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アイリス

 コンコン。



 故郷の実家の扉を叩いていた。

 この家に戻るのも三年ぶりだが、特に変わっていなかった。

 豪奢ではないものの、一際大きな家。青々とした庭もついていて、よくここで剣の稽古や魔術の稽古もした。

 裏では馬や牛などの家畜も飼っている。


 

「はい!! ただいま!!」



 懐かしの声が聞こえて俺は笑った。多分善良な笑い方ではなかったと思われる。

 


 扉が開く。



 俺を視認して、召使い兼魔術指南役、アイリスは震え上がった。



「よお」


「え? あ……あ……」



 陽気に挨拶したつもりなのに、アイリスが後ずさる。

 おかしいな。俺だって気づいていないのかもしれない。

 俺は中指で、かけていた丸サングラスをずらした。



「久しぶりだな。アイリス〜〜〜〜〜」


「も、ももも、申し訳ございません、クロード様!! 此度の罪は――」


「ああ、いいんだいいんだ、アイリス。そんなことは」



 土下座するアイリスから目を逸らし、俺は言った。

 振り返るとまだ頭を下げていたので、俺は笑った。

 


 相変わらず生真面目な奴だなと思ったからだ。



「それより見てみろよアイリス」



 俺は言った。



「面白いものが見られるから」



 外へ促す。

 俺の言葉に邪気がないとわかってくれたのか、アイリスが立ち上がり、外に出る。


 

 そして。 

 アイリスが口を押さえて目を見開いた。



「じゃーん。行方不明になってたカトリ姉さんと、その犯人でゴミクズ、キルバルトとアイン兄さんでーす。ああ、ゴミクズってのは、ゴミとクズのコンビって意味じゃなくて、二人ともゴミクズって意味なんでよろしく」


「ア、アイン……様と、カトリ様。それにキルバルトも。これは一体どういう」



 俺の言葉の意味がわからないようで、慌てるアイリス。

 俺は丸サングラスを持ち上げながら、そんなアイリスを観察していた。



 なるほどな。

 確かに、カトリ監禁の件までは、関与していなかったようだな……。



 ベレトの殺人については、不可解なことが多い。

 そのうちの一つに、ベレトの死体を最初に目撃したものは誰なのか、というものがある。

 

  

 このことについてアインに聞いてみたところ、ベレトの死体発見の時系列は、アイン、アイリス、俺らしい。

 つまりアインが最初に目撃し、その後やってきたアイリスに取引を持ちかけることで、今回の事件が起きたのだ。

 もっとも俺は気絶して現場にいたので、あの部屋に入った順でいえばもちろん俺が最初だ。



 二つ目の不可解な点が、殺人には俺の剣が用いられていたということ。

 これはアインが入れ替えたものではないらしい。つまり、俺とベレトに恨みを持つものが、この家にいることを暗に示している。

 俺に罪を着せているわけだからな。



 そして、剣の達人でもあったベレトを声も出ささず殺せるのは身内以外にはいないというのは誰もが考えることだ。音を漏れないようにする魔術もあるにはあるが、そのためにはベレトの前でその術を展開しなければならず、やはり身内以外考え難いという結論に至る。



 であるならば、この家を出た方がまだ安全。アイリスはそう考えたらしい。アインが持ちかけた取引とは、父上にとりなすことと、ベレト殺しの犯人をこっちででっち上げる、というもの。



 つまり、アイリスは、弟だけではなく、俺も守るために、あの追放劇に加担したのだ。



『だからアイリスは恨まないでやってくれ』



 場所に揺られながら、アインは言った。



 ――恨むわけがない。アイリスの、見たまま猫みたいな姿と、今みたいにすぐ慌てふためくポンコツさが好きだった。

 好きだったのによ、クソ。



「じゃ、こいつらは返すから。後は家族間で煮るなり焼くなり好きに解決してくれ。部外者の俺は雨に打たれる前に退散するわ。じゃあな」



 手を振って足を進める。

 しばらく歩いて足を止めた。

 


 ヒヒーン!!

