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監察官、出張

長らく空いてしまいました。

本当に申し訳ない<(_ _)>


活動報告で宣言いたしました通り、再開いたします。

二日から三日に一度の更新を目指していきます。

 皇女リィフリリー誘拐の報は、皇帝の身体から立っている力を奪い、玉座に背中を叩きつけるようにして倒れた皇帝に、家臣たちは一斉に駆け寄った。

「陛下! お気をたしかに!」

「すぐにリィフリリー様を連れだしたという騎士を処断すべきだ! 首を落とすだけでは済まされんぞ!」

「その前に、皇女殿下をお救いせねば!」

 口々にわめきたてる言葉が混ざり合い、意味が通らなくなるほど玉座の間を支配し始めたころ、皇帝はゆっくりと手をあげて場を鎮めた。

「落ち着け。余よりも取り乱してどうするか」

 玉座に座りなおした皇帝は、自分を落ち着けるために目を閉じ、深く息を吐く。

 冷静な思考は、皇女の降嫁が発表前であり、世継ぎである皇太子で無かったことに安堵していたが、どうしても父親としての焦燥感は拭えない。

 絞りだすように、声を出す。

「……あれは、リィフリリーは後継では無い。万が一のことがあったとしても、帝国の継承には何の問題も無い」

 言い切った皇帝の迫力に、周りは息をのむ。

「だが……余と余の帝国を愚弄したことは許されるべきではない」

「陛下の申されます通りかと。つきましては、騎士を動員し、調査を……ひっ」

 ペラペラと話し始めた文官の一人を、皇帝は射殺さんばかりの視線で黙らせた。

「貴様は、帝国の恥ともいえるこの状況を、国民に知られても良いと申すか。さらに言えば、騎士や兵が派手に動けば、敵にも状況を知られてしまうではないか。その程度の考えしかできぬか!」

 大喝され、腰を抜かさんばかりに交代する文官に代わり、進み出たのは若い男性の文官であった。

「陛下。畏れながら申し上げたき疑問がございます」

「よい。申せ」

「ありがたき幸せ。誠に勝手ながら、先ほどイナリ教にて状況を確認して参りました」

 その言葉に、皇帝の眉がぴくりと反応すると、文官は首を振る。

「城から出た後で宿へ入り、町民たちと同じような服とローブへ着替えましたので、私が城の関係者であるとは見えませんでしたでしょう。イナリ教本部では、身分を明かしましたが……」

「よい。続けよ」

 反応を窺うかのように言葉を止めた文官に、皇帝は不機嫌そうに先を促す。

「はい。どうやら皇女陛下が城より密かに連れ出された際、専属の侍女と件の騎士の他、下男に化けていた者がいたようで……」

「化ける、だと?」

「左様にございます。その騎士が申すには、下男に化けていた異形の者は、イナリ教のシスター姿をしている帝国監査室を名乗る者に倒された、と」

 その後、侍女を抱えて皇女と共にイナリ教本部へと保護され、そこで別の異形に襲われた、と文官は報告した。

「監査室……そうか」

 皇帝には、そのシスターが魅弧であることはわかった。

 同時に、彼女が関わったのであれば、その異形とやらも大蛇と化したディナイラー同様、何者かによって指示を受けて動いていた“元人間”ではなかろうか。

「だが、監査室やイナリ教が信用できるかどうかも検討しなければ……」

 誰かが言った言葉は、当然と言えば当然の提案ではある。

 だが、それは皇帝には無意味な提案でもある。

「この件はすべて帝国監査室へ一任する。イナリ教本部へは、余自ら礼状を送るとしよう」

 ざわめく室内に、皇帝は言うべきは伝えたと嘆息したが、ふと思い出したように若い文官を見た。

「イナリ教へ行った、と申したな」

「はい、陛下」

「ではお前に任せよう。一時間後に余の部屋へ来るが良い。正式にイナリ教への使者として動いてもらおう」

「承知いたしました」

「名は、なんといったかな?」

 皇帝に仕える者は多い。若手が名を覚えてもらう機会は少ないのだが、今回、彼はその機会を得た。

 笑みを隠そうともせず、深く頭を下げた。

「パーシーと申します。陛下」


★☆★


 遠くまで快晴の空が見える。

 皇都に近い場所は街道の石畳もきれいに整備され、夜間には魔道具が発動し、照明とモンスター避けを兼ねた明るい光が広がる。

 とはいえ、モンスターが日中に現れないとも限らないし、魔道具の効果が薄いモンスターもいる。人間の盗賊などには元より通用しない。

 なので、町と町を結ぶ商人などは、複数が集まって商隊を作り、共同で護衛を雇うのが慣例だった。

「というのに、どうしてわたしたちは三人だけで馬車に乗っているんでしょうか?」

 幌馬車の馭者席でぽつりとつぶやいたリリリアの顔の横に、後ろから魅弧の顔がにゅっと突き出てきた。

「皇帝からの、一応は秘密の依頼だもの。ぞろぞろ大人数引き連れて行けないし、私たちの能力は、別に隠しているわけじゃないけど、広く知らしめるつもりもないのよ。モンスターくらいなら、私かオワルでどうとでもなるし」

