蛇足1
敵の来襲を跳ね除けてひと月程経っただろうか。
敵の捕虜と味方の捕虜が動かせるくらいには回復してきたのでそろそろ返還しようと思っている。
司令部に報告はしてある。
『敵兵二名を捕縛。命に関わる損傷を受けているので現在治療中』と。
味方に関しても同様に『偶然にも、大怪我をしている同胞を領内にて発見。保護し、現在治療中。原因不明の突風で高所から落下したとの事。移動が可能になり次第連絡するので皇都への移送を検討されたし』
特に味方の裏切りについては精神的にかなり来るモノがあるが、捕まえた彼らを責めたところで意味はない。彼らとて上からの命令でやっているのだ。
未来に禍根を残さず、どう自由な裁量を確保するか、そこが問題だ。
「この地の独立を宣言するんじゃ駄目なの?」
「それではカイザキさまが受け取れる筈の報酬が無駄になってしまうでしょ。それに常に前後の敵に警戒し続けるのは厳しいですわ」
「じゃあ敵に寝返る?」
「無理です。大量の魔獣を奪われ、領土を何十キロも奪った相手を簡単に受け入れる訳がないですわよ」
「そっかあ。ねえ主人はどうしたいの?」
俺は冷たくなったコーヒーを飲み干した。
「そうだな……あの阿呆な司令官が軍から居なくなるのが理想だな。あとは今のままで良い。俺にとっては、ここでお前らと暮らしを続けることが一番の望みだ」
フェルニゲシュはまた頭だけドアから突っ込んでいる。
「あと、金は欲しい。それに、これまで通り定期的にコーヒーも届けて欲しい」
「本と新聞も入れて下さいまし」
「香辛料と燃料もだな。あと服も」
「ならお金はなくても良いんじゃないの?」
「蒸留機が欲しいんだ」
「何それ」
「酒のアルコール分だけを集める器具だ」
「買えるの?」
「買える。あとは何か楽器も欲しいな」
ネレイデスが目を輝かせた。
「カイザキさま、わたくしピアノというものに興味がありますの」
「ピアノは無理かなあ」
「あら」
「買えるんだけど、ここまで運ぶ手段がない」
「そういえばそうですわね」
夢を語るのは楽しいが、今考えなきゃいけないのは捕虜の引き渡し時に軍とどう交渉するかなんだよなあ。
俺は立ち上がった。
「コーヒーのお代わりでしたらわたくしが淹れますわよ?」
「いや、気は重いが味方の捕虜と話をする方が話が早いかも知れん。ちょっと行ってくる」
俺は自室へ向かった。敵の捕虜は魔獣の飼育ケースで面倒を見ているが、味方には俺の部屋を譲ったのだ。簡易ベッドを追加し二人とも一緒にしている。彼らは松葉杖を使えば自分で動けるしな。排泄物の世話が必要ないから特別だ。
ノックをしてからドアを開ける。
「調子はどうです?」
「悪くない。そろそろ黒龍に乗るくらいならできそうだ。我々の黒龍はどうしてる?」
「ウチのと馴染んで自由にしてますよ」
「すっかり世話になってしまったな」
「お互いさまですよ」
そう言いつつも、彼らの礼を素直に受け取って良いものかどうにも判断が難しい。
さて、勝負に出るか。
「実は、あなた方を拾った辺りを確認してて、こんなものを見つけましてね」
俺はドアの外に用意しておいたライフルと望遠鏡を手に部屋に戻った。
狙撃手の方は気まずそうに目を逸らした。上官の観測手の方は流石に度胸が座っているのか、俺を真っ直ぐに見つめている。
「あなた方を責める気はないんですよ。命令されたものは仕方ありませんからね。ただ、皇都に戻った時にどう報告をするのか気になりましてね」
返答に困るものかと思っていたのだが返事は早かった。
「カイザキ中尉のご希望に沿いたい。君は我々を見殺しにすることもできた筈だ。命を救ってもらった以上、恩には報いるつもりだ」
「そう言っていただけると助かりますよ」
もう一人にも聞いておかねばなるまい。
「あなたも同じ気持ちですかね?」
「私も同意見です。同胞を背中から撃つような命令にはもう従えません」
「ありがとうございます」
正直言って、彼らの言葉を信用するしか選択肢は残されてないんだよな。
俺は密かにため息を吐いた。
「私は司令官にえらく嫌われてましてね。というのも以前ここにいらした時に魔獣で囲んで脅してしまったんですよ」
「え?」
「司令部から指示がなかったので捕虜を自己判断で釈放したら越権行為だと言って自決命令をされまして」
