ぶっちゃけさ
目を開く。
身を起こした。
身体には毛布をかけられていた。
周囲は森である。
思わず立ち上がっていた。
寝ぼけ眼で辺りを見渡し、ゆっくりと足を動かす。
川のせせらぎの音が近くなっていく。目の前の枝葉をずらすと、少女が突き刺した棒に番傘をくくりつけ、それを日よけにして釣りをしていた。
隣に腰掛ける。
「釣れますか?」
尋ねると少女が無表情に見上げてきた。
俺はそれに、できるだけニコやかに笑う。
「……まあまあかな」
視線を川辺に戻して少女が言った。
「あのーありがとうございました」
少女の隣に座り込みながら俺は言った。
立ったまま話すのもそれそれで失礼かなと思ったからだ。
「コメカミの傷」
指をさす。
少女はチラリとそれを見て、また目をそらす。
「別に。目の前で死なれると鬱陶しい。それだけのことさ」
「あーでもあれっすね」
俺は言った。
後ろの木樽で、魚がゆらゆらと泳いでいる。
「木樽とか釣り用具とか持ってるってことは、この辺に住んでいる人なんですね。大丈夫ですか? あの獣。神獣とか呼ばれてましたけど」
まさか木樽とか釣り用具持って冒険もないだろう。
いくらなんでもかさばりすぎる。
「……神獣は百年以上生きた魔物が成る存在なんだよ。珍しくはあっても善というわけではない。後別にあたしはこの森に住んではいない。旅人だよ」
「え、マジですか!? 俺、旅初心者なんですけど、釣り用具とかこういう木樽とかって、実は必須なんですかね?」
「さあな。まあ、かさばらないなら、あった方がいいだろう」
「あーっと。かさばらない持ち方とかあったりします?」
尋ねると、少女が小さな布袋を向けてきた。
本当に小さく、少女の掌に乗る程度しかない。
「ディメンションクロスという。あらゆるものを収納できる。無限にな」
「む……! 無限?! めちゃくちゃ便利じゃん! 古代魔具!? すげえな!」
古代魔具とはダンジョンから出るアイテムのことで、要はレアアイテムってことである。
「そうだな。確かにすごいよ。あたしはすごいんでな」
「あたしは? まあ確かに見つけたのはすごいよね。ダンジョンを攻略するのにも実力が必要なわけだし」
「別にダンジョンで得たわけじゃない。創ったんだよ。これは」
「創った? 創ったってどういう……」
少女が一度目を向けて、また川面に目を向ける。
その顔は例によって無表情だ。
「どうもこうもない。ただ言葉のままの意味だ。どんな道具でも生み出し創造することができる。これがあたしの権限。『文明創造』だ」
「は?」
思わず間の抜けた声が出る。
パシャン。
水が跳ねた。
釣り竿を少女が引いたのだ。
釣り糸の先には、青々とした魚がかかっている。
それを木樽の中に入れた。
「戻るぞ」
少女が去っていく。
俺は唇に指を当てた。
権限?
文明創造?
