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13/19

燃え上がるのは復讐の火

「覚悟。できてるんだよなー? キルバルトぉー」



 俺は尋ねた。

 無論余裕しゃくしゃくだ。



 こんな奴。

 確実に片腕一本でも片付けられる。



「ふん!」



 胸元から瓶を取り出しキルバルトが鼻で笑う。



 ブードゥドラッグか。



 その瓶に口をつけ、キルバルトがブードゥドラッグを飲み干す。

 そしてそれを床へと放った。

 カラカラと瓶が転がる。

 中身は空。



 ブードゥドラッグは一気飲みすれば幼児退行するわけではない。

 あくまで胃の中を空にして、という条件付きだ。



 胃の中を空にせずブードゥドラッグを飲み干せば、発動する魔術の威力も上がるが、払う寿命も膨大になる。



 俺は笑った。



「ブードゥドラッグか。もったいないことをするねー。おっさんからジジイまでの間は、青春ぐらい大事なのに」


「フ! 化け物め! 十六のガキが言うことか!」


「ごもっとも」



 丸サングラスを持ち上げて、俺は笑った。



 キルバルトが両手を持ち上げる。

 その手と手の間に魔力が収束していく。

 俺はそれを笑って見据えていた。



「炎よ、我が声を聞け、そして応えよ。無尽の弾となりて敵を撃ち滅ぼせ」


「クク。クククク……」


連火炎球フレアバーニング



 キルバルトの手から無数の炎の弾丸が射出された。

 俺はただそれを笑って見据え、まっすぐ正面から、何の抵抗もすることなく、受け止めた。

 メラメラと、炎が周囲を焼く音が響く。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」



 炎の先で、キルバルトが息を絶やしていた。

 当然であろう。

 奴は今寿命の大半、恐らく二十年近くは使っただろう。

 その髪は白く染まり、手、頬、唇にもシワが入っていた。

 


「やったか――!「邪魔だな」



 俺はキルバルトの希望を一振りで断ち切り、炎の全てかき消した。

 俺含め、周囲には炎の欠片さえ残っていない。



 キルバルトが呆然とした顔をした。

 その顔からはすっかり魂が抜け落ちている。

 俺はしっかり、キルバルトに魂が戻るのを待った。

 当然だ。



 この状態で殺しても何も面白くない。



「バ……バカな!!」



 キルバルトが一歩、下がった。



「呪も使わず! 私の寿命を使った魔術が!? こんな。こんなことが! 奴は魔神か!?」


「思い出すなーキルバルト」


「うっ!」



 足を踏み出す。

 キルバルトは後ろに下がると、自分が放り捨てたブードゥドラッグの瓶を踏みつけ、その場に尻もちをついた。



「お前には毎日毎日しごかれた。やりすぎだろってぐらい、毎日な。こいつは俺を殺したいのかもしれないと思って、実際そうだった。だが今では感謝してるよキルバルト。本当さ」



 あごを持ち上げ、キルバルトを見下ろす。

 我ながら、アリに向けるほどの情さえわかない。



「お前等が遊び半分で与えてくれた地獄のおかげで、俺には体術の土台ができていた。おかげで更に上の段階にいくのに、さして時間はかからなかったよ。バカだなお前。思わなかったのか? もしも俺に魔術が戻ったら――体術と魔術を極限まで究めた化け物が、お前の前に戻ってくるかもしれないと。どうして考えられなかったんだ? ここまできたらさあ。殺すしかねえだろうがあ!! なあキルバルトぉー」



 周囲の燭台から火が吹き上がる。

 俺の魔力に反応し、個我こがを失っているのだ。


 

 足を止めた。

 尻もちをついたキルバルトの目の前で。

 すっかり老人となったキルバルトを、俺はできる限り優しく見おろした。



「まあ結果オーライだよ。お前は十分役に立った。だからもう死ね。いらねえよお前」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 



 キルバルトが激しく息をつく。

 その枯れ木のようになった手で、ブロードソードの柄に手を置いた。



「私はお前を殺したかったわけではない」


「じゃあ何だよ」

 

「私はただ! ――守りたかったのだ!」



 キルバルトが立ち上がりながら抜刀し、俺を突き殺そうと向かってくる。

 狙いは顔面。


  

 スッ!!



 刃が俺の指の隙間を通り抜け、止まる。

 技術でうまいこと持ち上げてはみせても、所詮老人の剣だ。

 俺にとっては立てかけた棒をつかむのと、大差ない。

 


「!」


「おいおい。そんな顔してくれるなよ。まさか刺し殺せると、思ったわけじゃねえだろうな。そんな棒切れみたいな腕でよ」


「ぐ!! うおおおおおおおお!!」



 キルバルトが剣を押し込んでくる。

 しかし剣は動かない。



「うおおおおおおおおおおおおおおおお!! はあああああはああああああ!!」



 キルバルトが全体重をかけて剣を引いてくる。

 やはり剣は動かない。



「しかし守りたかったか。そりゃ仕方ねえわ。だって守りたかったんだもんな。お前には大義があるよ、キルバルト」


「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!! ああかあああああはああああ!!」


「復讐は意味がない。幸せになれない。被害者は喜ばない。百万回聞いたよこの台詞。時には加害者がその台詞を吐いたりする。傑作けっさくだよな。だから俺も、その言葉に習うよ」



 ニコやかに笑う。

 自分の邪気全てを打ち払って。



「許すぜキルバルト。復讐は絶対に!! 間違ってるもんな」



 俺は足を持ち上げた。

 そして。



 ドンドン!!