 よいしょ、とリリリアの隣に腰を下ろした魅弧は、左手でごそごそと袴の内側を探ると、飴のような砂糖菓子を取り出して、一つを自分の口に放り込み、もう一つをリリリアの口の前に差し出した。

「あ、ありがとうございます」

 あむっと口に含むと、表面のざらついた部分がしたの上を転がり、ゆっくりと甘味が広がっていく。

 結構な高級品なのだが、魅弧は常に持ち歩いているらしい。器用に片手で包みなおし、再び袴の中に戻していく。

「魅弧さん。右腕は……」

「うん? これ?」

 魅弧が袖をたくし上げると、肘の先がすっぱりと無くなった右腕があらわになる。白く透けるような肌が、欠損した部分まできれいに覆っていて、磨き上げた彫刻のようだ。

「少しは回復したけどね。私はオワルと違って体積をそのまま吸収なんてできないから、気長に魔力が溜まるのを待つしかないわね」

「オワルさんは、何かを食べれば回復するんですか?」

 リリリアを攫おうとした男たちや、城でもディナイラーが生み出した毒虫を大量に吸収していたのを思い出し、リリリアは少しだけ青醒めた顔をしている。

 オワルが何かを喰らうことに理解はしていても、その光景に慣れたわけではないのだ。

「そうね……肉体的な欠損はないんだけれど、魔力……と言っていいものか。要するに生命力とか、そういうものね」

 魅弧がちらりと幌の奥へと視線を送る。

 今、馬車の中では大量の食糧に囲まれ、オワルが眠っている。

「眠っていれば回復するし、うまく魔力が多くて生命力の高いモンスターでも食べることができれば、もっと早いわよ」

 だから、モンスターが出てきてくれた方が逆にありがたいのよ、と魅弧は説明する。

「でも、ずっと眠ってますよ? どこか具合が悪いとかじゃ……」

 魅弧の視線の先を、リリリアも不安げに覗き込む。薄暗い馬車の中、食料の保管に使われる高価な魔道具がついた箱に囲まれて、分厚い毛布が盛り上がっている。

(丸くなっているようにしか見えない形なんだけど……)

「あれはね。サボってるだけなのよ」

 魅弧が口を尖らせて、口に入れていた砂糖菓子をプッと打ち込む。

 おもちゃの弾丸のようにとんだ砂糖菓子は、毛布の下からにょっきりと出てきた掌に当たり、そのまま手の中にずぶずぶと吸い込まれていく。

「ええー……」

 そののんきな動きに、思わずリリリアは肩の力が抜けた。

「年齢的にはお爺ちゃんなのは仕方ないけどね……。一度大きな仕事をやってからだと、しばらくは起きるのも面倒くさがるのよ。私の相手もしてくれなくなるから、つまらないのよね」

 魅弧の記憶では、ここ数十年の間は大きな問題は起きず、せいぜいが地方の貴族領が強いモンスターの被害に遭ったとか、ちょっとした一揆が起きたとか、その程度だったという。

