勝利(完結)
河原に降り立つと黒龍を空に退避させ、周囲の警戒に就いてもらった。
砲台様は既に本流へと入り込み、その巨体の大半を流れに沈めている。以前見たベヒモスは巨大な甲殻類のようだったが、今ではその全身を覆う殻は黒くなり、ところどころ苔むしている。ぱっと見は巨木が河に浮いているように見える。
敵は一旦、森の中で息を潜め様子見をしているようだ。
河原に出てくるとネレイデス種に薙ぎ倒され、森を動き回るとオークに発見されてしまうといったところだろう。
魔獣たちは距離の離れた敵にダメージを与える攻撃手段が極端に少ない。流石の人間様も魔獣に火器を持たせるのは恐ろしかったのだろう。
「砲台様がカイザキさまにご挨拶されてますわ」
「本当か? それは光栄だな。素晴らしい砲撃だったと伝えてくれるか」
「かしこまりましたわ」
そこにフェルニゲシュが舞い降りてきた。
「ねえねえ見た? 凄い爆撃だったでしょ」
「ご苦労さん。上手くポイントできたのか?」
「凄く精密に狙ったんだけど砲台様の威力が凄すぎて、アレなら誰でも成功だったよ」
「敵重歩兵は全滅か?」
「完全にね。ゴブリンが巻き添えをくらってないと良いんだけど。ねえ、見てきて良い?」
「おい、こっちが終わってからにしてくれよ。砲台様を守る方が大事だろ」
フェルニゲシュは周囲に目を凝らす。
「アイツら、出てくるか帰るかしてくれないかな」
「ですわね。何か決定打が来るのを待ってるのかしら?」
なるほど確かに。軽歩兵ではベヒモスのこの巨体に致命傷を与えるのは無理がある。
つまりコイツらの中に人間も潜んでいる可能性があるということか……。
俺はフェルニゲシュに飛び乗る。
「ネレイデス、敵に聞こえるように通訳頼む」
「分かりましたわ」
そして俺は上空から大声を上げた。
「我が領土に侵入している諸君らに警告する! 平原から侵入を果たした重歩兵部隊は既に全滅している。二正面作戦は失敗だ!」
ネレイデスの同時通訳が行き渡るのを待ち、続ける。
「我々は第一防衛線の守備も既に固めている。つまり諸君らの負けだ。しかし、寛大な我々は諸君らに恩赦を与えよう! このまま抵抗せず退却するなら追撃はしまい! 約束しよう! だが愚かにも徹底抗戦を試みるなら諸君らを最後の一匹まで打ち負かす! どちらか選べ!」
フェルニゲシュに指示を出して再び河原に降り立った。そして俺はフェルニゲシュの背中に立ち上がり腕を組む。その状態で敵の反応を待つ。
そうしていると、爆心地から広がってきた雨雲が空を覆い、雨粒が落ちてきた。噴煙を飲み込んだ真っ黒な雨だ。黒い雨が白い河原を暗く染めていく。空も雨雲と噴煙に覆われてまるで夜のように暗くなってきた。
不味いな。これでは黒龍の目が役に立たなくなってしまう。
ふいにフェルニゲシュが身を伏せた。俺は背に立ったまま少しよろける。それと同時に森の奥で小さな光が一瞬明滅し、頭上を何かが掠めた。何か強烈な一撃だ。おそらく対物ライフル弾だ。
「交渉は決裂! やれ!」
俺の号令でネレイデス種が槍を振りかぶり、森の奥に投げ込んだ。魔獣たちが一斉に動き出す。
いつの間にか近くまで来ていたコウモリたちが敵魔獣に取り付き撹乱する。数匹のネレイデス種は飛ぶような速さで森の奥へと飛び込んだ。
俺はフェルニゲシュの背に乗ったまま空へ退避。ネレイデスも一緒に上がってきた。
「よくやった、フェルニゲシュ!」
「ああ、びっくりした! 何あれ?」
「対物ライフル。つまり大きくて速い鉄砲の弾だ」
「あんなのに当たったら僕でも死んじゃう!」
「不規則に動く的には当てにくいぞ」
「じゃあちょっとフラフラ飛ぶね」
「いいぞ、それで良い」
ネレイデスは身を乗り出して河の水面を注視している。
「砲台様は狙われませんの?」
「鉄砲の弾ってのは水中に入ると途端に威力が落ちるんだ。水の中にいるぶんには狙われないだろう」
「でも、背中が出てますわよ」
「角度的に高台からじゃないと狙えな……」
しまった!
高台のチェックをしていない!
全ての魔獣も砲台様と目の前の敵に集中していた!
対物ライフルなら二キロくらい離れても充分に射程範囲だ。しかも的は動かず大きい。
「周囲二キロ圏内の高台に注意! 森の梢にも注意! さっきの弾が何処から飛んでくるか分からないぞ!」
ネレイデスが可聴外音域で指示を翻訳する。
とはいえ全員が目の前の敵と交戦中だ。
俺の真下でもネレイデス種が槍を振るい、襲いかかるコボルトを薙ぎ倒している。
気付けば周囲は豪雨になっており雷鳴と稲光でライフルの光も音も分からなくなっている。正直鬱陶しい。
……いや、もっと降れ!
