回想 5
俺がベヒモスの種苗に取り掛かっているあいだ、ネレイデスは地図の作成に取り組んでいた。
高い所が苦手だというのに何度もフェルニゲシュの背に乗って地形を確認していた。
「おい、無理はするなよ」
「無理なんかしてませんわ。わたくしたちカイザキ様を勝たせますわよ」
フェルニゲシュはネレイデスを何度も乗せられて嬉しそうだ。空を飛ぶ時、ネレイデスの長い尾はフェルニゲシュの胴体に巻き付けて乗るので安定はしているようだ。
「種苗はどうですの?」
「今までとは全く違うな」
他の魔獣の種苗は種とか豆のような感じだったのだが、ベヒモスの種苗は球根のような形状をしていた。硬い外皮を剥がし温度を保った栄養剤に漬けてある。それが球根のままどんどん大きくなり、今では子猫ほどのサイズになっている。形も縦長になり、何かのサナギのようだ。
数時間ごとに慎重に転がし、栄養剤を交換する。ここで失敗すると溶けてしまったりカビが生えてしまったりするのだ。
「カイザキ様、最終防衛ラインはこの掩体壕で良いとして第一防衛ラインと第二防衛ラインの候補が出ましたわ」
「どこだ?」
「ここ、そしてここですわね」
「そこは敵陣ではないか」
「今では自陣ですわよ」
「そうか」
「地下のゴブリンの巣穴も拡張が済みましたわ。現在では全ての巣穴が繋がって、新しい最前線からこの掩体壕までずっと逃げて来られますわ」
「凄いな。理想的なゲリラ戦が可能だ」
「収穫した備蓄もゴブリンの巣深くに分散しておきましたわ」
「完璧だ」
ネレイデスは今まで育てた魔獣の中で最も知識欲が旺盛だった。言葉を解し、話せるだけでなく読み書きまで覚え、勝手に本を読み出したのには舌を巻いた。
不定期に届く新聞と本の全てに目を通し、それでも飽き足らず戦況報告や戦時日報まで読み漁った。
懐くフェルニゲシュにそれらを読み聞かせ、人の営みや政治環境を教え込んだのもネレイデスである。
この二匹が居なかったら俺はとっくに諦めて逃げ出していただろう。この二匹が俺を支えてくれているのである。
「あ、孵化しそうだよ!」
「どれどれ」
「あら本当、もうすぐですわね」
フェルニゲシュは外から首だけ部屋に突っ込んで種苗を見守っている。デカ過ぎて身体が入り口を通らないのだ。
「僕もこんなに大きかった?」
「いやいや、フェルニゲシュはもっと全然小さかったな」
「これくらい?」
「いやもっと、これくらい」
「そんなに小ちゃかったの?」
「そうだな」
「じゃあこの子、どれくらい大きくなるんだろうね?」
「本当、どれくらいになるんだろうな、、、」
「あっ出てきたよ!」
「まだ殻が割れただけですわ。まだまだ時間が掛かりますわよ」
「ねえ、殻を取ってあげちゃ駄目?」
「まだ皮膚が弱いかも知れない。自力に任せよう」
「ええ〜」
「そんなこと言うならお前が脱皮する時に無理矢理ひっぺがすぞ?」
「やだやだやだ。痛いの嫌い」
「あら、思ったより早いですわね」
「ほんとだ」
「ほら、やっぱり」
「これは、、、」
「筒?」
生まれたベヒモスの幼体は茶筒のような円筒形に四対八本の脚が生えたような姿をしていた。
「これから姿が変わって行くのかしら?」
「ひとまず飼育ケースに移動させよう。菌が怖い」
「あ、僕がやりたい!」
「餌はなんですの?」
「それが、資料には『何でも』と書いてある」
「口は何処ですの?」
「さっぱり分からんな」
「息はしてる?」
「少しずつ動いてますわね」
「あ、体側に気門があるな。こちら側にニ対、こちら側に八対」
「変なの」
「きっと虫に近い生き物なんですわね」
「てことは、こっちが頭か」
「餌はどうします?」
「色々与えてみて様子を見るしかないな。幸いショックは起こしていないようだ」
