そして強くなった
「アーストゥエバーグリーン」
ドン。
地面に手を置いた。
「我が今求めしものを、この場へと転送せよ! 来い! 桜!!」
目の前に大きな桜の木がおっ立った。
暗闇に咲く、薄紅の華。
少女はそれを、瞳を開いて見据え、その瞳をゆっくりと、細めていく。
振り返る。
その顔にはもう、熱は残っていなかった。
「面白い能力だな。呪から察するに、お前の世界、地球から召喚したものか?」
「そうだ」
桜を見上げながら、俺は言った。
「くだらん」
少女が吐き捨てた。
「こんな薄紅の華が何だと言うんだ。こんなもの。お前の言葉を借りるなら、百万回は見てきたよ。永い時の間にな」
「そうだな。――確かに、その通りだ」
実際、少女の心を動かしたいのなら、電子機器を持ってくるべきだったろう。
スマホでも呼び出せば、オフラインでも感動させることはできたかもしれない。
そしてアーストゥエバーグリーンは、一度だけしか呼び出すことはできない。
それでも桜を呼び出したのは――
「多分俺は――自分が見たくて呼び出したんだ」
風が吹く。
花が舞った。
「……どういう花だ? 語ってみろ」
「そんないいものじゃない。ただ俺の故郷を――」
「それでいい。それでいいから――語ってみろ」
少女が散った花びらの一枚をつかみ、口元に当てる。
その顔はいたく寂しそうだ。
……考えてみれば当然のことだ。
千年生きていれば故郷もあるまい。
俺は――
そんなことさえ、わかってやれていなかった。
「……儚い花でね」
「……」
「咲いたと思ったらすぐに散る。国民性と合わせてよく語られるんだ。だからあまり好きな花じゃなかった。散って当たり前だと、散ることが美しいのだと、言われている気がして。だけど。今見るとやっぱり、綺麗だと思った」
笑った。
自嘲だった。
「何が言いたいのかわからねえな。そりゃそうだ。俺にもわからないんだから。――じゃあな。後、悪かった。無神経なこと言って。ごめんな」
雨が降り始めていた。
まるで俺の門出を呪うかのように。
俺は前髪から雨をしたたらせながら、足を踏み出す。
行き先など、何もわからぬまま。
「待て」
言われて、振り返った。
その時。
「ぐはっ!」
腹部に思いきり殴られる。
俺はぶっ飛び、地面を転がった。
「ゲホゲホゲホ!」
腹を押さえて咳き込む。
「魔封殺。相手の魔力を封印する古代魔術だ」
後ろで、少女が言った。
虚ろになった頭で、俺はそれを聞いていた。
「誰かに一本食わされたな、お前」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
息が切らしながら考えた。
あの時。
御前試合の時。
俺は魔力が戻り始めているような、そんな感覚があった。
その時に、俺はキルバルトから一撃を食らわされた。
少女が今一発くれたのと、同じ位置にだ。
それから昔の、魔力があった時の感覚がスッパリ消え落ちたんだ。
つまり――
「あの野郎〜~〜~〜~〜~~~~っ!」
歯ぎしりしながら俺は唸った。
バキバキと地面にヒビが走る。
俺は元々高魔力魔術師だ。
魔力を放つだけで精霊は個我を失う。
伊達に三歳で盗賊団を全滅させていない。
「復讐か?」
後ろで少女が言った。
「そうだよ! 悪いってのか?」
「いいや? むしろそれでいい」
「え……」
「何だ。そのマヌケ面は。止められると思ったか? めでたいな。お前の行動などあたしにとってはどうでもいい。しかしよかった。やはりあたしは何も間違えていなかった」
少女が俺を指差す。
俺はその指と、冷たく見下ろす少女を見上げた。
「散々御託を並べてくれたが、結局のところお前だって――ただ楽に流れているだけではないか」
雨が背中を打つ。
髪の毛から雨水がたれて、土の上に落ちていく。
地面に転がった剣。
今の俺の姿が映っていた。
黄金の瞳。
魔力に心が囚われ暴走する、魔呑症。
