今、修行の成果をぶつける時
夜の峡谷を、俺は一人で歩いていた。
ここに、盗賊団のアジトがあるからだ。
面倒だが、潰せと言われりゃやるしかない。
仕事だからな。
カチャリと、丸サングラスを持ち上げる。
そんな俺に向かって、飛兵が突撃してきた。
操魔術師か……。
俺は腰の剣に手をかけ、引き抜く。
破裂するような音とともに、飛兵の首が飛んでいく。
背後でグリフォンと飛兵が、地面を転がる音が聞こえた。
俺は剣を振るって血を払い、それを鞘に納めた。
振り返りもせず、また峡谷を登る。
◇◇◇◇◇
「クッ! やめろ! あたしに触るな! やめろー!」
「わーはっは! 女ってのは本当バカだねー。やめろって言ってるのにどうしてこうも戦場に立ちたがるのか。女が戦場で負けるってことはなー。死ぬってことじゃねえ。――人間をやめるってことなんだよ!」
「ほらほらー! 鎧も脱いでほら!」
「やめろ……やだ。やめて!」
「全く。バカ女の嬌声にもそろそろ飽きてきたな。もう少しマシな女はいねえのか。この際、男でもいいがな」
「弟の仇を討ちにきたんだろう? 得意の氣功術で何とかしてみなよー! ほらほらほらー!」
「いや! やめて! いやああああああああ!」
ザッ!!
腐れどもが振り返る。
俺はかけていた丸サングラスを持ち上げ――そして、下げた。
我ながら。
何とも間の抜けた顔になってしまったことは否めない。
何故ってこいつは――
『持ってけよ』
『ありがとう、クロード君。この金でもっともっと、たくさんの女の子を傷つけることにするよ』
眼帯こそしているが、この盗賊は、俺が金を渡して見逃してもらった、三年前のあの盗賊だ。
「驚いたな。まだ生きてたのか。お前」
眼帯をしていた盗賊が目を細める。
そして、ハタと気がついたように、目を見開いた。
「ワハハハ!! 誰かと思えば、お前あの時の貴族のクソガキかよ!? まだ生きてたのかはこっちの台詞だわ! とっくに野垂れ死んでるものかとばかり!」
「どうにか生き延びたよ」
「そいつはよかった。しかしどうだい」
盗賊の男が手を広げた。
後ろには巨大なアジトが建てられている。
「あんたからもらった金を元手に作った盗賊団は。今や東ベルンツィアを脅かす一大勢力になったぜー? たっくさんの女の子を傷つけてなー? お前のおかげだよ、クロードさーん」
「ふ」
「ガッハッハ。悔しくて笑うしかないってか? まあ俺とお前の仲だ。まーたお金を恵んでくれるってんなら、お前もそこの女も見逃してやってもいいんだぜー? まあ金貨十枚から始めていこうか?」
「――その頑張って作った盗賊団も、今日で最後か。悲しいもんだな」
「おもしれえ。お前が潰すってか? やってみろよ」
「じゃあそうするわ。風よ我が声を聞けそして応えよ。風烈弾」
凝縮した風の玉を、盗賊の顔の横に向ける。
盗賊の耳が弾けて飛んだ。
そして。
派手な音とともに、盗賊の立てた要塞が木っ端微塵に吹き飛んだ。
所詮ハリボテだな。
全然固められてねえ。
違法建築レベルだ。
盗賊が後ろの要塞を見て、また俺を見据えた。
「てめえーーーーーーーーーー!!」
振り返った盗賊が、顔を青ざめた。
女の周りを囲んでいたゲスの首が、まるでシャンパンのコルクが如く、飛んでいっていたからだ。
俺は血が滴る剣を握りながら、女の近くに立っている。
盗賊が数歩、後ろに下がった。
俺は剣を振って、血を払った。
「頭の弱い奴だな、お前。どうして俺が一人でここにいると思ってるんだ? この峡谷への入り口に砦を作り、歩哨も置いていた。それなのに何故だ? 簡単だろ。― ―生き残っているのはもう、お前らだけってことなんだよ」
男の顔が青ざめる。
俺は血を振り払った剣で、自分の肩を叩いた。
「どうする? すぐ隣はレイティス河川だ。何なら飛び降りてくれてもいいぞ。殺す手間も省ける。ちなみにお前らが建てていた姉妹砦も、東の正規兵が向かっている。援軍が期待できると思うなよ。お前ご自慢の三砦は全て落ちた」
淡々と説明する。
生き残った盗賊団が、俺の説明を呆然と聞いていた。
ふと。
盗賊の男が肩を揺らしながら、笑った。
「バカはてめえだ。俺達こそ、ケルベロス盗賊団の全て!! その意味を今、教えてやるよ! てめえら、やっちまえ!!」
残った盗賊が、それぞれの得物を持って襲ってくる。
この跳躍力。
普通に五メートル近く飛んでいる。
――魔術か。
カギン!!