川面が烟るほど雨が強まれば長距離では砲台様を狙えまい。
と、背後から雷鳴とは違う低い破裂音が聞こえてきた。
背後から?
慌てて振り返る。
河川敷の先の切り立った崖の縁に不自然なシルエットが……
そのシルエットの横から微かにマズルフラッシュが見えた。
あ、あれはこっちを向いている……。
俺は咄嗟に腕の中にネレイデスを抱き、フェルニゲシュの背から飛んだ。
目前の風景が横に流れ、自由落下が始まる。
近くをライフル弾が掠める音。
どうにか弾には当たらずに済んだが、この高さから落ちてはやばいかも。下は水面ではなく砂利の河原なのだ。
まあ、俺は死んでもネレイデスが生き残ればそれで良いか。ネレイデスの尾はフェルニゲシュに巻き付いているはずだ。
重油のように鈍くなった時間の流れの中で俺はネレイデスを抱く力を緩めた。慌てたようにネレイデスが俺の腕を掴む。
その時、ブンとまたライフル弾の掠める音。
俺は怒りで覚醒した。
まだ撃ってくるか、あの糞野郎!
あれ、痛い!
気付けば腹にフェルニゲシュの脚の爪が食い込んでいる。いつの間にか捕まえられていたようだ。
そして地面が目前に迫っている。
フェルニゲシュごと落ちていたのか……!
全身が叩きつけられる。
頭を石に打ち付け鋭い痛みが走る。耳鳴りがする。口の中に鉄の味がする。呼吸が苦しい。
苦しい!
フェルニゲシュが俺をギュッと握っているのだ。
「おい、放せ!」
「イタタタタタタタ!」
「どうしましたの?」
「ほら見てよ! 羽に穴が空いちゃったあ!!」
「先ずはカイザキさまをお離しなさいな」
「あ、ゴメン。だって急に飛び降りるからさあ……」
俺はフェルニゲシュの腹の下から這い出して崖を指差した。
「あそこに狙撃手が……!」
指差した崖へ向けて、上空から一羽の黒龍が急降下し、ギリギリのところで翼を開いて羽ばたく。
その暴風でライフルの射手と観測手は抵抗やむなく崖の下へと吹き飛ばされて落ちていった。
「あ……」
「ナイス!」
フェルニゲシュが手を叩いた。あれは彼女か。
なんにせよ助かった。
「これで終わりですわね」
振り返ると周囲は黒い雨と魔獣の血でグチャグチャ。森からはネレイデス種が人間二人を引きずってきた。片方の人間の太ももには三叉の槍が刺さったままになっている。
フェルニゲシュがまた手を叩いたのでそちらを見れば彼女さんが両脚に人をぶら下げてこちらに飛んできていた。
人間たちは全てまだ息をしている。
「ここへ来て戦場に人間を投入とは驚いたな」
「あら、こちらの方はわたくしと制服がお揃いですわね」
マジか。背後から撃たれたからまさかとは思ったのだが自国に裏切られたか……。
想像するに、以前面子を潰された司令官が俺を消そうと目論んだのだろう。腑抜けの新人の灯台守を最前線に送り込み、敵に情報を流して開戦を誘導。
砲台様を抹殺し、俺の部隊を壊滅させて、最後に前後から俺を狙撃してめでたしめでたしと。
そういう筋書きだったのだろう。
「どうなさいますの?」
「ふむ」
「狙いはカイザキさまでしたのね」
「うむ」
「これで前後を敵に挟まれたね。挟まれたっていうか、完全に孤立だね」
「うむ」
まあ、考えても仕方ない。
俺はまたフェルニゲシュの背に立った。
「先ずは諸君らの勝利に心より祝辞申し上げる。我々の土地は守られた! 全ては諸君らの献身のお陰である。礼を言う! 先のことはまだ分からんが、今この時ばかりは勝利を喜ぼうではないか!」
歓声が上がる。
「しかし先ずはいつも通り健康確認、損耗確認だ。負傷者は救護所へ、元気が有り余っている者は敵の死体を砲台様へご献上奉ってくれ。砲台様は大丈夫ですか? まだ食べられますかね?」
川床から何やらゴロゴロと聞こえてきた。
「特大のプラズマを発射したから腹ペコですって」
皆が笑った。
いつの間にか砲台様は俺たちの精神的な支柱のような感じになってきているな。
悪くない傾向だ。
そしていつの間にか雨は止んでいた。
噴煙は消えてなくなり、雲の隙間から太陽の光が差し込んでいた。
「さあ、仕事開始だ! 砲台様は支流に上がってきて下さい!」
気付けばネレイデスがすぐ隣に居た。
「さ、カイザキさまも傷を洗いましょう。頭から血が出てますわ」
「む、すまん」
俺たちは手を繋いで歩き出した。
本国から裏切られた以上、このまま何もしないわけにもいかないだろう。とはいえ魔獣に語った通り先のことは未だ分からない。
だがしかし、俺の手を握るネレイデスの手は決して離してはならない。いや、離したくない。
この事だけが俺にとっての真実だ。
後継者が現れてからの一日。
長い一日だった。
傾いた日差しが川面に反射して眩しい。
その眩ゆい光の中、ネレイデスの長い髪が揺れる。揺れる髪から覗く俺を見つめる笑顔。
俺はこの日を一生忘れることはないだろう。
〜おわり〜
(小説としてはここで終了です)
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