「まあ責めるつもりはないよ。封印を解いてやったのも、花の対価を払っただけ。だが覚えておけ。恵まれていようが何だろうが、幸福を追うのは労力なんだよ。お前が安易に復讐に走るのと同じて、あたしは何もしないが正解なんだ。何かを得るか得られるかのギャンブルをするなら、今をただ静かに生きたほうがいい。少なくとも、落胆はない」
少女が腰の布袋から番傘を取り出し、それを肩に当てた。
背を向ける。
「まあ好きにしたらいいさ。復讐でもなんでもな。お前みたいな奴は、百万回見てきたからな。珍しくも何ともない」
スタスタと少女が先にいく。
俺は足下の泥に足を引きずりながら、転がっていた荷物を背負い、立ち上がった。
「待て! 待ってくれ!!」
急ぎ少女を追いかける。
番傘を差した少女が振り返る。
小さな背を見下しながら、俺は口を開いた。
「何だ?」
「一緒に行かないか?」
「アホか。お互いにメリットがない。いや、あたしにメリットがない」
「いやある」
「どんな?」
「お互いに一歩ぐらいは、前に進める」
「バカが」
少女が吐き捨てた。
「お前がいようがいまいが、あたしの足どりにかわりはない」
「いや、変わるね。俺が押してやるよ」
「いらん。迷惑だ」
「例えば俺は飯を作るのが得意だ。昔とった杵柄ってやつでね。あんたの知らない異世界飯を何か、俺は作れるかもしれない」
少女が振り返る。
番傘からは、ポタポタと雨が滴っている。
「多分俺は一人だと、復讐に、楽に流れると思う。あんたがいてくれたら、俺も前に進めそうな、そんな気がする。その代わり、あんたの背中は、俺が押すよ。互助関係だ。どうだ」
「お前に助けられることなど何もない」
俺はリュックから、水筒を二つ取り出した。
一つは水。もう一つは果実酒である。
俺は酒は苦手だが、水は腐る可能性もあるので、買っておいた。
後、深めの皿。
「料理はさ。俺にとって前世での唯一と言っていい特技だ。俺に料理を仕込んだおっさん曰く、才能があるらしいよ、俺には。まあ結局活かせなかった。俺は料理が別に好きじゃなかったからな。今思えば選り好みなんて、していられる状況じゃなかったのかもな。俺みたいなド底辺のカスは、生きていくだけでも難しい。前世今世合わせて五十年近く生きて、やっと気づいたよな。ははは」
皿の中に水を注いだ。
椀をつかんで、呪を唱える。
今の俺は――
魔力が戻っているからだ。
「水よ。氷よ。我が願いを聞け。そして応えよ。凍てつく息吹よ。我が前に白銀を呼び起こせ。白雪」
椀の中には、雪が満ちていた。
そこに、果実酒を少量かける。
「かき氷ってんだ。まあ今はろくな材料がないからな。出来損ないといえばそうだ。だが俺の世界の。俺の国の。伝統のデザートってやつだ。食べてみろよ」
少女が少量の雪を手に取り、口に入れた。
無表情だった。
しかしほんの少しだけ、目を開いた。
「どうだ? 少しぐらいは、背を押せたんじゃないのか?」
「ふ。くだらん」
背を俺に向ける。
そして、ディメンションクロスから、長い布を取り出し、放ってくる。
「かぶっていろ。風邪でも引かれたら迷惑だ」
期待しすぎかもしれないが、風邪をひかれて迷惑に感じるということは、そういうことなのかも、しれない。
「今の料理の対価に、二つ。お前に教えてやるよ」
少女が二本指を立てた。
「お前の魔力量は少々異常だ。世界的に見ればザラだが、お前のそれは神に与えられた力だろうな。神の残り香を感じるよ」
「あー。チートってやつかなー」
「チートが何かはわからんが、神は必ず対価で返す。人間の空想の集合体である精神生命体とは、そういうものなんだ。逆に言えば対価がなければ動かないし、動けない」
「あ」
「そう。神がお前に強大な魔力を与えていて、アーストゥエバーグリーンという異呪まで与えている。つまりお前は二つ、確実に神から何かを奪われている」
「二つも? 心当たりがないな。あえて言うなら女運とかかな?」
「まあ可能性はあるな」
「嘘。冗談で言ったのに」
「神にとって人の負の感情は馳走なんだ。運を殺せば誰でも苦しむ。対価として妥当なところだ」
「でもそうなると、俺は突発的にここにきたことにはならなくない? だって俺の運が悪かったのって昔からだぜ?」