俺は持っていた剣を地面に突き刺した。
女が俺を見上げている。
俺は手を持ち上げ、笑った。
『我の心に汝あり』
「無駄だ! 俺達は貴族の血を奪い、全員冥門が開いている!」
『汝の心に我はあり』
「てめえら貴族の血を飲んでも、魔術が発現するかは五分五分。だが俺達は発現した! 今の俺達は、お前ら貴族と同じ。神、いや悪魔に選ばれた戦士だ!!」
『赫き理を統べし焔の王よ』
「お前ら貴族の悪魔の術に、怯える俺達じゃもうねえんだよ!!」
『灰を玉座とし、灼熱を冠と戴く者よ』
「くたばれえええええええ!」
『我が前に立ち塞がる供物を対価に』
盗賊らが、俺の展開したフィールドに触れる。
その時。
ゴウ!!
俺に群がってきた盗賊が、一瞬にして溶解する。
目鼻口手、持っている武器も服も、全てが溶けて、骨だけになる。
すぐにそれも、紅い閃光に呑まれて消えた。
ゴウン!!
紅蓮の炎に包まれ地面に落ちた。
メラメラと、大地で黒い炎が燃え盛る。
「はい。おしまい」
手を叩いて、俺は言った。
「バ……バカな!!」
ザッ!
盗賊の頭が怯えている中、俺はまた足を踏み出す。
盗賊の頭はまた一歩下がった。
「今のは精霊を呼ぶ呪ではないはず。今のは一体……!」
「ただの黒魔術の詠唱断絶さ。炎魔帝グリモワールを呼び出す呪のな」
「え、炎魔帝……」
「まともに呼ぶとそこら一帯吹き飛ぶが、詠唱断絶して使うとちょいとした障壁になる。日に何度も使っていいやり方じゃないが、まあ人間さえ死んでりゃ向こうも納得するんでね」
「うっ……」
「さてお前はどう死ぬ? 好きな死に方を選べ。お前には借りがあるからな。選ばせてやるよ」
「借りだと?」
「答える義理はないね。次、お前にくれてやるのは、死だけだ。さっさとこい」
「くく。くくくく」
盗賊の頭が、笑う。
そして。
「はあああああああああああああああ!!」
頭の全身の筋力が肥大化した。
バンプアップではない。そんな次元でもない。
魔術は筋力も向上させることができるのだ。もっとも、欠点もある。
俺はカチャリと丸サングラスを持ち上げ、その様を黙って見ていた。
「いいだろう! ならば見せてやろう!! この俺の真の力を! 楽しみに待っててねっ? 楽しみに待っててねえ? うふ。うふふふふふふ……」
男の全身が、ボコボコと沸騰するように膨れ上がっている。
完全に化物の挙動だ。
魔呑症だな……。
魔力というものは、筋力も強化可能である。
が、あまりにも強化しすぎると、その骨格では筋肉がはち切れてしまう。
だから変容する。
骨格も強化してしまうと、言ってもいいかもしれない。
心もだ。
これが、人の魔獣化だ。
「ささささささあ! 本番をはははじじじじめようかかかかかあ!! ――あ、あれ? なぜだ? 声がうまくままままままわらな――」
男の頭髪は全て抜けていた。
眼帯は千切れ落ち、そこには新たな眼球が生まれていたが、眼窩に収まってはいなかった。
「終わったな」
俺は言った。
「虚無への土産にお前のミスを教えてやる。お前はあの時、俺を殺すべきだった。父上の噂など気にせず、俺を殺して女もさらえばよかったのさ。ぬるいんだよ。お前は選択を、誤った」
地面に刺していた剣を持ち上げる。
「お前には借りがある」
尖端を回しながら向ける先は、変容した魔物。
「俺に三年という時間をくれた借りがな。それを今返す」
鋭く相手を見据える。
俺にとってこいつは、もう敵でもなんでもない。
ただの哀れな獣だ。
「来いよ。次、お前にくれてやるのは――死だ」
「ほざくなよ!! 金と親の威名を使わなければ女も守れない、青二才がああああああああああああああああ!!」
振り抜かれた拳。
まるでゾウでも投げられたかのような圧力だ。
人間がまともに喰らえば、即ミンチ確定だろう。
しかし――
ガキぃん!!!!!!
