回想 6
翌日、敵が攻め込んで来たらどう動くのか各部隊に伝えて回った。
先ずはゴブリン部隊。
陸上部隊が来たら石を投擲して毒虫を投げ込む。空挺部隊が来たら巣穴に避難。少々後退して改めて様子見。
そして航空部隊。
敵機襲来の知らせを聞いたら即時離陸、目的は相手戦力の見極めと撹乱。軽くちょっかいをかけたのち、森の中に逃げ込むと見せかけてオークの弓とオーガの槍で航空戦力を削ぐ。空を飛ぶ連中の命まで取る必要はない。羽だけ傷つければ簡単に戦力外となるのだ。
そうした戦略の確認が終わったらベヒモスの様子を見に川へ向かった。
フェルニゲシュの背に、ネレイデスと二人乗りである。
「こうしてみるとネレイデスは小柄なのだな」
普段はネレイデスの方が目線が上にあるのだが、タンデムしてみるとネレイデスの頭頂部は俺の顎の下にある。
「わたくしの頭で視界を塞がぬよう屈んで差し上げているのです」
「そうかなあ、普段が背伸びしてるんじゃないのか?」
「まさか。ひょっとして、わたくしがカイザキ様を見下したい願望を持っているとでもおっしゃいたいので?」
「違うのか?」
「違いますわ」
「ふむ」
蛇は獲物を狙う時、鎌首を擡げて上から攻撃するイメージがある。そういう身体的欲求というか、本能的な優位性の確保みたいなものがあってもおかしくはないとは思う。
しかしこうして自分より低くなったネレイデスと密着していると不思議なことに庇護欲のようなものが湧き出してくる。
俺はネレイデスを抱きしめた。
「お前は美しい」
ネレイデスは暫く抱かれたままになっていたが、腕の中で身じろぎをし顔をこちらに向けた。
「カイザキ様、戦闘の気配を前にして生存本能が刺激されてらっしゃるのかも知れませんが、そういうのを子女に向けるのは少しばかり不行儀ですわよ」
俺はネレイデスに回した腕を解いた。
「そうだな、すまん」
「許して差し上げますわ。そもそも、人族というのはこの星を焼き尽くす程の恐ろしい戦闘民族なのでしょう? もっと初陣に期待をしては?」
「そういう考え方もあるか」
「ええ。それと、さっきのはとても暖かくて快適でしたからもう少し続けていただけると助かりますわ」
俺は笑ってまたネレイデスを抱きしめた。後ろからマントで覆うようにする。
「川が見えてきたよ!」
「よし、ベヒモスかネレイデス種を探してくれ」
「アイサー!」
俺たちは下流から上流へと川沿いに飛んでいく。
「あ、居た。降りますね」
「了解」
フェルニゲシュが頭を下げるとネレイデスが身体を強張らせた。やはり高いところは苦手だったのだな。ギュッと抱きしめると少し緊張を解いたようだった。
「旋回して気づかせてから降ります」
「そうしてくれ」
相手に気づかれないまま近くに着陸すると味方であっても驚いてパニックを起こし攻撃されることがあるのだ。だからなるべく影や羽音などで存在をアピールして気づいてもらってから降りることになっている。
斯くいう俺もフェルニゲシュが真正面から近づいて来ると理性では抗えない恐怖を一瞬感じる。これは樹上生活をしていた猿の時代から遺伝子に組み込まれた生存戦略なのだと思う。
正体の分からないものを見た時に首を傾げる動物は須く鳥の捕食対象であったと誰かが言っていた。水平方向に広がる物体は我々の目の構造上、遠近感が狂うので、首を傾げて距離と大きさを認識し直す。その癖は我々の脊髄に組み込まれているのだとか。
話が逸れた。
旋回しながら高度を落としていくと俺にもベヒモスが認識できてきた。
「川の水に沈めているの?」
「なんか大きくなってないか?」
「ああ、やっと気づいてくれたみたいだ。降りますね」
「頼む」
木の葉を巻き上げ、フェルニゲシュは河原に降り立った。
いつもなら近づかないように威嚇してくるネレイデス種の雄が落ち着いている。ふと気になってネレイデスをみたが彼女は同種の雄に目もくれてなかった。彼女の目はベヒモスに注がれている。
「驚きましたわ」
「凄いね」
川床に沈められ、水流で震えているベヒモスは昨日は子猫程度の大きさだったのが一日で大型犬のサイズまで成長していたのだ。
「水を吸って膨らんだのかな?」
「いや、成長だろう。体側の模様が濃くなってる」
「あ、動いた!」
ベヒモスは頭部を水面に出すとぷくりと泡を吐いてまた水中に沈んだ。
「息をしたね」
「体側のみで呼吸するんじゃありませんのね」
「肺かそれに近い器官があるのだな」
「珍しいですわね」
「ああ。何故水に沈めているのか彼に聞いてもらえるか?」
「ええ、お待ちを」
ネレイデスは同種と暫く会話を交わした。
「こうすることで常時、栄養を供給することができるようですわ。ベヒモスは川の生き物で、我々ネレイデス種はベヒモスに仕える為に川を常に見張る必要があるのだそうです。叱られてしまいましたわ」
「え、なんで?」
「わたくしもベヒモスの為に近くに居るべきだと言っていましたわ」
「どう返したのだ?」
「この川を守る必要があるのならこの地全体を守らねば意味がないと伝えました」
「それで?」
「納得してくれたようですわ」
「ふむ」
俺はチラリと雄のネレイデス種を振り返る。堂々たる肢体。凄く強そうだ。
「なんですの?」
「お前から見てあの雄はどうだ、魅力的に映るか?」
「悪くないですわね。ここのネレイデス種の長ですし」
「ふむ」
「しかし、わたくしには物足りませんわね」
「どこが?」
「わたくしの知的好奇心を満たしてくれるとは思えません」
「ふーん、強そうだし僕は良いと思うんだけどなあ」
「あら、フェルニゲシュ。あなたもう雌が恋しくなる年頃だったかしら?」
「へへへ、、、ちょっと気になってるコなら居るんだけどさ」
この地にはフェルニゲシュの他に同種は何匹も放っている。そこまで知能が伸びなかった子たちだ。彼らは主に山で熊や狼などの野生動物に警戒してもらっている。
「おいおい、卵を抱くのが大事になって敵の侵入を許してしまったら身も蓋もないぞ?」
「大丈夫だよ。そんなすぐには繁殖しないよう」
照れたフェルニゲシュはまたもや歯を鳴らした。
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