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矜持

15話目です。

よろしくお願いします。

「この状況について、ご説明いただきたい」

 馬の顔をもつアムドゥスキアスが、鼻から湯気を吹き出しながら、静かに、しかし確かな怒りを含めて訊ねた。

 相手は、真っ暗な部屋の奥に居り、その姿は輪郭すら判然としない。

「貴様には無関係だ」

 しわがれた声が、アムドゥスキアスの問いを撥ね付ける。

「私は、貴公の言う目的に彼女の協力が必要だというから、多少乱暴ではあっても、傷をつけぬように細心の注意を払ってエスコートをしてきたのだ。だというのに……これはどういうことか、私は説明を受ける権利がある」

 興奮気味にアムドゥスキアスが指差す先。そこには、薄紫色をした水晶のような塊の中、一糸まとわぬ姿で眠るように瞳を閉じ、封じ込められているリィフリリーの姿があった。

「疲れているだろう、と気遣いいただいたのは、このため、こうするための時間が必要だったということか」

「重ねて言うが、貴様には無関係だ。貴様は仕事を果たした。今は用も無い。失せろ」

「……良いでしょう。今は引きます。ただ、お約束いただきたい。彼女はあくまでご協力いただくためにお招きするという話だったはずです。用が済めば、無事に返す、と」

「返す時は貴様に任せる。我らの目的については、その娘の命を奪う必要もない」

 暗闇を見つめていたアムドゥスキアスは、鼻からの湯気を押え、きらびやかなジャケットを脱いで、横たわるリィフリリーの身体を隠すように、水晶の上にかぶせた。

「それで、彼女の出番はいつになるのです」

「今はまだ、準備ができておらぬ。……ディナイラーが失敗したせいで、計画は遅れはじめている」

「何が必要か教えなさい」

 アムドゥスキアスは立ち上がり、可愛らしい寝顔を見せるリィフリリーを見ながら問う。

「……ディナイラーには、素養のある者を探し、仲間へと引き入れる役目を与えていた」

 暗闇から、スレンダーな女性が滑るように歩み出た。

 にっこりと微笑む表情は、白い肌も相まって現世の者とは思えぬ美貌である。だが、女性上位主義のアムドゥスキアスをして、彼女に対しては何故か好感が持てない。

 女性が、持っていた小さなケースをアムドゥスキアスに手渡す。

「こちらは、ディナイラー様にもお渡しした魔導具と同じものです」

 無言で受け取り、ケースを開いたアムドゥスキアスは、中に収められていた長い針状の魔導具を見て、すぐに閉じた。

 脳裏に、自分がある目的のために、自らこの針を首筋に打ち込み、アムドゥスキアスの名と力を手に入れた時のことを思い出す。

 それは、決して良い記憶ではない。

「……確かに受け取った。これは私に任せてもらおう。それと、彼女には部屋を与えてやってくれ。女性の世話役をつけてあげて欲しい」

 沈黙が場を支配する間、アムドゥスキアスは暗闇を見つめ続けている。

「フルーレティ。任せる」

「畏まりました」

 暗闇からの声に、美女が答える。

「では、頼みました」

 アムドゥスキアスは、リィフリリーの顔を一瞥すると、薄暗い部屋から出ていった。

 扉が閉まる音が響くと、フルーレティと呼ばれた美女が、そっとリィフリリーに近づく。

「それは後で良い」

 声に反応し、フルーレティがぴたりと止まる。

「ディナイラーが倒された。まだそれだけしか判っておらぬ。あ奴は適性が高かった。変身した状態で倒されたとしたら、それは騎士や兵士などによってではあるまい。イナリ教か、あるいは……」

 フルーレティは待っていたが、声が自らの予測をそれ以上語ることは無かった。まるで、その名前を口に出すのも嫌だとすら感じる。

「フルーレティ。貴様も調査に動くのだ。ディナイラーからここの事が知られている可能性もある。注意せよ。邪魔をする者がいたら、遠慮はいらん。消せ」

「畏まりました。では、行って参ります」

 しずしずと歩きはじめたフルーレティは、ドアを開けることもなく、するりと壁をすり抜けて部屋を後にした。

「計画は狂ったか……だが、まだ失敗ではない……」


★☆★


「う~ん……ということは、モンスターと妖怪は全然違うってことですか?」

「ぜぇんぜん違う。オワルさんを通じてしか知らんけど、モンスターってのは、あれだ。歴とした生き物で、斬れば血が出て、死ぬんだろ?」

「言われてみれば……」

 この世界、モンスターは多くが地球上の動物を巨大化・凶暴化したものや、その要素が交じり合ったような形態をしている。一部に奇妙な能力や魔法を使ってくる個体がある程度で、すべて歴とした生き物だ。

