逃亡者
「ベレト兄が……死んでる。そんな……」
キィ。
頭が回らぬうちに、部屋の扉が開いた。
振り返る。
そこにいたのは――
「クロード様。これは一体……」
アイリス!?
しまった!
最悪のタイミング!
そう言えばアイリスも、ベレト兄、俺とともに、父上に呼ばれていたんだった!
従者として、ベレトに追従しようと思ってここにきたのだろう。
「待てアイリス! 誤解するなよ!? 犯人は俺じゃない」
「で、でもその剣は……」
「え?」
振り返る。
雷鳴が轟いた。
相変わらず雨の音もうるさい。
雷の閃きが、一瞬ベレトの心臓に刺さっていた剣を照らし明かす。
その剣の腹に、こう書かれていた。
『クロード=ローディスに、創世十二神の祝福を』
「そんなバカな!!」
まさかこれは!
俺の剣!?
そんな!!
「クロード様……」
「待てアイリス! 落ち着いて聞いてくれ! 犯人は俺じゃない! 俺はハメられたんだ! 本当だ!」
タッと、アイリスが駆け寄ってくる。
俺の反論を封殺するかのように。
「クロード様。逃げてください。少しですが、ここに金貨が入っています。これだけあれば、しばらくは食べていけるはずです」
「に、逃げろって……」
何故俺が逃げなければならない?
俺は犯人じゃない。
誰かがベレトを殺した。
そしてわざわざ俺の剣を使っているということは、俺に罪を着せたい誰かが外部、あるいは身内にいる。
一体誰が――
「お前ら明かりもつけずに何をしてるんだ?」
また新たに、部屋に入ってきたものが現れた。それは、手にランタンを持ったアインだった。
「アイン……!」
「なんだクロじゃないか。それにアイリスも。二人して、ベレトの部屋で何をしている」
やや面倒くさそうな声をあげながら、ランタンの明かりを俺の後ろへと、向けた。
そこに在るのはベレトの死体だった。
ランタンの明かりで、息絶えたベレト兄が照らされる。
こいつ……!
俺は見た。
確かに見たぞ。
アインは、ランタンでベレト兄を照らす、その前に――
「あーあ。どういうことだこれは? クロー」
――その下卑た顔で、笑っていたんだ。
「お前かああああああああああ!!」
叫んだ。
その時。
鞘に入った剣が、アインから放られる。
俺はアイリスを突き飛ばすと同時に、それをつかんだ。
「抜けよ。もっとも、抜けばもう言い逃れはできん。お前を弟殺しの罪で処罰する。――御前試合の決着。ここでつけてやろうか? クロ」
「てめえ……!!」
鞘を払う。
それが床につくより早く、俺は駆け出していた。
「もうてめえを兄とは思わねえ!!」
キィン!!
鉄と鉄がぶつかる音。
だがぶつかったのは、俺の剣ではない。
振り下ろしたアインの剣を受け止めたのは、アイリスが掌を合わせて召喚した鉄の杖。
「なっ!!」
「ここは退いてください、クロード様!! ここはあたしが抑えますから!! 早く!」
「何言ってんだ! そんなことをしたらアイリスが!」
「あたしは大丈夫ですから! 早く!!」
「……」
何故俺が逃げなきゃいけない。
犯人はこいつなんだ。
こいつは裁かれて、しかるべき人間のはずなんだ。
だがしかし。
アインは、侯爵の孫娘と婚約を前提とした付き合いをしている。
そして俺は、魔術も使えない、ローディス家のお荷物。
正直に申告したとして、本当に俺の正しさが選択されるか?
父上は俺をあっさり切り捨てるのでは?
だけど。
ここで逃げたらアイリスも!
「早く! クロード様!」
クソ――!
クソクソクソ!!
駆け出した。
出口ではなく、窓に向かって。
「おいおい。ここは三階だぜ? どこに行こうってんだ。魔術も使えないお前では降りれない高さだ」
アインが言った。
俺はそんなアインの忠告を無視して、三階の高さから飛び降りた。
一切の同情なく、迫る地面。
しかし俺は、そのまま五点着地法を用いて大地の上を転がり、ケガ一つなく駆け出していく。
行く先も決めぬまま。
手にはアインが放ってきた剣と、アイリスがくれて金貨。
それだけを持って。
「ふふ。ははは! 逃げろ逃げろ! どこどこまでも逃げて、そして、二度と帰ってくるんじゃないぞ! あっはっは!!」
◇◇◇◇
「はあ、はあ、はあ、はあ」
どれぐらい走り続けたのだろう。
俺は暗がりの、山の中にいた。
どうする。
――どうする。
本当に逃げてよかったのか。
戻ってちゃんと事情を説明するべきでは。
いや無理だ。
アインが俺に本気で罪を着せにきている以上、助からない可能性は高い。
アインは侯爵の孫娘と婚約するほどの立場にいるのだ。
あいつの醜聞は、俺が思っている以上に素早く、かつ容赦なく消し去られるだろう。
場合によっては、人の命を削ってでも。
アイリス――
クソ!
