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3/19

殺人

「ベレト。それが何を意味するのか、お前なら分かってるはずだ」



 冷や汗を垂らしながら、アインが尋ねる。

 ベレトは静かにそれを見据えた。

 やがて、蔑むようにベレトが笑う。



「父上。どうですか? お時間はとらせません」

  

「おいベレト!」


「さえずるな」



 ピシャリとベレトがアインの言葉を遮る。



「お前は勘違いしている。俺はお前のことなんて心底どうでもいいんだ。ハエに思うことはただ一つ。嫌悪。それだけだ」


「な、何だとぅ……!」


「そうがなるなよ。図星だからか?」


「貴様!」


「やめなさい! 二人とも!」



 言ったのは母上である。



「兄弟同士でみっともない。特にベレト。聡明なあなたらしくもない。どうしたのですか?」


「失礼しました母上」


「私にではく、アインに謝りなさい。何かあったので――」


「いいよ、ベレト」



 母上の言葉を断ち切って、父上が立ち上がる。


 

「聞こうじゃないか。話とやらを」


「ありがとうございます」



 父上とベレト、それに親衛隊長であるテリーが居間から退出する。

 俺はそれを席に座りながら見送っていた。



 なんだ……。

 父上と話したいことって。



 気になるな。

 ちょっと行ってみるか。



「ごちそうさま。母上」



 告げてから、俺は席を下りてベレトの後を追った。

 その時。



「コラ!」

 


 声をかけられて、俺は思わず尻もちをついた。

 そんな俺を、髪をかき上げながら見下ろしてきたのは、魔術指南役のアイリスだった。



「何してるんですかー? クロード様。まさか追いかけようとか、考えてませんよねー?」


「い、いやーそんなことー。ハハハ」


「本当ですかー?」


「本当だって!」



 グリグリと俺の額に額を押し付けて、魔術指南役のアイリスが言う。

 アイリスから見て俺は子供のようなものなのだろうが、俺の実年齢は、三十三歳プラス十三歳で、計四十六歳。

 普通にドキドキする。

 何せアイリスはめちゃくちゃ可愛いし、この世界の俺の初恋の相手みたいなものなのだ。

 


「アイリス」



 アインが言った。

 アイリスが顔をあげる。



「キルバルト」



 更に名を呼ぶ。



「少し、付き合え」



 握った拳を見つめながらアインが言った。

 


「みんなどこかに行っちゃったね」


「遊ぼうよお兄ちゃーん」



 話しかけてきたのは、カトリ姉と妹のエイチカである。

 そんな時。



「カトリ。エイチカ」



 母上が二人の名を呼んだ。

 


「二人とも。クロの特訓に付き合ってあげなさい。先の御前試合のこともあります。後。余計なことをしないよう。首輪がわりに」


「そんな! 母上!」


「ほら。お母様がああ言ってるんだから。行くわよクロ」


「ちょっと姉さん。引っ張らないでよー」

 

「エイチカも一緒にいくー!」



 三人で部屋を出ていく。

 振り返ると、母上がメイド長ティンパニーに注がれた紅茶を、優雅に楽しんでいた。



 ◇◇◇◇◇



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」



 息を切らしながら、俺は芝生の上に腰を下ろしていた。 

 地面には木刀を突き刺している。



「だらしないわねえー。こんなことで息切らしちゃって」


「スパルタすぎるよ姉さんは。俺は魔力が使えないのに」


「え? お兄ちゃんってまだ魔術が使えないの?」


「そうよー。魔術が使えないからって、お兄ちゃんを見下しちゃダメよ? エイチカ」


「ちょっと。ブラックジョークがすぎるって、姉さん」


「でも何だか変だね? お兄ちゃん」


「え?」


「だって、御前試合の時のお兄ちゃんは、魔力があった気がするのに」


「……」


「変だと思わない? お兄ちゃん」


「……確かに、な」


「クロード様」



 呼びかけられて、振り返る。

 そこには黒いローブにフードを深々と被った、怪しさ爆発の男がいた。



「ヒッヒッヒ。お初にお目にかかります。私はディスケンス様の部下である暗夜が長。ギークと申します。クロード様。あなたに伝令です。本日夜の十時。ベレト様とアイリス様。そしてあなたに、ディスケンス様がお話があるそうです」