 対して、リリリアはこれまでのオワルの戦いぶりを思い出していた。

 首が折れるほどの威力で殴られ、石の下敷きになってぺちゃんこになり、虫やら敵を吸収し、果ては巨大化する。

「なんというか、オワルさんを見ているとモンスターとは全然違うのはわかります。魅弧さんもそうですね」

 右手を食いちぎられ、あげく放っておけばまた生えてくるというのは、リリリアの考える生き物の範囲を超えている。

 片車輪は、リリリアが納得した様子を見せたので、満足げに笑った。

「広い意味でなら、モンスターも妖怪の一種と言っていいかもなぁ。でも、おれのように何かの物に魂が憑いた奴や、オワルさんのように人間とあやかしが憑いた奴、魅弧さんみたいに動物が長く生きて妖怪になった奴、とまあ、色々いるんだわ」

「うん? それじゃ、妖怪の定義ってなんですか?」

 当然と言えば当然の質問ではあったが、片車輪には答えられなかった。

「あ~……」

「読んで字のごとく。説明のつかない怪しい生き物は全部妖怪ってことさ」

 いつの間に起きたのか、オワルがずいっと馭者席に顔を出した。

「あ、オワルさん」

「ずっと任せて悪かったね。代わるよ」

「大丈夫ですよ。片車輪さんのおかげで、ほとんど座ってるだけでしたから。魅弧さんは……」

 よっこいせ、とオワルがリリリアに並んで馭者席に座る。

 すぐそばでオワルの顔を見ても、とても何度も叩き潰されたりしても平気な妖怪には見えないな、と思わずそのぼさっとした髪と眠たげな眼にリリリアの視線が注がれた。オワルの男性らしい匂いと魅弧から移ったらしい甘い香りが混ざり合って、鼻孔をくすぐる。

