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少女

16話目です。

よろしくお願いします。

「やりすぎ」

「も、申し訳ありやせん……」

 オワルたちが賊に襲われた馬車の元へたどり着いた時には、盗賊たちは全員が片車輪によって殺害された後だった。

 盗賊はねぐらが近くにあるのか、馬や馬車は持っていなかったようで、街道周辺には千切れて焼け焦げた盗賊たちの死体と、被害者たちの斬殺体が転がり、破壊された馬車の残骸や、盗賊どもが確保しようとしたらしい無傷の馬車などが広がっていた。

 盗賊の装備もほとんどが焼け焦げてしまい、もしどこかの所属だとしても判別はできなそうだ。

「で、彼女だけが生き残り、か」

「そのようで」

 オワルが、気を失って倒れている女性を抱えあげる。

「片車輪は馬車に戻ってまた駆動輪になって反省。あ、火は消しておくように」

「へい」

 またやっちまった、としょんぼりしながら再び馬車の車輪に寄り添って同化した片車輪。

 その後ろから、オワルも馬車へと戻り、起きていた魅弧に話をして、毛布へと寝かせた。


「で、どうするの? あの子」

「公僕としては、見捨てておくわけにはいきませんよ」

 馬車の見張りを片車輪に任せ、馬車の中ではオワルに魅弧、リリリアの三人が輪になって食事を兼ねた話し合いをしていた。

 残っていた商隊の馬車の荷物は食料が主だったが、何か貴重な物があってはいけない、と女性の回復を待つことにしたのだ。

「なんにせよ」

 干し肉とパンという簡単な昼食を済ませると、オワルはゴロリと床に横になる。

「彼女が目を覚ましてからだよ。ついでに町に寄って、何か食べよう。スープも干し肉も嫌いじゃないけど、同じものが続くと飽きるよ」

「賛成だわ。お湯にも浸かりたいし、髪も洗いたいもの」

 豪奢な金髪に指を通すと、三日は洗っていないはずの髪だというのに、さらりと絹糸のように流れ、光をはらむ。

「うらやましいくらいに輝いてるんですけど……」

 対して、リリリアが癖のある栗色をした自分の髪に触れると、あれだけ気を付けてブラシをかけていたのに、べたつきと引っかかりがはっきりわかって、泣きたくなってきた。

「気持ちの問題もあるのよ。ちゃあんと洗って流さないと、気持ちわるいじゃない」

「あ、それはわかります」

 リリリアは魅弧の話に同意はしたが、町で長く滞在するのは気が引けた。

「彼女の事も気になりますが、わたしたちには任務がありますから……」

「情報も集めなくちゃいけないんだから、町についたらこの子は町の兵士にでも任せて、君たちはゆっくり休むといいよ。情報集めは僕がするし」

 食後の落ち着いた雰囲気の中、オワルがうとうとし始めたところで、女性が目を覚ました。

「ん……ここは……?」

「あら、起きたみたいね」

 魅弧が女性の顔を覗き込み、そっと額の汗を拭う。

「えっと……」

「あなたの商隊が盗賊に襲われていたのよ」

 魅弧の言葉に、目を見開いた女性は上半身を起こした。

 キョロキョロと首位を見渡す。その様子は、先ほど賊に囲まれて剣を構えていた時とは違い、どこか幼くも見える。年頃はリリリアと同じ十代半ばと言ったところか。

「ここはわたしたちが使っている馬車の中です。痛いところはありませんか?」

「あ、ありがとう。大丈夫、です」

 リリリアがカップに満たした水を手渡すと、半分ほどを一気に飲んだ。

「私は魅弧。彼女はリリリアよ。んで、そこに寝転がってるのがオワル」

「あ、あたしはドーナ、です」

「ドーナちゃん、ね。おなか減ってない?」

 尋ねる魅弧に、ドーナは目を白黒させている。

「どうかした? 具合悪い?」

「えと、そうじゃなくて……」

 ドーナが透き通るような青い瞳を瞬かせ、何かを言いたげにしているのに、魅弧は首をかしげた。

「あ」

 リリリアが何かに気付いた。

「あのですね、魅弧さんはこういう見た目ですけれど、私やドーナさんよりもずっと年上なんですよ」

「あ、そういうこと。……ずっと年上はひどいわ」

「ご、ごめんなさい」

「それと、片腕が無いのは気にしないでね」

「じゃ、あとは僕が話そうか。魅弧は彼女の食事を用意してもらえるか。温かいスープとかが良いだろうし」

「わかった」

「あ、そこまでしてもらわなくても……」

 火を使うために、鍋と材料を持ってさっさと馬車を出て行った魅弧に、ドーナが手を伸ばそうとする。

 その手を握り、オワルは笑った。

「大丈夫。僕たちはこう見えても役人だからね。税金のおつりとでも思っておけばいいよ」

 つかんだ手をドーナの膝の上に戻し、オワルはリリリアから水を貰って一口飲んだ。

「まず、君が起きている間に起きたことだからわかっていると思うけど……君の仲間に生き残りはいなかった。荷物は無事な物もあるが……回収するものがあるなら手伝う。近くの町まで送って行くから、そこまで荷物も運ぶよ」