「かもしれん。だがお前はそういう黒幕だとか、気にしてられるレベルではないな」
「は? ――グホ!!」
いきなり腹部に衝撃が走った。
殴られたような感じだったが、目端にも見えなかった。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ、ゲホ!!」
腰を折り曲げて、えずいた。
完璧に水月に決まったようだ。
「わかったか? お前は弱すぎる。見えなかったろう? お前がかぶっているマントの死角から打ったのもあるが、それ以前にお前の動体視力と反応と勘が悪すぎるんだ。今のでもかなり手加減した」
「体術には……自信あったんだけどな……。いてて」
「西ベルンツィアはベルンツィア帝国の中でも最弱だ。その中で体術が強かろが、何の自慢にもならない。更に言っておくが、千年生きているあたしより強いものも、少なからずいる。それが世界だ。お前が考えている黒幕というのは、その世界の頂点に君臨している。考えても無意味だ。お前みたいな弱者は、流された先で、適当に幸せをつまむしかないんだ。あきらめろ」
「じゃあ……強くもなるさ」
「忘れろと言ってるんだよ。だかまあ足手まといについてこられても迷惑だ。最低限鍛えさせてもらうぞ。あたしが目障りと感じない程度にはな。特にあたしはせっかちだからな。トロトロされるとうっとうしい。足回りは重点的にイジらせてもらう。いいな」
「はは。努力は得意さ」
「ふん」
鼻を鳴らして、少女が背を向ける。
「なあ」
「なんだ?」
「名前。教えてくれよ」
「ライザ。ライザ=エクスペリオン」
「俺はクロード=ローディスだ」
「そうか。じゃあとっとと行くぞ。何がどう変わるか知らんがな。突き放すのももう面倒くさい」
「その前にもう一度言っとく」
「なんだ」
「さっきライザに、それだけの力があれば状況を打破するのは簡単だ、と言ったけど、あれは俺が全面的に悪かった。すまない」
「……」
「もしかしたら俺は今、幸せになれるかもって、考えている。でもよく考えたらさ。お互い期待できるような仲じゃねえもんな。俺の世界に行ってみろなんて言って、誰が信じられるよって話だ。たゆたっている期待が、一番つらいのにな。アホらしすぎる意見だった。ごめん。全面的に、俺が悪かった」
頭を下げた。
少女は目を上向ける。
「さっきも言ったがな。あたしは足手まといが嫌いなんだ。最低限は鍛えさせてもらう」
「……」
「結局世の中は力だ。もしもお前が逃げ出さないなら、数年後。お前は大体の願いを叶えられるようになっているだろう。しかし」
少女が振り返る。
その紺碧の瞳が、まっすぐ俺を見据えている。
「強くなったお前がこれからあたしに見せる景色は。お前が叶えたい願いというものは。復讐なんて矮小なことではない。そうだな?」
問いかけるライザの瞳。
俺は絶対に裏切りたくないと思った。
例え己がそれで、死ぬことがあってもだ。
まあそれはかっこつけすぎにしてもさ。
せめてライザに胸張れるようなことはしたいって。
そう思った。
俺は口角を持ち上げ、笑う。
「もちろんだ!!」
そして三年の月日が流れた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「出るのか?」
「ああ。これでも『東の八剣』の一人だ。要請を受けたからには行かないとな」
「あたしは行かんぞ」
「ははは。端から期待しちゃいないよ」
黒いコートに袖を通しながら俺は笑う。
棚の上に置いていた黒いサングラスをつまんで持ち上げた。
「帰りに飯を買ってこい。お前があたしに渡せる対価は、飯だけなんだ。ちゃんと役割は果たせよ?」
「変わったなー。ライザは」
「……お前ほどじゃない」
今一度、俺は笑った。
俺は黒髪を、額が出るようにかき上げる。
「ごもっとも」
戻った魔力をみなぎらせながら、俺は言った。
【精霊魔術】魔力で精霊の個我を狂わし、相手を攻撃する。魔術師の基本戦術。




