其の力
お待たせいたしました。
「俺は、夢でも見ているのか?」
「止してくれよ。私と君で同じ夢なんて」
ゲラーテルとスヴァンは、突如現れた岩の巨人を見上げて呟いた。
「おっと、ほうけている場合じゃないぞ、ゲラーテル。ご婦人たちを避難させねば」
「わかった。俺は残った兵をまとめて指揮するから、シスターたちは任せる」
頷いてからシスターたちへ駆け寄っていくスヴァンを見送り、ゲラーテルは声を張り上げた。
「大蛇はあの巨人に任せる! 全体、五歩後退してシスターたちや城内への飛来物と残った虫に集中しろ!」
再び視線を上げると、巨人はゆっくりと大蛇に近づいていくのが見える。
「どこの化物か知らんが、頼むぞ」
先ほど助けてくれた、人語を解し虫を食うモンスターといい、皇都はいつの間に化物の戦場になったのか、と巨人に任せざるを得ない事態に陥っている自分が歯がゆいゲラーテルだった。
★☆★
その一歩ごとに、地響きが城中に響き、誰かが悲鳴を上げる。
大きく振りかぶった巨大な腕が、蛇の頭を押さえ付けた。
大岩が頭に当たったような衝撃と鈍い音が周りの者にまで聞こえ、大蛇はたまらず口を開いて太い指に牙を突き立てる。
鋭い牙は僅かに表面を削るにとどまり、刺さったとはとても言えない程度でしかない。
「シュー……」
空気が漏れるような威嚇の声を上げるが、巨人と化したオワルは無言のままで上から蛇の頭を押し潰しにかかる。
「このまま潰しちゃうつもりですか?」
「それじゃ、また虫が大発生しちゃうわ。これからがダイダラの本領よ!」
リリリアが不安げに呟いた台詞に、魅狐が片目をパチリと閉じて答えた。
「……あの、魅狐さん。なんでそんなにテンション高いんですか?」
「痛いからよ!」
額に青筋を見せた迫力ある笑顔で、緋色の袴を翻して魅狐が振り向いた。
「こう見えても、結構ビリビリ痛いのよね。テンション上げて紛らせて無いと意識持って行かれそうなのよ!」
血は止まっているが、奥歯を噛み締めて耐えている状態らしい。
「そこまでして……」
「オワルだってね、痛いのよ」
再び、オワルに視線を向けた魅狐が呟いた。
「自分の身体があそこまで変質するなんて、肉体的にも魂にも相当な負担になっているわ。転げまわって大声を上げてもまだ足りないくらいに、苦しくて痛いはずよ」
そういう事は、一度も教えてくれた事はないけれど、と話す魅狐の視線は、愛しさと寂しさが入り混じる複雑なものだった。
「魅狐さん……」
「だからね!」
塀の上に飛び上がった魅狐が、どん、と踏みしめて片腕のままうまくバランスを取る。
「オワル! さっさと終わらせなさい! そうしたら、ご飯を食べに行くわよ!」
一瞬だけ、オワルの動きが止まったのを見た魅狐は、楽しそうに笑った。
「あははっ! 今日はオワルの好きなお店に付き合ってあげるから!」
リリリアは、そのやり取りが羨ましく思えたが、背後からの不穏な空気を感じて振り向き、凍りついた。
「わたくしの魅狐様なのに……」
聖職者の若い女性が絶対にやってはいけない怨嗟の表情を見せていた。
オワルが踏みしめた地面が、その足を中心にどんどんとひび割れていく。
綺麗な石畳が敷き詰められていたその場所は、瓦礫と巨大化したオワルが歩行する衝撃で砕けてはいたのだが、さらに巨大な亀裂が周囲へと伸びた。
亀裂は大蛇と化したディナイラーの下にまで届く。
ディナイラーは周囲の変化に気づいてはいるが、頭を掴む力は相当なもので、尾の先を何度打ち付けてもびくともしない。
「……」
岩石と空洞で構成されたお面のような顔をした岩の巨人、その口から何かを唱えるような音が聞こえるが、最も近くにいるディナイラーにすら、内容は聞き取れない。
だが、その言葉に魔力ににた何か強い力が含まれている事は判る。
さらに懸命に縛を逃れようとするが、足元は脆くも崩れ始め、腹で支えている身体に力が入らない。うまく尾が動かせず、空振りが増える。
「あれは……土系統の魔導でしょうか」
リリリアの見立てに、魅狐はふふっと笑った。
「そんなちゃちなもんじゃないわ」
ディナイラーとオワルを囲むように周囲の地面が隆起し、反対に足元はズブズブと沈降していく。
狭く深い火口のような地形が、ものの数秒で出来上がった。
切り立った崖となったオワルたちの周囲は、すでに彼らの頭上を超える程の高さだ。
「凄まじいものだ。我が血統にもそのチカラは語り継がれていたのだが、正直、お伽話の類だと思っていたが……これには、ディーンも驚いているだろうな」
すでに頭の一部しか見えないほど、穴の奥深くへと入っているディナイラーを見遣った皇帝は、汗をびっしょりとかいていた。
傍らに立つ護衛の騎士も同様で、非現実的な光景に目を見張っている。
唖然として言葉もない騎士の様子に、皇帝は苦笑いした。
「あれは魔導ではない、と聞いている」
「その通り!」
未だに塀の上でテンションの高い魅狐が声を上げた。
残った左腕でオワルを指差す。
「あれこそ日ノ本の国土を造り上げた神の力よ! 土地に関する全ての事に干渉し、単に土を動かすのではなく、地形そのものを変えてしまうのよ!」