水苔を敷いた飼育ケースの端に幼体用のペレット状の餌を置き、逆側にはミミズを入れた。
動きはない。
「私たちも食事にしましょうか?」
「そうしよう」
「僕も一緒に食べていい?」
「おい、まだ懲りてないのか?」
数ヶ月前、どうしても室内で一緒に食べたいとわがままを言うので試したところ、部屋中を羊が逃げ回りとんでもない事態になったのだ。
「大丈夫、今度は殺してから持ってくるから」
「うーん、やっぱりやめておこうか」
「えー、酷い! いっつも僕だけ仲間はずれ!」
「じゃあ、机を出して俺たちが外に出るか」
「カイザキ様はフェルニゲシュに甘いですわね」
「まあ、そう言うな。それにネレイデスだって、たまにはわがままを言っても良いんだぞ?」
「わたくしはそういう無分別なことはしませんの」
「え、ひどーい。それって僕への当てこすり?」
「別にそういうことではありませんわ。さ、食事にしましょう?」
「よし。じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「あ、待って待って。いただきまーす!」
フェルニゲシュは自分の後ろで草を食んでいた羊を尻尾で締め上げ、口の中に放り込んだ。丸呑みである。
対して俺たちは塩漬けの鹿肉と森で採れる根菜のスープ、そして種無しパンである。スープはよく煮込まれていて美味い。
「美味しいですわね」
「ああ、最高だ」
「お酒はいいんですの?」
「馬鹿を言うな。いつ敵が攻めてくるか分からないのだぞ」
「まだ大丈夫だと思いますわよ?」
「そうだと良いが」
「あら?」
「どうした?」
ネレイデスは黙って立ち上がると森の方をじっと見つめた。
「あれ、珍しいね。ネレイデス種が集まってこっちに来てるよ」
「え」
彼らは水場をテリトリーにして、しかもそれぞれが広範囲にテリトリーを持ってバラバラに暮らしていたからだ。
「話を聞いて参りますわ」
「頼む」
ネレイデスはスルスルと森の方へ這っていき、暗闇に溶け込んで見えなくなった。
なんとなく食事に集中できないまま、ぼんやりと森の方を見つめているとネレイデスが戻ってきた。
「ベヒモスの幼生を預からせて欲しいそうです」
「はあ?」
「自分たち、つまりネレイデス種こそが『砲台様』つまりベヒモスの守護なのだと申してますわ」
「そうなのか?」
「分かりません」
「その、ネレイデスもそう感じるか?」
「ええ感じます。これは、、、母性?」
ネレイデスは下腹に手を当てた。ふむ、そう言うなら任せよう。何しろベヒモスがどういう生き物なのか全く分からないのだ。
強大な戦果を上げる巨大生物ということしか知らされていない。プラズマ弾という強力なエネルギーを放出するのだそうだが、我々人類は長年、前線から遠ざかっていたのだ。戦場を目の当たりにした人間はごく僅かだ。
「よし、任せる」
「では、、、」
ネレイデスは掩体壕に入り、ベヒモスを抱き抱えて出てきた。
「お前も行くのか?」
「わたくしは残りますわ。カイザキ様をおひとりにしては心配です」
「僕が居るから大丈夫だよ!」
「余計に心配よ。それにフェルニゲシュもわたくしが居なくてひとりで寝れますの?」
「ね、寝れるよう」
そう言いながらもフェルニゲシュはカカカとチャタリングをした。強がりは言えても内心は隠せないらしい。ネレイデスはニッコリと微笑むとベヒモスの幼生を同種に預けた。
「ちょくちょく様子を見に行くと伝えてくれ」
「わかりましたわ」
明日からでもベヒモスの生態も記録しておいた方が良さそうだ。ネレイデスが人に懐きにくい理由もそこにあるのなら新しい発見になる。
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