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第4話 困った子供たち

PFUの出力を絞りながら、小型船を隠してあるビルへと飛翔する。眼下には、闇に包まれた森と、ところどころに姿を現す廃墟の街並みが広がっていた。


カロンは、これで静かな夜を過ごせると安堵していた。まさか、現地の子供を救助する羽目になるとは思ってもいなかったが、あのまま放っておくわけにもいかなかった。何より、予定外の仕事はもう十分だった。


着陸してPFUを収納していると、アティが尋ねてきた。


<カロン、今回の件は報告しますか?>


「あ? 子供たちのことかい?」


<そうです。これまで現地住民との接触は一切ありませんでした。複数の調査員が各地で同様の調査を行っていますが、救命や救出活動を実施したという報告はありません。今回の救出活動について、報告を行いますか?>


助けを求めている人々は大勢いる。すべてを助けることなど物理的に不可能だし、自分一人にできることなど、たかが知れている。確か、調査規定にも救命活動は行動対象として含まれていなかったはずだ。


「救命活動か……。確かに、言われてみれば規定外行動だよな」


これまで、現地住民との余計なトラブルを避けるため、彼らの目につかないように活動してきた。積極的な交流は避け、必要以上に自分たちの存在を知られないようにする。それが調査員たちの基本方針だった。


<技術支援などには一部制限がありますが、現地住民が友好的であれば、情報支援を行い、調査への協力を求めることは認められています>


場所によっては、自治政府と呼べるほどの小さな政治集団が組織されており、情報収集などで協力関係を築いている例もあると聞いていた。しかし、今回はただの現地住民、それも子供たちだ。


「そうだな、報告はしておこう。居住地の場所と、住民の規模がどのくらいか。それから、あくまでも突発的な事象によって救出活動を行った、という扱いにしてくれるかい?」


<はい、そのように処理します>


そこまで頼んでから、カロンは思い出したように付け加えた。


「決して『静かな夜を過ごしたかったから』だけじゃないからな、アティ」


<承知しました。子供たちの位置を追跡しておきます。おやすみなさい、カロン。良い夢を>


「はいはい、おやすみ」


カロンは苦笑しながら通話を切った。アティがどこまで本気で言っているのかは分からない。だが、少なくとも今夜は、これ以上予定外の仕事が舞い込んでこないことを願いたかった。


・

・

・

・


調査が一段落していたおかげで、カロンは久しぶりに遅い目覚めを迎えた。アティが気を利かせてくれたのだろう。いつものように、容赦のないアラームで叩き起こされることはなかった。


<おはようございます、カロン調査員。本日の天気は快晴。現地時刻は午前11時42分31秒、現在の気温は24℃。予定されていた調査項目は、すべて完了しています>


「おはよう、アティ」


カロンは大きな欠伸をしながら簡易ベッドから起き上がった。首の後ろをポリポリと掻きながら、まずは軌道上施設の作業状況を確認する。窓の外には、熱帯の強い日差しを受けた緑の森が広がっていた。