「魅弧はまだ寝てる。姉さんぶって余裕を見せてるけど、だいぶ消耗してるんだよ。僕もだるいのはだるいけど、外から吸収した分、まだマシかな……どうかした?」

 声をかけられ、リリリアは自分がオワルの顔をじっと見ていたことに気付いた。

「あっ、その……なんでもないです……」

 顔を赤くしてうつむくリリリアに、オワルは首をかしげて、片車輪が笑い声をあげた。

「いっひっひ。オワル兄さんも、隅におけませんね」

「馬鹿な冗談を言うな。……それより、さっきの話だけど」

 リリリアの手からそっと手綱を受け取ったオワルは、正面を向いたままだ。

「これが妖怪って定義は、厳密にはないんじゃないかな。乱暴に言えば、人間じゃなくて、普通には死ななくて、動物とは違った能力がある……ってところか」

 片車輪の言うとおり、その成り立ちは様々で、影女や家鳴りのように、下手をすると生き物や物が介在しない、単なる“事象”からだって妖怪は生まれる。

 人を襲う者も人から逃げる者もいて、単に脅かす奴から人を食う者もいる。

「じゃあ、片車輪さんは?」

「へ、へぇ。おれは……」

 リリリアの質問に片車輪が口ごもると、オワルはやれやれと首を振る。

「あいつは……もう四百年くらい前になるかな。あるところで子供を怪我させたり建物を壊したりして暴れてた奴でね」

「ふーん……」

「いやいや、あん時はまだ成りたてで調子に乗ってやしたから! わ、若気の至りってやつでさぁ」

 リリリアの冷たい視線を感じて、片車輪は慌てて弁解する。

「子供を傷つけるのはちょっと……」

「まあ、そんな事をやっていたから、僕の前に出てきて呆気なく飲み込まれる羽目になったわけだ」

「反省してやす……」

 数百年の間、曖昧な自我を保ったまま、オワルの中に閉じ込められて自由に動けなかったことを思い出して、片車輪は顔をくしゃくしゃにして今にも泣きそうな顔をしていた。

「罪を償うなら……人助けなんかどうだ?」

 何かに気付いたオワルが、手をあげて右目を閉じた。

「二十町くらい(二キロメートル強)先だな。馬車が賊に襲われてる」

 オワルの掌で、一つ目が瞬いた。

「……まあ、お前の存在を忘れていたのは悪かった。いい機会だ。思い切り暴れて、誰かを助けるってことを経験してくるといい」

 目を戻し、懐からキセルを取り出す。

 オワルの言葉が終わると、片車輪は馬車から離れ、ゆっくりと馬車の速度が落ちていく。

「いいんですかい?」

「妙な真似をしたら、また僕に喰われるだけだ。今度は魂も残さない」

「……お任せくだせぇ。バッチリこなして来まさぁ」

 飛び出そうとした片車輪を、ひょろひょろと伸びたオワルの左手が掴んで止めた。

「ちょっと待て。お前の本来の姿は、そうじゃないだろう」

 引き寄せられた片車輪は、外輪部分からぶすぶすと煙を上げ、あっという間に炎に包まれた。

 左手が焼けるのも構わず、炎をあげながら本来の大きさに戻った片車輪を引き寄せたオワルは、加えたキセルを片車輪の炎に寄せて火を点けた。

「ふぅ……行ってこい」

「オワル兄さん……合点承知!」

 直径二メートル弱の、炎を巻きつけた巨大な木製車輪が、街道をひた走る。

 煙を吹いたオワルは、「やりすぎたかな?」とつぶやいた。

「あれが、片車輪さんの本当の姿なのですか?」

「妖怪に本当も何もないとは思うけれど、あの形が一番しっくりくるだろうね。で、あんなふうに火のついた巨大な輪っかが、子供に襲いかかってたわけだ」

 リリリアは、頭を抱えた。

「大事故……いえ、大事件じゃないですか」

「大変だったんだよ、当時はね」

 気を取り直して、賊と被害者についてリリリアが尋ねると、オワルはあっさりと答えた。

「生き残りはもうほとんどいないね。二十人くらいの賊に囲まれて攻撃されてる」

 もうちょっと早く辿り着けていれば、救えたかもしれないけれどね、とつぶやいたオワルの表情は、見上げた形になったリリリアからは、太陽の光にさえぎられてよく見えなかった。


★☆★


「うぉおおおおー!」

 雄叫びを上げ、燃え盛る車輪が突っ込んでくる光景というのは、モンスターや魔法に慣れたこの世界の人々にとっても衝撃だったらしい。

「なんだあれ? 新手のモンスターか?」

「馬車の車輪!? 魔法攻撃?」

 混乱しているのは、盗賊に囲まれていた被害者も同様だ。

 たった一人残っていた女性は、慣れない剣を振り回しながら、なぶるような攻撃が止んだことで、荒い呼吸を整えながら、真正面の非現実的な光景を見た。

「……車輪に、顔? しかも燃えてる……」

 ぐりぐりと左右に体を振りながら猛スピードで迫る片車輪の姿は、彼女にはとても自分を助けに来ているようには見えなかった。

 盗賊に襲われ、仲間を失い、最後はモンスターにやられるのか、と剣を握りしめた。

 だが、化け物以外の何物でもない車輪は、彼女を避けて周囲の賊たちを次々に撥ね、押しつぶし、焼いていく。

「なんだこいつは!」

 賊の一人が剣で斬りつけるも、回転する車輪に逆に弾き飛ばされ、伸し掛かられてひどい臭いをまき散らしながら焼け焦げていく。

 喉が真っ先に焼けたらしく、口を開けてはいるが悲鳴が聞こえない。

 石を投げつけたり、ナイフを叩きつけたりと盗賊も必死の抵抗を試みるが、そのすべてが勢いよく回転する炎の車に傷一つつけられない。

「効かんなぁ! そんななまくらじゃよぉ!」

「ぎゃっ!」

 叫ぶ片車輪に、逃げようとした賊が背中に乗り上げられ、頭を潰される。

「昔はそりゃあ怖かった。陰陽師やらお侍やら、強いのはあっちこっちにいたからよ。それにくらべりゃ、お前らなんぞ……」

 暴れまわりながら、嬉しそうにはしゃいでいる片車輪。

「なんなの、一体……」

 剣を落とし、尻餅をついた女性は、目の前で繰り広げられる車輪の虐殺を見ながら、意識を手放した。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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