燃え上がるのは復讐の火
「覚悟。できてるんだよなー? キルバルトぉー」
俺は尋ねた。
無論余裕しゃくしゃくだ。
こんな奴。
確実に片腕一本でも片付けられる。
「ふん!」
胸元から瓶を取り出しキルバルトが鼻で笑う。
ブードゥドラッグか。
その瓶に口をつけ、キルバルトがブードゥドラッグを飲み干す。
そしてそれを床へと放った。
カラカラと瓶が転がる。
中身は空。
ブードゥドラッグは一気飲みすれば幼児退行するわけではない。
あくまで胃の中を空にして、という条件付きだ。
胃の中を空にせずブードゥドラッグを飲み干せば、発動する魔術の威力も上がるが、払う寿命も膨大になる。
俺は笑った。
「ブードゥドラッグか。もったいないことをするねー。おっさんからジジイまでの間は、青春ぐらい大事なのに」
「フ! 化け物め! 十六のガキが言うことか!」
「ごもっとも」
丸サングラスを持ち上げて、俺は笑った。
キルバルトが両手を持ち上げる。
その手と手の間に魔力が収束していく。
俺はそれを笑って見据えていた。
「炎よ、我が声を聞け、そして応えよ。無尽の弾となりて敵を撃ち滅ぼせ」
「クク。クククク……」
「連火炎球」
キルバルトの手から無数の炎の弾丸が射出された。
俺はただそれを笑って見据え、まっすぐ正面から、何の抵抗もすることなく、受け止めた。
メラメラと、炎が周囲を焼く音が響く。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
炎の先で、キルバルトが息を絶やしていた。
当然であろう。
奴は今寿命の大半、恐らく二十年近くは使っただろう。
その髪は白く染まり、手、頬、唇にもシワが入っていた。
「やったか――!「邪魔だな」
俺はキルバルトの希望を一振りで断ち切り、炎の全てかき消した。
俺含め、周囲には炎の欠片さえ残っていない。
キルバルトが呆然とした顔をした。
その顔からはすっかり魂が抜け落ちている。
俺はしっかり、キルバルトに魂が戻るのを待った。
当然だ。
この状態で殺しても何も面白くない。
「バ……バカな!!」
キルバルトが一歩、下がった。
「呪も使わず! 私の寿命を使った魔術が!? こんな。こんなことが! 奴は魔神か!?」
「思い出すなーキルバルト」
「うっ!」
足を踏み出す。
キルバルトは後ろに下がると、自分が放り捨てたブードゥドラッグの瓶を踏みつけ、その場に尻もちをついた。
「お前には毎日毎日しごかれた。やりすぎだろってぐらい、毎日な。こいつは俺を殺したいのかもしれないと思って、実際そうだった。だが今では感謝してるよキルバルト。本当さ」
あごを持ち上げ、キルバルトを見下ろす。
我ながら、アリに向けるほどの情さえわかない。
「お前等が遊び半分で与えてくれた地獄のおかげで、俺には体術の土台ができていた。おかげで更に上の段階にいくのに、さして時間はかからなかったよ。バカだなお前。思わなかったのか? もしも俺に魔術が戻ったら――体術と魔術を極限まで究めた化け物が、お前の前に戻ってくるかもしれないと。どうして考えられなかったんだ? ここまできたらさあ。殺すしかねえだろうがあ!! なあキルバルトぉー」
周囲の燭台から火が吹き上がる。
俺の魔力に反応し、個我を失っているのだ。
足を止めた。
尻もちをついたキルバルトの目の前で。
すっかり老人となったキルバルトを、俺はできる限り優しく見おろした。
「まあ結果オーライだよ。お前は十分役に立った。だからもう死ね。いらねえよお前」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
キルバルトが激しく息をつく。
その枯れ木のようになった手で、ブロードソードの柄に手を置いた。
「私はお前を殺したかったわけではない」
「じゃあ何だよ」
「私はただ! ――守りたかったのだ!」
キルバルトが立ち上がりながら抜刀し、俺を突き殺そうと向かってくる。
狙いは顔面。
スッ!!
刃が俺の指の隙間を通り抜け、止まる。
技術でうまいこと持ち上げてはみせても、所詮老人の剣だ。
俺にとっては立てかけた棒をつかむのと、大差ない。
「!」
「おいおい。そんな顔してくれるなよ。まさか刺し殺せると、思ったわけじゃねえだろうな。そんな棒切れみたいな腕でよ」
「ぐ!! うおおおおおおおお!!」
キルバルトが剣を押し込んでくる。
しかし剣は動かない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!! はあああああはああああああ!!」
キルバルトが全体重をかけて剣を引いてくる。
やはり剣は動かない。
「しかし守りたかったか。そりゃ仕方ねえわ。だって守りたかったんだもんな。お前には大義があるよ、キルバルト」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!! ああかあああああはああああ!!」
「復讐は意味がない。幸せになれない。被害者は喜ばない。百万回聞いたよこの台詞。時には加害者がその台詞を吐いたりする。傑作だよな。だから俺も、その言葉に習うよ」
ニコやかに笑う。
自分の邪気全てを打ち払って。
「許すぜキルバルト。復讐は絶対に!! 間違ってるもんな」
俺は足を持ち上げた。
そして。
ドンドン!!