<昨日の調査結果を報告します。現在位置から方位角182度、距離約900メートルの地点に、集落を確認しました>


「ん?」


<集落の規模は、40人前後と推定されます>


「ああ、そうだった。あの子供たちの件か」


<軌道上から半径100キロメートル程度の範囲を確認しましたが、この集落が最も近い居住地でした。子供たちも、そこから来たものと考えられます>


カロンは遅い朝食の準備をしながら、報告を聞いていた。保存食を取り出し、飲料水を用意する。


<カロン調査員に祈りを捧げていた少年については、母親と思われる女性と二人暮らしであることを確認しました>


「うん」


<もう一人の、凶暴な子供ですが>


「ああ、あれな。暴れるもんだから、危うく落とすところだった。まったく、元気な子供だよ」


<帰宅後、かなりの虐待を受けたようです>


ちょうど水を飲んでいたカロンは、思わず吹き出して激しく咳き込んだ。


「げほっ、げほっ! ……ああ、なんで? 虐待された? ひどいな、それは」


<帰宅後、かなりの時間にわたって泣き続けていたことを確認しています>


「ああ……うん。かわいそうにな。そうだな……そこは報告から外してくれ。ここではパートナー登録規定は関係ないだろうし」


<承知しました。それでは、集落の位置と推定人口、救出地点、救出の経緯および時刻、カロンが『天使様』と呼ばれていた際の会話内容を含め、報告書を作成します>


「天使って呼ばれてたのか? やめてくれよ。なんでそうなるんだ? 教育体制はどうなってるんだよ。体重を聞いても分からないとか言ってたし」


<文明崩壊後、長い間、学校と呼ばれる教育プログラムを実施する施設は再建されていません。住民の大半は、体系的な教育を受けていないものと推測されます>


「ああ、そうなんだ……」


納得しかけたカロンは、ふと首筋に違和感を覚えた。先ほどから、やけにかゆい。無意識のうちに首の後ろを掻いていたが、指先に触れる皮膚が少し腫れているような気がした。


「アティ、なんかこう、俺の首が腫れてかゆいんだが、どうなっている?」


<患部を確認しました。発赤と腫脹があります。症状から、虫刺されの可能性が高いと推定します>


「虫刺され?」


カロンは首を傾げた。話には聞いていた。現地の生物には不用意に接触しないよう、事前の説明も受けていたはずだ。しかし、まさか自分が刺されるとは思ってもいなかった。


「話には聞いてたけど、俺、この星がちょっと嫌いになったよ」


<かゆみを抑える外用薬を用意しました。右側の収納ボックスにあります。患部を掻かず、薬剤を塗布してください>


美しい星だとは思う。だが、どうやら快適に暮らせるかどうかは、また別の話らしい。


<それで、その後なのですが>


「え、まだあるの?」


<はい。先ほど現在位置から400メートルほど離れている川で、あの子供たちが魚を採取しているのを確認しました>


「へぇ、魚って水族館とかにいる、あの魚かい?」


<はい。おそらく食用にするものと思われます。現状の環境では、大規模な農耕は行えず、安定した食料供給が困難です。動物性たんぱく質の確保も容易ではないため、子供たちも貴重な食料確保の労働力となっているものと推測されます>


「……子供まで働かなきゃならないのか。って、食べるの?」


カロンは手にしていた食料パックを見つめた。栄養成分も摂取量も管理された食事が、当たり前のように手に入る生活。そんな環境しか知らない自分には、川で魚を捕まえて食いつなぐ暮らしなど、想像することさえ難しかった。


<漁を終えた子供たちですが、集落には戻らず>


「……」


<5分ほど前に、このビルに登り始めました>


「なんでだよ……」




・

・

・

・


「マリー、だめだよ。今度こそおばさんに怒られるよ。前みたいに木から吊るされて、みんなから笑われるよ」


遺跡の周囲に生えた蔦を一本一本引っ張りながら、登れる場所を確かめていたマリーは、ぴたりと動きを止めると、僕の方に向かって大声で威嚇した。


「アンタ、あとで叩くからね!」


もう最悪だ。昨日あれだけ怒られたのに、また同じことをやっている。

昨日の廃墟と違って、ここはもっと大きくて高い。周囲に生えた蔦を引っ張っては、足を掛けられそうな場所を探しているけれど、なかなか上手くいかないようだ。さすがのマリーも、ここでは苦戦している。

僕はそんなマリーを少し離れたところから眺めていた。

ここには僕も大人と一緒に入ったことがある。でも、床は2つほどしかなく、それより上に行ける場所はなかった。ぽっかりと開いた暗い穴が6つほど並んでいて、その向こうはずっと下まで続く奈落の底だった。


