回想 10
「おい、起きろ。帰らせてやる」
まだ夜明け前だ。捕虜は目を擦っている。
「出ていけと言っているんだ!」
「ひい!」
やっと目を覚ましたようだ。東の空は僅かに明るくなってきている。
「停戦提案の書簡を持たせる。然るべき相手に渡せ」
「し、然るべき相手?」
「お前の上官だ!」
「はい!」
「かつて引かれた停戦ラインまでは送ってやる。そこからは自力で歩け」
俺は水袋と食料の入った鞄を渡した。
「水と食料だ。三日分しか入ってないからモタモタするなよ?」
「お、送ってくれるって?」
「早く鞄を背負え。その上から身体にこれを巻き付けろ」
「毛布を何故?」
「早くしろ!」
「はい!」
ドミトリが身体に毛布を巻き付けるのを確認するとネレイデスが空に向かって頷きかけた。
「ちょっ、うわっ!!」
曙の青い空から黒い影が舞い降り、捕虜のドミトリを掴み上げてそのまま飛び去った。
「うわーーー!!!」
掩体壕の屋根を掠め、林の梢を掠めて捕虜をぶら下げた黒龍が高度を上げていく。フェルニゲシュの彼女だ。
「最後まで煩かったね」
「フェルニゲシュも頼んだぞ」
「うん、行ってきます!」
ドンと踏み切り飛び立つフェルニゲシュを俺とネレイデスで見送った。
二匹には低空で捕虜を運ぶように指示してある。攻撃行動と思われても困るからな。
後は向こうの返事を待つばかりである。
「カイザキ様、寝直されますか?」
「いや、飼育ケースをキレイにしてしまいたい。捕虜が汚しやがったからな。水洗いして消毒しないと」
「もう使ってませんのに」
「まあな、でもいつまた何かの種苗を育てるかも分からんのだ」
「では朝食を用意してコーヒーを淹れておきますわね」
「ありがたい。頼む」
俺はバケツを両手持って水を汲みに歩き出した。
西の空の遠くには、まだフェルニゲシュたちのシルエットが小さく見えている。戯れ合うようにふざけながら飛んでいるのは捕虜へのサービスなのか、黙らせる為なのか。ドミトリも災難だな。
手紙には停戦の提案が書いてある。
こちらには前線を動かす意思がない事。そして帰郷を希望する魔獣を返還する意思がある事が綴ってある。
こちらの司令部が沈黙を貫いていることは伏せておくことにした。
こちらに充分な戦力と戦闘を継続できる備蓄がある事が分かってくれると良いのだが。ドミトリが馬鹿でなければ、この広大な畑が収穫済みであることは見逃さない筈である。池も見えただろう。
そもそも森に侵入した時にコウモリ部隊とハーピィ部隊、そして捕まってからはオークとオーガ、ネレイデス種に護送されてきたのだ。こちらの軍備が厚いことは理解できているだろう。
ところでこの数日、ゴブリンたちが畑仕事を再開させ始めている。巣穴にこもっているだけでは退屈だし、不安にもなろう。俺は止めることなく好きにやらせている。出てきているのは大人の雄ゴブリンどもなのだ。彼らだって知性がある。女子供を危険に晒したりはしないのだ。
さて、敵国はどうでるか。
使者の受け入れ態勢を作っておく必要があるだろうか。会談が必要になったりするのだろうか。
どれも専門外で振る舞いがよく分からない。
本国と敵国で勝手に話を進めてくれるとありがたいんだがな。
この時はそのように思っていた。
しかし俺の希望は半分が当たり半分は外れた。
一週間後、この地にまた本国の黒龍の群れが降り立ったのだった。
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