表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/19

そして強くなった

「アーストゥエバーグリーン」



 ドン。

 地面に手を置いた。



「我が今求めしものを、この場へと転送せよ! 来い! 桜!!」



 目の前に大きな桜の木がおっ立った。

 暗闇に咲く、薄紅の華。

 少女はそれを、瞳を開いて見据え、その瞳をゆっくりと、細めていく。

 振り返る。

 その顔にはもう、熱は残っていなかった。



「面白い能力だな。呪から察するに、お前の世界、地球から召喚したものか?」


「そうだ」


 

 桜を見上げながら、俺は言った。

 


「くだらん」



 少女が吐き捨てた。



「こんな薄紅の華が何だと言うんだ。こんなもの。お前の言葉を借りるなら、百万回は見てきたよ。永い時の間にな」

 

「そうだな。――確かに、その通りだ」



 実際、少女の心を動かしたいのなら、電子機器を持ってくるべきだったろう。

 スマホでも呼び出せば、オフラインでも感動させることはできたかもしれない。

 そしてアーストゥエバーグリーンは、一度だけしか呼び出すことはできない。

 それでも桜を呼び出したのは――



「多分俺は――自分が見たくて呼び出したんだ」



 風が吹く。

 花が舞った。



「……どういう花だ? 語ってみろ」


「そんないいものじゃない。ただ俺の故郷を――」


「それでいい。それでいいから――語ってみろ」



 少女が散った花びらの一枚をつかみ、口元に当てる。

 その顔はいたく寂しそうだ。



 ……考えてみれば当然のことだ。

 千年生きていれば故郷もあるまい。

 俺は――



 そんなことさえ、わかってやれていなかった。



「……儚い花でね」


「……」


「咲いたと思ったらすぐに散る。国民性と合わせてよく語られるんだ。だからあまり好きな花じゃなかった。散って当たり前だと、散ることが美しいのだと、言われている気がして。だけど。今見るとやっぱり、綺麗だと思った」



 笑った。

 自嘲だった。



「何が言いたいのかわからねえな。そりゃそうだ。俺にもわからないんだから。――じゃあな。後、悪かった。無神経なこと言って。ごめんな」



 雨が降り始めていた。 

 まるで俺の門出をのろうかのように。

 俺は前髪から雨をしたたらせながら、足を踏み出す。

 行き先など、何もわからぬまま。  


 

「待て」



 言われて、振り返った。

 その時。



「ぐはっ!」



 腹部に思いきり殴られる。

 俺はぶっ飛び、地面を転がった。

 


「ゲホゲホゲホ!」



 腹を押さえて咳き込む。

 


魔封殺ソーサリーロック。相手の魔力を封印する古代魔術だ」



 後ろで、少女が言った。  

 虚ろになった頭で、俺はそれを聞いていた。



「誰かに一本食わされたな、お前」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」



 息が切らしながら考えた。



 あの時。



 御前試合の時。

 俺は魔力が戻り始めているような、そんな感覚があった。

 その時に、俺はキルバルトから一撃を食らわされた。

 少女が今一発くれたのと、同じ位置にだ。

 それから昔の、魔力があった時の感覚がスッパリ消え落ちたんだ。

 つまり――

 


「あの野郎〜~〜~〜~〜~~~~っ!」



 歯ぎしりしながら俺は唸った。

 バキバキと地面にヒビが走る。

 俺は元々高魔力魔術師だ。

 魔力を放つだけで精霊は個我を失う。

 伊達に三歳で盗賊団を全滅させていない。

 


「復讐か?」



 後ろで少女が言った。



「そうだよ! 悪いってのか?」


「いいや? むしろそれでいい」


「え……」


「何だ。そのマヌケ面は。止められると思ったか? めでたいな。お前の行動などあたしにとってはどうでもいい。しかしよかった。やはりあたしは何も間違えていなかった」



 少女が俺を指差す。

 俺はその指と、冷たく見下ろす少女を見上げた。



「散々御託を並べてくれたが、結局のところお前だって――ただらくに流れているだけではないか」


  

 雨が背中を打つ。

 髪の毛から雨水がたれて、土の上に落ちていく。

 地面に転がった剣。

 今の俺の姿が映っていた。



 黄金の瞳。

 魔力に心が囚われ暴走する、魔呑症。



「まあ責めるつもりはないよ。封印を解いてやったのも、花の対価を払っただけ。だが覚えておけ。恵まれていようが何だろうが、幸福を追うのは労力なんだよ。お前が安易に復讐に走るのと同じて、あたしは何もしないが正解なんだ。何かを得るか得られるかのギャンブルをするなら、今をただ静かに生きたほうがいい。少なくとも、落胆はない」


