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ブリンストンへ

「起きたか?」



 目を開いたアインに俺は言った。アインが目だけを俺に向けてくる。

 目以外、動かせる場所がなかったからだろう。


 俺達は今、馬に引かせた荷車に乗っている。馬はライザが魔法陣から黒魔術で呼び出し、荷車はライザがディメンションクロス(物を無限に収納できる魔具)から出した。

 全ての魔術に精通し、何でも作り出せる文明創造チートまで持つ。

 まさにライザ大先生様々だ。


 アインが使っていた部下は手足を縛り、隠し牢獄に放っている。


 今荷車に乗っているのは、俺、ライザ、カトリ、アイン、キルバルトの五人である。無論アインとキルバルトに関しては、両手足を布で縛り雁字搦がんじがらめにしている。後余談だが、カトリは服を着替えている。

 


「ああ。最悪の寝覚めだけどな」


「そりゃよかった。ところで今はブリンストンに向かってる最中だ。お前の処遇は自主裁判権を持つ、父上が決めることになるだろう。俺はそれ以上関与する気はない。ただお前にはいくつか聞きたいことがある」


「……何でも聞けよ」


「そうか。聞き分けがよくて結構なことだ。まず一つ目」



 俺は指を一本立てた。



「お前は本当の母様や姉様がどうのと言っていたがあれはどういう意味だ?」


「そのままの意味だ。俺とお前らは母親が違うんだよ」


「お前がわめいていた時、お前は俺達と言っていた。あれはお前とキルバルトを指すのか?」


「ふーっ。訂正しよう。俺とお前は母親が違う。そして、アイリスも」


「アイリス?」


「アイリスは、お前らと半分血が繋がってんだよ。母上と血が繋がってないだけでな。つまり俺とアイリスは姉弟なのさ。双子のな」


「え……」


「ちょっとまってよ」



 アインの妹にして俺の姉、カトリが口を挟んだ。



「それはおかしいわ。アイリスはあたしが子供の頃から魔術指南役だったし、あんたみたいなスカが受け入れられてるのに、アイリスみたいな可愛い子が召使いやってるのは明らかにおかしいでしょ」


「バカが」


「なぁんですってー!!」


「落ち着いてよ姉さん。獣人と人間じゃ成長過程が違うんだ」


「補足すると、獣人と人間は犬猿の仲だ。だから、獣人の血を色濃く継いでしまったアイリスは、士官学校にはもちろん入れないし、家族として受け入れるにしてもリスクがある。獣人と人間が交わることを、獣姦と同じと考える輩が多いからだ。同時にそれ界隈の変態も多いらしいが、余計にそれが悪評に拍車をかけている、というわけだ」


「じゃああんたのお母様は獣人だったってこと?」


「らしいな」


「らしい?」


「俺が物心つく頃にはもう死んでたよ。父上は弱者だったから死んだと言っていた」


「弱者だったから……」


 

 随分意味深な物言いをする。

 それはつまり、野盗に襲われたとか、そういうことなのだろうか。

 いくら父上がベルンツィア最強の剣士だとしても、目の届かない場所で襲われたらどうしようもない。

 


「じゃあ先の『俺達』とは、お前とアイリスを指していて、本当の姉様ってのは、アイリスのことを指してたってことでいいんだな? お前の行動がアイリスのためになるとは思わんが」


「は? 本当の姉様? 何のことだ。確かにアイリスのことは姉だとは思っているが、それだと二人いるみたいじゃないか」



 目を開く。

 カトリを見る。カトリは掌を上向け、呆れた顔で口を開いた。



「確かに言ってたわよ。本当の母様や姉様のためにもって」


「何を言っているのか本当にわからない。まあ、子供の頃はアイリスのことを姉様と呼んでいた……グッ、うっ、ような気がするが、そのせいかな」


  