どうしたら――
「やめてください!!」
頭を抱えていると、女の声が聞こえた。
見ると、山道の方で女が盗賊に襲われているようだ。
俺はそれを、山道から外れた獣道から見下ろしていた。
「げへへへ。こんな雨の中、薬草摘みですかー? 雨で帰れなくなっちゃったんでちゅねー? 可哀想にー。代わりに僕らと一緒に楽しい場所に行こうねー」
「いや!! 誰か―!! 誰か―!」
「やめろ!」
雨の中。
俺は獣道から顔を出し、言った。
「もうやめとけ」
改めてもう一度言う。
「ふーん。本当にくるとはね。正義の味方」
振り返って盗賊の男が言った。
いかにもモブだ。
魔術がなくなった今でも、こいつぐらいは殺せるだろう。
しかし数が多いな。
二十から三十……。
さすがに無理だな……。
チャリン。
俺は持っていた金貨を。
アイリスからもらった金貨を、男の前へと放った。
呆けた顔で盗賊らが顔をあげる。
「持ってけよ。それだけあれば十分だろ」
「プッ!!」
男が吹き出すようにして笑った。
笑いながら、俺を指さす。
「ギャハハハハハ!! ぶわーか! 見逃すわけねえだろ! 金ももらってお前ら二人まとめて奴隷商に売ってやるよ!! 誰かこいつら捕まえて簀巻きにしろ! 女には手を出すなよ! 出してえ奴は売れ残ることを祈りな! ギャハハハ!」
「やめた方がいい。それはお前のために言っている」
「ケッ! くだらねえハッタリかましてんじゃねえよ! 売り物の分際で!」
「俺はクロード=ローディスだ」
「はあ? クロード=ローディス〜?」
「無知な奴だな。貴族の三男坊だって言ってるんだよ俺は」
「頭。まずいです!」
「は? ハッタリだろ?」
「ハッタリとしてもリスクがでかすぎます!」
「お前マジで言ってんのか? 真人間にすぎるだろ。本当に俺の部下か?」
「あのローディスですよ!? ベスパの海賊王の話はご存知のはずです! 西海の覇者とも呼ばれた海賊王の一味が、あの男一人に皆殺しにされました! その強さから、ハイル=バーバラ侯と四伯爵のゼクス=バーバラ伯は娘を差し出しています! この三つの勢力を敵に回せば、我々は息をすることさえできませんよ!」
「チッ! つまらねえ正論吐きやがって……」
盗賊の頭が俺を見据えた。
先まで女に群がっていた盗賊らは、反射的にか、女から距離を置いている。
女は両手を合わせ、目を閉じながら神に祈っていた。
「ふ」
盗賊の頭が笑う。
「撤収だ! お前ら全員退け! 退け!」
金を手に取り、盗賊らが引き上げていく。
引き際に、盗賊の頭が振り返った。
「ありがとう、クロード=ローディス君」
「……」
「この金でもっともっと――たくさんの女の子を、傷つけることにするよ」
ズキリと俺の心を刺してから、ハゲの男が夜闇に消えた。
振り返る。
山の下の方でいくつもの明かりが動いているのが見えた。
この子の捜索隊か、俺への追手か――
パシャリ。
足を踏み出す。
しのつく雨が全身を打つ。
「あの……」
後ろにいた女が言った。
「――助けていただき、本当にありがとうございました」
「……ああ。どういたしまして」
俺は顔を見ることさえせず、短く答えた。
ポケットに手を入れる。
そこには、抜いていた金貨が五枚。
「これが俺の、最後の繋がり……か。クソ」
雨の中、俺は静かに足を動かしていた。
――逃亡者として。
【西ベルンツィア】侯爵が治める地方であり、異世界転生した主人公の産まれた地。寒冷地方であり山が多い。直近の問題は、軍人不足とかつての侯爵の長兄と、今の侯爵による緊張。鉱山と海運業が武器。オメガと呼ばれる宗教が盛ん。