 キルバルトの左膝と右膝。

 足裏で蹴り込み、ほぼ同時に破壊した。

 骨と靭帯がぶちぶちと千切れる感触を確かに感じた。



 倒れ込むキルバルト。そのあごが真横に吹っ飛んだ。振り抜いた俺の裏拳がキルバルトのあごを砕いたからだ。

 踊るように舞うキルバルト。その後頭部をすかさずつかみ、顔面から壁へと叩きつける。

 鈍い音がした。心配しなくても本気でやっていない。だから壁も砕けちゃいない。ただキルバルトの鼻骨が砕けただけだ。壁からタラタラと血が垂れる。

 ドカっと、ゴミでもどかすように、キルバルトの腹を蹴り飛ばした。多分肋骨も折れただろう。俺の靴の先端とかかとには鉄が仕込まれている。



「許してやったぞ? キルバルト」



 ポケットに手を入れながら俺は言った。

 キルバルトは口から血を零しながら、ふいごのように息をしている。多分折れた肋骨が内臓を傷つけている。

 ざまあみろと思った。



「半殺しでな」



 積年の恨みを込めて俺は言った。聞こえているかは謎である。



『お前が叶えたい願いというものは。復讐なんて矮小わいしょうなことではない。そうだな?』



 また声が聞こえた。

 うるさいなと思う。

 今いいところなんだよと。



 アイン。キルバルト。エイフィス。オグマ。エッジ。スライ。シャルルー。

 この七人は必ず殺す。

 ずっとそう、決めていたはずだ……。



 いやしかし。

 ああそうか。



 これってあれか。

 三年前のライザの声じゃねえか。



 チッ。

 魔呑症か。



 やっちまったな。

 無意識でキルバルトを殺しちまった。



 いやもう殺すのは全然いいんだけど、だったら正気で殺せばよかったわ。

 くそ。

 


「次はてめえだアイン。とっととこい。ぶっ殺してやるからよ」



 アインはしばし俺を見据えていた。

 その顔には、意外にも恐怖はなかった。

 アインが笑う。



「……強くなったな、クロ。さすがだよ」



 アインがキルバルトを抱きかかえて背を向ける。

 数歩下がり、キルバルトを床に置いた。



「逃げたきゃ逃げな。もっとも入口には俺より強い女がいる。いずれにせよお前はもう終わりだ」


「待ってクロ! こいつらがどうなろうとどうでもいいけど、殺しちゃダメ! こいつは何か知ってる! 情報を吐かせないと!」



 カトリ姉が牢獄から口を挟む。

 キルバルトをぶっ殺してやったが、カトリ姉は何も思っていないようだ。

 まあ自分をこんな目に追い込んだ犯人かつ、兄を殺した犯人かもしれないのだ。

 当然ではある。



「だ、そうだ。死なずに済んだぞ。まあ敵だらけな状況には変わらないが」


「ふ。クロ。俺は気づいていた」



 強がりか、アインが笑う。

 キルバルトを床に置いたアインが振り返る。



「なんだよ。遠くない未来俺に殺されることをか?」


「お前が産まれた時から意識があったことをだ」



 俺は目を見開いた。

 アインの言葉は真実である。

 何故なら俺は転生者だからだ。



 しかし何故こいつがそれを――知っている? 



「はあ? 産まれた時から意識? あんたバカじゃないの? 惑わされちゃ駄目よ、クロ。こいつはハッタリでしか勝負できない、情けない男なのよ!」


「カトリ。お前はガキだった上に察しが悪いから気がつかなかったのさ。だが俺は気がついていた。お前は人間じゃない。化け物だってな」



 アインが剣を構える。

 すると、身体から黄金の光が噴き出した。

 氣功術ではない。魔力でもない。これは――

 


 アインのスキル。光の剣。効果は、モンスター特攻。魔物じゃない俺には本来無効のスキルだ。



「お前は、人間じゃない。強いのも当然だ。だがこの三年で、俺も強くなった。今こそこの鍛え上げた力で、ローディス家長兄、アイン=ローディスが、お前を討つ!!」




【白魔術】癒しの術。ちなみにどの魔術も同じ神の力を借りており、単に分類しているだけである。頭、目、耳、鼻、口以外の全てを治す再生リザレクションがもっとも有名。ただし再生リザレクションは、他者にしか使えない。

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