拳と剣。
噛み合った。
拮抗は一瞬だった。
バギバキ。
バキババキバキバキバキ――
相手の拳にヒビが走る。
それはやがて丸太のような二の腕にも伝播した。
化け物となった男が驚愕に顔を染め上げる。
俺は鋭く目を細め、そして――
剣を、振り抜いた。
「ぐわあああああああああああああ!!」
二の腕を二枚に卸された化け物が叫んだ。
その手から赤黒い血が噴き出している。
「バカなぁ! 何故だあ! どうしてこんなぁ! こんなやつに!! この俺があ!!」
「俺がお前に勝てる未来はない。そう思ったか?」
二枚に卸された手を押さえ、下がる化け物の懐に潜り込み、俺は言った。
化け物の背中から飛び出た剣先から、ポタリポタリと血が滴り落ちている。
反応はない。
多分もう事切れていることだろう。
俺は笑った。
「わかるよ。その気持ち。何故って――」
剣を引き抜き、振りかぶる。
「俺もなんだよ。これがさ」
首筋に剣を滑り込ませる。
刃が食い込み。
それをそのまま――振り抜いた。
斬!!
まるで蹴鞠の如く。
盗賊の首が、峡谷の先で飛んでいく。
◇◇◇◇
「全隊、警戒を続けろ! 生き残りがいるかもしれん! 被害者を装うこともある! 負けが確定した時の奴らの常套手段だ! 油断するなよ! 盗賊の略奪品はこっちだ! 武器、食料、金品、馬! 全て集めろ!」
後ろで東ベルンツィア騎士団が事後処理している声を、欠伸しながら俺は聞いていた。
というのも今から街に戻っても門が閉じてるのよ。
どうしたもんかなー。
「さすがですね。シュミットさん」
「え?」
声をかけられ振り返る。
ちなみに『シュミット』とは今の俺の偽名であり、正確には『シュミット=クロウ』である。
俺の日本名には『修』の文字がついているからな。
それからとった。
振り返った先には、黒髪を短髪にした娘、ミア=オルカンがいた。
こう見えても東ベルンツィア『八剣』統轄であり、東ベルンツィアでも指折りの力を持っている。
ミアが指を合わせて四角を作り、俺を指の中に入れる。
「最年少の傭兵男爵にして、東の八剣の一人なだけあります。見事なお手前でした」
「お前っさー。強いんだからいちいち俺を呼ぶなよなー。自分でやれよ自分で」
「いやいやシュミットさんじゃないとこうはいきませんって。ところでどうです?」
隣に並び、ミアが腕を組んでくる。何かとボディタッチの多い女で、俺は少し戸惑った。
「朝まで時間があることですし、テントで一杯。騎士道の何たるかを語りましょう」
「面倒くせえなー」
「あの!!」
後ろから声をかけられ、俺とミアが振り返る。
先のファイターの女の子だった。
ややあられもない姿をしているが、俺はポーカーフェイスを装った。
「先ほどは助けていただいて――ありがとうございます!!」
頭を下げられた。
俺はしばし見つめて、視線を持ち上げる。
『――助けていただき、本当にありがとうございました』
三年前の、あの時のことをふと思い出す。
思い出して、俺は笑った。
「ああ」
歯を見せて、俺は答えた。
「次回からはお気をつけて」
背中越しに手を振った。
「はい!」
背中から気持ちのいい返事が聞こえてきた。
俺は笑ってそれを受け止めた。
「モテモテですね」
やや不機嫌そうにミアが言う。
「はあ?」
俺はそれに、語尾を上げて答えた。
【東ベルンツィア】公爵が治める土地であり、次兄殺しの罪を着せられた主人公が逃げ出した土地。軍務卿の女性が非常に強力な権力を握っており、逃亡していた主人公を息子のように育てていた。かつての南北戦争において、西ベルンツィアに裏切られた経験があり、その時から軍備拡張に余念がない。傭兵を非常に厚遇しており、『東の八剣』と呼ばれる凄腕の傭兵集団が有名。逃げ出した主人公も最年少で、八剣に所属している。