 

 少女が腰の布袋ディメンションクロスから番傘を取り出し、それを肩に当てた。

 背を向ける。

 


「まあ好きにしたらいいさ。復讐でもなんでもな。お前みたいな奴は、百万回見てきたからな。珍しくも何ともない」



 スタスタと少女が先にいく。

 俺は足下の泥に足を引きずりながら、転がっていた荷物を背負い、立ち上がった。

 


「待て! 待ってくれ!!」



 急ぎ少女を追いかける。

 番傘を差した少女が振り返る。

 小さな背を見下しながら、俺は口を開いた。



「何だ?」


「一緒に行かないか?」


「アホか。お互いにメリットがない。いや、あたしにメリットがない」


「いやある」


「どんな?」


「お互いに一歩ぐらいは、前に進める」


「バカが」



 少女が吐き捨てた。

  


「お前がいようがいまいが、あたしの足どりにかわりはない」


「いや、変わるね。俺が押してやるよ」


「いらん。迷惑だ」


「例えば俺は飯を作るのが得意だ。昔とった杵柄きねづかってやつでね。あんたの知らない異世界飯を何か、俺は作れるかもしれない」



 少女が振り返る。

 番傘からは、ポタポタと雨が滴っている。



「多分俺は一人だと、復讐に、楽に流れると思う。あんたがいてくれたら、俺も前に進めそうな、そんな気がする。その代わり、あんたの背中は、俺が押すよ。互助関係だ。どうだ」


「お前に助けられることなど何もない」



 俺はリュックから、水筒を二つ取り出した。

 一つは水。もう一つは果実酒である。

 俺は酒は苦手だが、水は腐る可能性もあるので、買っておいた。

 後、深めの皿。 



「料理はさ。俺にとって前世での唯一と言っていい特技だ。俺に料理を仕込んだおっさん曰く、才能があるらしいよ、俺には。まあ結局活かせなかった。俺は料理が別に好きじゃなかったからな。今思えば選り好みなんて、していられる状況じゃなかったのかもな。俺みたいなド底辺のカスは、生きていくだけでも難しい。前世今世合わせて五十年近く生きて、やっと気づいたよな。ははは」



 皿の中に水を注いだ。

 椀をつかんで、呪を唱える。

 


 今の俺は――



 魔力が戻っているからだ。



「水よ。氷よ。我が願いを聞け。そして応えよ。凍てつく息吹よ。我が前に白銀を呼び起こせ。白雪ホワイトスノウ


 

 椀の中には、雪が満ちていた。

 そこに、果実酒を少量かける。



「かき氷ってんだ。まあ今はろくな材料がないからな。出来損ないといえばそうだ。だが俺の世界の。俺の国の。伝統のデザートってやつだ。食べてみろよ」



 少女が少量の雪を手に取り、口に入れた。

 無表情だった。

 しかしほんの少しだけ、目を開いた。



「どうだ? 少しぐらいは、背を押せたんじゃないのか?」


「ふ。くだらん」



 背を俺に向ける。

 そして、ディメンションクロスから、長い布を取り出し、放ってくる。



「かぶっていろ。風邪でも引かれたら迷惑だ」



 期待しすぎかもしれないが、風邪をひかれて迷惑に感じるということは、そういうことなのかも、しれない。



「今の料理の対価に、二つ。お前に教えてやるよ」



 少女が二本指を立てた。



「お前の魔力量は少々異常だ。世界的に見ればザラだが、お前のそれは神に与えられた力だろうな。神の残り香を感じるよ」


「あー。チートってやつかなー」


「チートが何かはわからんが、神は必ず対価で返す。人間の空想の集合体である精神生命体アストラルたいとは、そういうものなんだ。逆に言えば対価がなければ動かないし、動けない」