「あ、ありがとう」

「ご飯を食べたら、荷物を確認するといい」

 ドーナが言うには、馬車に残っていた荷物はほとんど食糧だけということで、商隊として運んでいた荷物は特に無く、売り上げの現金を持って皇都を目指していたらしい。皇都の本店へ売り上げを届け、支店へ運ぶ荷物を積んで戻る、ということを繰り返している部署らしい。

「あたしは口入屋の紹介で、護衛と荷卸しの手伝いとして皇都で雇われたんだ……です」

 ふふ、とオワルが笑う。

「無理しなくていい。自分が話しやすいように喋って良いから」

「あ、ありがとう」

 口入屋というのは、特定の仕事についていないフリーランスが日雇いなどの短期的な仕事や、その町での定職に就きたいときに頼るところで、人手を探している者が紹介料を払い、口入屋が見立てた適性のある者を紹介する仕組みになっている。一言で言えば、人材派遣業者か。

 ドーナは田舎町から出てきて、女だてらに剣の腕で護衛や力仕事をやっていたらしい。

「よかったら、馬車に乗っている売り上げだけでも回収して、近くの町にある支店に持って行きたいんだ。……そういえば、あの車輪のモンスターは、倒したの?」

 ドーナの言葉が聞こえたらしく、馬車の外から唸るような声が聞こえる。

「はっは。あの車輪は僕の、まあ部下みたいなもんでね。モンスターとはちょっと違うんだ」

「そ、そうなんだ……」

「ほい。できあがり~」

 暖かな湯気が立ち上るスープをなみなみと注いだ器を持って、魅弧が戻ってきた。

「こんな短時間で?」

「火の扱いは得意なのよ」

 魅弧はドーナへスープを手渡すと、指先に小さな炎を灯らせ、くるくると八の字を描くように揺らす。

 ぼんやりと火の動きをみていたドーナに、ゆっくりと食べるように促した魅弧は、自分たちがお役所の仕事で近くの町に行くつもりでいることを伝えた。

「だから、ドーナが言う町に寄るのは問題ないわ。でしょ?」

 魅弧が振り返ると、リリリアが頷いた。

「いずれにせよ、そこで情報を集める必要があるでしょうし、魅弧さんも教会でお話する必要があるのでは?」

 再びごろりと横になっていたオワルは、同意を示すように手を振る。


★☆★


 ドーナが言う町までは、今の場所から半日とかからない場所だった。

 どうにか日が暮れる前にはたどり着いた一行は、町へ入る前に分かれることにした。

「本当にありがとう。何かお礼ができればいいんだけど……」

「気にしなくていいのよ。それより、仕事探し頑張ってね」

 魅弧がそっと手を握ると、不思議な温かみが広がり、ドーナはどこか心が落ち着くのを感じた。

「うん。ありがとう」

 売り上げを載せた馬車に戻ったドーナは、商人のための出入り口へと、手を振りながら進んで行く。

 リリリアやオワルも魅弧に合わせて手を振って別れ、別の出入り口へと向かう。彼らは皇帝からの許可証を持っているので、列に並ぶことも荷物を調べられることもない。

 ゆるゆると進む馬車の中で、再び横になっていたオワルの腹を枕にするように、魅弧が横向きに倒れこんできた。

 柔らかな金髪が、シャツの上に広がる。

「で、なんであの子に片目を付けたの?」

「あ、バレた」

 すぐわかるわよ、と魅弧は笑いながら、左手でオワルの前髪を掬い上げた。

 そこには、左の目玉が無く、ぽっかりと眼窩が空っぽになっている顔がある。ドーナと別れる際、彼女が乗る馬車に左目を抜いて忍ばせたらしい。

「なぁに? 可愛らしい子だったし、惚れちゃった?」

「馬鹿言え」

 魅弧のおでこに、ぺちっとオワルの手が落ちる。

「お前は疑問に思わなかったか?」

「何を?」

「あれだけの被害を受けていて、なぜあの子だけ無事だった?」

「運が良かったんじゃない? 位置取りもあっただろうし、彼女自身も戦えるみたいだし」

 もう一度、魅弧の額にオワルの手が落ちる。

「あ痛っ」

「それにしても“無傷”は無いとは思わないか? かすり傷一つなかった」

 オワルに言われて、魅弧は「たしかに」とつぶやいて考え込む。

 いくつかの馬車は無事だったが、商人も護衛も、ドーナを除いて全員が殺されている。彼女一人が逃げたというのであれば、それもわかるが、ドーナは最後まで馬車を守るように立っていた。