 リリリアにしてみれば、充分大事ではあるのだが、オワルや魅弧にとっては、そうでもなのだろう。そのあたりの感覚のずれは、仕方ないとは思いつつも、寂しくもある。

 彼らは人ではないのだ。だが、人のために動いてくれる。

「とにかく、皇女様の御身が心配です。急ぎましょう」

「そうね。のんびりしていたけれど、この事は私の失敗でもあるのよね。まったく、イナリ教本部なら安心だと思ったのに、平和ボケしちゃったみたいね」

 言いながら、魅弧は馬車の中へと入っていく。

 そのまま、オワルの上に飛び乗った。

 ぽふ、と軽い音がして、「ぐえっ」とオワルのくぐもった悲鳴が聞こえた。

「皇女様のために、サボってないで働きなさいよ」

「リリーなら大丈夫だよ。彼女の命を奪う意味が無いんだから。誘拐するってことは、きっと帝国に対して何か要求するためだよ……」

 毛布をかぶったままの返答に、魅弧はカチンときた。

「顔くらい出してしゃべりなさいよ!」

 ぐいぐいと毛布を引っ張る。魅弧の力も見た目以上ではあるが、ぺったりと馬車の床にくっついた毛布は、容易には剥がせない。

「無駄だ。この毛布はすでに僕の身体の一部と化している」

「馬鹿なことに魔力使ってんじゃないわよ! いいから働きなさい!」

「働くための移動中じゃないか。少しくらいゆっくりさせてくれよ」

 まるで日曜日のお父さんのようなセリフを吐くオワルに、魅弧は首を振る。

「仕方ないわね。たしか、オワルが飲み込んだ奴の中に、移動に便利な奴がいたでしょ。そいつの力を貸しなさいよ」

「人使いが荒いなぁ」

 ブツブツと文句を言いながら、蛇のようににょろりと腕を伸ばすとそこから皮膚を突き破るように巨大な木製車輪が飛び出した。

 そのまま、後方のカーテンを突き破って外へ飛び出していく。

「ゥヒャッハァー!! 自由だぜぇー!!」

 成人男性の身長ほどの直径を持つ車輪の中央には、髭面で赤ら顔の中年男顔がある。大声で叫びながら、遠くへと走り去ろうとしていたが、その希望は叶わない。

「逃げるな」

「おわっ? なんじゃあ!?」

 オワルが呟くと、妖怪車輪は意に反して強制的にUターンさせられ、馬車と並走するように走る。

「な、なにあれ……?」

 車輪におっさんの顔という強烈な見た目に、リリリアは完全に引いている。

「あれは“片車輪”とか“片輪車”とか呼ばれてた奴だよ。江戸の頃に暴れてた奴を飲み込んだんだが……まあ、結構な悪さをしてたからね。罰として吸収せずに閉じ込めてた」

 そしてそのまま数百年、忘れてしまっていたらしい。

「哀れね……」

「それだけの事をしたんだよ」

 言いながら、オワルがろくろ首そのものの動きで首を伸ばし、馭者台の脇から顔を出す。

「おう、古タイヤ」

「誰が古タイヤじゃ! ……こりゃこりゃ、オワル兄さんじゃありませんか」

 にへら、と片車輪が顔をゆがめて笑いかける。

「おや、最初に出会った時とはずいぶん態度が違うね」

「そりゃあ、あん時はオワルさんは普通の人間だとばっかり思ってやしたからねぇ。オワルさんの中に閉じ込められてどれくらいになりやしたかね……この通り、すっかり憑き物が落ちたみてぇなもんで」

「お前自体が憑き物だろうが。それに、さっきはどっかに逃げようとしたよね?」

「えっへっへ。ありゃあ、ちょいと解放感が心地よくて、その、つい身体が動いちまったってやつでさぁ」

「まあ。逃げようと思っても、お前の身体は僕が体内で作り直したものだからね、何かあっても、僕の意のままに操れる」

「そ、そんなぁ……」

 情けない顔で、車輪を傾けて器用にうなだれる。

「しばらくは大人しく働くといい。気が向いたら、解放してやるから」

「こんな、浦島太郎みたいに何にも知らない場所で働けったって……」

 すがるような声を出す片車輪に、オワルは笑って答えた。

「何も知らないは嘘だろ。僕を通して外の事もわかってるだろう? “タイヤ”なんて言葉を知っているんだから」

 あとは任せた、と首を引っ込めていくオワル。

「ちょ、ちょっと……ああ、行っちまった」

「片車輪。さっそくお仕事してもらおうかね」

 オワルと入れ替わりに姿を見せた魅弧が、手招きをする。

「うわっ、おっかねえ巫女さんだぁ……」

 オワルの中にいた片車輪は、当然魅弧の事も知っている。実力からして、天と地ほどの差があることも。

「何か言った?」

「いえ、なんでもありやせん!」

「あら、そう」

 そのまま、魅弧は片車輪に馬車の車輪と同化して、馬車の速度を上げるように伝えた。

「これは大切な御用のためなの。協力してね」

「へいっ! 合点で!」

 馬車に並び、その車輪と同じ大きさまで器用に調整すると、走りながらぴったりとくっついた。

「わっ、すごい!」

 負担が軽くなった馬の速度が上がり、不思議と馬車の揺れも減る。

「それじゃ、後はよろしくね」

 そう言うと、魅弧も馬車の中へと戻り、オワルの毛布に潜り込んでしまった。

「……あの、大変ですね」

 リリリアの気遣いに、片車輪は顔をくしゃりと歪ませた。

「嬢ちゃん……気ぃ遣ってもらって、かたじけねぇ。これも俺が悪ぃってのはわかってんだ。うまく外に出られたから、ここからまた頑張ってみるさ」

 へへっと笑う片車輪に、リリリアはつられるように笑った。

「話し相手をしてくれませんか? 一人で馭者をやってると、退屈なんです」

「おう、願ってもねぇや」

「良かった。じゃあ、オワルさんたちがいた世界の事、教えてもらえませんか?」

 仲良く話し合っている二人だったが、まるで単騎で走るかの如き速度で走り、喋る顔つき車輪と楽しそうに話す若い女性の姿は、時折通り過ぎる商隊やモンスター駆除に出ていた兵士たちからは、異様なものを見る目で見られている事には、気付くことがなかった。


 ともあれ、三人とおまけ一匹が目指すのは、ディナイラーの口からも語られたミヅディル辺境伯領だ。

「あ」

「どうした?」

 毛布の中でオワルにしがみついていた魅弧が、何かを思い出した。

「ミヅディルでシスターたちの保護もしないといけないんだった。忘れてたわ」

「おいおい、自分の信徒だろうに。薄情な」

「安易に神様に頼っちゃだめなのよ」

 わかるでしょ? とオワルの胸に耳をつけると、魅弧はすやすやと寝息を立て始めた。強がりで顔には出さないが、先のディナイラー戦では魅弧もかなり消耗している。

「さて、どうなるかね……」

 リィフリリー皇女の顔を思い出しながら、ミヅディルではすぐに動けるようにと、オワルも再び眠りについた。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願い申し上げます。

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