「いやまずお前を一ミリも信用できないって話なんだが。なんだよ暗夜って。聞いたことないぞそんなの」


「いや。そいつの言ってることは本当だよ」



 後ろから声が聞こえて振り返る。

 そこにいたのは。



「ベレト兄」


「よっ」



 手をあげて気さくに言った。

 振り返る。

 そこにギークの姿はなかった。


 

「無駄だ。あいつの速度を目で追うことは俺でもできない。お前達じゃ尚できない。それより父上との会合の前に、少しお前に聞きたいことがある。ちょっと付き合えよ」



 ◇◇◇◇



 ベレトの部屋へと案内される。

 魔学者の彼らしく、幾つもの幾何学模様の図が描かれた紙が、部屋中に貼られていた。



 ドカリと椅子の上に腰掛ける。

 ベレトが丸まっていた、大きめの紙を広げた。



「なんだよ。話でもあるのか?」


「クロ。炭鉱町ラグジェのことを覚えているか?」


「ラグジェ? あー確か、炭鉱にレールを敷いて、作業効率を上げた街だっけ?」


「そうだ。まあレールを敷くという考えはお前のものだがな」


「う、うーん。まあね」



 まあそんなもの誰でも思いつくとは思うけど……。

 

 

「鉱夫なんて最底辺の人種に投資する。俺にはなかった発想だ。俺達は下民の不幸を糧に生きているが、時には与えた方がより我々の力になる。理解したよ」


「ははは……」



 こういう文化だ。

 深くは突っ込むまい。



「ところで今度、ラグジェの鉱山に蒸気機関を入れようかと思っている。だが計画書を立てる時に思った。蒸気機関のエネルギーは主に水と石炭だが、その力を生み出す計算式がよくわかっていない。お前、知らないか?」


「あー確かー」



 昔漫画で見たことがあるなー。

 チャレ〇ジに出たとこだみたいになってるけど。



「PV = nRT――だったかなー。pが圧力、Vが体積、Tが温度。で、PV=nRT」


「nは?」


「確かモル――」


「クク。ククク」


「ベレト兄?」



 ベレトが振り返る。

 その顔は――今まで見たことがないほど極悪に笑っていた。



「やはりな」



 ドカ!!



 いきなり後頭部を殴られる。

 振り返ることできず、身体がゆっくりと地面に吸い込まれる。

 チラリと目を上向ける。


  

 ベレト兄。

 何故こんなことを。

 そう思ったからだ。

 しかし。



「お前は――」 



 ベレト兄はむしろ立ち上がって剣を抜いていた。

 まるで刺客と相対するかのように。



 バタン!



 倒れる。

 自分が地をなめていることはわかった。

 逆にそれ以外は全くわからない。



 手を伸ばす。

 何かをつかもうとして土さえつかめず、俺の意識は闇へと呑まれていった。



 ◇◇◇◇



 ピクリと指が動く。

 目をゆっくりと開いた。



「いちちち……誰だよ俺をぶん殴った野郎は」



 上体を持ち上げ、頭を押さえた。

 チラリと目を向ける。

 


 どうやら窓が空いているようだ。

 開いた窓が雨と窓を誘い入れている。


 


 ピカッ。



 光が走る。

 一歩後に雷鳴か轟いた。



 部屋の中に光が入りこむ。

 そしてそれを照らし出した。



 ベッドに寝転び、顔をこちらに向けている。

 その心臓には剣が突き立っていた。



 確実に事切れているだろう。

 あの――



「ベ……ベレト兄」



 俺の次兄。

 ベレト=ローディスが。

ベルンツィア帝国。皇帝の弟が現皇帝を暗殺し、帝位簒奪したことにより、北、東、西の三国に分裂した。またこの時勃発した戦争を南北戦争と呼ぶ。


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