回想 3
数ヶ月後の話だ。
最悪なことに視察団は黒龍の大群で押し寄せた。遠方から来る黒龍にトラウマのあるゴブリンたちは巣穴に隠れてしまい農作業が停止してしまうこととなった。ちょうど麦の収穫期だったというのに迷惑な連中である。収穫は天気との戦いなのだ。
視察団は偉そうに俺たちの土地を飛んで回り、作物の味見をして散々荒らし、終いには森のオークやネレイデス種に威嚇されたと文句を言ってきた。
当たり前だろう? 自分のテリトリーに勝手に入り込んで踏み荒らされたら人だって怒る。それすら分からない連中が自分の国の上層部と思うと暗澹たる気持ちになる。
奴らは口では偉業だとか技術革新だとか言ってやがったが、俺のいない所では魔獣はやはり魔獣だとか、これだけ収穫があるのなら徴税対象にすべきだとか勝手なことを抜かしていたらしい。
奴らは馬鹿だからフェルニゲシュやネレイデスが人の言葉を解していることすら気づかない。
喉の構造上、ゴブリンやオークは話せないが、彼らだって俺が何を言ってるかは理解してる。
暫くは村の魔獣たちはピリピリしていた。分かる。俺だって今だに腹が立つ。
立ち去る直前に吐き捨てた奴らの台詞はこうだ。
「戦地を農地に変化させたことは大いに評価できるが、前線の位置すら把握していないのでは灯台守としての仕事を全うしているとは言えない」
ここに掩体壕を築き、そこで暮らすというのが指令だったくせに最前線に出向けってか? そうならそうと指令を出して欲しい。
とはいえ軍というのは上官の命令は絶対だ。俺にできた精一杯の反抗としては「それは命令でありますか?」と問うたことくらいだ。
こんな事なら俺の後ろにゴブリンとオークの軍団をズラリと並ばせて対応すれば良かった。唸り声を上げるオークの前で俺に向かって偉そうな口をきける勇気があるか見てみたい。
視察団襲来の数日後、俺はフェルニゲシュの背に乗って空を飛んでいた。
「ねえ、主人。わざわざ主人が出向かなくても最前線のゴブリンたちに報告に来てもらえばいいんじゃないですか?」
「それもそうだが、その頻度や誰が来るかとかそういう事を予め決めておかないと彼らも困るだろ?」
「そっか」
「できれば代わり番子に来て、ゆっくり休んでから帰ってもらいたいじゃないか」
「そういうもんですかね」
「少なくとも美味いものを食わせて褒めてあげないと」
「それもそうですね。あ、上昇気流があります。あそこから高く上がりますね」
「了解した」
俺にはフェルニゲシュの目に何が見えているのか見当もつかない。それでもフェルニゲシュの翼は上昇気流を掴み、大きな孤を描きながらどんどんと高度を上げていく。
フェルトで作った大ぶりなマントを羽織っているが、その中にも冷気は入り込んでくる。寒い。
「じゃあ、参りますね」
「任せる」
急降下で速度を上げ、滑空に入る。
「流石だ、フェルニゲシュ」
「ありがとうございます。でもなんなら姉様も来れば良かったのに」
「ネレイデスは高い所が苦手だ。勘弁してやれ」
「こんなに気分が良いのに」
「そういうフェルニゲシュだって濡れるのが嫌いだろ?」
「水は嫌いじゃないんですよ。羽が重くなって飛び上がりにくくなっちゃうんですよ。飛んでる時に空で濡れるぶんには平気ですってば」
「みんなそれぞれあるんだよ」
「そっか。でも飛ばないのは損だと思うけどなあ」
「じゃあ、今夜はゴブリンの巣穴で寝させてもらうか?」
「嫌ですよ、あんな狭い所!」
「おっと、前見て飛べというのに」
相当な高度に居ると思うのだが、延々と続く農地の先が見えない。本当にどこまで続くのだろうか。
「あれ? あっちの稜線でオークが手を振ってる。来すぎちゃったみたい。ちょっと戻りますね」
「何だと、しかし農地は続いているぞ?」
「新たな緩衝地帯ですかね」
「そうだとしても戦闘の痕がないのはおかしいだろう」
「先にあのオークの話を聞いてみましょうか」
「よし、そうするか」
フェルニゲシュは滑空しながらオークのいるという稜線へ寄せていく。
ちなみに俺にはそのオークは見えていない。黒龍の視界の中央は望遠レンズのように拡大して見えているらしいが、それがどんな風に見えるものなのか説明を受けてもいまいち想像が付かない。
暫くすると俺の目にもそのオークたちが見えてきた。結構大きな群れだ。
「あれ、なんか見慣れない感じのが混じってますね」
「あっちの少し離れた所に居るのは?」
「ああ、あれはウチのですね。あっちに降ります」
「少し警戒しておこう」
「アイサー!」
旋回して方向を修正して風下からゆっくりと標的に近づく。辺りを警戒するが特に問題はなさそうに見える。
一頭のオークの近くにフワリと着地した。
この子は確かにウチの子だ。見覚えがある。ごく初期に森に入った群れのリーダーだ。
近づいてひざまづいてきたのでしっかりと首を抱きしめ、俺の匂いを嗅がせてやる。
フェルニゲシュが何か問いかけ、オークがそれに返答した。暫く問答が続いた。
「あのー、戦線はもうないんですって」
「なんだと?」
「随分前から敵の魔獣がこちらに寝返り始めて、今では共同で狩りをしたり、山にいた敵のゴブリンも山を降りてウチの畑の連中と合流して、もう敵も味方もないんですって」
言葉は聞こえたが脳が再検討を求める。敵の全ての魔獣が寝返ったって?
うーむ、敵の魔獣も完全自立で動いているなら、より生存効率が高い方を選択するという事なのだろうか?
「あっちのはウチのオークと敵のオーガの混成部隊ですって。オオカミに対する警戒だそうですよ」
「オーガ?」
よく見れば、似ているのはサイズ感だけで、顔も骨格も別物だと分かる。オーガは初めて見た。
「一応、挨拶だけでもしとくか」
「彼らは人間が怖いみたいですよ。近寄らない方が親切だそうです」
「そうか」
自分で育てて懐かないこともあるしな。
俺は彼らに手を振り、深く頭を下げて感謝の意を伝えた。
「仲間をよろしく頼むと伝えてくれるか?」
「アイサ」
俺たちは改めて手を振り、手を振り返され空に飛び立った。彼らの上空を旋回しながら高度を稼いでいく。
「良かったですね」
「いや、良くはないかもな、、、」
「何でです?」
「こちらとしては良かったよ? でも敵側の人間がどう思うかな」
「このまま敵のニンゲンをガッと滅ぼしてしまえばいいんじゃないですか?」
「いやいやいや、そんな簡単には行かんさ。そんな事を企てたらお前たちが滅ぼされてしまう」
「ヒトってそんなに強そうには見えませんけど」
「いや、ヒトは恐ろしいんだ。本当に恐ろしいんだよ、、、」
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