「地形を……」
「ほんの、ごく一部しか使えないけれどね」
リリリアが視線をオワルから動かさずに言った言葉に、魅狐も同様にオワルを見ながら答えた。
「このまま、あの蛇を閉じ込めるんですか?」
「それじゃ、またいつか復活してしまうわ。だから、あの蛇はあそこで始末する必要がある。見てなさい! 単なる土の魔導と、地形を操る力の違いを!」
魅狐が叫ぶのと同時に、ディナイラーの下で地面が震える。それは細かく長く、オワルが動いた時の振動とはまた違う。
そして、地面のあちこちが弾けた途端、真っ赤な溶岩が滲み出してきた。
「ギャアアアアアァァァァ!」
煙を上げる自分の腹に、驚きと痛みでディナイラーは大口を開けて悲鳴を上げた。
ブスブスと溶けていく腹から毒虫が次々に生み出されていくが、それも全て灼熱の溶岩に触れて塵と化す。
沈降は尚も続き、溶岩はどんどんと量を増やしてディナイラーの腹から、容赦なく全身を焼いていき、骨すらも黒く変色して炭化させ、崩れていく。
すでに地面に接していた腹の大部分が溶けてしまっているが、それでも、魔神としての力を得たせいか、ディナイラーは苦しみに声を上げながらも、死ねない。
なんとか動かせる尾を振り、溶岩の表面を叩く。
一塊の溶岩が、オワルの膝にかかるが、それも直ぐに岩石の身体に吸収された。
掴まれたままの腕に力が入った事に気づいたディナイラーは、もはや溶岩の存在にもなりふり構わず全身をのたうって暴れるが、身体を踏みつけられ、背骨を折られたところで抵抗もままならなくなった。
顔を溶岩の中に押し込まれ、辛うじて沈まなかった片目で、気づけば相当に遠くなった穴から見える空を見た。
ポッカリと空いた穴から、青空が見えている。
その穴が次第に閉じていくのを見ながら、顔の半分がすでに溶け始めている痛みももはや麻痺して感じないディナイラーは、ふと人間だった時の冷静な思考を取り戻していた。
結局、自分には皇帝たる地位に座る資格は無かったのだろうか。全ては悪あがきに過ぎず、化物としてここで終わる自分は、帝国の歴史の闇に消えるのだろうか。
とりとめもない思考が脳裏を駆け巡る。
「帝国に栄光あれ……」
呟きは溶岩の中に消え、穴が完全に塞がった暗闇の中で、ディナイラーの魂はその身体と共に溶けた。
★☆★
「終わった、か……」
塞がった地面を見つめ、皇帝が呟く。
「あれ? オワルさんも一緒に穴の中なんですけど……」
「そんなの、気にしなくていいわよ。そのうち戻ってくるだろうし」
「全くですわ」
リリリアと魅狐のやりとりに、座り込んで肩で息をしているルーナマリーが言葉を挟んだ。長い祝詞でかなり精神を消耗したらしい。
「いくら回復するとはいえ、魅狐様の美しいお手を奪ったのですから、しばらくは蛇と一緒に、地中で反省していればいいのです」
「もう、こんな時までそんな憎まれ口を言わなくてもいいじゃない。お疲れ様だったね、マリー。ありがとうね」
座っているルーナマリーならば、魅狐の手も頭に届く。
残った左手で優しく頭を撫でる魅狐に、ルーナマリーは熱い視線を送る。
「悪いけど、もう戻ってきたよ」
「オワルさん!」
よいしょ、と言いながら塀の向こうからオワルが顔を出した。
そのまま塀の上に座ったオワルに、リリリアが駆け寄り、腰にしがみついた。
「おっと、そんなに強くぶつかったら落ちちゃうよ……ちゃんと、見ていてくれたかい?」
「はい! その……お疲れ様でした!」
驚きはしたけれど怖くはなかった、と言葉を選んで懸命に伝えようとするリリリアの姿を微笑ましく見ていると、皇帝が静かに歩み寄ってきた。
「オワル様。今回もお手間をおかけいたしました」
「ああ、皇帝。お疲れ様でした」
努めて軽い雰囲気にしようとしているのを、皇帝はオワルの気遣いだと理解していた。
「あとの処理は、城のものにやらせますので、今日はゆっくりお休みください」
「じゃあ、そうさせてもらいますね」
「リリリア・スバンシー君」
「は、はい!」
皇帝に名前を呼ばれ、自分が今、勢いでオワルを抱きしめている事に気づいたリリリアは、慌てて離れて直立した。
「今日はもう下城して良い。オワル様とのお話をまとめて、後日報告書を提出するように」
「え、あ、りょ、了解いたしました!」
シスターのみんなも交えて宴会しましょう、と魅狐がリリリアの腕を引いて立ち去り、オワルやルーナマリーと共に屋上から退去していく。
それを見送った皇帝は、顔を引き締めて護衛の騎士に命じる。
「城内の被害状況をまとめて、君が指揮をして復旧を進めるように」
「はっ」
「それと、文官連中を謁見の間に集めるように。……ディナイラーが、城内で事故死した件について、民へ発表せねばならぬな。弟の……マナランテ公爵の家には、余から書面を送るとしよう」
もちろん、これで終わりだとは皇帝も思ってなかった。
兵たちの撤収でざわつく城内の喧騒に耳を傾けながら、皇帝は元凶と見られるミヅディルの方面へと視線を向けた。
お読みいただきましてありがとうございます。
不定期でお待たせして申し訳ありません。
次回もよろしくお願い申し上げます。




