回想 9
あれから数日、これといった動きがない。
暇なのでベヒモスの様子を見に行ったところ、巨大化していて驚いた。筒状でなければこの小川を堰き止めてしまってもおかしくはない。
全長は三メートルほど、筒の直径は五十センチメートルくらいあるだろう。胴体全体が硬い鎧で覆われている。後ろ足の発達も凄い。巨大な黒褐色の筒形の新種の蟹のようだ。
付き従っているネレイデス種が胸を張って何か言った。
「もう脱皮を四回もしたのだそうです」
「栄養状態は問題ないのだろうか?」
「落ち葉を主食にハーピィをお召しになって、成長は大変順調だそうです」
ベヒモスから岩を擦り合わせるような音が聞こえてきた。
「砲台様は暫く寝ると申しております」
「そうか、どれくらい寝るのだろうか」
「次に必要な時が来るまでだそうです」
「その時が来たら起こせばいいという事だろうか」
「その時が来たら起きるそうです」
「ふむ、、、」
「暫く戦闘は起こらないそうですわよ」
「え?」
未来視でもできるのだろうか。それとも何かを感じ取っているのだろうか。敵の話している声が聞こえるとか?
ひとまずその場は辞して掩体壕へ帰る。
暇とはいえ戦時なのだ。司令官が不在では有事に困ったことになる。
「どういうことなのだと思う?」
「分かりませんわ。しかし間違いではありませんわ」
「何故、断言できるのだ」
「分かりませんわ」
外からフェルニゲシュの羽音が聞こえてきてドアを開ける。
「敵の動きなし、味方からも何もなしだよ」
「そうか、ご苦労」
敵は斥候部隊が捕えられたその後、新しい調査部隊が入り込んだりはしていない。時たま遠くから敵の黒竜が様子見をしているらしい。
それは兎も角、味方の司令部からも何の指示も来ないのはどういう事なのだろうか。向こうと外交はしているのだろうか?
捕虜の扱いも困る。
「ねえ、主人。勝手に停戦しちゃダメなの?」
「え?」
「だって、主人の主人は守れとか攻めろとか言って来ないじゃん。勝ったか負けたか報告が来るのを待ってるんじゃない?」
「ええ?」
「だったら捕虜返して停戦交渉して、新しい国境決めて『こうなりました』って報告すれば、少なくとも怒られはしないでしょ。だって命令が来てないんだもの」
俺は腕を組んで唸り声を上げた。
確かに俺に与えられた任務はこの地を維持すること、定期的に魔獣を前線に送ること、そのふたつだ。
命令が来てない以上、現場の判断でどうにかせよという事なのかも知れない。その裁量はあるのだろうか?
「敵はどう思ってるんだろう?」
「魔獣が寝返ったことを攻撃と見ているのだと思いますわ」
「何も攻撃してないのに?」
「前線の兵力が突然全て鹵獲されれば攻撃と判断しますでしょう」
「そうか、、、」
敵が攻め込んできて返り討ちにしたことはもう報告してあるのだ。捕虜を捕らえたことも。
そもそも敵の大攻勢の恐れありと報告してから随分経つのに返事は一切ないのだ。了解の一言も、新たな指令を待てとも言われてないのだ。
手紙を持たせたグリフォンの書箱は開けられ、中身は回収されている。なのに返信はないのだ。書箱は常に空なのだ。
これはこの前線が放棄されていると判断して良いのかも知れない。
或いは、母国はもう滅んでいるのだろうか?
「ふむ。フェルニゲシュの案を採用してみるか」
「ホント? やったあ!」
「よろしいんですの?」
「何しろ情報が無さすぎる。捕虜返還の意思ありと連絡だけ取ってみよう」
「如何なさるおつもりで?」
いきなり乗り込んでも不味いだろう。
かといって黒竜やグリフォンを送り込んで鹵獲されては腹が立つ。使者を立てる時ってどうするんだ?
首を傾げていると、外から捕虜の泣き声が聞こえてきた。奴は怒鳴ってみたり糞壺を割ってみたりと中々に騒がしい。一日三食与え、三日にいっぺんは水浴びまで許しているのに恩知らずも甚だしい。
「捕虜に手紙を持たせよう」
「なるほど良い案ですわね」
「アイツ煩いもんね」
別にこちらは何か条件を引き出そうなどと思っている訳ではないのだ。捕虜なんて養ってても何の得もない。要らぬものは返してしまえば良いのだ。
さて停戦交渉するとして、どう言えば俺たちを放っておいてくれるだろうか、、、?
「フェルニゲシュ。元は敵の陣地に住んでた魔獣はどうしたいか、ざっくり聞いてみてくれ。前と同じ場所に国境線が引かれるとして向こうに行きたいか、こちらに来たいか。大体の見当で良いから意見を集めてくれ」
「アイサー!」
「ネレイデス。寝返った魔獣を全て引き取るとしたらこの掩体壕の後方の土地のどれくらいまで必要か見積もってくれ」
「了解しましたわ。カイザキ様は手紙を?」
「ああ、草案を作っておくから後で意見をくれ」
「分かりましたわ」
さて、相手を納得させて俺も命令違反をしなくてすむ方策を考えねば。
俺はコーヒーを淹れるため、湯を火にかけた。
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