 ブルルル……。



 馬のいななきが耳を打つ。

 目の前には、馬に乗った男が二人。



 背中に長槍を背負った、父上の腹心テリーと、そして――



 父にしてベルンツィア最強の剣士、ディスケンス=ローディス。



 俺と同じく、黒衣の衣装に身を包んでいる。



「お父様!!」


「やあカトリ。無事でよかった。そして――感動の再会、と称していいのかな? これは」



 馬上で俺を見下ろし、父上が言った。

 しばし視線を交錯させてから、俺は笑った。



「届け物は届けたよ。礼はいらん。もう帰るから」



 立ち去ろうとすると、布で包まれた長槍が俺の行く手を遮った。

 テリーである。

 俺は魔力を放出しながら睨めつけた。



「どかせよてめえ。死にてえか」


「やめろテリー。それより捜索隊に話をつけてきてくれたまえ。カトリは見つかったとね」


「わかりました」



 テリーが長槍を背中に戻し、後方で並んでいた騎馬隊のもとに馬を走らせた。



「さてと」



 父が馬から下りた。

 父の愛馬がまたいななきを上げる。

 


「どうだい? 紅茶でも一杯。つもる話もあるだろ?」


「ねえよ。俺には」

 

「ほう。それは意外な答えだ。君は私に話があると思ったのだがね。必ずね」


「……」



 ずいぶんと自信たっぷりに言うものだ。

 必ず俺がこいつと話さなければならない理由。

 なんだろう?

 わからない。  

 それがまたイライラさせられる。

 俺は父上のことを指さした。



「なんだよ。俺が話したいこ――」


「あー!!」



 頭上から声がした。見上げると、黒髪の少女エイチカが、三階の窓から顔を出していた。手にはウサギの人形を抱いている。



「お兄ちゃんだー!」


「エ、エイチカ?」



 空気感をぶち壊し、割って入ってきた声の主を見て、俺は目を見開いた。

 エイチカが窓の縁に足を乗せる。



 おいおい。 

 こいつもしかして――


 

「お兄ちゃーーーーーん!!」



 エイチカは、あろうことか一切の躊躇ちゅうちょなく窓から飛び降りた。再三になるが、エイチカが顔を出していた場所は三階である。



シルフ!!」



 俺は慌てて飛び出した。風で初速を上げ、エイチカを受け止めながら、背を家の壁にぶつけて止まる。モルタルでコーティングされた家じゃなく完全木製の家なら突き破っていたかもしれない。普通に背中が痛い。

 


「お前なー」


「えへへーお兄ちゃんだー。どこ行ってたのー? お兄ちゃーん。エイチカさびしかったよー」



 こいつやけに懐いてくるな。

 こんなにもブラコンだったかな、エイチカって。

 まあ三年ぶりに会ったしこんなもんか。

 俺が冷めてるだけかもな。



「クロ。エイチカはもう無詠唱の飛脚法も使えるしシルフだって使えるの。これぐらいの高さ何でもないのよ。でも――」



 近づいてきたカトリがエイチカのほっぺたをつまんだ。



「三階から飛び降りるのはやめなーって言ったよね、姉様はー。どうして守れなかったのかなー? エイチカちゃんはー」


「ふえー。だってだって、あの時はお姉ちゃんは二階からはダメだってー」


「屁理屈言うんじゃないの! むしろ悪化してるじゃないの!! このこのこの!!」


「ふえー許してよーお姉ちゃーん」


「あのーとりあえず、この子返していいですか?」



 三年ぶりの家族間のノリについていけず、俺は戸惑いながらエイチカを差し出した。

 誰も受け取ってはくれなかったが。



「エイチカ」



 背後から近づいてきた父上が言った。



「紅茶を淹れてきてくれないか。エイチカは得意だったね」


「うん!! エイチカ得意ー!! 待っててね、お兄ちゃん!! お兄ちゃんのために、今まで一番美味しい紅茶を淹れてくるからね!!」



 俺の手から下りたエイチカが、家の中に駆けていく。



「今一度聞くが、どうだい? 紅茶でも一杯」


「下らない手を使うな」


「何のことかな? クロード君。いや。今はシュミット=クロウ君だったかな?」



 目を細める。

 どうやら俺のことは最低限調べているようだ。

 シュミット=クロウは俺が後につけた偽名だからな。


  

 つまり今までの俺の動向を、こいつは知っていたのだ。



 曇り空が雷鳴を響かせていた。降ってこそいないが、時間の問題に思えた。



「はぁ。雨が降る前には帰るぜ」


「雨か。まあ降る前には、片がついているさ。きっとね」



 バタンと。

 家の扉が閉められた。


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