殺人
「ベレト。それが何を意味するのか、お前なら分かってるはずだ」
冷や汗を垂らしながら、アインが尋ねる。
ベレトは静かにそれを見据えた。
やがて、蔑むようにベレトが笑う。
「父上。どうですか? お時間はとらせません」
「おいベレト!」
「さえずるな」
ピシャリとベレトがアインの言葉を遮る。
「お前は勘違いしている。俺はお前のことなんて心底どうでもいいんだ。ハエに思うことはただ一つ。嫌悪。それだけだ」
「な、何だとぅ……!」
「そうがなるなよ。図星だからか?」
「貴様!」
「やめなさい! 二人とも!」
言ったのは母上である。
「兄弟同士でみっともない。特にベレト。聡明なあなたらしくもない。どうしたのですか?」
「失礼しました母上」
「私にではく、アインに謝りなさい。何かあったので――」
「いいよ、ベレト」
母上の言葉を断ち切って、父上が立ち上がる。
「聞こうじゃないか。話とやらを」
「ありがとうございます」
父上とベレト、それに親衛隊長であるテリーが居間から退出する。
俺はそれを席に座りながら見送っていた。
なんだ……。
父上と話したいことって。
気になるな。
ちょっと行ってみるか。
「ごちそうさま。母上」
告げてから、俺は席を下りてベレトの後を追った。
その時。
「コラ!」
声をかけられて、俺は思わず尻もちをついた。
そんな俺を、髪をかき上げながら見下ろしてきたのは、魔術指南役のアイリスだった。
「何してるんですかー? クロード様。まさか追いかけようとか、考えてませんよねー?」
「い、いやーそんなことー。ハハハ」
「本当ですかー?」
「本当だって!」
グリグリと俺の額に額を押し付けて、魔術指南役のアイリスが言う。
アイリスから見て俺は子供のようなものなのだろうが、俺の実年齢は、三十三歳プラス十三歳で、計四十六歳。
普通にドキドキする。
何せアイリスはめちゃくちゃ可愛いし、この世界の俺の初恋の相手みたいなものなのだ。
「アイリス」
アインが言った。
アイリスが顔をあげる。
「キルバルト」
更に名を呼ぶ。
「少し、付き合え」
握った拳を見つめながらアインが言った。
「みんなどこかに行っちゃったね」
「遊ぼうよお兄ちゃーん」
話しかけてきたのは、カトリ姉と妹のエイチカである。
そんな時。
「カトリ。エイチカ」
母上が二人の名を呼んだ。
「二人とも。クロの特訓に付き合ってあげなさい。先の御前試合のこともあります。後。余計なことをしないよう。首輪がわりに」
「そんな! 母上!」
「ほら。お母様がああ言ってるんだから。行くわよクロ」
「ちょっと姉さん。引っ張らないでよー」
「エイチカも一緒にいくー!」
三人で部屋を出ていく。
振り返ると、母上がメイド長ティンパニーに注がれた紅茶を、優雅に楽しんでいた。
◇◇◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らしながら、俺は芝生の上に腰を下ろしていた。
地面には木刀を突き刺している。
「だらしないわねえー。こんなことで息切らしちゃって」
「スパルタすぎるよ姉さんは。俺は魔力が使えないのに」
「え? お兄ちゃんってまだ魔術が使えないの?」
「そうよー。魔術が使えないからって、お兄ちゃんを見下しちゃダメよ? エイチカ」
「ちょっと。ブラックジョークがすぎるって、姉さん」
「でも何だか変だね? お兄ちゃん」
「え?」
「だって、御前試合の時のお兄ちゃんは、魔力があった気がするのに」
「……」
「変だと思わない? お兄ちゃん」
「……確かに、な」
「クロード様」
呼びかけられて、振り返る。
そこには黒いローブにフードを深々と被った、怪しさ爆発の男がいた。
「ヒッヒッヒ。お初にお目にかかります。私はディスケンス様の部下である暗夜が長。ギークと申します。クロード様。あなたに伝令です。本日夜の十時。ベレト様とアイリス様。そしてあなたに、ディスケンス様がお話があるそうです」
「いやまずお前を一ミリも信用できないって話なんだが。なんだよ暗夜って。聞いたことないぞそんなの」
「いや。そいつの言ってることは本当だよ」
後ろから声が聞こえて振り返る。
そこにいたのは。
「ベレト兄」
「よっ」
手をあげて気さくに言った。
振り返る。
そこにギークの姿はなかった。
「無駄だ。あいつの速度を目で追うことは俺でもできない。お前達じゃ尚できない。それより父上との会合の前に、少しお前に聞きたいことがある。ちょっと付き合えよ」
◇◇◇◇
ベレトの部屋へと案内される。
魔学者の彼らしく、幾つもの幾何学模様の図が描かれた紙が、部屋中に貼られていた。
ドカリと椅子の上に腰掛ける。
ベレトが丸まっていた、大きめの紙を広げた。
「なんだよ。話でもあるのか?」
「クロ。炭鉱町ラグジェのことを覚えているか?」
「ラグジェ? あー確か、炭鉱にレールを敷いて、作業効率を上げた街だっけ?」
「そうだ。まあレールを敷くという考えはお前のものだがな」
「う、うーん。まあね」
まあそんなもの誰でも思いつくとは思うけど……。
「鉱夫なんて最底辺の人種に投資する。俺にはなかった発想だ。俺達は下民の不幸を糧に生きているが、時には与えた方がより我々の力になる。理解したよ」
「ははは……」
こういう文化だ。
深くは突っ込むまい。
「ところで今度、ラグジェの鉱山に蒸気機関を入れようかと思っている。だが計画書を立てる時に思った。蒸気機関のエネルギーは主に水と石炭だが、その力を生み出す計算式がよくわかっていない。お前、知らないか?」
「あー確かー」
昔漫画で見たことがあるなー。
チャレ〇ジに出たとこだみたいになってるけど。
「PV = nRT――だったかなー。pが圧力、Vが体積、Tが温度。で、PV=nRT」
「nは?」
「確かモル――」
「クク。ククク」
「ベレト兄?」
ベレトが振り返る。
その顔は――今まで見たことがないほど極悪に笑っていた。
「やはりな」
ドカ!!
いきなり後頭部を殴られる。
振り返ることできず、身体がゆっくりと地面に吸い込まれる。
チラリと目を上向ける。
ベレト兄。
何故こんなことを。
そう思ったからだ。
しかし。
「お前は――」
ベレト兄はむしろ立ち上がって剣を抜いていた。
まるで刺客と相対するかのように。
バタン!
倒れる。
自分が地をなめていることはわかった。
逆にそれ以外は全くわからない。
手を伸ばす。
何かをつかもうとして土さえつかめず、俺の意識は闇へと呑まれていった。
◇◇◇◇
ピクリと指が動く。
目をゆっくりと開いた。
「いちちち……誰だよ俺をぶん殴った野郎は」
上体を持ち上げ、頭を押さえた。
チラリと目を向ける。
どうやら窓が空いているようだ。
開いた窓が雨と窓を誘い入れている。
ピカッ。
光が走る。
一歩後に雷鳴か轟いた。
部屋の中に光が入りこむ。
そしてそれを照らし出した。
ベッドに寝転び、顔をこちらに向けている。
その心臓には剣が突き立っていた。
確実に事切れているだろう。
あの――
「ベ……ベレト兄」
俺の次兄。
ベレト=ローディスが。
ベルンツィア帝国。皇帝の弟が現皇帝を暗殺し、帝位簒奪したことにより、北、東、西の三国に分裂した。またこの時勃発した戦争を南北戦争と呼ぶ。