 しかめっ面をした後、アインが言った。まあそう言われると、そうなのかもとしか言いようがない。実際理は通っているのだ。アインがアイリスを姉様と呼ぶのをやめたのは、アイリスが戸籍から実質外れたからだろうし。

 クセで言ってしまったと言われたら、全然あり得る話では、ある。

 そもそも疑う意味もそんなにない。



 ……まあとりあえず、今はこの話題は置いておくか。

 聞きたいことは他にもある。



「次の質問だ。ベレト兄さんを殺したのは、本当にお前じゃないのか?」


「違う。俺は父上が殺したと確信しているがな」


「こいつ! また父上のことを!」


「他に該当者がいないんだよカトリ。ベレトは研究者でありながら、剣の腕も兄妹の中でピカイチだった。そんなベレトが声も発せず殺されていたが、父上の腕なら納得だよ。身内どうこう関係なく、父上なら声を出す暇さえ与えてはくれまい。瞬殺だよ」


「動機がない」


「いやある。ベレトは確かにすごい奴だが賢すぎた。ベレトは俺の秘密に気がついていた。お前の力を俺が封じている、という秘密にな。俺を落とせば次の後継者候補はベレトだが、俺とベレトなら、どう考えても俺の方が御しやすいだろう。特に俺はバーバラ候のご令嬢と縁談もしていて、下手にちょっかいをかけられると厄介な状況にもあった。ベレトの頭脳と優しさ、強さ、あるいは野心が、父上には邪魔に思えたんだろ。自分の目的のためなら我が子でも殺せる。そういう人だよ、あの人は」


「……」


「他には?」


「お前が使っている部下のことだがな」



 俺が剣の話をする前に、口を挟んだのはライザだった。

 そういやあの黒ずくめの連中を調べたいとか言ってたな。 

 ライザは人に物を尋ねておきながら、目を向けることなく魔導書をめくっている。

 


「あ、暗夜あんやのことか?」


「そいつらについて詳しく教えろ」


暗夜あんやは父上が使っている間者集団だよ。いつからの付き合いとか、どういう経緯でとかは知らない。俺が使っているのはそのうちの二個小隊で、ベレトが死んだ次の日に預けられた。俺を後継者に定めた証だろうと思っている」


「あいつらは、お前らのことについてどの程度知っている?」


「俺達のこと? まあ大体は知ってると思うよ。暗夜あんやは家族の監視や間諜も任務に含まれているからな。護衛と言い換えてもいいが」


「なるほどな」



 ライザはそれだけ言って、続く言葉を発しなかった。質問している時もめくっていた魔導書をパラパラとめくっている。

 しばし何とも言えない沈黙が流れた。



「あんたさー」



 髪をかき上げて、カトリが言った。



「あんた、クロが赤子の頃から意識があったって言ったわね。だからこいつは化け物なんだって。あれはどういう意味?」


「謝って許されることかね」


「許される許されないじゃない。これは誠意の問題よ」


「こいつはな――グッ、う、あぐ……っ」



 アインが顔をしかめた。



「おい、大丈夫か、アイン!」



 まずい!

 重要な話を話す前にキャラが死ぬ。

 漫画で百万回見てきた展開だ。



 これもう絶対死ぬだろ。

 くっそ。

 何故あのタイミングでこいつが現れたのとか、聞きたいことは一杯あったのに!

 しくった!

 


「はあはあ。すまない……持病なんだ」


「お前……死ぬのかもうすぐ」


「いや偏頭痛持ちなんだ」


「……」



 ドカ!!



