バッドニュース(三人称視点あり)
朝の到来を小鳥が教えていた。
それはさておき。
宿屋。
「ただいまー」
宿屋の扉を開く。
するとそこには、椅子に腰かけ、魔導書を読んでいるライザがいた。
「やっと帰ったか。ボンクラめ。さっさと飯を作れ。腹が減ったぞ」
本当に変わったなーライザは。
昔は飯を食っただけで吐き気がする、とか言ってたのに。
「はいはい」
「あーそれとな」
厨房に行こうとして、俺は足を止めた。
振り返る。
「お前は新聞が好きだったろ。後で見ておいた方がいいかもしれない」
「あ、ああ……わかった」
わざわざ足を止めさせてまで言うことかね。
ま、いいけどね。
◇◇◇◇
ガーリックエッグトーストを二人分用意して、それを食べながら俺は新聞を見ていた。
「ふーん」
確かに面白い情報は多い。特に目を引くのは、東ベルンツィア帝国の隣接している国。ラクシュータ公国の公主エンシェント=ルーク=ラクシュータがそろそろ死ぬかもねって記事か。
ベルンツィアとラクシュータは犬猿である。元々ベルンツィア帝国はラクシュータ公国を呑み込んで大きくなった国だからだ。
その後、講和としてヒストリエ三世とエンシェントの娘の婚約が決まったが、ヒストリエ三世とその婚約者が、現皇帝ヒストリエ四世により暗殺された。
それにより南北戦争が勃発しベルンツィア帝国は三国に分かれたわけたが、ラクシュータ公国との仲も更に険悪なものとなった。
エンシェントが死ねば継ぐのは孫娘のアン=イザベラ=ラクシュータだろう。エンシェントの子供は、暗殺も含め、全てヒストリエ四世に殺されているからな。
アンとは知らぬ仲じゃない。
自分の代になったらベルンツィアとは講和したいって言っていた。
両親をヒストリエ四世に殺されているにも関わらずだ。
立派なものだと感嘆していたが、それも遂に叶うわけか。
めでたい話だ。
パラリと新聞をめくる。
四面だった。
ここ東ベルンツィア帝国にとっては、しょうむない記事を載せる場所だ。
流し見で記事を読んでいると、最後の最後。小さい記事ながら、俺にとって『だけ』衝撃的なタイトルが、俺の心をワシ掴みにした。
握り潰されて、血があふれ出そうになるほどに。
『バーバラ候が執心している、ベルンツィア最強の剣士として有名なディスケンス=ローディス男爵の長女カトリ=ローディスが行方不明。三年前から行方知れずのクロード=ローディスに続き二人目』
時計の針の進む音。
いたく大きく聞こえた。
新聞を置いて、あご肘をつく。
「いいのか? 行かなくて」
ライザが言うので、目を向けた。
ライザは紅茶を口にしていた。
「お前の家族だろ?」
カップを置き、魔導書を手に取りライザが言った。
「元家族さ。今の俺はただのしがない傭兵だろ?」
「いいことを教えてやろう。子どもでも知っている当然のことだが」
「なんだよ」
「死ねばそれまで。お互いにとってな」
「……」
「人は思っている以上にあっさり死ぬ。後でうじうじと泣きつくなよ? 迷惑だからな」
「……重いな。ライザが言うと」
立ち上がりながら、俺は言った。
「でもま。だったら飯前に言ってほしかったね、俺は」
「そうだな。先に言っておけば今日の献立は変わったかもな」
相変わらず魔導書を読んだまま、体臭も口臭も存在しない、半ば神であるライザが言った。
その目の前には、完食されたガーリックエッグトーストが置かれていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「結局一昼夜走り倒しだったなー」
姉であるカトリが捕らえられているであろう洞穴を、二百メートルほど先の高丘から見下ろし、俺は言った。
場所の割り出しは例によってライザの能力に頼っている。
ただ補足して言っておくと、ライザの権限は、実はなんでも『できない』。
理由として、ライザに加え、他の十二神が創造する権限は、創造したものがダンジョンにポップしてしまう、という欠点があるらしい。
どの頻度で出るかは、世界に影響を与えるレベルで決まるのだとか。
だから俺のいる地球に、ライザが権限で行くことは、事実上不可能だったようだ。
そんなものがダンジョンに万が一出てしまったら、世界が大混乱するからである。
今回も、俺の毛を使い、家族の位置のみを割り出せる、とルールを追加している。
それぐらいなら、さしたるレアリティにはなるまい、という考えのもとで行った。
ちなみにダンジョンにポップするという事実を無視して道具を創造しすぎると、どういう目に合うのかは、実はライザにもわからないらしい。
ただ代理人は、現世に干渉しづらい創世十二神のために作られた、物質生命体。
目的は世界の安定である。彼らの食事は人の負の感情らしく、人が死滅しては困るのだ。
世界を混乱させすぎた罰として、神々がどういった対応をとるかは、受けてみるまでは、わからない。
逆に言えば、その覚悟があるなら、なんでもできる、とも言えた。
「疲れたか?」
ライザが言った。
これは三年前にライザが言ってたことだが、ライザはめっちゃせっかちで、俺はライザに足回りは死ぬほど鍛えられている。
だから、走りっこで俺に勝てる奴はそうはいないだろう。