「そんな事が?」
「その前にもこの地に大量の黒龍で押し寄せて随分と横暴にされましてね。ウチの魔獣たちに司令部の方々は不人気なんですよ」
ふたりは吹き出してからどこか傷んだのか顔を顰めた。まだ笑える状態ではないようだ。
「怪我が治ってないのに失礼しました。そんな訳で司令官がまた同じような事を考えるのではと、一番の心配はそこなんですよ」
狙撃手が口を開いた。
「実際にこの目でこの地を見てですね」
「はい」
「司令部があなたを恐れるのも理解できました」
「ほう」
「警戒、監視、伝達がとても効率的に機能しています。そして立案と実行も的確で早いです。このように隅々まで訓練が行き届いた戦場は産まれて初めて見ました。正直私も恐ろしかったです」
ふむ、なるほど。
ただ嫌われているだけではなくて恐れられているということか。
「カイザキ中尉、敵の捕虜は無事ですかな?」
「ええ、外の飼育ケースでですが、ちゃんと治療を与えて回復してきています」
「恐らくですが、司令部はその捕虜で満足すると思います。捕虜返還の交渉で相手の譲歩をかなり引き出せることでしょう」
「なるほど」
「となればあなたは英雄ですから軍もおいそれと手を出せなくなると思います」
そうだろうか。今までも新聞は好意的に書いてくれてたんだけどなあ。
「今までも結構英雄扱いだったんですけどね」
「今回のは規模がまるで違います。敵の重歩兵二個中隊と、軽歩兵と飛行魔獣の混成一個大隊を殲滅させたんですよ? 敵の二正面作戦を、おひとりで潰したのです。それに人間の攻撃兵まで配備された作戦なんてこの十年で聞いたことがありません」
そうか。前のは偵察兵だったもんな。
上官が引き継いだ。
「信じられないかも知れませんがお約束します。私が責任を持って現司令官を排除してご覧にいれましょう。中尉のような方こそ我が国の宝です。本物の英雄です。中尉の活躍は後世まで語り継がれるべき歴史の大きな転換点となる筈です」
そりゃあ言い過ぎってもんだろう。
英雄ってのは敵の大将の首を取ったり、首都を制圧するような活躍をした人だろう。
「じゃあ、皇都に帰ってからの事はお二人に任せます」
俺はふたりに頭を下げた。俺が皇都に乗り込んでも司令部は対応に困るだろう。
「ところでどうします? 先にお二人で帰られますか。それとも敵の捕虜と一緒に回収してもらいますか?」
「我々が先に戻り、作戦失敗の報告とその処理をしたいと思いますが宜しいですか?」
そういやこの人たちは作戦失敗したんだ。
俺という人間の暗殺計画な。
「構いません。あと、前線を押し上げる次代灯台守としてヴォイロームイスという少尉が配属されているんですが、こちらも軍部で再考していただければと思います」
そういえばヴォイロームイスで思い出した事がある。
「ついでにもうひとつ。以前、知能の高い魔獣を育成する論文を提出しているのですが、それが現場で活用されていないようなのでそちらも少し調べて頂くことができればと」
上官が眉を上げた。
「そのような論文が?」
「ええ、ウチの子たちは殆どが人語を解しますし、何種かは普通に会話する所まで行っています。作戦立案にも参加させています」
「なるほど……」
上官は顎を撫でた。
「それは司令部を総辞職させる鍵になるかも知れませんね」
俺の論文は司令部に秘匿されてたってことか?
ああ、確かに魔獣が自分より賢くなるなんて司祭連中が受け入れられるわけないか。
今まで考えもしなかったが当たり前だな。
「総辞職はやり過ぎです。それに考えてみれば魔獣を自分より賢く育てるなんて教会の面々がパニックを起こす未来しか見えませんね。そんな事になったらまたここが味方に襲われてしまいますよね」
「それもそうですね……では?」
「論文の件はそのまま伏せておいてください」
「了解です」
あまりに当たり前に魔獣と暮らしてきたからか、俺は一般常識を忘れてしまっていたようだ。ネレイデスとの関係も彼らにしてみれば非常識も良いところだろう。これからは誰にも知られぬように暮らした方が良いかもしれない。
そうなったらヴォイロームイスも帰さない方が好都合か……
お読みいただきありがとうございます!
感想、応援、誤字報告も是非お願いします!