能力とはまた違う。
別の力がこの世界にあるということなのか……。
「まあでも、どうでもいいか。とりあえずは」
◇◇◇◇
焚き火を囲むようにして、串に刺した魚を並べた。
香ばしい香りを上げて、そろそろ食べれそうだ。
しかし……。
俺は木を背にして本を読む少女に目をやった。
一切興味がなさそうに見える。
食ってええんかなこれ……。
「勝手に食え」
声が聞こえて目を向ける。
やはり少女の目は俺に向いていなかった。
「あたしには無用のものだ。全てお前が食えばいい」
「それじゃまあ、遠慮なく……。いただきまーす!」
串を一本取り、口にくわえる。
「うめー! 塩も醤油もないけど、やっぱ焼きたてはうめえなー! 何本でもいけちゃうぜ!」
一人じゃないって安心感もあって、ガツガツ食べてしまう。
二匹目の魚の腸に食らいつきながら、ふと少女を見つめた。
少女は今も無表情に、本を読んでいる。
パラリ。
少女が本をめくる。
まるで何度も読んだ本でも見るかのように、その表情に変化はない。
「あのさ」
俺は思わず声をかけていた。
「なんだ?」
「あーいや、さっきオーソリティがどうとか言ってたけど……」
「……そのことか。言葉のままの意味だ。それがあたしの能力なんだよ」
「それは能力とは違うの?」
「全く違う」
「どういう風に?」
「次元が、違うんだよ」
「ちゅ、抽象的だなー。もしかして、聞いたらダメなやつ?」
「いや。あたしは千年生きててね。神の代理人。あるいはシャドウと呼ばれている。説明してもわかるまい。だから省いたまでの話だ」
「千歳か。つまり不老ってこと? 神のように」
「まあ、そういうことだな」
「ふーん」
あまり驚かなかった。
ぶっちゃけて言おう。
ありがちだなと、思ったからだ。
どうせ抱えている闇は、永遠の孤独とか、虚無の時間とか、そんなところなんだろうななんて、荒んだことも考える。
終わっているな……。
我ながら思う。
状況が終わってるんだ。
仕方ないのかもしれない。
そんなクソみたいな自己弁護を挟む。
パチパチパチ。
無言になると、焚き火の爆ぜる音が夜闇に響いた。
「シャドウって何をするの?」
間を埋めるように、俺は尋ねた。
「特に何も」
「え」
「神は何もしない。神は精神生命体で、人の不幸を糧に生きている。天災を起こせば神は満たされるが、人の数は減ってしまう。幸福にすれば糧が減るが、人の数は増えていく。つまり何もしないが正解、ということになる」
「じゃあ君は、えっと……」
「その通り。あたしに意味なんてないよ。まあ全くの無意味というわけではないがな。神は対価で返す。それが精子生命体の在り方だからだ。しかしあたしは人間だ。故に、神が何かをしたい時は、あたしを通せば対価という縛りから解放される。あたしにその任を託すにあたり、与えられた対価が不老と権限というわけさ」
「なるほど。わからん」
「ふ。そうか」
パチパチパチ……。
また火の爆ぜる音だけが、静かに響く。
「あのさー」
「何だ」
「君は食べないの?」
「いらんよ」
「でも俺だけ食べるというのも」
「二百年ほど前に、吐いたことがある」
「は?」
「同じものばかり食べていたからだろう。つまりズボラだったからなのだが。その時からもういいかと思うようになった。パンもリンゴも魚も肉も。何もかも」
「……」
「だから―――いらないんだよ」
この話を聞いてイラっとくる俺は、多分性格が終わっているんだろうなと思う。
最高スペックを積んだ人間の不幸話ほど、ムカつくものはない。
じゃあ代われよその席。
そんなことさえ、思う。
だが落ち着け俺。
相手は少女。
何より、命の恩人でもある。
これでキレたら完全に頭おかしいだろう。
「権限を使ったら?」
指を立てて、俺は提案した。
「どういうことだ?」
「いや。その能力というか、権限はどんな道具でも作れるんだよね? めちゃくちゃ美味い飯になるような道具を作ればいい。頭をハックできるような、チート調味料をさ。どうだ?」
「チート……? まあいいか。いずれにしても、あまり興味はないな」
「何故?」
「そこまでして食べたいとは思わない」
イライライラ。
不快指数がどんどん溜まっていく。
宝の持ち腐れとはまさにこのことではないか。
俺がこの権限を持っていたならば、それこそ無双できるのに。
超絶バカかつ、人生に絶望したドラえもんでも見ている気分になってくる。
しかし落ち着け。
何度も言うが、彼女は命の恩人。
これでキレたら頭おかしいだろう、俺は。
「ぶっちゃけさ」
「何だ」
「俺って異世界人なんだよね」
指を立てて、俺は言った。
【緑フェルナンテ王国】緑に囲まれた獣人の王国。王が二人おり、女王は内政。獣王(夫)は外政を担当する文化。ただし最終決定権は常に獣王にあるものとされる。恩には恩を。報復には報復を。の文化であるため、獣人がさらわれた時には戦争も辞さない。また獣人の習性なのか、助けてもらったものに仕えてしまうところがあり、多くの獣人が『自らの意思で』他国に仕えている。獣人がさらわれる原因の一つでもある。