速さでも、体力でも。
ちなみにここで『疲れた』と言おうものなら、また地獄の特訓が待っているので、この質問は罠である。
まあ事実疲れてないんだけどな。
「いやー全くといえば嘘になるけど。とりあえず相手の数ぐらいは確認しとくか。大地よ。我が願いを聞け、そして応えよ。我が手の先に続きしその姿、我が魂にへと明示せよ。地続観」
大地に手を当て、呪を唱えた。
魔力が波動となり、大地の上を走っていく。
この先の地形、地形に立った建造物から人間の姿までが、輪郭だけとはいえはっきりわかる。
「何人だ?」
「これ……かなり死人多いな。正面に九人。裏に一人。洞窟の中が――いや何人かわかんねえわこれ。死人と生存者が混在しすぎてる」
「話にならんな」
「んだとじゃあライザがやってみろよ!」
「よく見ておけよボケ」
ライザが地面を足で擦る。
「大地よ」
ただそれだけの呪で、大地が脈動する。ライザぐらいの高魔力と練度になると、呪なんて必要ない。『大地よ』の一言で精霊の個我が狂う。
「なるほどな。確かに多いな」
「……で?」
「大半は死んでいるな。だが意図的に生かされている人間が何人かいる。これは――まさか」
「で? 何人なんだよ?」
眉根を寄せて俺は尋ねた。
ライザが一度顔を向けてから、また正面を向く。
「恐らく、生きてる囚人は七……いや八人。一人は恐らくカトリ=ローディスか。そして後二人、地下に潜っている人間がいる。――合計十人。わかったか? よく頭に叩き込んでおけよ、ボケ」
こ、このガキャ〜〜〜〜〜っ。
ついつい拳を握ってしまう。
まあ俺より遥かに年上な上に、殴ろうものなら千倍で返ってはくるのですが。
いかに強くなったといっても、ライザほどではない。
その時。
二百メートル先の哨戒に立っていた黒ずくめの男が、確実にこちらを睨み据えた。
「ほう」
「あらマジ?」
俺は持っていた望遠鏡を放ってつかむ。
「よく裸眼で見えるなー。フード被ってるけど獣人かな」
「いや恐らくあれは移植だろう」
「え。獣人の目の移植なんてできるの?」
「通常の手順では不可能だ。再生は目の修復は不可能だし、治療をするには脳が近すぎる」
じゃあ何故移植されたと推測してるんだ?
俺はマジマジとライザの頭を見おろした。
「クロ。お前は裏から回れ」
「ライザは?」
「あたしは正面を引き受ける。正面の敵は九人。あたしの敵じゃないよ」
短い髪を結びながらライザが言った。
ちなみに、この短髪をあえて結ぶのは、ライザがマジになった時のポーズだ。
めったに見れるものじゃない。
それほどの相手には見えないがな……。
「めっずらしいなー。ライザがそんな面倒なことするなんて。朝メシに何か入ってたか?」
「気にするな。気になることがある。それだけの話だ」
「ふーん」
「行くぞ!」
言葉が終わらぬうちに、ライザが消える。
足元に魔力を集め、風の反発を利用して飛ぶ飛脚法である。
風と大地は魔力に反発するからな。
シンプルに呪を唱えて飛ぶ風と呼ばれる呪文もあるが、飛脚法は詠唱抜きで発動できるので、熟練者はこっちを使うことも多い。
「やれやれ。ほんじゃま、俺もいきますか」
頭をかいて、俺も飛脚法で跳躍した。
◇◇◇◇◇
地面に黒ずくめの男の死体が転がっていた。
目は虚ろ。
口から唾液。
首はあらぬ方向に曲がっている。
まあ、俺がやったんだけど。
周囲を探すと、不自然に置かれた岩を見つけた。
切りつけて砕き、どかすと、その下に階段がある。
「ビンゴか」
俺はそこをゆっくりと下り、やたらと長い通路を歩かされた後、ハシゴを登って行き先を防ぐ岩をどかした。
「いよっと」
地下通路から這い出た俺は、パンパンと服の汚れを叩く。
「あーたるかった」
とりあえずは明かりか。
「光よ。我が願いを聞け、そして応えよ。光」
光の弾を生み出す。
とりあえず明かりは確保っと。
周囲を照らしてみる。
中々よくできた内装だ。
多分ダンジョン跡地だな。
突如発生するダンジョンは、奥のレアアイテムを取らないか、生存者が残っている限りは沈まない。
そしてその内装は、人が作るよりも遥かに精巧なことがままある。
そのために囚人を残している、ということなのか。
「ま、どうでもいいけど」
コツコツと足音を隠すこともせず、俺はダンジョン跡地を散策した。
◇◇◇《ここから三人称》◇◇◇
クロードの姉、カトリは手足を鎖で縛られていた。
拘束されて四日。手を雷魔封の鎖で繋がれているため、呪も唱えられない。
当然のことながら、水も飯も取っていない。汚い話になるが、用もその場で足している。
憔悴しきっていた。
表情からもそれは読み取れる。
足音が聞こえる。
カトリが通路側に目を向けた。
明かりが影を連れて、ゆっくりと向かってくる。
「やっぱりね。やっぱり――あんただったのね。アイン」
そこには、ランタンを持ったアインと、キルバルトが立っていた。
【黒魔術】何かを封じたり召喚したりする。生き物は召喚できるが、魔物は召喚できない。これは、生き物の召喚は血と内臓、肉片などを用いた実質『生成』であり、魔物の召喚とは成り立ちが違うからである。またこれらを行うには、必ず陣を描く必要がある。