キルバルトの左膝と右膝。
足裏で蹴り込み、ほぼ同時に破壊した。
骨と靭帯がぶちぶちと千切れる感触を確かに感じた。
倒れ込むキルバルト。そのあごが真横に吹っ飛んだ。振り抜いた俺の裏拳がキルバルトのあごを砕いたからだ。
踊るように舞うキルバルト。その後頭部をすかさずつかみ、顔面から壁へと叩きつける。
鈍い音がした。心配しなくても本気でやっていない。だから壁も砕けちゃいない。ただキルバルトの鼻骨が砕けただけだ。壁からタラタラと血が垂れる。
ドカっと、ゴミでもどかすように、キルバルトの腹を蹴り飛ばした。多分肋骨も折れただろう。俺の靴の先端と踵には鉄が仕込まれている。
「許してやったぞ? キルバルト」
ポケットに手を入れながら俺は言った。
キルバルトは口から血を零しながら、ふいごのように息をしている。多分折れた肋骨が内臓を傷つけている。
ざまあみろと思った。
「半殺しでな」
積年の恨みを込めて俺は言った。聞こえているかは謎である。
『お前が叶えたい願いというものは。復讐なんて矮小なことではない。そうだな?』
また声が聞こえた。
うるさいなと思う。
今いいところなんだよと。
アイン。キルバルト。エイフィス。オグマ。エッジ。スライ。シャルルー。
この七人は必ず殺す。
ずっとそう、決めていたはずだ……。
いやしかし。
ああそうか。
これってあれか。
三年前のライザの声じゃねえか。
チッ。
魔呑症か。
やっちまったな。
無意識でキルバルトを殺しちまった。
いやもう殺すのは全然いいんだけど、だったら正気で殺せばよかったわ。
くそ。
「次はてめえだアイン。とっととこい。ぶっ殺してやるからよ」
アインはしばし俺を見据えていた。
その顔には、意外にも恐怖はなかった。
アインが笑う。
「……強くなったな、クロ。さすがだよ」
アインがキルバルトを抱きかかえて背を向ける。
数歩下がり、キルバルトを床に置いた。
「逃げたきゃ逃げな。もっとも入口には俺より強い女がいる。いずれにせよお前はもう終わりだ」
「待ってクロ! こいつらがどうなろうとどうでもいいけど、殺しちゃダメ! こいつは何か知ってる! 情報を吐かせないと!」
カトリ姉が牢獄から口を挟む。
キルバルトをぶっ殺してやったが、カトリ姉は何も思っていないようだ。
まあ自分をこんな目に追い込んだ犯人かつ、兄を殺した犯人かもしれないのだ。
当然ではある。
「だ、そうだ。死なずに済んだぞ。まあ敵だらけな状況には変わらないが」
「ふ。クロ。俺は気づいていた」
強がりか、アインが笑う。
キルバルトを床に置いたアインが振り返る。
「なんだよ。遠くない未来俺に殺されることをか?」
「お前が産まれた時から意識があったことをだ」
俺は目を見開いた。
アインの言葉は真実である。
何故なら俺は転生者だからだ。
しかし何故こいつがそれを――知っている?
「はあ? 産まれた時から意識? あんたバカじゃないの? 惑わされちゃ駄目よ、クロ。こいつはハッタリでしか勝負できない、情けない男なのよ!」
「カトリ。お前はガキだった上に察しが悪いから気がつかなかったのさ。だが俺は気がついていた。お前は人間じゃない。化け物だってな」
アインが剣を構える。
すると、身体から黄金の光が噴き出した。
氣功術ではない。魔力でもない。これは――
アインのスキル。光の剣。効果は、モンスター特攻。魔物じゃない俺には本来無効のスキルだ。
「お前は、人間じゃない。強いのも当然だ。だがこの三年で、俺も強くなった。今こそこの鍛え上げた力で、ローディス家長兄、アイン=ローディスが、お前を討つ!!」
【白魔術】癒しの術。ちなみにどの魔術も同じ神の力を借りており、単に分類しているだけである。頭、目、耳、鼻、口以外の全てを治す再生がもっとも有名。ただし再生は、他者にしか使えない。