「あ」


「そう。神がお前に強大な魔力を与えていて、アーストゥエバーグリーンという異呪まで与えている。つまりお前は二つ、確実に神から何かを奪われている」


「二つも? 心当たりがないな。あえて言うなら女運とかかな?」


「まあ可能性はあるな」


「嘘。冗談で言ったのに」


「神にとって人の負の感情は馳走なんだ。運を殺せば誰でも苦しむ。対価として妥当なところだ」


「でもそうなると、俺は突発的にここにきたことにはならなくない? だって俺の運が悪かったのって昔からだぜ?」


「かもしれん。だがお前はそういう黒幕だとか、気にしてられるレベルではないな」


「は? ――グホ!!」



 いきなり腹部に衝撃が走った。

 殴られたような感じだったが、目端にも見えなかった。

 


「ゲホ、ゲホ、ゲホ、ゲホ!!」



 腰を折り曲げて、えずいた。

 完璧に水月みぞに決まったようだ。



「わかったか? お前は弱すぎる。見えなかったろう? お前がかぶっているマントの死角から打ったのもあるが、それ以前にお前の動体視力と反応と勘が悪すぎるんだ。今のでもかなり手加減した」


「体術には……自信あったんだけどな……。いてて」


「西ベルンツィアはベルンツィア帝国の中でも最弱だ。その中で体術が強かろが、何の自慢にもならない。更に言っておくが、千年生きているあたしより強いものも、少なからずいる。それが世界だ。お前が考えている黒幕というのは、その世界の頂点に君臨している。考えても無意味だ。お前みたいな弱者は、流された先で、適当に幸せをつまむしかないんだ。あきらめろ」


「じゃあ……強くもなるさ」


「忘れろと言ってるんだよ。だかまあ足手まといについてこられても迷惑だ。最低限鍛えさせてもらうぞ。あたしが目障りと感じない程度にはな。特にあたしはせっかちだからな。トロトロされるとうっとうしい。足回りは重点的にイジらせてもらう。いいな」


「はは。努力は得意さ」


「ふん」



 鼻を鳴らして、少女が背を向ける。

 


「なあ」


「なんだ?」


「名前。教えてくれよ」


「ライザ。ライザ=エクスペリオン」


「俺はクロード=ローディスだ」


「そうか。じゃあとっとと行くぞ。何がどう変わるか知らんがな。突き放すのももう面倒くさい」


「その前にもう一度言っとく」


「なんだ」


「さっきライザに、それだけの力があれば状況を打破するのは簡単だ、と言ったけど、あれは俺が全面的に悪かった。すまない」


「……」


「もしかしたら俺は今、幸せになれるかもって、考えている。でもよく考えたらさ。お互い期待できるような仲じゃねえもんな。俺の世界に行ってみろなんて言って、誰が信じられるよって話だ。たゆたっている期待が、一番つらいのにな。アホらしすぎる意見だった。ごめん。全面的に、俺が悪かった」



 頭を下げた。

 少女は目を上向ける。



「さっきも言ったがな。あたしは足手まといが嫌いなんだ。最低限は鍛えさせてもらう」


「……」


「結局世の中は力だ。もしもお前が逃げ出さないなら、数年後。お前は大体の願いを叶えられるようになっているだろう。しかし」



 少女が振り返る。

 その紺碧の瞳が、まっすぐ俺を見据えている。



「強くなったお前がこれからあたしに見せる景色は。お前が叶えたい願いというものは。復讐なんて矮小わいしょうなことではない。そうだな?」



 問いかけるライザの瞳。

 俺は絶対に裏切りたくないと思った。


 

 例え己がそれで、死ぬことがあってもだ。

 まあそれはかっこつけすぎにしてもさ。



 せめてライザに胸張れるようなことはしたいって。

 そう思った。



 俺は口角を持ち上げ、笑う。

 


「もちろんだ!!」



 そして三年の月日が流れた……。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「出るのか?」


「ああ。これでも『東の八剣』の一人だ。要請を受けたからには行かないとな」


「あたしは行かんぞ」


「ははは。端から期待しちゃいないよ」



 黒いコートに袖を通しながら俺は笑う。

 棚の上に置いていた黒いサングラスをつまんで持ち上げた。



「帰りに飯を買ってこい。お前があたしに渡せる対価は、飯だけなんだ。ちゃんと役割は果たせよ?」


「変わったなー。ライザは」


「……お前ほどじゃない」



 今一度、俺は笑った。

 俺は黒髪を、額が出るようにかき上げる。



「ごもっとも」



 戻った魔力をみなぎらせながら、俺は言った。



【精霊魔術】魔力で精霊の個我を狂わし、相手を攻撃する。魔術師の基本戦術。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