蛇足2
味方の二人が帰り、数日後には捕虜の引き取りも来た。砲台様の砲撃で焼けてしまった畑には既に雑草が育ち始めている。
プラズマ弾というのは大きな熱は産むが、地面を大きく抉るような破壊力は持っていないようで地下への影響は殆どなかったそうだ。
プラズマ弾の半分は畑を焼き、もう半分は森を焼いた。何本かの木は丸焦げになったまま、その場に立ち枯れている。放っておけば勝手に崩れるか倒れるかするだろうと思って放置していたのだが、今改めて見てみれば根本近くから新しい枝葉を出しているではないか。
自然の持つ生命力には感心してしまう。
「芽吹いてますわね」
「凄い生命力だな」
「僕の羽の穴ももう塞がったよ」
「お、もう飛べるのか?」
「なんかね、飛べるんだけど少し変な感じ」
「痛むんですの?」
「ううん、すぐ疲れちゃう感じ」
「それは身体が鈍っているのだろうな」
「僕、もうおじいちゃんなのかも」
「そうか、ならもう羊は減らして良さそうだ」
「それは嫌だ!」
「なら頑張って元気を取り戻しなさいな。早速ですけど砲台様のところに連れていって下さいます?」
「あの滝の所? うん、いいよ。近いもん。主人も行く?」
「良いのか、重くなるぞ?」
「大丈夫、大丈夫」
そんなやりとりがあって俺たちは空へと舞い上がった。いよいよ春小麦の収穫期となり、ゴブリンたちがせっせと麦を刈り込んでいる。ゴブリンたちと畑の相談もしなければ。
ウチの耕作地では、小麦、ライ麦、野菜、牧草をローテーションしているが、土の様子を見ながら次の作物を考えなければならない。
あとは鶏舎の金網も本国に注文しなければならないのだった。何気にやる事が多い。
そんな事を考えながら空の旅を楽しんでいると砲台様が気に入っている場所が見えてきた。
滝といっても数メートルの高さしかない。しかし滝壺がしっかりできておりその場所は池のように広さがあるのだ。体長十数メートル、体高で言ったら二メートルにも成長した砲台様が身体を沈めておける場所は限られる。このまま成長するのなら川床を掘ってやる必要があるだろう。
俺たちは淵の河原に降り立った。
「砲台様、ご機嫌いかかですか?」
声を掛けると淵の底から岩を擦り合わせるようなベヒモスの声が聞こえてきた。
「ここしばらく、しっかり休めて体調は上々だそうです。いつでも移動できると」
「移動というと、また大きな攻勢に曝されるのでしょうか?」
「……期待していろ、だそうです」
「では、敵の攻撃ではないのか」
ベヒモス全体がそうなのか、ウチの砲台様が特別なのか、彼には未来視のような能力があるらしく、長く寝る時には敵の攻撃が一切ないのだ。そしてごくたまに今のように予言じみた発言をする。
しかし未来視ができる者の掟なのか、我々にはその詳しい未来を決して教えてはくれないのだ。
不意にフェルニゲシュが空を見上げた。何か伝令が来たようだ。
「また本国の方から何かが飛んできてるって」
「またか、今度こそ良い知らせを受け取りたいものだな」
「戻られますか?」
「そうしよう。砲台様、もう行きますね」
水底からゴリゴリという音。
「次に来るときは豚を持って来て欲しいそうです」
「お、分かってますね。秋に向けてどんどん育ってますからそろそろ食べ頃ですよ」
俺たちは砲台様と護衛のネレイデス種に別れを告げてまた空へ飛びたった。
「見えるか、フェル?」
「わかんないけどグリフォンぽいなあ」
「あら貴方、目も悪くなってますの? 本当におじいちゃんですのね」
「違うよ! 風向きによって羽ばたくスピードが違うから見分けがつかない時があるの!」
「ネレイ、あまり苛めてやるな。いちおう快気明けなのだ」
「そうだよ姉様の意地悪!」
「あらあら」
掩体壕に戻り、コーヒーを淹れているとグリフォンが到着し、書箱を受け取る。
「お、新指令だ。え……?」
内容が多過ぎて理解できず、何度も読み返す。
一体何が起きたんだ。
この場所、つまりブフェルナ渓谷を新たな特別区とし、隣の地区と統合するとある。
そして俺が中尉から中佐へ三階級特進してこの地区の司令官として就任とある。
魔獣についても知的レベルがヒトと同等なら亜人として軍に登録が可能だと?
いつも紙一枚にそっけなく数行で書かれる指令書だが、今回は二枚に渡りびっしりと書き込まれている。
珍しいことに、二枚目の紙には今後の作戦の展望が書かれていた。
新たな管区に組み込まれた隣の地区において渡河作戦を計画中とある。
ふざけるな、俺たちに超激戦を見込まれる橋頭堡の砦を作らせる気か!
しかし但し書きが続いた。ヴォイロームイスとその魔獣が充分に成長し、前線を自力で維持できるようになり次第、新作戦に移行とある。
つまりヴォイロームイスがいつまでも準備できなければ作戦開始は引き延ばせるということか。
最後にあの上官から詫びの小さなメモが入っていた。
曰く『ペトレンコ司令官を追い落とすには至らなく申し訳ない。しかし君をその地区の司令官とする事で奴の好きにはできないようにした。ひとまずこれくらいで勘弁してくれ』と。
俺はため息を吐いてコーヒーを啜った。
この地があの阿呆の呪縛から解かれたことは嬉しい。しかし新作戦に組み込まれているようでは穏やかな余生とは程遠いではないか。
ふと見ると、指令書を読み終えたネレイデスがいつになく真剣な表情を見せた。
「ねえ、カイザキ様。亜人とはいえ、人であるのならカイザキさまと結婚することも可能という事でしょうか?」
どうだろうか?
法的には恐らく否だろう。国が考える一番大切な「結婚の要点」は俺が死んだ後の、銀行にある資金の相続とか、寡婦の権利とか、土地の権利の移譲とかそういう事だ。
しかしここで暮らすぶんには特にそうした心配は要らない。少なくともネレイデスはそういう権利や国の保護を求めている訳ではないだろう。
俺は立ち上がってネレイデスの前にひざまづいた。
「ネレイ、俺と結婚してくれないか?」
法的にどうであれ、どのみち俺は彼女とふたりでなくては生きてはいけないのだ。
ひざまづくと西日の加減でネレイデスの表情が見えない。
返事が遅い。
求婚の催促をした訳ではなかったのだろうか?
まあ、振られたところでやけ酒が進むだけだ、と諦めかけた時、俺の手に冷たい手が重ねられた。
「すみません指輪はないのですね。ええ、もちろんですわカイザキ様。仰せのままに」
やはり指輪は必要だったか。
背後からフェルニゲシュのカカカというチャタリングの音が聞こえてきた。
いつから見ていたのだろう?
〜おわり(二回目)〜
いつもお読みいただきありがとうございます!
続きを書いといてなんですが、
この作品は二話前の「勝利」にて完結とさせていただこうと思います。少しラストに加筆があります。
後日譚は「蛇足1」「蛇足2」として残すことにしました。
更にあとがきもありますのでご挨拶代わりに一読お願いいたします。
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