あんなところに近づくなんて絶対に嫌だ。きっと、あそこは悪魔が這い出してくる穴だ。


そもそも、こんな危ない場所に入る必要なんてない。昨日みたいに天使様が助けてくれるとも限らないのだから。

それなのにマリーは、どうしてあんなに一生懸命登ろうとしているんだろう。

僕はもう一度、マリーの方を見た。

マリーを止めないと、今度こそ天使様は助けてはくれない。

僕は少し腹を立てて、大声でマリーを呼ぼうとした。

その時、あの音が周囲に響き渡ったんだ。


『ピィイィィィィィーーーーーーーーーン』


音のする方を見ても、何も見えない。いや、何かが飛んでいる。

透明な布のようなものが、そこだけ景色を陽炎のようにゆらゆらと歪ませているのが見えた。

遺跡の陰に音が消えたと思ったら、その向こうから黒い服を着た男の人、いや、天使様が歩いて来たんだ。


「Hey! Get down from there!」


天使様は、遺跡に登っていたマリーに向かって何か言っている。でも、どう見ても怒っているように見える。

これはまずい。神様の前まで連れていかれて怒られるんだ。

僕はとっさに、魚を置いてあった草むらの陰に逃げ込んで、様子をうかがった。

マリーは蔦につかまったまま、しばらく天使様の方を見て口をパクパクさせている。


「Get down!」


天使様は父さんくらいの男の人に見える。地面を指さして、マリーに降りるように言っているようだ。

僕はそこで、おじいさんの言っていたことを思い出した。


『悪魔が塔を守っていて、けがをして帰ってきた人が大勢いたんじゃ』


天使様はきっと、悪魔がいるから登るなと言っているのだ。

マリーはゆっくりと遺跡から降り始めた。ゆっくり、ゆっくりと降りていたかと思うと、まだずいぶん高いところにいるのに、ぱっと飛び降りた。地面にきれいに着地したその瞬間、マリーはガラス森の奥に向かって、目にもとまらぬ速さで走り出した。


凄い速さだった。あんなに速く走れるんだ。大人と競争しても、多分マリーの方が速い。って、それどころではない。


「えっ、ちょっと待ってよ! マリー! 置いてくなんてひどいよ!」


僕も逃げなきゃと思ったけど、よく考えたら僕たちは天使様にお礼をしていなかった。

それなのに逃げるのは良くない。神様は全部知っているのだ。

僕は魚の入ったカゴと魚とりの道具を持って、草むらから這い出した。

天使様は、マリーが走り去った方を呆然と見ていたけど、なんだか困ったように首のあたりをポリポリと掻きながら、僕の方を振り向いたかと思うと、両手を広げて「ヤレヤレ」というようなポーズをとったんだ。

天使様はしばらく僕の方を見ていたけど、こっちに来いと言うように、手をひらひらさせていた。


多分、怒られない。そんな気がした。


黒い天使様は、見た目は僕たちと全く同じように見える。僕はおずおずと天使様の前まで進むと、その場にひざまずいた。


<お祈りは必要ありません。この人はカロン調査員、あなたと同じ人間です>


天使様は女神の声で話し始めた。


<あなた方二人を追跡していました。危険なことをしているので、止めに来ました。廃墟に登ってはいけません。どうして上に登ろうとするのですか?>


「あの……天使様、ごめんなさい。マリーを止めようとしたんだけど、天使様がいるかどうか確かめるんだって……」


「What’s he saying?」

(彼は何て言ってる?)


<He says she came here to find out whether angels really exist.>

(一緒に来た彼女が、本当に天使がいるのか確かめるためにここへ来たそうです。)


「Huh? Why?」

(えっ、なんで?)


天使様は何かをボソボソと女神様と話していたかと思うと、静かにこちらへ向き直った。

すると、声が二重に聞こえ始めた。男の天使様の声と、もう一つの声が重なっている。


⦅Can you understand what I’m saying? I’m using a translator.⦆

     ー「俺の言っていることが分かるかい? 翻訳しているんだ」


「あの、天使様、声が二つに聞こえます」


少し間があった。天使様は空を見上げ、手を額に当てると、困ったような声で言ったんだ。


⦅Do I have to explain everything? Everything?⦆

     ー「全部か、全部説明しないと駄目なのか……」


・

・

・

・


天使様は、カロンと名乗ったんだ。

それからカロンと一緒に場所を移して、落ち着いて話をすることになった。

四角い石の上に座ると、カロンは違う星から来たと言った。でも、元は人間だから僕たちと変わらないし、話している言葉も別の地域のもので、昔から人間が使っていたものなのだと教えてくれた。