「彼女が嘘をついてるってこと?」

「そう思うか?」

「全然」

 魅弧もオワルも、ドーナが話していることに嘘は感じなかった。むしろ、仕事を失敗したと見なされる可能性が高く、今後しばらくは口入屋から紹介される仕事の質が悪くなるだろうし、稼ぎも減るだろう、と青くなっているのに同情したくらいだ。

「だから、だよ。リリーの件に関係あるかどうかはわからないけどね。念のため、この町にいるうちは、ね。まったく、片車輪が多少は賊を生かしていたら、何か話が聞けたかもしれないのに」

 への字口を突出し、不満げな顔で仰向けになっているオワルの上を這うように、顔を近づけてきた魅弧が、にやにや笑ってオワルを見下ろす。

「で、今はどんな感じ?」

「検閲の兵と話しているよ。盗賊に襲われた状況を説明しているみたいだな。別に変なところは無い」

「ふぅん……じゃあ、その子の事は任せるわね」

「はいよ」

「オワルさん!」

 馭者席から、リリリアの声が聞こえる。

「いちゃついてないで、こっちに顔を出してくださいよ。許可証の指定はオワルさんなんですから」

「はいはい」

 オワルが身体を起こすと、小柄な魅弧はころりと転がった。

「とりあえず、お仕事しようか」

「はーい」


★☆★


 手頃な宿を見つけて、それぞれに部屋を取る。

 オワルと魅弧が同じ部屋で、リリリアは個室だ。

「あんまり、その、周囲の迷惑になるようなことはしないようにお願いしますね」

 夕食時、宿の食堂で顔を赤くして注意をするリリリアに、魅弧はにやにやと意地悪な表情を浮かべる。

「あらあら、何が周囲の迷惑になるのかしら?」

「やめんか」

 空のボウルで魅弧の頭を小突き、そのまま中のサラダを食べ始めたオワルは、リリリアに「今からだけど」と話を始めた。

「情報収集は今夜からやるから、部屋にはいないからね。そのつもりで」

「え、夜にやるんですか?」

「夜じゃないと動かない連中もいるのよ。それに、私も教会に用があるから、この後出かけるわ」

 休んだ方が良いんじゃないかと言いかけて、目の前の二人がいくら回復中とはいえ、普通の人間とは比較にならないのだ、と思い出した。

「じゃあ、わたしも手伝います」

 フォークとナイフを置き、リリリアは決意を込めて言う。

「いや、長く馬車で生活したんだ。君は休んだ方が良い」

「でも、わたしだけ休むなんて……」

「それに、ドーナの件で気になることがある。何かが起きた時に、宿で待っていて欲しいんだ」

「そう言われたら、断れません」

 残念ですけれど、と渋々引き下がったリリリアに、魅弧がウインクをする。

「女の子は、ちゃんと眠らないとお肌に悪いわよ?」

「そんなの、魅弧さんだって一緒じゃないんですか?」

「私はそんなの関係無いもの。しわもくすみも自力でなんとかするわ」

「くぅ、うらやましい……」

 高笑いする魅弧に、リリリアは本気で悔しそうだった。

 若いうちからそんなことが気になるのか、と改めて女性の感覚は不思議だ、と思いながら、オワルは水を飲んで立ち上がる。

「というわけで、よろしくね」

「お気をつけて」

「いってらっしゃい」

 食堂を出ていくオワルは、いつもの白いシャツに黒のスラックス、フロックコートという姿で夜の街へと歩き出した。

「さてさて、こりゃどういう状況だろうね」

 ドーナについていった左目は、安い宿に入ったドーナの部屋の前、廊下の天井に張り付いていた。

 その視界に映っていたのは、それぞれにナイフを持った二人の男。

 治安が決して良くは無い地方都市などでは、宿に賊が押し入ることも珍しくない。まして若い娘が一人となれば、危険は跳ね上がる。

 もし男二人が単なるチンピラであれば、オワルも簡単に脅かしてドーナを守って終わりにしたかもしれない。だが、その男たちが持っているのがナイフだけでは無かったことが、オワルに疑念を抱かせた。

「あれは、ディナイラーが持っていた……」

 男たちがナイフを持つ手。その反対の手には、ディナイラーが大蛇に変化した際に使用した魔導具とそっくりな針が握られていた。

「そんじゃ、助けに行きますか」

 ふらり路地へと入ったオワルの姿は、そのまま暗い陰となっている建物の壁へと吸い込まれていった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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