐は、ただオワルを気だるげに見つめていた。

「それで、監察官殿……私をどうするつもりかね……」

「言っただろう。治療するのさ」

「助けるというのか……君を襲撃したのは、この私だとわかっているだろうに……」

「別に。僕たちには特に被害は無かったからね。辺境伯のことを、知る限り教えてくれるなら、それでいいさ」

 オワルの言葉に、ニヤリと笑ったレーゲル。

「ちょっと」

 魅狐には不満があるらしい。

「馬車を倒されて、私のお気に入りのカップが割れちゃったのよ。被害は蒙ってる!」

「……らしいよ」

 肩をすくめたオワルに、レーゲルは笑いながらそれなら、と口を開いた。

「私の家にも、少ないが貴族として、必要な食器を揃えている。その中から、気に入った物を、持って行くと、いい」

「良いのか?」

「今さらだ。物にすがってどうなるものでなし……それに気づくのが、いささか遅かったようだが……それで、どんな治療をしてくれるのかね……」

 薄く目を開き、脂汗を流しながらも、自嘲気味に笑う。

「目を閉じていた方が良いと思うけど?」

「なぜ……わああああ!」

 レーゲルの横で立ち上がったオワルが、前触れなく腹の中心部から四方にめくれあがり、肉色の巨大な花が開いた。

 その中央から、触手のように腸が伸び、思わず叫び声をあげたレーゲルを軽々と拾い上げると、開いた腹の中心へと運ぶ。

 そのまま、花がつぼみへと逆再生したように身体は閉じ、レーゲルの姿は消えた。

「どれくらいかかりそう?」

「安静にして、一時間ってところかな」

 ベッドに腰掛けたオワルの隣に移動し、肩に頭を置いた魅狐。

「遅い。大変だったんだから」

「悪かったよ」

「何かあった?」

 バルバトスというフリントロックライフル持ちの青年について簡単に説明したオワルは、それよりも、と魅狐に両手を合わせて見せた。

「悪いけど、リリリアとムルルム、あとシスターたちのことをお願いしたいんだけど」

 体内に取り込んだレーゲルの身体の修復は、彼が異形の力を手に入れたおかげで逆にスムースに行きそうではある。だが、それに集中しないと時間がかかるので、致命的な傷を受けた様子のない女性陣については、魅狐に頼んだ。

「今夜は一緒に過ごすこと。これが条件」

「承知いたしました、お嬢様」

 魅狐は、オワルの頬にそっと口づけてから立ち上がる。

 まだ魔力は回復していないが、動く分には問題なさそうだ、と自分で足元を確認する。

「あ、リリリアが起きたら、ここに呼んでもらっていいかい?」

「なにかあるの?」

「監査室室長として、やってもらいたいことがあるのさ」

 いつの間にか煙管を口にしていたオワルは、煙で作った擬似的なえんらえんらを躍らせた。


★☆★


 傷だらけで辺境伯邸に戻ったフルーレティが、玄関の扉をすり抜けると、殺風景なホールにバルバトスが待っていた。

 ばつが悪そうな顔をしながら銃を磨いていた彼は、入ってきたのがフルーレティだと気付いて最初は笑顔を見せたが、彼女が傷ついているのに気付くと、すぐに駆け寄ってきた。

「おいおい、どんだけ苦戦してきたんだ。傷だらけじゃねぇか」

「五月蠅いですね。失敗したくせに、近づかないでください……」

「っち、バレてたか」

 頭を掻いて、ぶっきらぼうに悪かったと吐いたバルバトスに、フルーレティは怒りの目を向けた。

「貴方が逃がした男のせいで、私も失敗したのです。しかも、アムドゥスキアスは裏切りました」

「じゃあ、俺のせいだけじゃないじゃん」

「五月蠅い!」

 両手を広げてニヤニヤと笑いながらフルーレティを支えようとする手を振り払う。

「貴方は無傷ではないですか。まさか、仕事をしなかったのではないでしょうね」

「んなわけねぇだろ! ちゃんと指定された黒髪の男の、頭を粉みじんに吹き飛ばしてやったぜ」

 俺の弾が外れるわけがない、と胸を張るバルバトスだったが、フルーレティの視線は冷たいままだ。

「では、なぜあの男は無傷で教会へ戻ってきたのですか」

「う……」

 口を尖らせて、しばらくためらっていたバルバトスは、変わらぬ視線を向けてくるフルーレティに降参した。

「仕方ないだろ? 頭を吹き飛ばしても、心臓をぶち抜いても生きてるんだから。ここから上だけしかないのに、こっちを見て、しかもどうやってんだか喋ってやがった!」

 上の歯を指して、バルバトスが話す。

 興奮気味なのは、なんとかオワルという相手の異常さを伝えることで、自分の失敗を糊塗したいという意識の表れだろう。

「あれは普通の人間じゃねぇぞ。知ってたなら、教えてくれたら良かったんだ」

「教えていたとして、貴方に何ができたのですか?」

「と、特殊な弾丸を使うとか、どうにかして閉じ込めてしまうとか、だよ!」

 取り繕うように話すバルバトスに、フルーレティはため息をついた。

「その準備をするのに何日かかるのです。そして、その特殊な弾丸や、閉じ込めるための道具はどうやって準備するのですか?」

「……なんとかする」

 お話になりません、とフルーレティは首を振る。

 アサッグとの戦いを見て、直接触れるような攻撃は危険だと判断したフルーレティは、針の魔導具で仲間に引き入れた者の中から、遠距離攻撃ができるバルバトスを選び、声をかけた。

 フルーレティに一目惚れをした、と言って憚らない軽薄な男だが、逆にそのおかげで彼女の依頼を快く承諾したのだが、想定以上に役立たずだった。

「あの御方に合わせる顔が……」

「一緒に会いに行こうぜ。俺もあやまるから……っておい!」

 諦め悪く、フルーレティの背中を支えるように手を回したバルバトスは、その感触に驚いた。

 肩を掴んで背中を見ると、小さな背中が酷く焼けただれている。

「ひでぇ火傷じゃないか! 早く治療を……」

「あの御方へ報告するのが先です」

「でもよ……」

「いい加減にしてください。鬱陶しい。どこかへ消えてください」

 バルバトスを両手で突き飛ばし、フルーレティは硬質な音を響かせながら、奥へと消えて行った。

「なんだよ、畜生……」

 突き飛ばされたバルバトスは、銃を拾い、未練がましくフルーレティが消えた方を見たが、唾を吐いて館を出て行く。

「どうにかすればいいだろうが。準備ができれば、俺だって役に立つんだ。要するに、教会の連中をみんな撃ち殺せば終わりなんだろうが」

 決めた、と玄関の大きな扉を押し開きながら呟く。

「俺が代わりにやってやるよ」

 このまま終われるわけがない。バルバトスは対策を立てるため、顔見知りの鍛冶屋の元へと向かった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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