そして、神の塔を直すため調査をしに来たとも言った。あれは神様が作ったものではなく、昔の人たちが作ったものなのだそうだ。

天使の羽も、姿が見えなくなる体を包む鏡も、全部機械でできていて、昔からあるものなのだと教えてくれた。

その証拠に、天使の羽を外して触らせてくれた。それは棒のような形をしていて、背中にくっつくようになっていた。

でも、いつまでも飛んでいられるわけではなく、ほんの少しの時間しか飛べないとも言っていた。

声が二重に聞こえるのは、おじいさんが言っていたような機械の魔法の力なのだと教えてくれた。


「女神様の声も機械なの?」


僕が尋ねると、カロンは首のところにある網のような部分を指さした。


「ここから声が出ているんだ」


そういえば、村にも同じように音楽が流れる機械があったことを思い出した。

一番驚いたのは、カロンがマリーの居場所を言い当てたことだった。

カロンは、アティという女神様の声が居場所を教えてくれると言って、マリーが隠れている茂みを教えてくれたんだ。

そこは、マリーが逃げていった方向とはまったく違う場所だった。どうやって回り込んだんだろう?

どうやらマリーは、逃げたあとも僕たちの様子をうかがっていたらしい。女神様には、そんなことまで分かるんだ。

僕はカロンに言われたとおり、茂みの方を向いて大声で呼んだ。


「マリィーーー! 怒らないから出て来てってさー! 大丈夫だよー!」


しばらくすると、マリーはアティという女神様が教えてくれた茂みから、本当に出てきた。

僕とカロンは、その姿を見て思わず笑ってしまった。

カロンはマリーを見ると、『凶暴な子』と言って、声を上げて笑った。

マリーは僕たちの前まで来ると、ボソリと言った。


「あの、本当に天使様なの?」


⦅I can fly and turn invisible, but I’m just a human like you.⦆

     ー「空を飛んだり、姿を消したりできるけど、君たちと同じ人間だよ」


マリーはちょっとギョッとした顔をしたあと、言ったんだ。


「なんで声が二つに聞こえるの?」


僕もさっき同じことを聞いたんだ。それを思い出したのか、カロンも僕の方を見た。


⦅Do I have to explain everything again?⦆

     ー「また全部説明しなきゃならないのか?」


思わず笑っちゃった。

不思議だったのは、マリーが妙におとなしいことだった。

いつもと声が違う。少し高くて、うわずっているというか、無理にしおらしくしているように見えた。

いつもだったら「叩くわよ」とか「ルーのバカ」とか平気で言うのに、今日は何だか様子がおかしい。

ずっともじもじしていて、髪の毛ばかり触っている。

僕には何が何だか分からなかった。



・

・

・

・

「さて、そろそろお別れだな」


カロンは天使の羽を背負って立ち上がった。


「じゃあな、お前ら。ちょっと離れてろ。俺はここの調査が終わったから、次の命令が来るまで待機することになる。次にお前らが塔に登って泣いていても、もうここにはいないと思うぞ。今度は助けてやれないからな」


そう言って歩き出そうとしたときだった。

突然、マリーが僕の魚の入ったカゴをひったくった。


「これ、持っていって!」


そう言ってカロンに差し出したんだ。

カロンはカゴの中を覗き込むと、明らかに嫌そうな顔をした。


「いや、いらない。お前たちが食べるんだろ? 俺は腹いっぱいだから気にするな」


「でも……」


マリーがまだカゴを差し出そうとするので、僕は慌ててその腕を引っ張った。


「マリー、やめなよ! カロンはお腹いっぱいなんだって!」


カロンは少し困ったような顔をして僕たちに手を振ると、あの高い音を立てて廃墟の上へと飛び去ったんだ。



・

・

・

・

なんだか、どっと疲れた気がする。

まだ調査をしている方が気が楽だ。もう現地の住人と接触するのはやめよう。

カロンはため息をつきながら、PFUを収納した。

気付けば、太陽は少し傾き始めていた。廃墟の隙間から差し込む光が、緑に覆われた街並みを照らしている。


<カロン調査員、今回の件について報告書を作成しますか?>


「アティ、この件は報告はいらないだろ。もう登るなって言ったから大丈夫だろ」


<正式な救出活動の報告はすでに作成されています。今回の接触に関する追加記録は破棄します>


「それはそうと、あいつら、あの魚を食べるのかな? まだ動いてただろ?」


<調査しますか?>


「マジでやめてくれよ」

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