 しばしの沈黙の後、俺とカトリ姉の蹴りが決まった。



「いてえな何しやがる!」


「うるせえなとっとと言えやもう。そして死ね早く。うざってえ」



 呆れながら俺は言った。

 ライザもアインが死ぬかもと考えていたのか、魔導書を閉じて、鋭くアインを見据えていた。



「クロは言わずもがなだろうが。こいつはな、カトリ。産声も上げずに産まれてきたんだ」


「まさかとは思うけど、それでクロが赤子の頃から意識があった、なんて言ってるわけじゃないでしょうね。そんなことはまれにあることだし、あたしの記憶じゃ普通に泣いてたわよ? クロは。まあ子供の頃の記憶だから、覚えているのはせいぜい産声ぐらいのものだけど」



 腹が立っているからか、しかめっ面をしながら髪をかき上げ、カトリが言った。



「時系列が間違ってるんだよ、お前。こいつが泣き始めたのは、母上にあやされた後だ」


「いや泣いてるじゃん」


「違う」


「だから何がよ」


「こいつはな、産声を上げることなく、まぶたを開いて産まれてきた。もちろんそれでも、赤子の時から意識がある、という可能性よりかは全然ありうることだ。泣かずに産まれることも。目を開いていることもな。だがこいつは開いた目で、明らかに俺達全員を見渡していた。いや、値踏みしてたんだ。この家にはどんな奴がいるのかってな」


「あのさあ」



 カトリが呆れたように言葉をこぼす。

 しかしアインの言葉に俺は戦慄していた。他人が聞けば戯言ざれごとと一笑に付す内容ではあるものの、当事者である俺にはわかる。



 アインの読みは的中していた。



 何だこいつ……!

 当時のアインは俺の年齢から計算すると五歳。ハーフは純正より知能指数が高く産まれる、なんて俗説があるが、俗説は俗説な上に五歳でここまで気づける観察眼は普通じゃない。



 適当ぶっこいているのか?

 いや違う。

 確かに赤子の頃の記憶をほじくり返すと、目を見開いて俺を見ているアインが思い浮かぶ。


 

 こいつ一体――



 ズキリ。

 突如、頭が痛んだ。

 何故かわからず、頭に手を添える。

 何だ――今のは……。

 


「そして母上が泣くように指示して、やっとこいつは泣いた。まるでそれが赤子なんだと気づいたみたいにな。俺はその時からずっと思っていたよ。こいつは化け物だってな。恐らくはベレトも気づいていたと思うよ。あいつは俺より鋭いしな」


「アホくさ。妄想はそれで終わり? もしかしてあんた病気なんじゃないのマジで」


「そうだな。――そうかもしれん。全て俺の妄想だったのかも。クロ」



 アインが俺に目を向ける。

 妄想じゃないとわかっていた俺は少し罪悪感に包まれた。



「なんだよ」


「俺もこの三年相当努力したつもりだった。しかしお前には及ばなかった」


「当たり前よ」



 髪をかきあげて、カトリ姉が言った。



「お前はもう、化け物というくくりじゃたりないな」


「……じゃあなんだよ」



 そう。  

 俺は化け物じゃない。 



 人生二周目の転生者で――チーターだ。



 告白しようかと思った。

 だが。



「そうだなお前は――」



 アインが俺を見据える。

 そして言った。



「すごき、者かな」


「……」


「今まですまなかったな、クロ。全て俺の心の弱さがまねいたことだった」



 何と言ったらいいかわからずに、空を見上げた。

 見上げた先で、蒼い空がどこまでも広がっている。



「遅えよ。今更」



 俺はポツリとつぶやいた。



「そうか」


「残念ながら、もう時効になっちまったよ。もっと早く再会してりゃ、ボコボコにしてやったんだけどな。残念だ」


「――そうか」



 アインもまたポツリとつぶやく。

 顔をそむけていたから、表情は見えなかった。

 街道の上で馬車が揺れる。

 故郷ブリンストンまでは、後一時間ほどでつくらしい。



 《光と闇と編 了》


氣功術。庶民が編み出した、魔術に対抗する技法。誰でも使うことが可能だが、魔術には遠く及ばない。氣功術を究めると、年を一切取らなくなると言われているが、体現できたものは、ラムゲイト大陸では二人だけである。

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