薫陶
さて、掩体壕に戻って来たは良いが、何から話せば理解してくれるだろうか。
そもそも、ここを直ぐに発ったことが真違いの第一歩なのだが。いや、そもそもが準備不足か、、、いや、それは司令部の責任だろうな。
俺は先ほどのキャンプの位置の説明からする事にした。
机に地図を広げる。
「君がキャンプを張ったのがここだ」
赤く塗ったピラミッド型の駒を地図に置く。
「こんな精巧な地図があったのですね!」
「彼女が作ったものだ。紹介しようネレイデスだ」
「ご紹介に預かりました。ネレイデスですわ」
「人語を解すだけでなく話すのですか?!」
俺は落胆した。俺の論文を読んでいないのか!
「失礼な御仁ですわね。挨拶には挨拶を返すものですわよ?」
「少尉、彼女にちゃんと挨拶をしてくれ」
「あ、失礼しました! セルヒー・ヴォイロームイスと申します!」
ネレイデスは鷹揚に頷いた。
「話を続けよう。君のキャンプの位置からはこのラインが死角となる」
俺は地図に定規を置く。
「では、何処に置くのが良かったのでしょう」
「敵の急襲に備えるなら本隊の位置はここ」
「そんなに下げるのですか?」
「そう。その代わりに監視台なりなんなりをここに置く」
「狙い撃ちにされませんか?」
「される。だからグリフォンのような猛禽系の目を持ち単独で退避行動の取れる魔獣を配置する」
「猛禽、、、?」
俺はため息を吐いた。魔獣だけでなく動物の知識もないのか。
「鷹や鷲など、高高度から狩りを行う鳥類の事だ。彼らは遠くのものを大きく見る事ができる」
「ははあ、、、」
「黒龍もその一群に入る」
説明しながらも既に徒労感を感じ始めた。
「そして君は近くにゴブリンが穴を掘りだしたら怒って蹴散らそうとしていたな」
「だってあんな場所に穴を掘られては危ないし、地盤だって脆くなると思ったからです!」
「彼らは君が危険な場所にキャンプを張って移動しようとしないので、仕方なく地下経由で逃げ道を用意しようとしてくれていたのだ」
「それは中尉のご指示で?」
「いや、彼らの判断だ。君をサポートするようには伝えていたからね」
「まさか、、、」
やれやれ。ゴブリンよりも知能が劣っている事を認められないのか。
「次に、私からとハーピィからの二系統で背後の森に逃げ込むよう指示を出したのだが君はそれを無視した」
「正面の森で何か異変が起きている事は分かっていたのです!」
「だからじっと空中に留まって見ていたと?」
「何が起きているのか分からないままではどう行動すべきか判断しかねます!」
俺は耐えかねて机を力一杯叩いた。
「その判断の遅さのせいで私のハーピィが三羽死んだぞ! 愚かな君を庇ってだ!!」
「私が、、、愚か、、、?」
「ああそうだ! 敵の接近を許し、魔獣の警告も聞かん! ここは戦場だぞ? 一瞬の判断ミスで命を失うのだ!!」
「私は最善を尽くして、、、」
「何が最善だ! 教育課程で何を学んできたのだ! 魔獣の知識もない! 作戦の知識もない! 何が食料ならありますだ、自分の黒龍の面倒も見れないではないか!!」
ヴォイロームイスはその場に立ち尽くし、歯を食いしばり涙を流し始めた。
「言い過ぎた、すまん」
「、、、いえ」
「君に提案がある。戦地を離れるか、ここでゼロから学んで前線に赴くかだ。私としては離脱を強く勧める。この地は君には過酷過ぎる」
「うう、、、既に、五年ぶんの給与を先払いでいただき、母の医療費に充ててしまいました、、、」
「そうか」
「私は、、、たったひとり種苗に水と餌だけやっていれば良いと、、、辛いのは孤独だけだと、、、」
俺は拳を握りしめた。
この前線がそんなに楽なワケがないだろうが!
他の安定した前線と違い、何年も小競り合いを続けてきた土地だぞ?
それも全ては戦果に浮かれた司令部の迂闊な広報戦略のせいだというのに!
やはりこの国の癌は司令部か。貧困に喘ぐ若者の命を軽々しく戦地に投じるとは胸糞が悪い。
例の新聞に毒を染み込ませ、最高司令官の喉に捩じ込んでやりたい気分だ。
その時、ネレイデスが窓の外を見た。そして慌てて窓を開けて耳を澄ます。
「あらやだ」
「どうした?」
「敵さんが撤退途中で突如反転、我が領土に侵入を試みているそうです」
「クソ!」
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